一般社団法人 日本経済団体連合会
熾烈化するグローバル競争のもと、企業戦略上、特許化せずに秘匿している技術情報、ノウハウ、営業秘密等の「権利化されていない知財」(以下、「技術情報等」)が海外競合企業によって不正に取得・使用されることへの懸念が高まっており、実際に訴訟も提起されている。国境を越えた技術情報等の不正取得・使用は、経団連が昨年2月に「『知的財産政策ビジョン』策定に向けた提言」において指摘したとおり、国富の損失であり、わが国の産業競争力の低下につながる深刻な問題である。米国はもとより韓国等においては、官民が連携して情報の共有、厳格な法執行、政府体制の整備等が進められている一方#1、わが国では他国に比して明らかに技術情報等に対する保護水準が低く、対策が立ち遅れていると言わざるを得ない。わが国においても、個別企業の問題に矮小化せず、危機感をもって実態の把握と対策の強化を急ぐべきである。
1.技術情報等の保護を目的とした新法の制定
わが国の技術情報等の保護については、不正競争防止法(以下、「不競法」)に規定が設けられている。同法は、競争法体系下に位置づけられ、事業活動における公正な競争の確保を目的とした様々な規定が盛り込まれている。これに対し、海外では、企業の有する技術情報等は競争力に直結する国の財産であるという観点から、これを保護する目的に特化した法律を設けている国も多い。
近年の不競法改正【表1参照】によって、わが国でも懲役刑については諸外国と比しても遜色ない程度に重罰化が図られた。しかし罰金刑については、額の上限を設けていない国も多いなかで、わが国は1,000万円以下にとどまっている【表2参照】。また、諸外国では国外での使用・開示行為に関する重罰規定を設けているが、わが国にはこうした規定も存在しない。
さらに、不競法では、民事訴訟の原則に従い、証拠収集や損害の立証等の責任が被害者側に課されていることから、被害側企業に過大な負担を課しており、訴訟提起の障害となっている。また、国際的な事案においては、管轄権や準拠法をめぐる争いに多くの時間が割かれることがあり、規定の不備が指摘されている。現行の不競法は、抑止効果をはじめさまざまな面で制度整備が不十分である。
知的財産の重要性がますます高まるなか、わが国としても米国等の取り組みを参考に、海外競合企業による技術情報等の不正な取得・使用を許さないという国の断固たる姿勢を、法的に明確化することが必要である。
こうした事由に鑑み、多様な規定を含む現行の不競法から技術情報等に関する規定を切り出し、技術情報等の保護という目的に特化した、わかりやすい新法の策定を検討すべきである。新法においては、海外流出については重罰化規定を設けたうえで、技術情報等を盗用された企業が、合理的な負担により被害回復や刑事訴追できることが不可欠である。また、今後さらに巧妙化しうる手口に迅速に対応するため、不断の見直しが必要である。
新法の制定については、迅速に議論を進める必要があり、来年の通常国会での成立を目指すべきである。
2.営業秘密管理指針の改定を通じた運用の改善
海外競合企業による技術情報等の不正取得・使用の抑止のため、法改正を待たず、「営業秘密管理指針」の改定については早急に進めるべきである。
現行の不競法において保護の要件とされる「秘密管理性」は、これまで非常に厳しい認定がなされてきており、被害回復や刑事事件化における高い障壁となってきた。秘密管理性については、不競法の所管官庁である経済産業省の策定する「営業秘密管理指針」で具体化されており、裁判所や警察・検察当局の認定にも大きな影響を与えていると言われている。
同指針は、多岐にわたる事項が網羅されているが、それらをいかに実践すれば秘密管理性が認められるかは不明確である。同指針については、今後、後述する官民フォーラムで集積される情報等を参考に、秘密管理性を認定されるために企業が最低限なすべき事項を、明確に示すことが必要である。
同指針の改定を通じ、裁判所の判断が企業実務に合致したものに改善されるとともに、警察・検察当局のより積極的な関与が期待される。
なお、同指針は技術盗用の予防策を示すにとどまっているが、実際に企業が情報流出に直面した際に被害の拡大防止と早期回復を行うためのアクションプランの策定も検討すべきである。
3.官民フォーラムの早期創設と実効ある運営
現在、経済産業省においては、経団連が提案した「官民フォーラム」の設置について検討を進めている。本フォーラムによって、こうした問題に関する官民の情報交換・意識涵養が進められることは極めて重要であり、早期の立ち上げが期待される。
本フォーラムを実効あるものとするためには、企業からの被害事例の収集が必須となるが、その際、情報を提供した企業が不利益を被ることがないよう、完全匿名化や一般事例化等によって厳格な守秘管理を行うべきことは大前提である。また、政府においては、企業からの被害事例の収集や企業の情報管理強化策の検討のみを念頭に置くのではなく、米国等の被害実態や官民の対応策等について自ら調査し、その内容を企業側と積極的に共有することによって、企業側と一体となって、わが国企業から情報を盗用しようとする海外企業に対して断固たる対応をとることが求められる。
本フォーラムは、諸外国の取組みを参考#2に、政府トップレベルの理解と支持のもと、警察を含む幅広い政府関係機関が積極的に関与し、ワンストップサービスを実現することが不可欠である。
産業界としても、官民フォーラムを始めとする政府の取組みに積極的に協力するとともに、適切な情報管理に努める所存である。
- 米国では、営業秘密侵害対策として1996年に経済スパイ法が制定されている。 韓国では、従来の「不正競争防止及び営業秘密保護法」に加え、「産業技術の流出及び保護に関する法律」を2006年に制定(国が8分野58技術の国家核心技術を指定)。
- 米国のOSAC(海外セキュリティ・アドバイザリー協議会)やONICIX(国家対情報行政局)、韓国の営業秘密保護センターなど。
1990年 | 不正競争防止法に規定の創設(民事上の差止請求、損害賠償請求等) |
2003年 | 刑事罰導入(懲役3年以下) |
2005年 | 刑事罰強化(懲役5年以下) |
2006年 | 刑事罰強化(懲役10年以下) |
2009年 | 刑事罰強化(対象範囲拡大) |
2011年 | 刑事訴訟手続の整備(秘匿決定に係る手続整備) |
日本 | アメリカ | ドイツ | 韓国 | |
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法律 | 不正競争防止法(*1) | 経済スパイ法 | 不正競争防止法 | 不正競争防止及び営業秘密保護法、 産業技術の流出防止及び保護に関する法律 |
行為者処罰(1) 懲役 | 10年以下 | 10年以下 | 3年以下 | 5年以下 |
行為者処罰(2) 罰金 | 1000万円以下 | 上限なし | 上限なし | 利得の2倍以上10倍以下 |
(1)と(2)の併科 | ○ | ○ | × | ○ |
法人処罰 | ○ | ○ | ○(行政罰) | ○ |
法人処罰の 罰金 | 3億円以下 | 500万ドル以下 | 100万ユーロ 以下 | 個人と同じ |
国外での 使用・開示 | ○刑事罰対象 | ○刑事罰対象 | ○刑事罰対象 | ○刑事罰対象 |
国外での使用・ 開示の重罰化 | × | 外国政府が関与した場合、厳罰(*2) | ○ 5年以下 | ○ 10年以下 |
非親告罪化 | × | ○ | ×(訴追に特別の利益がある場合は○) | ○ |
- *1:国内での刑事罰適用判例は13件。判決内容は懲役が最長2年6月(全件執行猶予付き)、罰金刑が最高200万円。
- *2:アメリカでは、外国政府が関与した場合、行為者15年以下and/or50万ドル以下、法人1,000万ドル又はその営業秘密が有した価値の3倍を上限とする罰金。