一般社団法人 日本経済団体連合会
Ⅰ.はじめに
2022年のわが国の出生数は速報値で80万人を割り込み、政府推計を上回るスピードで少子化が進行する危機的な状況にある。政府は直近10年間でも、保育の受け皿拡大、幼児教育・保育の無償化等様々な少子化対策を実施し、その予算規模は大きく増加した。また、働き方改革でも、仕事と子育ての両立支援はじめ様々な法制度の改正を行った。
経団連は、「働きながら希望する数の子どもを産み育てることが経済的にも社会的にも尊重される社会」の実現が重要であると繰り返し主張し、保育の受け皿拡大に協力し、事業主拠出金の負担増を受け入れ、働き方改革の推進等を積極的に呼びかけてきた。
しかし、諸外国に比べ経済成長が伸び悩む中、有配偶率、有配偶出生率ともに低下傾向が続いている。少子化は時間との戦いであり、改めて官民挙げて、若い世代が地方や都市部といった住む場所に関わらず、結婚や出産・子育ての希望を叶えられる環境を整えること、将来への明るい見通しを持つことができる経済社会を構築することが極めて重要である。
岸田総理は、今通常国会の施政方針演説において、こども・子育て政策の強化に向けた具体策を検討し、本年6月の骨太方針までに、将来的なこども・子育て予算倍増に向けた大枠を提示することを表明した。今後の議論に当たっては、こども政策として充実する政策の内容のみならず、これまでの少子化対策の検証や見直しと、人口減少に関する国民全体の危機意識の共有、新たな政策の実現に向けた財源や負担増大を含めた国民理解の醸成が欠かせない。同時に、働き方改革については、企業側のより積極的な取り組み・意識改革が必須となる。
今回のこども・子育て政策の強化が、わが国の経済社会の持続性を将来にわたって維持するための転換点となるよう、以下、企業として取り組むべき課題を改めて示すとともに、国民全体で認識を共有する契機となるよう、負担増のあり方について、経済界としての基本的考え方を示すこととする。
Ⅱ.少子化の要因を踏まえた対応の必要性
出生率は、「既婚者割合(有配偶率)」と「夫婦の出生率(有配偶出生率)」という2つの要因の影響を受けることから、これらの上昇を実現する効果的な施策を講じる必要がある#1。様々な施策が考えられる中、企業として主体的に取り組むべき課題としては、大きく以下の二つが考えられる。
1.有配偶率の向上に向けた「分厚い中間層の形成」
まずは、多くの方が、分厚い中間層として経済的な豊かさを実感し、それぞれの希望を叶えられる社会を実現することが重要である。特に若い世代における雇用所得環境について、現状と将来の見通しが改善すれば、安心感が高まり、生活設計も立てやすくなるため、結婚の希望も実現しやすくなる。
そのためには、官民連携による「ダイナミックな経済財政運営#2」を通じた、処遇等の質の高い雇用の創出や構造的な賃金引上げが欠かせない。とりわけ企業においては、積極的な国内投資と賃金引上げなど「人への投資」によってマクロ経済環境の改善に寄与するとともに、これから子育てを担う若年層への重点配分、有期雇用等労働者の正社員化やキャリア形成支援の推進等に取り組むことが重要である。
2.有配偶出生率の向上に向けた「男性の家事・育児促進」
これまで企業は、育児休業制度の充実等により、仕事と子育ての両立に向けた環境整備を進めてきた。その結果、女性の就業継続率は大きく伸びている#3。
しかし、依然として「育児・家事は女性が主に担うべき」といった社会規範が根強く残り、家事・育児の負担が女性に大きく偏っており、希望する数の子どもを産み育てることの大きな障壁の一つと指摘されている#4。
男性が職場への気兼ねや長時間労働のために家事・育児時間を十分に確保できない中、仕事と子育ての両立支援制度#5は女性を中心に活用されてきた#6。女性の正規雇用比率も、改善傾向にあるものの、依然として25~29歳をピークに低下している。
企業としては、昨今の出生数の急減は将来の経済社会の担い手不足に直結するという認識を持ち、これまでの女性を主な対象とした両立支援策の充実から、次のステージに進まなければならない。
今後は、特に男性の家事・育児を促進するべく、経営トップのコミットメントを強化し、長時間労働のさらなる是正により男性が家事・育児に日常的に参加できる環境を作るとともに、(1)継続的な家事・育児につながる男性育休の一層の取得推進、(2)性別を問わない両立支援制度の活用、多様な働き方の推進に取り組んでいく。
(1) 男性育休の一層の取得推進
現在、男性の育児休業取得率は増加傾向にあるものの13.97%に留まっており、その半数は取得期間が二週間未満となっている#7。昨年10月より施行された「産後パパ育休(出生時育児休業)」について、取得を希望する男性社員が、職場への後ろめたさや不安を感じる環境のままでは、制度が整っても実際の取得が進まないことが危惧される#8。
企業としては、昨年4月施行の「妊娠・出産(配偶者を含む)の申出をした社員に対する育児休業制度、出生時育児休業の個別周知と意向確認」の徹底により男性社員の取得を促すとともに、経営トップのコミットメントを強化し、引き続き取得促進に向けた環境整備#9#10や、取得を希望する男性が後ろめたさや不安を感じることのないよう、社内の意識改革に取り組む。
加えて、育児休業中の経済的な不安を払しょくするため、男性の家事・育児を促進している国の取り組みも参考に、さらなる制度的な対応も検討していく必要がある。
(2) 性別を問わない両立支援制度の活用、多様で柔軟な働き方の推進
乳幼児期から小学校低学年の子どものいる家庭や、結婚や子育てを希望する若い世代#11にとって、「仕事と子育ての両立」のハードルを下げることが欠かせない。
経営トップおよび管理職層が率先して「仕事と育児の両立支援制度は、子どもを育てる男女が共に活用して初めて少子化対策に資する」という共通認識を強く持ち、従業員の意識改革とともに、子育て中の男女がともに制度を活用できるよう取り組む。
また、コロナ禍を契機に浸透しつつあるテレワークや、フレックスタイム制、時差出勤をはじめ、今後も企業が各社に適した形で、多様で柔軟な働き方を推進していく#12#13。こうした企業の取り組みは、各地域での保育・学童保育の受け皿確保との相乗効果を発揮し、より一層、仕事と子育てを両立しやすい環境の実現につながると期待される。
Ⅲ.負担のあり方
1.財源に関する国民的議論の必要性
こども子育て政策の強化に向けた様々な給付拡充メニューを実現するためには、その裏付けとなる財源確保が必要である。しかしながら、現状では、国民は給付拡充には高い支持があるものの、社会全体でその費用負担を受け入れることには反対する意見が過半数を上回っている#14。
少子化対策は、急速な人口減少による社会経済の混乱を少しでも緩和するための我が国の最重要課題である。まず、人口減少による急激な変化に対する危機意識を国民全体で共有し、「こどもを育てやすい」ではなく「こどもを育てたい」と思える社会の実現に向けた政府の考えを示すべきである。その上で、最も優先度の高い政策は何か、という視点から政策の選択、既存の政策の見直しといったメリハリ付けを行い、給付拡充に必要な財源規模と、その負担を誰にどのように求めるべきかについて、国民生活、企業活動、経済・財政への影響等を考慮しつつ、選択肢を提示し、透明なプロセスで国民的な議論を深めていく必要がある。
2.財源の検討に当たって留意すべき事項
経団連はこれまで、少子化対策の財源について、社会全体で支える観点から、税財源を確保すべきと主張してきた。今後政府の示す将来的なこども・子育て予算の倍増には、育児休業給付や児童手当をはじめ広範囲にわたる政策の拡充#15が不可避であり、少なくとも数兆円規模の増額が見込まれる。既に防衛力強化の財源に充てる枠組みの中に、税外収入や歳出改革が盛り込まれているが、さらに聖域なく歳出改革に取り組んだとしても、新たな財源が不可欠となることは自明である。
こうした状況を踏まえれば、新たな財源の選択肢としては、税、社会保険料、国債等が考えられ、歳出改革や、全世代型社会保障の構築を通じた世代間の給付と負担のバランス確保と併せてベストミックスを実現すべきである。
いずれの場合でも、経済成長を持続させ、成長と分配の好循環を拡大させていく視点、そのために「分厚い中間層」を形成していくことが重要である。
3.現役世代や企業の社会保険料負担増のみに求めることの問題点
経団連は、「人への投資」の促進、賃金引上げのモメンタムを維持する必要性を訴え、その実現に寄与してきた#16。とりわけ、2023年の春季労使交渉・協議においては、物価動向を特に重視しながら、企業の社会的な責務として、賃金引上げのモメンタムの維持・強化に向けた積極的な対応を会員企業はじめ広く呼びかけている。
しかし、賃金引上げのモメンタムを維持しても社会保険料の負担が同時に増えるため、可処分所得の増加が実感しにくくなっている。こうした中で、新たな財源を現役世代や企業の社会保険料率の引上げにのみ求めれば、現役世代の可処分所得は抑制され、賃金引上げの効果や子育て世代を含む中間層の生活設計の安心感をますます低下させかねない。
少子化対策は、将来の日本の経済社会を支える担い手に対する最も重要な投資であるとの認識を国民の間で共有し、社会全体で持続的に幅広く負担するという視点から、現役世代の社会保険料の負担増ありきではなく、望ましい財源について真摯な姿勢で議論を深め、合意形成を図るべきである。
Ⅳ.おわりに
我が国における人口減少は今後地域差を伴いながら加速していく。現役世代は減少し、妊娠・出産の中心となる15~49歳の女性の人口は減少し続ける見込みであり、仮に出生率が上昇しても、出生数の大幅な増加は期待できない。
人口減少が今後も続く現実・見通しから目をそむけることなく、これを変革のチャンスと捉え、未来を生きる次世代への責任を果たすため、こども・子育て政策の強化だけでなく、国を挙げて「人口減少に耐えうる社会システムの構築#17」も同時に進めていかなければならない。
- 提言「人口減少への対応は待ったなし -総人口1億人の維持に向けて-」(2015年4月)
- 政府は長期計画的な政府投資等により投資環境を改善させ、企業は積極的な国内投資と賃金引上げを行い、経済を持続的な成長軌道に乗せ、財政健全化を実現
- 第1子出産前後の妻の就業継続率は5年間で5割台から7割に上昇、2015~19年に出産した妻では69.5%に達する。その就業継続者の79.2%は育児休業制度を利用している(第16回 出生動向基本調査)。
- 子供がいる夫婦は、夫の休日の家事・育児時間が長くなるほど、第2子以降の生まれる割合が高くなる傾向がある(令和4年度少子化社会対策白書)。
- 3歳以上の子を養育する労働者に対する所定外労働の制限・短時間勤務制度、フレックスタイム制度、始業・終業時刻の繰り上げ、または繰り下げの制度、育児・介護休業法の規定を上回る子の看護休暇等(くるみん認定基準より抜粋)
- 例えば短時間勤務については、仕事と育児等の両立に関する実態把握のための調査研究事業(平成30年度厚生労働省委託事業)においても、取得希望および実際の状況に男女差がみられる。
- 令和3年度雇用均等基本調査
- 「内閣府 第3回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2021年6月)では、「1か月以上の育児休暇を取得しない理由」として、「職場に迷惑をかけたくない」が最多で4割を超え、収入が減少することへの不安とともに、職場の雰囲気を理由に挙げる回答も3割に上る。
- 経団連では、改正育児介護休業法の成立に合わせ、改正法の説明会や男性の育児休業取得推進に向けたセミナーの開催等による制度周知・気運醸成を実施している。
- 産後パパ育休(出生児育児休業)においては賃金の67%、(産前産後休暇中の出産手当金(女性)についても賃金の3分の2相当額)が支給されるが、男性育休の取得促進の観点から、有給の制度を設ける企業もある。
- 「女性のライフコース」の理想像は、男女ともに「仕事と子育ての両立」が初めて最多となっており(第16回 出生動向基本調査)、こうした希望に応える環境整備が必要である。
- 政府は、仕事と子育ての両立支援の観点からテレワークやフレックスタイム制度を利用する労働者を後押しすることが必要である。
- 報告書「エンゲージメントと労働生産性の向上に資するテレワークの活用」(2022年4月)、
提言「ポストコロナを展望した少子化対策の推進に向けて」(2020年10月) - 子ども関連予算の将来的な倍増に向け、社会保険料などの負担が「増えてもよいと思う」は41%で「増えてよいとは思わない」の55%を下回った。「増えてもよいと思う」は18~39歳が48%、40~50歳代が47%、60歳以上は35%であり、負担増へ否定的な傾向が年配の層にみられる(日経世論調査 2023年1月)
- 政府の全世代型社会保障構築会議報告書では、全ての妊産婦・子育て世帯支援や現在育児休業給付の対象外である方々への支援に言及。このほか、岸田総理は、年頭記者会見や施政方針演説で「児童手当を中心とする経済的支援の強化」も発言。
- 2022年の月例賃金引上げ(経団連集計)では、大手企業(7,562円、2.27%)、中小企業(5,036円、1.92%)ともに前年を大きく上回っている。
- ①労働力の減少、不足への対応(DX推進による省人化・生産性向上、人材の高度化、多様な働き方の推進等)②社会基盤の持続可能性の確保(社会保障制度における給付と負担の見直し、レジリエントなインフラ、活力のある暮らしやすい地域づくり等が考えられる。