一般社団法人 日本経済団体連合会
イノベーション委員会企画部会
同 産学官連携推進部会
2018年より実施されているSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第2期が来年度に終了するのを前に、本年末に向けて次期SIPの課題候補案の検討が行われている。
SIPは、府省連携による分野横断的な取り組みを産学官連携により推進する枠組みであり、協創によるSociety 5.0実現の推進手段のひとつとして経済界としても期待している。とりわけ、基礎研究から実用化、事業化まで見据えて一気通貫で研究開発を推進することにより、着実に社会実装につなげる点を重視している。こうした観点から、次期SIPの実施にあたっては、コロナ後に実現すべき社会像を描き、そこからバックキャストして必要な領域を選定すべきである。経団連が「。新成長戦略」#1(2020年11月公表)で描いた2030年までに実現すべきSociety 5.0の具体像をもとに、取り上げるべき領域を以下に提案する。
さらに、産学官連携を円滑に推進し、着実に社会実装につなげる観点から、これまでのプロジェクト実施過程で見えてきた、制度や手続きに関する課題や改善点についても述べる。
1.次期SIPの課題として取り上げるべき領域
● 国民のウェルビーイングの実現
新型コロナウイルス感染症の拡大により社会課題として顕在化した、国民の健康や安心の提供といった1人ひとりの多様なウェルビーイング#2につながる領域の研究強化に取り組むべきである。
教育、医療、防災等の分野において、官民が一体となって活用でき、民間サービス創出の促進に資するデータプラットフォームの構築が求められる#3。このような公益性の高い分野のデータプラットフォームの整備は、国民に広く利益をもたらす。そのなかでも特に、社会からの理解も得られやすいと考えられるライフコースデータの利活用プラットフォームの構築などを取り上げるべきである。同時に、今後作られていく様々なプラットフォームの連携を可能にする基本設計のデザインについても重要な研究テーマとなる。
● 地球環境のサステイナビリティへの貢献
異常気象や自然災害の急増等、地球環境は急激に変化しており、サステイナビリティへの貢献や災害・感染症などに対する強靭性確保の必要性が高まっている。2050年のカーボンニュートラル実現に向け、グリーン成長戦略とデジタル・データ戦略を掛け合わせた領域に取り組む必要がある。次世代航空モビリティの省エネ化や、生産ラインにおける電化とそれら電動設備の統合的な稼働システムの構築、再生可能エネルギー由来電力の適切な調達のための技術イノベーション等、取り組むべき課題は多岐にわたる。
新型コロナウイルス感染症を契機に進んだDXをさらに促進し、環境負荷の低減による持続可能性の確保や、災害・感染症などへの脅威に対する強靭性の確保につながるような研究強化も必要である。
● 経済安全保障の確保
新型コロナウイルスの感染拡大や地政学的リスクの増大により、経済安全保障確保の重要性が、これまで以上に高まっている。
不確実性の高い時代の中、経済安全保障を意識したレジリエントなサプライチェーンの確保を、制度設計を含めてSIPにおいて検討する必要がある。
とりわけ国内半導体産業の競争力強化に資する製造検査装置・製造用素材材料・組立実装を含めた技術イノベーションに取り組むべきである。
また、AI・ビッグデータの発展がマテリアルの研究開発手法を大きく変化させ、データ駆動型研究開発による開発時間の短縮、低コスト化が進展している。マテリアル開発におけるデータ(マテリアルデータ)の重要性が増大していることから、マテリアルデータの連携(マテリアルビッグデータの構築)を推進するプロジェクトが必要である。
2.SIPに関する課題や改善点
● 府省間・プログラム間の連携
健康や医療を出口戦略とするデジタル技術(アプリなど)の開発のような、府省の枠にとらわれない予算配分による重要課題の解決の必要性に鑑み、医療分野をAMEDの事業範囲として完全に切り分けるのではなく、健康・医療戦略室とも連携した府省横断型のプログラム実施体制が必要である。
また、プログラム間の連携や協創体制を強化することで、より競争力のある技術や市場の創出が可能となる。
● 社会実装
5年間という制約の下、国益に貢献するイノベーションや社会実装につながる研究テーマを設定しコントロールすることは、多くの研究機関や企業が一貫して困難に挑戦する姿勢を維持できない限り、成果の見えやすいテーマに限定することにつながる可能性が大きい。そのため、技術研究組合などを活用した継続的な社会実装へのプロセスや、そのための要素((例)需要性(Marketability)/組織形態/提供物/提供価値/提供形態/提供者等)と、それらを連動させるために有効なガバニングボードの在り方、政策的なサポートを明確にすべきである。
社会実装フェーズにおいて十分な成果を得るためには、「プロジェクトの期間については、短縮・延長を柔軟にできるようにする」「プロジェクトの体制についても、期中での見直しを可能とする」#4といったプログラム運用も必要となる。
また、社会実装には国内外でのベンチマークが重要だが、社会はSIPのプログラムの枠に合わせて需要するわけではないため、SIP全体でのベンチマーク、経済安全保障なども考慮したアライアンスの進め方に関する調査・分析を、CSTIの司令塔機能の一つとして実現することを求める。
さらに、社会実装を短期間で進めるには、行政が自ら需要家としてプレーすることで、製品・サービスの開発・上市を促進するとともに、周辺環境(法制度、社会慣行、社会的受容性など)の変革を主導することを期待する。
● フィージビリティスタディ
次期SIPではこれまで以上に社会実装を意識し、そのための出口戦略目標を明確に定めて取り組むとしている。その実行には、新技術を社会に導入する際のELSIに関わる問題解決への人文・社会科学の知識や、社会実装に向けた経済学等の分野の知識の活用といった、人文・社会科学を含む総合知の活用#5がフィージビリティ実施の段階から着実に実施されることが必要である。
それぞれのプログラムは、いくつかのサブテーマに分かれている。5年間の全体の見通しを立てるのは困難であるため、事前のフィージビリティスタディに加え、中間時点でプログラム全体、SIP全体でのフィージビリティスタディを行う期間を設定するのが望ましい。
● マッチングファンド
マッチングファンドは、社会実装に向けた産業界の積極的参加意識の醸成に寄与する仕組みとして期待される。この仕組みが有効に機能するためにも、産業界の意見を取り入れ、予見可能性と納得感のある運用がなされることが望ましい。
従来、マッチング率は各課題で任意に設定されていたところ、SIP第2期ではプロジェクト開始後(管理法人と企業の間で委託研究開発契約締結後)に突然マッチング率のルールが変更#6され、公募時に提示されていた割合以上のものを求められることがあった。
次期SIPにおいて、「柔軟に制度を運用」という言葉のために、マッチングファンドだけでなくKPIの設定等に関しても、かえって実施者が政府の過大な要求に対応するという構造になることを懸念する。制度の予見可能性を高めるべきである。
また、マッチングファンドとして算定可能な範囲がやや不明確であったため、具体的な例示を含め、ガイドラインの提示を求める。
● 評価
テーマの評価基準が一貫していない。そのため、「採択者」により提案内容が採択された後、実施者の提案内容は変わらないにもかかわらず、その後の課題評価WGにおいて評価が一変するケースが複数見られる。採択段階における「採択者」と「評価者」との提案内容、評価基準の共有に課題がある。
研究成果の社会実装には、社会的受容性が不可欠である。そこで、評価に関しても、市民視点の導入も含め、評価者の多様性を高めるべきである。産業界側の評価者については技術者に偏ることなく、ベンチャーやファイナンス、ビジネスモデルの専門家等幅広い視点を取り入れるべきである。さらに、外国人や市民を評価者に加えることも視野に入れるべきである。
- 経団連:。新成長戦略(2020-11-17)
http://www.keidanren.or.jp/policy/2020/108.html - 身体的・精神的・社会的に良好な状態。
- 第6期科学技術・イノベーション基本計画 第2章-1-(1)「サイバー空間とフィジカル空間の融合による新たな価値の創出」
- 経団連:Society 5.0の実現に向けた「戦略」と「創発」への転換~政府研究開発投資に関する提言~(2019-4-16)
http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/034.html - 第6期科学技術・イノベーション基本計画 第1章-2-(2)「今後は、人文・社会科学の厚みのある「知」の蓄積を図るとともに、自然科学の「知」との融合による、人間や社会の総合的理解と課題解決に資する「総合知」の創出・活用がますます重要となる。」
- SIP第2期の中間評価(三年目評価)以降の各年度において、マッチング率50%(ただし、上回ることを妨げない。以下同様。)のマッチングファンド方式を本格的に導入する。従来、各課題で任意に設定されていたマッチング率について、①今後50%とすること、②管理法人にその根拠の報告を求めること、が主な変更点である。」(2019-6-27 ガバニングボード決定)