一般社団法人 日本経済団体連合会
金融・資本市場委員会
企業会計部会
IASBディスカッションペーパー「企業結合-開示、のれん及び減損」(以下、DP)についてのコメントの機会を歓迎する。経団連のコメントは以下の通り。
<総論:特に主張したいポイント>
IASBは、IFRS第3号の適用後レビューの市場関係者からのフィードバックを踏まえ、のれんの減損認識が「too little, too late」である問題(以下、「too little, too late」問題という)を認識し、「のれんの事後の会計処理」を優先課題とした。しかし、本DPでは、「のれんの事後の会計処理」の改善については何ら具体案を示すことはなく、一方で、適用後レビューで優先課題とはされていない「取得に関する開示の改善」の検討に注力しており、全般的に、企業価値向上を実現する経営目的や市場関係者の期待に著しく反する内容である。IASBは、本プロジェクトの最優先課題は「too little, too late」問題の解決であると再度認識し、償却処理の再導入を含めた「のれんの事後の会計処理」の抜本的な改善の検討を最優先で行うよう、プロジェクトの軌道修正を図るべきである。【質問1】
「取得に関する開示の改善」は、「too little, too late」問題に対応するものではなく、優先的に検討すべき課題ではない。具体的な提案のうち、特に取得についてのモニタリング指標やシナジーについての開示については、それらの大半が商業上の機密情報であり、提案されている開示情報が他社への参考情報となることで競争上の不利益が生じ、それが期待された取得の効果の発現を妨げ企業価値の毀損につながることを強く懸念している。結果として、作成者としては、モニタリング指標やシナジーの開示の大部分は実行可能ではなく、開示できる情報は大幅に制限されるため、投資家への有用な情報開示とはならないものと考えている。さらに、統合された事業のシナジーの項目や金額は、それが企業結合によるものなのか企業結合に関わらず成し遂げられたものなのかを正確に把握することを含めて、事後的に実証的に識別・検証することは不可能である。金額の妥当性について監査を行うことも困難であると考えられることから、財務諸表の注記としては不適切である。加えて、プロフォーマ情報についても開示の拡充の提案があるが、プロフォーマ情報についてはそもそも監査対象外であり、その有用性に疑問の声もあるなかで、それを拡充する提案は容認できない。【質問2~質問5】
「のれんの事後の会計処理」については、「too little, too late」問題の解決に寄与する方策は一切示されず、「減損のみアプローチ」を維持することが予備的見解として示されている。我々は、「too little too late」問題を解決する唯一合理的な方法は「償却+減損アプローチ」であると考えており、IASBの予備的見解に反対するとともに、各論の質問7に記述した多くの理由から、のれん償却の再導入を強く求めたい。
なお、DPでは、「投資家は償却費を足し戻している」から償却に反対するとの主張があるが、キャッシュ・フローベースの分析において、非資金費用である各年度の償却費を足し戻しているだけであり、減損費用も同様に足し戻されることから、償却に反対する論拠にはならない。むしろ、会計上の利益情報に重要性を見出す投資家もいることから、キャッシュ・フローベースの分析を重視する投資家がいることをもって、会計基準としての償却処理の妥当性を否定することは適切ではない。【質問6・7】「減損テストの簡素化」については、重要なテーマと認識しているものの、減損認識の遅れにつながる懸念もあることから、検討は慎重に進めるべきである。なお、償却の再導入を行う場合には、コスト・ベネフィットの観点から、「毎年の減損テストの廃止」の提案に賛成する。【質問9・10】
のれんの会計処理のような重要なテーマでIFRSと米国会計基準で異なった結論を得ることは望ましくない。IASBとFASBとが緊密な連携を行い、IFRSと米国会計基準の双方でのれんの償却再導入を含め、のれんについての会計処理のコンバージェンスが図られることを強く希望する。【質問13】
<各論:各質問への回答>
(質問1)
(a) 本プロジェクトの目的を「投資者が業績を評価し、経営者に取得の意思決定についての責任をより効果的に求めることに役立つこと」とすることに、強く反対する。
(理由)
IFRS第3号の適用後レビューにおける「too little, too late」問題への対応が必要との市場関係者の意見を踏まえ、IASBは、「のれんの事後の会計処理」を優先課題に挙げた。
しかし、今回のDPでは、「too little, too late」問題への有効な解決策を提示していない。そればかりか、プロジェクトの目的を、「投資者が業績を評価し、経営者に取得の意思決定についての説明責任をより効果的に求めること」と問題をすり替えたうえで、「取得に関する開示の改善」について多くの提案を行っている。これは、企業価値向上を実現する経営目的や市場関係者の期待に著しく反する内容である。
IASBはプロジェクトの目的を「too little, too late」問題への対応に絞ったうえで、まずは、それを解決するための「のれんの事後の会計処理」に注力すべきである。「取得に関する開示の改善」は、のれんの会計処理の改善を行ったうえで、別のプロジェクトとして取り扱うべきである。
(b) 償却の再導入を行う場合には、コスト・ベネフィットの観点から、「毎年の減損テストの廃止」の提案をセットで行うべきである。
(質問2)
(a) (b) 2.4項~2.44項における、取得のその後の業績に関する開示要求全般に強く反対する。
(理由)
(質問1)への回答の通り、「取得のその後の業績に関するよりよい情報に対する投資者のニーズ」を解決するための「取得に関する開示の改善」は喫緊の課題ではなく、優先すべきプロジェクトではない。事業戦略やKPIに関連する事項は、財務諸表の注記ではなく、企業の判断で、MD&A等の非財務情報で経営者の見解として開示すべきものである。
追加の開示提案は、開示コストへの配慮が欠けている。企業結合については、既に詳細な開示が要求されており、これに加えて、取得時・取得後の詳細な開示を要求するのは、他の項目の開示と比較しても過剰であるとともに、以下の点から、作成者にとって実行可能ではない。
(b) - (ⅱ)(ⅳ)の取得についてのCODMのモニタリング指標には、商業上の機密が多く含まれている可能性が非常に高いため、その開示には強く反対する。こうした情報が競合他社に入手されることで、競争上の不利益が生じ、当初想定していたシナジーが発現できず企業価値を大きく毀損することになる。この結果、企業のみならず投資家にとっても不利益な開示となり、実際に開示される情報を大幅に制限せざるを得ない。なお、(b) - (ⅲ)のCODMが該当する取得をモニターしていない場合や(b) - (ⅴ)のモニターを停止する場合にその理由の開示を求めることや、(b) - (ⅵ)のモニターする指標を変更する場合に開示を求めることは、明らかにオーバーディスクロージャーである。
そもそも、商業上の機密に関わる恐れのある事項や企業内部で用いる指標を開示させることは、財務情報を補完する注記の役割を逸脱している。モニタリング指標の情報について数値の妥当性を監査することも困難であると考えられることから、財務諸表の注記として扱うべきではない。
さらに、取得した事業は、取得後に他の事業と統合されるケースが多く、その場合は、取得後の業績をフォローし続けるのは困難である。
(c) 提供される情報は、会社のCODMがレビューしている情報に基づくべきとの見解に、反対する。
(理由)
IASBは、IFRS第8号「セグメント情報」で、CODMの意思決定に沿ったセグメント情報の開示を要求し、これを踏まえて、本DPでCODMがレビューしている情報に基づく開示を要求している。しかし、前者の開示はほとんど商業上の機密に抵触することが無いのに対し、後者の開示は、商業上の機密を含んでおり、かつ監査が困難であると考えられる内部管理情報を含むことから、全く性質が異なり、同列に扱うことはできない。
(d) 商業上の機密に関する懸念が、会社の開示の妨げになることに同意する。
(理由)
商業上の機密を含む情報が結果的に企業にとって不利益となり企業価値を毀損することとなれば、利用者にとっても不利益となることから、商業上の機密は当然に開示対象外とすべきである。そもそも商業上の機密が含まれる可能性がある内容を注記情報として開示させるのは不適切である。
(e) 取得時にCODMがモニターする指標についての開示情報は、経営者の目標であるといっても、将来予測情報であると勘違いされる可能性が高い。CODMがモニターする指標を、監査対象である財務諸表の注記に開示すれば、高いコミットメントがあると投資家が誤って期待することを懸念する。
(質問3)
(質問2)で、取得のその後の業績に関する開示要求全般の開示要求に反対していることから、(質問3)の開示目的の追加の提案にも反対である。
(質問4)
シナジー等の開示提案について強く反対する。
(理由)
主たる理由は(質問2)(a)への回答と同様。
シナジーの項目、金額の妥当性は、それが企業結合によるものなのか企業結合に関わらず成し遂げられたものなのかを正確に把握することを含めて、統合された事業のシナジーを事後的に実証的に識別・検証することは不可能であり、金額の妥当性を監査するのも困難であると考えられる。
シナジーには商業上の機密情報が多く含まれることから、シナジーが開示の対象となり、顧客や競合他社に情報を入手されることで、当初想定していたシナジーが発現できずに企業価値を大きく毀損し、結果として投資家にとっても有益な開示とならないことを強く懸念する。商業上の機密情報を除けば、結果として、利用者の投資判断に資すると考えられる定量的・具体的なシナジーの情報はほぼ開示できないものと考える。
シナジーのうち、特に、コスト改善等の当事者の実行により実現が可能なものは、単なる経営者の目標ではなく、将来予測情報と位置付けて投資家が利用し、高いコミットメントを求めることが懸念される。
「財務活動から生じる負債及び確定給付年金負債を負債の主要なクラスであると定める」との提案がなされているが、現行の開示規定(IFRS第3号 B64項(i):取得した資産及び負債の主要な種類ごとの開示)でも、この2つの負債に重要性があれば開示されることから、それで十分であり、変更の必要性はない。
(質問5)
プロフォーマ関係の開示の拡大の提案に強く反対する。
(理由)
IFRS第3号 B64項(q)(取得後の純利益とプロフォーマ純利益の開示)を「取得関連取引及び統合コストを控除前の営業利益」に変更する提案に反対する。このような数値を計算することは複雑になり、理解しにくい。そもそも、IASB公開草案「全般的な表示及び開示」の営業利益の定義に賛成しておらず、営業利益をベースとするプロフォーマ情報の開示には反対である。
営業活動によるキャッシュ・フローを、取得した事業の取得後について、及びプロフォーマベースで開示することにも強く反対する。この情報の有用性に大いに疑問があるだけでなく、作成者の負担は極めて大きいためである。そもそも、2.74項の意見のとおり、プロフォーマ情報の有用性に疑問を持つ意見もあり、現状の開示をさらに拡大する提案には反対である。
(質問6)
(a) のれんに係る減損損失の適時な合理的なコストでの認識における有効性を著しく高める減損テストの設計が実行可能でないことに同意する。IASBが過去に検討した「ヘッドルーム・アプローチ」による減損テストは、実務的に対応が困難であったため、棄却された点にも留意が必要である。
(b) 該当なし。
(c) のれんの減損損失が遅れるのは、特に、2点目のシールディングの理由が重要であると考える。
(d) 他の側面を考慮する必要はないと考える。
(質問7)
(a) のれんの償却を再導入すべきではないというIASBの提案には強く反対する。「too little, too late」問題を解決する唯一合理的な解決法は償却処理の再導入である。この点も含めた、のれんを償却すべきという具体的な理由(減損のみアプローチへの反論も含む)は以下の通り。
(理由)
現行の減損のみのモデルでは、のれんの減損がタイムリーに行われない。ヘッドルームのシールド効果によって、本来減損すべき部分が表れにくくなるのが主因である。償却を再導入することで、適時・適切な額ののれんの費用化が可能となる。【too little, too lateへの対応】
のれんは投資原価の一部であり、技術力、ノウハウ、顧客基盤、人的資源等が主なものであるので、その価値は、技術革新、市場の変化、転退職等により減価する。もし永続するものがあれば、通常は、耐用年数を確定できない無形資産として計上すべきものである。【のれんの減耗性】
のれんは事業を取得するために生じたコストであることから、取得の便益(収益、コスト削減など)を認識する期間に配分すべきである。のれんを償却することで、取得後の企業の純利益をより適切に反映することができ、投資の成果の適切な把握につながる。【投資の成果の適切な把握】
「償却+減損アプローチ」の方が、投資の回収を念頭に、収益・費用・将来の減損リスクを総合的に考慮したマネジメントを行うことができ、経営に一定の規律を与え、企業の持続的成長に貢献する。【企業経営の規律の確保】
「償却+減損アプローチ」では、のれんの経年の減価を反映したのれんの簿価と回収可能価額とを比較して減損の必要性を検討するので、より適切な減損額を適切なタイミングで認識できる。【減損のタイミングの適時性】
「償却の再導入は、大きなコスト削減にはならない」との見解(3.83項)が提示されているが、償却を行えば減損のリスクや確率が減少する。DPで提案されている「減損テストの簡素化」を償却と組み合わせれば、さらに減損テストのコストが削減される。「償却+減損アプローチ」は、コスト・ベネフィットに優れたアプローチである。【コスト・ベネフィットの観点】
_3.90項で「償却については、のれんの耐用年数及びのれんの減少するパターンを見積もることが困難」とされているが、その分析や根拠が記載されていない。のれんの耐用年数及びのれんが減少するパターンを認識することは可能であり、その困難度は、有形固定資産の減価償却の場合と大きく変わるものではない。【償却年数・パターンの見積り】
(b) のれん償却について、経団連は一貫して償却処理の再導入の必要性を発信してきた。なお、ASBJは2016年及び2020年にのれんの定量的調査を行っており、減損のみアプローチが国際基準で適用されるようになって以降、のれんの残高が増加傾向にあることが確認されている。こうした趨勢からも、のれんの適時・適切な額の費用化を行うべく、償却処理を再導入する必要性が一段と高まっていると認識している。
(c) 償却処理を再導入すれば、のれんに係る減損損失を会社が適時に認識していないという懸念の大部分が解決される。特に減損のみのモデルで、ヘッルームによるシールド効果によってのれんの減損がタイムリーに行われない問題が、大幅に解消されるものと考えている。
(d) 取得のれんは、その後に内部で創設されたのれん(=自己創設のれん)とは別個のものである。減損のみモデルでは、ヘッドルームによるシールド効果によって、本来減損すべき部分が表れにくくなり、減損されずに自己創設のれんに置き換わっていると考えられる。その結果、減損のみモデルでは、自己創設のれんを貸借対照表に計上する帰結となり、会計基準の基本的な考え方に反することになる。
(e) のれんの償却が再導入された場合、投資家向けの業績指標の1つとして、償却費を経営者が足し戻すケースもあるだろう(もちろん償却費を足し戻さないケースもある)。しかし、経営者業績指標として償却費を足し戻す場合でも、それは1つの指標に過ぎず、会計処理として償却を再導入すべきか否かの議論とは切り離すべきである。多くの日本企業は、企業経営の観点から償却処理を支持しており、償却処理が再導入されれば、償却費が差し引かれた数値を経営上も尊重し活用するだろう。
なお、「投資家は償却費を足し戻している」から償却に反対する主張があるが、キャッシュ・フローベースの分析において、非資金費用である各年度の償却費を足し戻しているだけであり、この場合減損費用も同様に足し戻すことから、償却に反対する論拠にはならない。むしろ、会計上の利益情報に重要性を見出す投資家もいることから、キャッシュ・フローベースの分析を重視する投資家がいることをもって、会計基準としての償却処理の妥当性を否定することは適切ではない。(f) のれんの耐用年数・償却方法は、経営者が合理的に見積もったものを用いるべきだが、「too little, too late」への対応を踏まえると、10年を上限とする定額償却を基本に検討を行うべきである。
(質問8)
貸借対照表上にのれんを除いた資本の合計を表示することに強く反対する。
(理由)
のれんを除いた資本合計を財務諸表の本体で表示した場合、のれんがあたかも資産性が無いといった誤ったメッセージとなり得ることから、投資家にとっても有益な情報とはならない。
のれんを償却すれば、より厳格にのれんの資産性を判定でき、このような中途半端な提案を行わずに済むのではないか。
(質問9)
のれんの償却処理を再導入する場合には、定量的な減損テストを毎年行うという要求を廃止することに賛成する。のれんを償却する場合は、減損の兆候がある場合のみに減損テストを行うとしても、減損のタイミングが遅れるケースは限定的である一方で、減損テストのコストと労力を大幅に削減することができ、コスト・ベネフィットに資するものと考える。
現行の減損のみの会計処理を前提とする場合には、定量的な減損テストを毎期行う要求を廃止する提案を歓迎する意見がある一方で、減損のタイミングが遅れる懸念も払しょくできないことから、慎重に検討を行うべきである。
(質問10)
使用価値を見積る際の一部キャッシュ・フローの制限の撤廃の提案については、リストラクチャリングや資産の性能の改善から生じるキャッシュ・フローを使用価値の算定に織り込むことで、経営者の計画を使用価値の算定に反映できることから賛成する意見もある。一方で、のれん減損が現状よりさらに遅れる懸念があることから、慎重に検討を行うべきである。また、検討に当たっては、この提案はのれん以外の減損の会計処理に影響がある点に留意が必要である。
減損テストの使用価値の算定において税引後キャッシュ・フロー及び税引後の割引率を使用する提案については、既に係る実務が定着していることから、これを基準上明確化することは実務の円滑化に資するものであり、賛成する。併せて一時差異等の取扱いに係るガイドラインを充実させることが望ましい。
(質問11)
4.55項の(a)~(d)の簡素化の提案について、このプロジェクトで追求しないことに同意する。
(質問12)
現行の無形資産の会計基準は有効に機能しており、現行の識別可能な無形資産の認識基準を変更すべきでないという予備的見解に同意する。
(質問13)
のれんの会計処理のような重要なテーマでIFRSと米国会計基準で異なった結論を得ることは望ましくない。IASBとFASBとが緊密な連携を行い、IFRSと米国会計基準の双方でのれんの償却再導入を含め、のれんについての会計処理のコンバージェンスが図られることを強く希望する。