一般社団法人 日本経済団体連合会
経済法規委員会競争法部会
1.総論
大企業とスタートアップの連携により、チャレンジ精神のある人材の育成や活用を図り、スタートアップの競争力を維持・強化し、ひいては我が国の競争力を更に向上させることが重要である。企業連携によるイノベーションを成功させるため、スタートアップが大企業などから一方的な契約上の取決めを求められないよう、問題事例とその具体的改善の方向及び独占禁止法上の考え方を整理したガイドラインを策定することは時宜に適っている。
また、一般的に、スタートアップは大企業に比して、法務や知財に関するリテラシーに乏しいことは事実であり、その点を考慮し、スタートアップと連携事業者との契約の際の留意点等が示されていることは有意義であり、スタートアップ・連携事業者双方にとって参考になるものである。
ただし、事業者間の交渉・契約においては様々な考慮要素や環境、背景があることから、このような個別事情にも十分配慮されるべきである。ここでは、本指針が取引の自由を必要以上に阻害しないようする観点から、以下の意見を述べる。
2.各論
【全体に関して】
≪意見①≫
本指針案では、「スタートアップ」の定義が示されておらず、「連携事業者」の定義も不明確である。明確性を確保し、本指針を活用しやすいものとすべく、全体的にこれらの定義を明確化すべきである。なお、その際には、外国事業者も同定義に含まれることを明らかにされたい。
≪意見②≫
本指針案では、「取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が・・・」という記載があるものの、どのような場合に「優越的地位」にあるかの判断基準は示されていない。優越的地位にあるかの判断は従来の公正取引委員会『優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方』によると理解しているが、優越的地位にあることの判断基準を本指針内に記載した方が、一覧性のあるより有用なものとなる。
≪意見③≫
全体的に問題となる事例が掲載されているが、事業者の予測可能性確保という観点からは、許容される事例についても記載すべきである。
≪意見④≫
本指針案は出資者であったとしてもスタートアップと事業連携する場面においては適用されるものと認識している。スタートアップへの出資は一般的な出資に比して投資回収リスクの高い取引であり、スタートアップに出資する目的はキャピタルゲインでなく事業シナジーが主である場合もある。
従って、出資というリスクに見合うリターン(事業連携に関する条件)を求めることは正常な商慣習として認められるべきである。本指針の運用による優越的地位の濫用該当性の判断においては、出資者でない取引先等との事業連携と同列に扱われることがないよう考慮がなされる、すなわち出資と出資に伴う事業連携を切り離して個別に評価するのではなく、一連の行為として評価されるものと考えてよいか。
≪意見⑤≫
特に大企業と連携しようというスタートアップは、これから製品やサービスを立ち上げて初期顧客を獲得していこう、あるいは、「死の谷」を越えようというステータスにあり、そのための一環として事業連携を模索しているということも考えられる。そうであるとすれば、事業連携相手(大企業)への取引依存度が瞬間的に高くなるのは必然であり、今後、依存度を下げていく過程にあるに過ぎないと捉えることもできる。
そこで、本指針においては、どのような時点を基準に、優越的地位にあるか、あるいは濫用行為が行われたのかについての判断を行うのか明確化すべきである。
≪意見⑥≫
本指針案で「問題となるおそれがある」と整理されている事例に関しては、必ずしも画一的に処理できるものではなく、当該取引全体の中で、スタートアップのリテラシーの程度、スタートアップと連携事業者の交渉状況、契約の背景などの様々な個別事情を考慮し、ケースバイケースで処理されるべきものである。2頁の注釈5に、優越的地位の濫用等として問題になるかは個別の事案ごとに判断される旨の記載があるが、注釈ではなく本文にこのような趣旨を明記すべきである。
【3~4頁「(2)NDAに係る問題について」の①に関して】
例えば連携事業者側が営業秘密の無償開示等を要請したわけではなく、最初のコンタクトで一般的な情報開示を要請しただけなのに、連携事業者と取引したいスタートアップ側でNDAの締結ない状態で営業秘密を開示してしまい、後日取引に発展しないといった事態になってから、取引を期待して開示した(連携事業者より不当な取扱いをされた)との主張に発展することも想定される。
そこで、営業秘密の無償開示を要請したと誤解されたり、後日トラブルにならないよう、連携事業者としてどのような工夫できるかといった連携事業者側の視点での記載も行うべきである。例えば、連携事業者がスタートアップに一般的な情報開示を求める際、NDAを締結していない段階では営業秘密を開示する必要はない旨を伝えていた場合には、結果としてスタートアップ側が取引を期待して営業秘密を開示したとしても、自主的な開示といえ、通常、優越的地位を濫用し営業秘密の無償開示を要請したとはいえない、といった記載を行うことも一案ではないか。
【7頁「イ 片務的なNDA等の締結」の①及び24頁「イ 特許出願の制限」の①に関して】
「自社のひな型を押し付ける」という文言が使用されているが、スタートアップの法的リテラシーが不足しているかなどは、連携事業者側からは必ずしも明らかではなく、連携事業者としては、スタートアップ側のリテラシー不足に付け込む意思等がない場合であっても、事後的にスタートアップ側がリテラシー不足であり、ひな型を押し付けられたとして紛争になる可能性がある。
そこで、このような事態を避けるべく、「ひな型を押し付ける」という文言に例示等を加え、具体的にどのようなことを指すのか明確にすべきである。
【21頁「ウ 成果物利用の制限」の(ア)に関して】
「共同研究によって生み出された知財の価値を最大化するためには、「ア 知的財産権の一方的帰属」の(イ)でも述べたように、スタートアップへ知的財産権の帰属をさせる一方で、連携事業者の意向に沿う形で事業領域や期間等について一定の限定を付した独占的利用権を設定することで双方に有益となることが重要である。」との記載があり、「重要である」との文言が、「フリーランスへ知的財産を帰属させること」にまでかかっているかのように読める。
しかし、引用されている「ア 知的財産権の一方的帰属」の(イ)では、「スタートアップに知的財産権を帰属させつつ、連携事業者の意向に沿う形で事業領域や期間等について一定の限定を付した独占的利用権を設定する形で調整することを検討することが考えられる。」との記載になっており、フリーランスへの知的財産の帰属が「重要」とはしていない。
特許戦略は個別事情に応じて様々であり、例えば、基本特許となる物質特許を保有しているような場合において、研究費用を負担して外部へ研究委託を行い、基本特許を守るために戦略的に応用特許を取得・保有するといったこともある。
このようなことからすると、スタートアップに特許を帰属させることが「重要」と読める記載ぶりは修文すべきである。
【21頁「ウ 成果物利用の制限」の(イ)に関して】
「AI分野において「複数の会社からデータの提供を受けて生成したカスタマイズモデルを利用したサービスを、複数の事業会社に提供する」というビジネスモデルを採用する場合は、成果物の利用条件を独占的な内容とすることは、スタートアップ、連携事業者の双方にとって非合理的である。」との記載がある。
しかし、AI分野の開発においては、開発成果物を完成させるために連携事業者から提供される情報(AIへ読み込ませるデータ、ノウハウ)の質、量自体に大きな価値がある場合が多く、連携事業者には、競争力維持の観点から、データ、ノウハウの秘密性を保持する局面もあり得る。
よって、一律に、開発成果物を非独占的な利用条件とすることを推奨する記載は不適切であり、「非合理である場合がある。」などに修文すべきである。
【32頁「(3)損害賠償責任の一方的負担」の(ア)に関して】
いわゆる「特許保証」を行うリスクが非常に高い旨の記載があるが、スタートアップ側に技術知見があり、連携事業者側にはその技術に関する知見がないような場合、連携事業者側にとっては、特許保証を行ってもらえないことによるリスクが非常に高くなることもあり得る。
どちらに知見があるかといった個別事情を加味しなければ「特許保証」自体の是非は論じることはできないことから、このような連携事業者側のリスクを踏まえ、指針の注釈等で、スタートアップ側の方に技術的知見がある場合においては、「特許保証」を結ぶこと自体が不適当とまではいえない旨の記載を加筆すべきである。