一般社団法人 日本経済団体連合会
環境安全委員会地球環境部会
パリ協定を含むCOP決定において、全ての締約国が2020年までに長期の温室効果ガス低排出発展戦略を策定し提出することが招請されたことを踏まえ、現在、中央環境審議会地球環境部会長期低炭素ビジョン小委員会にて、「長期低炭素ビジョン」の年度内策定に向けた議論が進められている。
わが国経済界としては、引き続き、「低炭素社会実行計画」(2020年度・2030年度を目標とする経済界による自主的取組み)の着実な推進、イノベーションの不断の創出、低炭素型の製品・サービスの国内外の展開、わが国が有する省エネ・環境技術の海外への移転・普及等を通じて、わが国が掲げる「2030年度までに2013年度比26%削減」という中期目標の実現はもとより、長期の地球規模での実質的な削減に貢献していく所存である。
さる2月3日に開催された同小委員会において、「長期低炭素ビジョン」の素案が提示されたところ、長期かつ地球規模での削減を図る観点から極めて重要と考える論点に対し、下記のとおり意見を示す。
「長期低炭素ビジョン」(素案)
http://www.env.go.jp/council/06earth/y0618-12/mat02.pdf
1.「環境と経済の両立」が大前提
温室効果ガスの大幅な削減は、企業活動や国民生活に大きな影響を与えることから、「環境と経済の両立」が不可欠である。長期の大幅削減にあたっては、革新的な製品・技術・サービスの開発と普及、公共インフラや都市等の低炭素化が極めて重要であり、そのための原資を確保するための経済成長が必須である。「長期低炭素ビジョン」の素案においては、温暖化対策が進むと経済が成長し、わが国が抱える少子高齢化などの社会的課題も解決の方向に進むことが、十分な根拠なく示唆されているが、その因果関係について精緻な分析が必要である。
また、わが国における環境と経済の両立は、わが国固有のエネルギー事情や産業構造の実態を踏まえたものでなければならない。とりわけ、温室効果ガスの約9割をエネルギー起源CO2が占めるわが国においては、温暖化政策とエネルギー政策は表裏一体の関係にある。豊かな国民生活や活力ある経済社会の実現のためには、S+3E(安全性+安定供給、経済性、環境適合性)のバランスのとれたエネルギー政策の実現が求められる。
「長期低炭素ビジョン」においては、こうした基本的な考え方や実情を丁寧に記述し、「環境と経済の両立」に反する記述や施策の強化等を盛り込まないようにすべきである。
2.「カーボン・バジェット」を前提とした目標管理はすべきでない
「カーボン・バジェット」の考え方は、温室効果ガス削減のみを絶対的な制約条件として強調し、経済成長やエネルギー安全保障といった他の重要政策課題への配慮を軽視するものである。パリ協定においても、「カーボン・バジェット」については合意されておらず、「カーボン・バジェット」の存在とその制約の受け入れに関する国際的な合意は存在していない。また、その絶対量に関しては未だ不確実性が非常に大きく、科学的知見のさらなる蓄積が求められる。
そのため、「カーボン・バジェット」を「長期低炭素ビジョン」の基本的な考え方に据えることはふさわしくなく、かかる考え方をわが国が一方的に中期および長期の目標にあてはめ、バックキャストして硬直的な進捗管理を行う考え方をとるべきではない。
3.国内を含むグローバルな貢献を目指すべき
パリ協定で長期目標として記載されたいわゆる「2℃目標」は、世界全体で目指すものである。国内における削減にも当然取り組んでいく必要があるが、世界における排出シェアが約3%である日本の国内対策だけで、地球温暖化の趨勢を抑止することはできない。
「長期低炭素ビジョン」においては、国別削減目標にとらわれることなく、わが国として地球規模の削減に貢献していく姿勢を前面に示していくべきである。わが国は世界に誇る優れた省エネ・低炭素型の技術を多数有しており、製品・サービスのグローバルなバリューチェーンや、ライフサイクルを通じた削減を目指すことや、実用化された省エネ技術等の海外展開を図ることが、わが国の貢献のあり方としてふさわしい。国内・海外の二分論的発想は、わが国の貢献を限定するものになりかねない。
4.長期目標「2050年80%減」の位置付けを明確にすべき
わが国としての貢献のあり方に鑑みれば、国内長期目標として「2050年80%減」を位置付ける必然性は低い。そもそも同目標は、政府が東日本大震災以前に掲げていた目標であり、震災後のわが国におけるエネルギー事情の変化等を踏まえたものではない。とりわけ原子力を巡る状況が大きく変化したなかで、「2050年80%減」を環境と経済が両立した形で実現できるのか、大きな疑問が残る。
政府が「2050年80%減」目標を掲げる場合には、あくまで「目指すべきビジョン」であって、中期目標「2030年度26%減」とは位置付けが異なり、「日本としての国際的なコミットメントではない」ことや、「全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際枠組み」、「主要国のその能力に応じて取組みの推進」、「環境と経済の両立」の前提条件が付されていることについて、明確に記載すべきである。また、これらの前提条件がどのような状況にあるか、継続的に検証を行い、柔軟に対応していくことが不可欠である。
5.持続可能な発展を可能とする2050年の絵姿を描くべき
長期での大幅な排出削減の検討において、持続可能な発展を可能とするわが国経済社会の将来像を議論するに際しては、複数のシナリオを設定し、マクロ経済や産業構造、エネルギー需給見通し、対策の技術的な導入可能性・コストはもとより、わが国産業の国際競争力や国民生活、雇用への影響等を総合的に比較分析する必要がある。シナリオは一定の仮定に基づくものであり、様々な不確実性が存在する中、状況変化に応じ、柔軟に見直していく姿勢が求められる。また、地球温暖化対策と表裏一体にあるエネルギー政策については、S+3Eを踏まえ、原子力・再エネ等の電源構成とその実現方策についてしっかりと議論していくべきである。
6.民間の活力と創意工夫を発揮し得るイノベーション環境を整備すべき
経済成長と両立させつつ、長期にわたって大幅な削減を図るためには、イノベーション、すなわち革新的技術の開発と社会実装が不可欠であり、長期戦略の中核をなすものである。経済活動にブレーキをかけるような環境規制は、むしろ技術革新を阻害するものであり、また、社会インフラの総入れ替えともいえるような大規模な社会実装投資は、社会経済の活力と健全な成長があって初めて実現するものである。政府には、民間の主体的取組みを尊重し、政府研究開発投資の拡充や規制改革をはじめ、イノベーション創出の環境整備に注力することが求められる。
7.明示的カーボン・プライシングには断固反対
明示的カーボン・プライシングは、広く普及している化石燃料に政策的にコストを賦課することで、現状では相対的に高コストで不安定な再生可能エネルギー等の導入を促すことが意図されている。しかしながら、社会・経済活動の基礎投入資源であるエネルギーの価格を政策的に引き上げることは、すでに高いエネルギー価格に直面するわが国#1において、社会・経済活動に一層の負担を強いることにつながり、わが国企業の国際競争力に悪影響を及ぼす。
長期的な脱炭素化を、国民生活や事業活動に過重な負荷をもたらさずに実現するためには、化石燃料よりも低廉で安定供給可能な低炭素・脱炭素エネルギー技術を、一刻も早く開発・実用化し、その普及による社会構造のイノベーションを図る必要がある。そのためには、活発な社会・経済活動の実現が前提となる。
排出量取引制度や炭素税といった明示的カーボン・プライシングの導入・強化は、現状、高コストで不安定といった大きな課題が残るエネルギー技術の社会への大量導入を促す。また、企業に直接の経済的負担を課すことで、経済活力に負の影響を与えるのみならず、企業の研究開発の原資や、社会の低炭素化に向けた投資意欲を奪い、前述のようなイノベーションによる解決を阻害する。
排出量取引については、昨年閣議決定された地球温暖化対策計画において、「我が国産業に対する負担やこれに伴う雇用への影響、海外における排出量取引制度の動向とその効果、国内において先行する主な地球温暖化対策(産業界の自主的な取組等)の運用評価等を見極め、慎重に検討を行う」とされており、導入を前提とした議論は不適切である。海外における運用実態をみても、既導入国・地域において排出量取引制度が成功しているとは言い難く、わが国に導入すべきではない。
炭素税に関しては、既に地球温暖化対策税の三段階の税率引き上げを行ったばかりであり、政府はまず、当該税収の実績および使途、政府関係部局統一の削減効果の評価を示すべきである。
また、経済活動が国際化し、企業がグローバルな市場で競争している中で、わが国だけが一方的に過重な炭素価格を企業に課すれば、国際競争力が失われ、生産が海外に移転し、輸入品への代替が進むことで、海外での排出量は増える一方、国内では産業基盤と雇用が失われる事態を招きかねない。
とりわけ、わが国企業が軸足をおくアジア太平洋地域市場との間で、明示的・暗示的な炭素価格水準の公平性を担保していくことが、わが国産業が有する優れた省エネ・低炭素型の技術・製品等を通じて、長期かつ地球規模での温室効果ガス削減に貢献する道である。明示的カーボン・プライシングにより、わが国の生産活動や国際競争力を低下させることは、かえって地球規模での温暖化対策に逆行する結果を招く。
このように、明示的カーボン・プライシングは、長期であるほど温暖化対策としての効果がなく、経済界は導入に断固反対する。
- わが国の電気料金は米国や韓国と比べて2倍以上の水準とのデータがある。産業用電気料金については、各国・各地域で優遇制度等が設けられており、日本は諸外国と比べてさらに高いとの経営実感がある。こうした事例は、日本の暗示的カーボンプライスが国際的に高いことを示唆している。