OECD租税委員会御中
税制委員会企画部会
BEPS行動8~10(リスク・再構築・特別措置)に係わる公開討議草案に対する意見
OECDが2014年12月19日に公表した公開討議草案「BEPS行動8~10:移転価格ガイドライン第1章改定案(リスク・再構築・特別措置を含む)」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。
1.移転価格税制に係る基本的な認識
BEPSが国際的に社会問題となった要因の一つが一部の多国籍企業による移転価格税制の潜脱であったことを踏まえれば、今回のBEPSプロジェクトを機に、制度の見直しを行う必要があるとの議論は理解できる。また、無形資産の取扱いなど、BEPSの有無に関わらず、かねてより明確化が求められていた分野もある。経団連としては、移転価格税制の改善に向けたOECDの取り組みを支持する。
ただし、対策はあくまでも合理的、かつ焦点の絞られたものとすべきである。わが国企業は近年、各国でアグレッシブな移転価格課税に直面している。移転価格課税は一般的に更正額が巨大となり、その解決に多大な労力・コストを要し、場合によっては二重課税が解消されない場合もあるため、企業の国際展開にとって重大な障害となっている。BEPSプロジェクトの結果、移転価格税制に係る紛争が増加することはあってはならない。今後、OECD加盟国のみならず、G20諸国を含め、制度・執行の調和が図られることを強く期待する。
特に、わが国産業界としては以下の点を強調したい。
第1は、BEPS行動13に基づく移転価格文書の意義の再確認である。昨年9月の勧告により、多国籍企業は今後ローカル・ファイルに加え、マスターファイル、国別報告の作成が義務付けられる方向となった。本来、リスク評価はこのような規制によってではなく、納税者と課税当局との協力的な対話の中で行われるべきであるが、勧告がなされた以上、多国籍企業としては、コンプライアンス・コストは確実に増大するものの、この機会をグローバルな移転価格ポリシーの再評価、親子会社間の情報共有体制の整備など、前向きな姿勢で捉えることも重要かもしれない。
しかし、こうした納税者の努力は必ず報われなければならない。文書を共有する以上、各国の関連する税務当局は、納税者との「情報の非対称」を必要以上に強調すべきではない。また、文書の内容も企業の判断を極力尊重すべきである。
第2は、形式(form)の尊重である。これは1点目の主張とも関連する。昨年の行動8、無形資産に係る中間報告、あるいは今回の公開討議草案におけるリスクの取扱いなど、移転価格税制を巡る最近のOECDの議論においては、法的所有や契約といった形式(form)を分析の出発点としつつも、取引における当事者の実際の行動など、実質(substance)をより重視する方向にあるが、BEPSに無関係な大多数の納税者からすれば、形式に対し、ことさら懐疑的な姿勢で臨むアプローチには違和感を覚える。
そもそも通常の納税者であれば、無形資産に係る法的所有の場所と価値創造の場所を人為的に分離することは稀であり、また、契約と異なるリスク配分を行うことも考えにくい。加えて、多国籍企業は今後、マスターファイルでグローバルな移転価格ポリシーを説明することが見込まれる。国外関連者取引に係る個別の契約内容は、自ずとそこで説明された内容と整合的なものとなろう。形式(form)と実質(substance)は乖離する方向にあるのではなく、むしろ近接の方向にあることが認識される必要がある。
こうした中で、実質を重視するとの名のもとに安易に形式から離れるアプローチが採用されるならば、各国の税務当局による主観的な判断、恣意的な運用が行われ、納税者の課税関係が一層不安定になる。移転価格ガイドライン第1章(独立企業原則)、第6章(無形資産に対する特別の配慮)の改定にあたっては、再度、この点に留意すべきである。
第3は、独立企業原則の維持である。各公開討議草案では、個別の改正オプションについて、ところどころ現段階では結論は得られていないとの留保が付されているものの、移転価格税制のパラダイム・シフトを予感させる大胆な提案が行われている。多国籍企業のグローバル・サプライ・チェーンの複雑化や国際取引における無形資産の果たす役割の高まり、一部納税者による常軌を逸したタックス・プランニングなどを受けて、現行制度の限界を指摘する向きもあるが、OECDが長年維持し、各国が尊重してきた独立企業原則を簡単に放棄すべきではない。否認の導入、特別措置の採用、安易な取引単位利益分割法の適用拡大は望ましくなく、極めて慎重に検討すべきである。
これらの基本的な認識を踏まえた個別の意見は以下の通りである。なお、利益分割法に係る問題については別途意見を提出する。
2.リスク(第1章D1、D2)
公開討議草案の第Ⅰ部では、移転価格ガイドライン第1章(独立企業原則)の改定が提案されている。このうち、D1「商業・資金上の関係の特定」、D2「商業・資金上の関係におけるリスクの特定」では、リスク分析のフレームワーク、リスクの類型などを含め、リスクに係る記述が拡充されている。制度の透明性向上に資する可能性があり、方向性としては評価できる。一方、記述の拡充は、制度の複雑化と裏腹の関係にあるともいえる。ガイドラインの最終化に際しては、通常の納税者への配慮が不可欠であると考える。
例えばD1のパラ5で「契約が当事者の実際の商業上・資金上の関係を正確又は包括的に捉えているとは自動的に想定されるべきでない」とあるが、冒頭、指摘した通り、コンプライアンスを重視する納税者が大多数である中で、はじめから契約を軽視する姿勢は望ましくないと考える。
また、D2では「中核的なリスクの引受けは多国籍企業グループの運営上の機能に根ざしているようであり、必ずしもリスクの結果が具現化する当事者に限定されていない」(パラ46)、「商業活動を行っている一方又は他方の当事者がすべての商業上のリスクから隔絶されている…といった十把ひとからげの物言いは慎重に検証されるべき」(パラ49)といった表現があるが、重要性に関わらず、多国籍企業のすべての国外関連取引について詳細なリスク分析を求めることを意図しているのであれば過剰であろう。また、リスクやリスク管理の所在地を巡って関係国で認識が相違し、新たな紛争が生じる懸念もある。
課税当局、納税者ともにリソースには限りがある。少なくとも今回のガイドライン改正が通常の納税者に対する調査の厳格化、事務負担や紛争の増加に繋がることのないよう記述を工夫すべきである。
なお、リスクの引受け及び移転を事業の中核とする保険業(再保険を含む)については、一般的リスクに関する論点には当てはまらない箇所が多く、峻別すべきである。例えば、パラ78では「リスクをコントロールしていない事業体にリスクは配分されず、ゆえに予期せぬ利益(損失)を稼得できない」との記載があるが、保険業は一般的に被保険者のリスクを十分にコントロールできる立場にない一方、リスクに見合った保険料を徴収することでリスクの引き受けを行っている。このようにリスクの引き受けを事業とするがゆえに、予期せぬ利益を稼得することもあり、また、予期せぬ損失へ備えることが必要となる。
リスクと資本の関係を含め各国における規制・監督に基づき運営されている保険業の特性を十分に踏まえた論議が求められる。
3.否認(第1章D3、D4)
第1章D3、D4では、D1、D2のプロセスにおける取引の厳格な検証を経た後であっても、「例外的な状況においては、正確に描写された取引が、非関連者間の取決めにおける基礎的な経済的性質(fundamental economic attributes of arrangement between unrelated parties)を欠くと解釈され、結果としてその取決めが移転価格上、認識されないということもあるかもしれない」(パラ82)として、取引の否認の議論に移行する。
基礎的な経済的性質を有する取決めとは、「双方の当事者に対し、その取決めに入る時点において現実的に利用可能な他の機会と比べ、彼らの商業・資金上のポジションをリスク調整ベースで向上・保護させるとの合理的な期待を提供する」ものであり、「その取決めが全体として見た場合に、双方の当事者に対し、そのような機会を与えない場合、あるいは当事者の片方にしか与えない場合、その取決めは移転価格上、認識されないだろう」(パラ89)とされる。否認の結果としては、「移転価格目的上、納税者のストラクチャーを置き換えたストラクチャーは、当事者の商業上・資金上のポジションを向上・保護する機会を得られるような代替的取引によって決定されるべきである。置き換えられたストラクチャーは、非関連者間の取決めと類似の基礎的な経済的属性によって判断され、類似の状況における独立当事者間の商業的な現実にできる限り近い形に適合するものとされるべきである」(パラ93)とされる。
この「基礎的な経済的性質」の概念は、従来の「商業的合理性」テストに代替するものとされるが(パラ88)、否認の発動要件としては明確性を欠いており、主観的な判断・恣意的な運用を招く恐れがある。また、この議論は端的に言えば、経済的に意味をなさない取引は否認するというもので、その効果も国外関連取引の「価格」の引き直しというよりは「行為」そのものを引き直すものとなっている。このような明確性に欠ける概念に基づく規定は賛同することはできない。少なくとも現行ガイドラインで記述されている再構築が今回提案されている否認に書き換えられることによって、否認の事案が増加することはないこと、すなわち、通常の納税者がD3、D4の適用を受けることはないことを明確化する必要がある。また「基礎的な経済的性質」と「商業的合理性」の概念の違い、否認の結果(D4.3)に係るガイダンスの拡充が有用である。
4.特別措置
公開討議草案の第Ⅱ部では、「BEPS行動8~10では、移転価格の結果と価値の創造は整合する必要がある」(パラ1)、「第Ⅰ部の記述はその目的に大いに貢献している」(パラ2)と述べた上で、「しかし、それでもBEPSのリスクは残る。これは主として納税者と課税当局の情報の非対称性に関連する。また、MNEグループが、低税率が適用される最小限の機能しか有しない事業体に対し、比較的容易に資本を配分できるということに関連する。この資本はMNEグループ内で使用される資本に投資され、その事業体に対する税源浸食支払を生み出す」(パラ3)とし、5つの潜在的な特別措置を提案している。
しかし、冒頭指摘した通り、今度、多国籍企業がマスターファイル、国別報告を関係する各国の税務当局に共有する見込みである中で、依然として各国の税務当局が「情報の非対称」を強調するのはバランスを欠いている。また、移転価格ガイドライン第1章改定案D4の否認自体が特別措置のようなものである中で、さらに特別措置を講ずることは屋上屋に他ならない。そもそも、特別措置が念頭に置く租税回避事例は、公開討議草案第Ⅰ部でいえばパラ90及び91(軽課税国への商標移転)が該当すると考えられるが、このような極端なプランニングを行っている企業は極めて少数である。濫用的なスキームを封じることに注力するあまり、通常の納税者の課税関係が不安定になることがあってはならない。
公開討議草案ではさらに「各オプションが独立企業原則の範囲内なのか、超えているのかを決定することは重要でない。狙いは措置の効率性について検討することである」(パラ6)としているが、仮に独立企業原則を超える場合には、OECDモデル租税条約第9条(特殊関連企業)との関係、あるいは特別措置によって二重課税が生じた場合の同第25条(相互協議)との関係について、疑問が生ずる。
他のBEPS行動計画の具体化により、ただでさえ紛争の増加が予想される中で、特別措置の導入はその傾向に拍車をかけることになる。かかる観点から、わが国企業としては、特別措置は不要と考える。万が一、特別措置の採用が不可避な場合でも、それはALPの範囲内の措置として位置づけ、その適用によって二重課税が生じた場合は、必ず排除されなければならない。
個別オプションに係る見解は以下の通りである。
オプション1 価格付けが困難な無形資産
このオプションは「所得相応性基準」と呼ばれる手法だが、取引の一定期間後に価値が上昇したからといって価格を事後的に引き直すことは、納税者の予見可能性を著しく損なうものである。当局が更正を行う際に利用可能な情報と、納税者が取引の際に利用可能な情報には乖離がある。OECDが各国にこのような後知恵による課税ツールを勧告することは極めて危険である。
また、納税者は当局の想定に対し、「一定の条件において反駁が可能かもしれない」とされているが、納税者の価格付けが独立企業原則に整合的でないことを証明するのはあくまでも当局であるべきである。「同時文書化」との文言も、納税者に負担を強いるものであり、不合理である。
特別措置の主たる目的がBEPSへの対応であることを踏まえれば、通常の納税者への影響は最小化する必要がある。現在の提案はすべての無形資産の移転を対象としているように見受けられるが、以下のような追加的な要件を設定することも考慮すべきであろう。
- 低税率国への移転に対象を限定すること
- 一定期間(数年)経過後の取引は対象外とすること
オプション2・3 資本の提供に対する不適切なリターン
想定事例である第Ⅰ部パラ90及び91との関係に限れば、これらオプションの意図するところは理解できるが、そもそも「適切な資本」を定義できるのか、という実務上の課題、行動4(利子控除)との整合性の問題があると思われる。
また、想定事例への対応を超えて、「資本の量が多い状況」そのものを問題視する制度に繋がることを懸念する。仮にそのような事態となれば、例えば製造業が国外で新規設備投資を行う際、子会社を設置して資本を注入すること自体が問題となり得る。地域統括会社などの持株会社も資本が過大であるとして特別措置の対象となるかもしれない。規制業種である金融業への影響も考慮する必要がある。
オプション4 最小限の機能しか有しない事業体
第Ⅰ部に続き、再び「基礎的な経済的特性」への言及がある。このオプションは否認とは別の措置と考えられるが、否認との関係が不明瞭である。
また、最小限の機能しか有しない事業体の所得の再配分方法の1つとして、「事前に決定されたファクターに基づく義務的な利益分割」とあるが、これは定式配分に繋がる議論であり、賛同できない。集団的投資ビークルに対する適用関係についても疑問が生ずる。
オプション5 超過リターンに対する適切な課税の確保
このオプションは軽課税国に所在する法人にCFC税制を適用するものである。移転価格税制とは関係がないが、一般的に、能動的な事業活動に対する適用除外基準を設け、敷居値の判定などに係る計算を簡素なものとするなど、適切な制度設計を行う限りでは、租税回避防止措置として位置づけることができるかもしれない。
ただし、すでに厳格なCFC税制を有する国においては、このオプションを追加的に導入する意義は乏しいと考えられる。また、納税者の事務負担にも最大限の配慮が必要である。
5.終わりに
移転価格税制については、今後も費用分担契約の取扱い、価格付けが困難な無形資産について、春頃を目途に、別途、公開討議草案が公表の予定となっている。わが国経済界としては、BEPSプロジェクトを踏まえ、移転価格税制に係る改正がどのように着地するのか、重大な関心を有している。二重非課税を防止する必要性については十分、理解するが、我々納税者が求めるのはあくまでも明確な規定、透明性のある執行、二重課税の確実な排除である。経団連としては、今後もOECDにおける議論に建設的に関与していく。