OECD租税委員会御中
税制委員会企画部会
BEPS行動10(利益分割)に係わる公開討議草案に対する意見
OECDが2014年12月16日に公表した「BEP行動10:グローバル・バリュー・チェーンの文脈における利益分割法の利用」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。
一般的に、比較対象取引の選定が困難であり、一方向の手法では対処しきれない事例において、取引単位利益分割法(PS法)の適用可能性があることは事実である。もとよりPS法はOECDが公認する移転価格算定方法の1つであり、わが国の企業実務においても、バイラテラルAPA(事前確認)を通じた双方合意に基づく適用を含め、相手国によっては一部経験がある。PS法自体に異議を唱えるものではなく、その手法が洗練されることは基本的に歓迎すべきことである。
他方、現行ガイドラインのパラ2.114でも指摘されている通り、PS法には、国外関連者に係る情報の入手可能性、取引に係る切り出し損益の算出など、適用の難しさがある。多国籍企業のバリュー・チェーンが複雑かつ多様である中で、適切な分割ファクターを設定することも実務上、容易ではない。多国間に跨る利益分割を行った場合において、一国による否認が他国に影響を及ぼす可能性があることにも留意が必要である。
わが国経済界としては、今回の議論がPS法の安易な適用拡大につながることを強く懸念する。コンパラを用いることなく「価値創造」という切り口でのみ国外関連取引に係る価格を設定するPS法の発想が広がるならば、独立企業原則を基礎とする移転価格ルールが曖昧になる。また、各国の税務当局によって一方的、恣意的に分割ファクターが採用されるならば、二重課税が一層拡大する。定式配分が受入れられないことは、いうまでもない。
従って、PS法に係る検討に際しては、特に以下の3点が重要と考える。
最適手法アプローチを維持すること
多国籍企業のグローバル・バリュー・チェーンが複雑であることをもって、直ちに比較対象取引の選定が困難であり、PS法が最適であると結論付けるのは早計である。例えば、公開討議草案のシナリオ5における各サプライヤーの関係は一見複雑に見えるが、このようなビジネス展開を行っている企業は少なくない。信頼できる比較対象取引が存在する場合においては、取引単位営業利益法(TNMM)などの一方向による手法も依然として有効である。
また、仮にTNMMの採用適否が明確に判断できない場合でも、例えば納税者が取引に係るバリュー・チェーン全体その他の事実を勘案した上で、TNMMをベースに付加ファクターに基づきレンジに一定の調整を加えている場合には、そのようなアプローチは尊重されるべきである。PS法は、これら選択肢を勘案してもなお適切な方法とならない場合においてのみ採用が検討されるべきだろう。
「公開討議草案においてPS法に関し個別に議論するからといって、こうした(最適手法について記述した現行ガイドラインパラ2.2の)広範なフレームワークに変更が生じると受け取られるべきではない」とのパラ3の指摘は重要であり、改めて確認しておく必要がある。
なお、最適手法とは「課税のための」最適手法を意味するわけではない。ある多国籍企業の国外関連取引について、合算利益があるときはPS法を用いて課税を行い、合算損失が生じている場合にはTNMMを用いて利益を人為的に創出するといった一貫性のない移転価格算定方法の選択は慎むべきである。
「ユニークで価値のある」貢献を重視すること
仮にPS法の役割が新たに位置づけられるとしても、我々が受入れることができるのは「残余利益分割法」である。すなわち、「ユニークで価値のある」貢献を行った者に対してのみ、取引に係るコアとなる利益は分割されるべきであって、単なるルーティン機能しか果たさない者にはそのルーティン機能に見合った報酬しか与えられるべきではない。なお、利益分割の文脈における「ユニークで価値のある」の定義は、無形資産における定義、すなわち「比較可能でなく、より多くの経済的な便益を将来もたらす」(行動8報告書パラ6.17)と同義と考えるべきである。
無形資産を適切に評価すること
これは、第2のポイントと深く関連する。公開討議草案ではPS法が適用される局面として、無形資産の関連する取引が想定されているが、まず、法的所有権を重視すべきであることを改めて強調したい。その上で、無形資産の開発・改善・維持・保護・活用に係る当事者の果たした機能、使用した資産、引き受けたリスクを分析するに際しては、特に製造業において該当するが、開発の果たす価値への貢献度とそれ以外のフェーズにおける価値への貢献度は明確に峻別する必要がある。
例えば、親会社が自ら開発し、法的に所有する無形資産を製品の製造を行う海外子会社に使用許諾した場合において、その海外子会社がその無形資産に対し、現地市場対応などの目的で改善を行ったとしても、そのような活動は付随的な行為に過ぎず、まして、当初の無形資産の価値を減らすものでもない。仮に開発以外の付随的なフェーズで新たな無形資産が生み出される場合があるとすれば、それは特許のような独自性をもつユニークな貢献があること、独立した製品または技術として販売可能であること、製造物責任などのリスクの引き受けが伴うこと、などの条件が満たされた場合であると考えられる。
また、製造業における開発機能とマーケティング機能との価値創造への貢献度の相違についても、十分な認識が必要である。基本的に、マーケティングは、開発とそれに基づく製品やサービスの仕様、品質、価格という土台があってこそ相乗効果を発揮する活動であり、開発と同列で論じることはできない。
その意味では、シナリオ3については、若干のコメントを要する。積極的なマーケティング機能の遂行によって、S社は確かにある程度、ユニークで価値のある貢献を行っていると言えるかもしれない。ただし、その貢献を過大に評価することには賛同できない。Xグループにおける価値創造の相当部分は、広範な研究・開発活動を担うP社によって行われたと考えることが妥当である。