一般社団法人 日本経済団体連合会
インドネシアはわが国の主要貿易相手国としてのゆるぎない地位を確立している。同国の経済成長に伴い、自動車、自動車部品、鉄鋼、電子機器等を中心にわが国の対インドネシア輸出は拡大しており、2001年に7,777億円であった輸出額は、2011年にはほぼ2倍の1兆4,123億円を記録するに至っている。他方、わが国のインドネシアからの輸入も、2001年の1兆8,056億円から2011年には2兆7,159億円に拡大しており、石油、天然ガス、鉱物資源、木材等の供給地としての重要性が高まっている。
このような中、2008年7月1日に日本インドネシア経済連携協定(EPA)が発効した。同EPAは物品貿易のみならず、投資、サービス貿易、人の移動、エネルギー・鉱物資源、知的財産権、政府調達、ビジネス環境整備等について包括的に規定しており、両国間の貿易投資の活性化に寄与している。わが国にとっては、今後、エネルギーの安定確保やインフラ輸出をはじめとする政府調達市場の開拓等の観点からも同EPAの果たす役割が期待される。
同EPAは発効後5年目の本年、再協議を迎える。再協議は、これまでのEPAの活用を通じて直面した問題点や、相手国が他の国・地域と締結しているEPAに比べて劣後する部分について改善を求める重要な機会である。そこで、経団連では再協議に経済界の意見を反映すべく、会員企業を対象に同国における貿易投資障壁に係るアンケート調査を行い、同EPAの高度化に向け、以下の通り提言を取りまとめた。
1.物品貿易
(1)鉱工業品の関税引下げ
日本インドネシアEPAによって関税の撤廃が大幅に進み、貿易額ベースでは実質的に全ての貿易の自由化(GATT第24条8項)が達成されていることを評価する。他方で、鉄鋼製品、自動車、二輪車、自動車部品、化学品等の主要品目に関税が残存しており、その引下げ・撤廃が求められる。
特に、鉄鋼製品については、ASEAN中国FTAでは鋼板の殆どが無税、ASEAN韓国FTAでも冷延鋼板やメッキ鋼板の一部が無税とされている一方、日本インドネシアEPAでは、特定用途免税制度(USDFS: User Specific Duty Free Scheme)が適用されている用途以外の鋼板の殆どについて関税が残存しており、わが国は中国、韓国に劣後している。また、上記の特定用途免税制度についても、適用分野が限定されること、商社が適用対象外であること、手続が煩雑なこと等から改善が求められる。
自動車部品についても、ASEAN域内における関税が撤廃され、わが国はこれに劣後するため、再協議における対応が必要である。
わが国からの製品の輸出促進は、インドネシア国内で台頭する中間所得層に多様な選択肢を提供し、消費を刺激する。また、中間財の輸出は現地における組立、加工等の産業の発展に寄与する。再協議では、これらの点についてインドネシア側の理解を得ながら、関税の撤廃・引下げを求めていくことが肝要である。
(2)貿易救済措置
アンチダンピング措置が貿易制限的に作用することを防止するため、再協議に際し、規律強化を図ると共に、品目によってはアンチダンピング措置を賦課しないこととすべきである。例えば、現在、インドネシア反ダンピング委員会(KADI)が冷延鋼板に関する調査を行っているが、特定用途免税制度に基づいて輸入されている製品については、国内産品と競合することがないことに鑑み、アンチダンピング措置の対象外とすることが求められる。
二国間セーフガード措置(協定第24条)についても、濫用されれば貿易制限的に作用しかねないことから、将来的に廃止することを視野に再協議を行うべきである。
2.原産地規則
自己証明制度の導入、原産地証明書発行手続の迅速化、HS2012への準拠等を実現すべきである。
3.税関手続
関税法令に関する透明性(協定第53条)、予見可能かつ一貫性・透明性のある税関手続の適用(協定第54条)を徹底すべく、例えば税関手続に関する小委員会(協定第56条)を活性化させる等、協定の運用改善を図ることが求められる。企業からは以下の問題点が指摘されており、改善が必要である。
- (1)税関法令・規則の不明確性、突然の変更、煩雑な手続、担当者ごとに異なる審査基準等。
- (2)突然の関税分類の変更。
- (3)時間と手間を要する免税手続、付加価値税の還付(資金繰りに影響)。
- (4)インドネシア政府指定機関による輸出国での出荷前検査義務付(コストの増大、リードタイムの遅延等を生じる)。
- (5)特定原産地証明の事前発行が認めらないことに伴う、通関までのリードタイムの長期化。
4.投資・サービス貿易
日本インドネシアEPAにおいて、ネガティブ・リスト方式による投資前段階の内国民待遇付与、広汎にわたるサービス分野の自由化が実現したことを評価する。国境を越える投資は、投資国側の企業にとって事業機会の拡大につながるのみならず、投資受入国にとっても、国内雇用の創出はもとより、外国資本、新たなビジネス・モデル、技術、経営ノウハウ等を導入する契機となる。投資ならびに拠点設置を通じたサービスの提供(サービス貿易の第3モード)をさらに活性化し、より魅力あるビジネス環境を整備すべく、再協議を通じて投資章に残存する留保の削減ならびにサービス貿易章における特定約束の改善を図ることが重要である。
具体的には、流通、海運、保険、建設、製造業等のセクターにおける外資制限のほか、外資企業を対象とした規制(例えば、労働者派遣事業の禁止、船舶の保有制限、特定の業種に対する営業行為の制限等)、パフォーマンス要求(例えば、自国民雇用義務)を撤廃すべきである。また、内外無差別な各種規制(例えば、会社ごとの外国人雇用枠等)についても見直しを促していくことが不可欠である。
5.自然人の移動
自然人の移動に関しては、短期商用訪問、企業内転勤、投資家、自由職業サービス従事者、契約ベースの業務従事者の入国・一時的な滞在が一定の条件の下で認められている(協定第7章ならびに附属書10)。インドネシアにおける業務の遂行をさらに円滑化するため、再協議を通じて以下の点を実現すべきである。
- (1)短期商用訪問ビザの免除乃至は発給手続の簡素化。
- (2)短期商用訪問ビザによる工場訪問の許可。
- (3)就労許可の迅速な発給、有効期間の長期化。
- (4)企業内転勤における前任者と後任者の重複就労の許可(現状、前任者の出国後でないと後任者の就労許可が得られず、現地で引継ぎができない。)
- (5)外国人の就労要件の緩和(現状、(1)外国人の就労に年齢制限があり、シルバー人材を活用できない、(2)学歴要件のため、高卒の外国人はゼネラル・マネージャーとして就労できない、(3)外国人が総務、経理、人事関連の職務に就労することが難しい、(4)外国人が複数の役職を兼任することが禁じられている等の障壁が存在する。)
併せて、日本側も、看護師・介護福祉士の受入拡大に向けた施策を講じるべきである。
6.エネルギー・鉱物資源
資源エネルギーの安全保障の観点から日本インドネシア経済連携協定の果たす役割は大きい。現行の協定には、投資に影響を及ぼし得る措置の透明性確保・協議(協定第98条)、輸出制限に関するGATT関連規程との整合性ならびに新たな規制措置を導入する際の両国間の通報(協定第99条)、輸出許可手続の透明性確保(協定第100条)が定められており、その運用強化が求められる。特に、GATT関連規程との整合性に関しては、「輸出締約国にとって不可欠の産品の危機的な不足を防止し、または緩和するために一時的に課す」措置(GATT第11条2項a)を拡大解釈し、輸出制限が濫用されることがないよう、歯止めをかける必要がある。これに関連して、現在インドネシア政府が実施している「新鉱業法」に基づく原料輸出の制限・禁止について、対象品目に関する細則を策定する、また、輸出制限の実施期間を限定する等、「エネルギーおよび鉱物資源に関する小委員会」(協定第105条)の場はもとより、再協議においても改善を働きかけるべきである。
7.知的財産権
模造品の横行や商標権侵害は企業の間の公正な競争を歪め、創造的な活動のインセンティブを減退させる。新たな産業の発展や中小企業の振興を支援する上からも、一層の知的財産権保護が不可欠である。企業からは、
- (1)意匠の権利範囲が原則として「同一」までしか及ばず、「類似」は保護されない。また、意匠の権利期間が短い。
- (2)知的財産権を侵害する製品の取締、水際対策が不十分である。
等の指摘がある。現行の協定には、第三者による同一または類似の意匠の使用の防止(協定第113条4項)、意匠の十分かつ効果的な保護を確保する締約国の義務(協定第113条3項)、故意による知的財産権侵害に対する刑事罰の策定(協定第121条)等の規程が設けられている。これらの規程が適切に運用されるよう、「知的財産に関する小委員会」(協定第123条)や再協議の場を通じた対応を求める。併せて、研究開発投資を適切に回収できる市場環境を整備し、民間の研究開発能力を最大限に引き出すことでイノベーションや技術移転を推進する観点から、技術ロイヤルティの送金規制等の緩和を図ることも重要である。
8.政府調達
インドネシアでは、経済発展に伴い、今後大幅なインフラ需要が見込まれており、わが国も、6つの経済回廊(IEDC)構想、首都圏投資促進特別地域(MPA)構想やASEAN連結性支援フラッグシップ・プロジェクト等のインフラ案件を官民連携で推進しているところである。円借款案件、PPP案件等、わが国政府・企業イニシアティブによって事前調査やマスタープランづくりが手がけられたプロジェクトであっても、事業者を選定する段階では受入国の国内法が適用される。そこで、プロジェクトの提案者の努力が評価されるよう、インドネシアの政府調達制度を整備する必要がある。現行の協定は、政府調達に関する自国の法令、政策、慣行ならびに政府調達制度の改革に関する情報について、他方の締約国からの妥当な要請に適時に応じる旨を定めており(協定第124条)、「政府調達に関する小委員会」(協定第125条)や再協議の場を通じ、善処を求めていくべきである。具体的には、以下の対応をインドネシア側に促す必要がある。
- (1)借款供与契約(L/A)と大統領令との齟齬を解消し、契約内容を着実に実施する。
- (2)品質の高いプロジェクトを円滑に推進すべく、過度なローカル・コンテンツ要求を改善する。
- (3)プロジェクトを提案し、マスタープランの作成に携わった民間企業が優先的に事業権を得られる制度を積極的に適用する。
- (4)環境負荷が少なく高品質な技術、納期の遵守、人づくりを含むアフターケアなど、中長期的な費用対効果を適正に評価する入札制度を導入する。
- (5)入札不調による着工遅延を避けるため、最終選考に残った企業が1社であっても、第1段階で複数の企業が応札していれば入札を成立させる。
なお、EPAの再協議と並行して、WTO政府調達協定への加入についてもインドネシア政府に促していくことが重要である。
9.ビジネス環境整備
再協議を通じて日本インドネシア経済連携協定が改善されたとしても、現地における国内法が不透明な場合や税制が過度な負担となる場合、企業活動は活性化されない。そこで、「ビジネス環境の整備及びビジネスを行う上での信頼の増進に関する小委員会」(協定第132条)を通じて、以下の事例をはじめとする障害の除去に向けた取組を強化するよう求める。
ビジネス環境整備に関しては、両国の閣僚級と経済界のトップが参加する「日本インドネシア経済合同フォーラム」の場においても、議論が行われており、EPA再協議と平仄をあわせて取組むことで相乗効果を発揮すべきである。
【国内法関連】
- (1)唐突に法令が変更され、国民のみならず地方政府も理解していないことがある。また、不明瞭な大統領令が先に発布され、これを実施するための細則が同時に施行されない結果、混乱が生じることがある。
- (2)複数の省庁に係る法令が事前の調整なく発布されることがある。
- (3)法令の遡及適用がある。
- (4)各法制の解釈・運用基準が不明確である。
【税制関連】
- (1)税制が突然変更になる等、運用の予測可能性が低い。
- (2)恣意的、強権的な追徴が行われており、投資意欲を減退させる一因となっている。
- (3)ロイヤルティ、技術支援料の否認等、移転価格の濫用による二重課税の救済措置が徹底されていない。
- (4)国税当局の拡大解釈により、インドネシアに関連する所得のうち、国外を源泉とするものにも課税される。
- (5)法人税、支店利益税の負担が大きい。法人税については、前年度の確定税額を毎月均等割りで前納する「みなし納税」方式のため、毎月の業務が煩雑である。また、納税すべき額が前年度を下回る場合は、還付を申請できるが、実際還付されるか不透明。
- (6)現地で円借款関連業務に携わるコンサルタントに対して、高額な個人所得税が課される。
- (7)対昨年比で所得が減少しても、「みなし納税」した所得税の還付を受けることが事実上不可能である。
【行政手続関連】
- (1)投資の許認可等に係る手続が煩雑であり、時間がかかる。
- (2)担当者によって許認可基準が異なり、透明性に欠ける。
【基準認証関連】
- (1)安全認証(SNI)の取得に時間がかかる。特に、鉄鋼製品等の中間財に対するSNIの義務付けには合理性がなく、運用改善が不可欠。
- (2)一部の機械類(医療機器等)の認可に時間がかかる。
【インフラ関連】
- (1)道路、都市交通、港湾、空港等の基幹インフラが未整備である。
- (2)電力不足が深刻であり、数年先の供給が懸念される。