一般社団法人 日本経済団体連合会
1.はじめに -成長戦略としての経済連携の推進-
「貿易・投資立国」を国是とするわが国は、国を開き、貿易・投資の自由化を推進することが経済の発展に不可欠である。とりわけ、成長著しいアジア太平洋の活力を取り込んでいくことが喫緊の課題となっている。
日本政府は、「新成長戦略」(2010年6月閣議決定)において、2020年のアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構築を目標に掲げた。次いで、「包括的経済連携に関する基本方針」(同年11月閣議決定)において、世界の主要国と高いレベルの経済連携を進めるとともに、アジア太平洋域内の経済連携の推進に主導的な役割を果たし、21世紀型の貿易・投資ルール形成に向けて主体的に取り組む方針が示された。これに基づき、FTAAP実現のステップとして、政府はTPP(環太平洋経済連携協定)、ASEAN+6経済連携協定等への取組みを進めてきたところであり、経団連としては、その動きを歓迎している。一方、現下の最重要課題は、FTAAP実現に向けて最も先行しているTPP交渉への一刻も早い参加と、これを梃子として日中韓FTA、ASEAN+6経済連携協定の交渉を速やかに開始することである。
TPPは、アジア太平洋地域における21世紀の新たな貿易・投資ルールの構築に向け、本年中の妥結を目標に交渉が行われている。わが国にとって望ましいルールを構築できるよう、交渉への早期参加を通じて主体的に関与していくことこそが国益に叶うものである。これまで、交渉非参加国として可能な限り、政府からの情報提供と国民的理解の促進に向けた活動が展開されてきた。TPP交渉の進捗状況ならびに今後の展開を考えると、6月18、19日に予定されるG20サミットを目標に、日本政府として交渉参加を決断し、内外にその意思を明確に表明すべきである。そのうえで、交渉の中で、わが国として守るべきものは守り、譲るべきものは譲るという姿勢を貫くことが肝要である。その過程においては、国内への情報提供を継続し、意見を交渉に反映していく姿勢が必要である。また、TPP交渉の結果を踏まえた協定の最終的な形が、わが国の国益に資するか否かは、協定の国会承認・批准手続きにおいて、改めて議論すべきものである。
2.TPP交渉への早期参加の意義
本年11月に大統領選挙を控える米国内の政治情勢、TPP交渉の進捗等を踏まえれば、わが国を含む新規交渉参加国がTPPのルール作りに実質的に関与していくためには、遅くとも年内にはTPP交渉に参加しなければならない。その際、米国では、通商交渉に入る90日前に政府から議会への通知を要することを考慮する必要がある。また、わが国と並行して交渉参加協議中のメキシコ、カナダに遅れをとることなく交渉に参加していかなければならない。このような状況を踏まえ、G20サミット等の好機を逸することなく、可及的速やかにわが国として交渉参加の意思表明をすべきである。
(1) 高水準の協定の実現
日本と多くの貿易品目で競合する韓国は、昨年7月にEUと、また、本年3月には米国とのFTAを発効させている。その結果、米国、EU等の主要な市場において、関税率をはじめ競争条件で日本企業は劣後しており、わが国企業の国際競争力は低下しつつある。米国という主要な市場も包含し、なおかつ高水準の経済連携を目指すTPPへの参加は、これまでの経済連携におけるわが国の劣勢を挽回する好機である。
(2) アジア太平洋地域の安定的基盤の構築
TPPの現交渉参加国は、米国をはじめ経済面のみならず政治・外交面でも価値観を共有する国々が中心となっている。TPPを通じ経済的な相互依存関係をより深化させることが、経済交流の拡大のみならず、アジア太平洋地域の安定にも資することになる。
(3) 地域の活性化と安全・安心の確保
高水準の経済連携を通じ、人・モノ・カネ・サービスが国境を越えて自由かつ円滑に往来することが可能となれば、中小企業や農林水産業等を含むあらゆる産業において、新たなビジネス・チャンスを見出すことができる。これにより、国内の地域経済全体の活性化や雇用の拡大が可能となる。
さらには、資源や食料の安定供給、製品・食品の安全など、国民生活の安全・安心をアジア太平洋地域レベルで確保する観点からも、TPPがそれを担保する内容となるよう、交渉に早期参加することが不可欠である。
3.TPPを梃子とする通商政策の推進
日本政府がTPP交渉参加に向けた協議開始を表明したことにより、日中韓FTA、EUとのEPAをはじめ、二国間を含む他のEPA交渉や事前協議に好循環が見られた。TPPに日本が参加すれば、他の交渉参加協議中の国も含め世界の約4割のGDPを占める新たな高水準の枠組みとなるため、参加国の非参加国に対する戦略的な地位が高まることになる。TPPは参加国との経済連携強化のみならず、わが国通商政策推進の梃子として機能しつつある。
一方、交渉参加が遅れ、あるいは参加が困難となれば、日本が関わる他の経済連携全般の進展自体が停滞することが懸念される。日本政府は、通商政策全体を推進する観点からも、TPP交渉への参加決断により、全体のモメンタムを維持すべきである。また、この動きに政府として迅速に対応できるよう、EPA交渉官の拡充等により、交渉体制を整えるべきである。
具体的には、TPP交渉への参加を梃子として、以下の経済連携も積極的に推進する必要がある。
(1) 日中韓FTA、ASEAN+6経済連携協定
アジア太平洋地域における貿易投資を活性化し、これをわが国の成長戦略に結び付けるためには、ASEAN+6のGDPの7割以上を占める日中韓の間でFTAを締結することが大前提となる。本年5月の日中韓首脳会談において、日中韓FTAの年内の交渉入りが合意されたことを歓迎するとともに、早期に第1回交渉を開催するよう求める。その際、「日中韓FTA産官学共同研究報告書」(2011年12月)を十分に踏まえて交渉を推進すべきである。
また、日中韓FTAを核とし、ASEAN+6経済連携協定を実現することは、FTAAP構築の道筋における重要な要素である。今年の東アジア・サミットにおいて交渉入りに合意することを念頭に、経済界の意見を十分に踏まえた対応が求められる。なお、ASEAN+6経済連携協定がTPPに見劣りすることのないよう、包括的で質の高いものを目指すことが重要である。
(2) 日EU EPA
世界最大の単一市場であるEUとEPAを締結することによって、ルールに基づく透明でシームレスなビジネス環境を実現することも、わが国の経済成長にとって喫緊の課題である。これまで日・EU間で積み重ねられてきた業界対話および政府間協議の成果を活かし、夏休み前に開催が検討されている日EU首脳会議の場において交渉開始に合意すべく、EU加盟各国への働きかけをさらに強めるべきである。
(3) その他の重要な経済連携
交渉中、交渉開始合意済みのEPA・FTAを早期に妥結させるとともに、検討中のEPA交渉を早期に開始することが必要である。
- 交渉中・交渉開始合意済み:
日豪EPA、日韓EPA、日GCC(湾岸協力理事会)FTA、日加EPA、日モンゴルEPA - 検討中:
日コロンビアEPA、日トルコEPA
4.国内構造改革の推進と経済連携との両立
TPPなどの高水準の経済連携の推進にあたっては、活力溢れる農林漁業の実現、競争力強化に資する投資の促進、人材の育成・確保、規制・制度改革など、国内の構造改革に不退転の決意で取り組むべきである。
とりわけ農業に関しては、高齢化や後継者不足などの現状を踏まえれば、改革は待ったなしの状況にある。高水準の経済連携と盤石な農業基盤を両立させるためには、あらゆる政策手段を総動員して国内農業の改革を推進し、農業の競争力強化と成長産業化を目指す必要がある。政府は昨年10月、「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」をとりまとめ、農地集積の推進や高付加価値化などの方向性を打ち出すとともに、「地域農業マスタープラン」の策定など具体的施策を進めつつある。経団連としてもこれを評価しており、今後、これらの施策を通じて国内農業の改革と競争力強化につき早急に実効が上がることを期待している。
TPP交渉に早期に参加し、わが国にとって有利な条件を勝ち取ると同時に、国内構造改革と国際交渉双方の進展を踏まえた真に必要な国内対策を総合的に講じるべきである。このため、直接支払制度の改革等に直ちに着手し、実行すべきである。
経団連としても、農業経営の安定と消費者に豊かな食生活を提供する観点から、また、開発・生産・加工・流通・販売・消費まで一貫したわが国のフードシステムの活性化の観点から、経済界と農業界との連携・協力等の強化のための具体的取組みを進めている。わが国の力強い農業の構築に向け、経済界としても引き続き、これらの取組みの一層の拡大・深化に努める所存である。