2011年3月15日 (社)日本経済団体連合会 産業技術委員会 産学官連携推進部会 |
1.イノベーション人材創出の必要性
日本経団連が昨年12月に発表した「サンライズ・レポート」では、地球温暖化、少子高齢化、地域経済の活性化など、多くの国が共通に抱える課題に対し、世界に先駆けて解決モデルを提示・実践する「課題解決型イノベーションモデル」の構築こそが、日本の進むべき道であると提示した。
こうしたイノベーション創出における重要な基盤が人材である。特に、近年加速化している高度かつ複雑な技術の統合に対応しうる、幅広い基礎学問領域を基盤として備えた高度理工系の学生が、イノベーション創出の主体となる企業で活躍することが、わが国の成長にとって不可欠である。
わが国政府においてもイノベーションを牽引する人材の重要性を強く認識し、昨年6月に策定された『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ』において、人材育成の推進を打ち出した。また、第4期科学技術基本計画の策定に向け、昨年12月に公表された答申「科学技術に関する基本政策について」においても、「人材とそれを支える組織の役割の一層の重視」を掲げ、人材の育成・確保に重点的かつ横断的に取り組むべきと強調している。
経団連としても、欧米はじめアジア各国におけるイノベーション創出に向けた競争が激化する中、グローバルに活躍しうる優秀な人材の確保が企業の存続、ひいてはわが国の繁栄にとって喫緊の課題であり、産学官が目的意識を共有した上で、人材育成に連携して取り組むべきであると主張しており、これまでも高度理工系人材の活用・育成に関する提言を行ってきた。
今般、経団連産業技術委員会の産学官連携推進部会では一歩踏み込み、大学・大学院における組織的な教育システムに着目し、部会という限定的な範囲ながら調査を行い、「優れている」と思われる7事例を抽出し、中間的なとりまとめを行った。今回の取り組みは試行的なものであるが、大学・大学院における教育手法の改革、学生の基礎学力向上、優秀な人材の輩出に繋がることを期待する。
2.本調査の趣旨・調査方法
(1)本調査の趣旨
個々の企業においては、自社で活躍している優れた人材の中に、大学・大学院時代の教育が当該人材に好影響を与えているに相違ないと実感できる例が多く存在する。また、共同研究やカリキュラム作成などで個別の大学との間で綿密に相互理解を深めている企業からは、それらを通じて採用した学生に「概ね満足している」との意見が多い。
そこでまず、経団連産学官連携推進部会のメンバーの中で、企業が「優れた教育をしている」と実感している大学・大学院の学科・専攻を抽出し、グッド・プラクティスの事例として具体名をあげて公表することとした。
(2)調査手法
最初に、「教育システムが優れている結果、優秀な人材が多数輩出されていると考えられる大学・大学院の学科・専攻」の推薦を部会メンバーに依頼した。回答にあたっては、当該大学・大学院の学科・専攻の卒業生・修了生の職場の上司の実感を重視して、推薦するよう依頼した。
その後、各企業の協力を得て、推薦のあった該当大学・大学院の卒業生・修了生に対し、大学で受けた教育内容及び、それが企業入社後に有益であることを確認した。
更に必要に応じ、当該大学・大学院に対してもヒアリングを実施した。
なお、当部会は、高度理工系人材の育成に強い問題意識を有していることから、今回の調査では理工系の学科・専攻を対象とした。
3.事例一覧
(1)事例から見るポイント
企業が理工系人材の採用にあたり学生に求める能力については、高度な専門知識から始まり、課題設定力、グローバルな視点、幅広い教養、主体性など、多岐にわたる指摘がなされているが、その全てを満たす人材は極めて限られる。
また、企業には、最先端の研究を行う人材から製造現場を支える人材まで、幅広い人材が求められており、各現場において求められる能力は異なる。
こうしたことから、企業が高度理工系人材に求める能力を簡潔に記すことは極めて難しいものの、下記の能力を備えた人材が「企業において活躍している」、あるいは「活躍しうる」と企業側が実感していることが、本調査を通じて明らかになった。
- 基礎科目を体系的に修得している/専門領域だけではなく、周辺領域についても幅広く学んでいる
企業では、必ずしも自分自身が大学・大学院時代に取り組んだ研究テーマそのものを継続して行うわけではない。基礎科目を体系的に修得しているからこそ、新たなテーマに適応しうる応用力が身につくのであり、また基礎教育を幅広く学ぶことが重要だと考えられる。
今回の調査では、企業では個別案件ごとに応用力を問われるが、その基盤として基礎教育は必要との声が聞かれた。
- 産業界で必要とされている実学(設計演習、技能演習等)を修得している/産業化を強く意識したテーマについて研究している
一部の大学では、研究が中心的な課題でない講座の維持が困難となりつつある学科もあるが、これらは企業で働く技術者として必須の基盤的技術であり、軽視すべきではない。また大学・大学院で学んだ成果をより広く社会のイノベーションにつなげるため、産業化を意識したテーマへの従事や、企業のニーズを深く理解しうる共同研究なども有効である。
今回の調査では、特に「設計演習」について企業に入ってから役立っているとの声が多く聞かれた。
- ディスカッションを通じて他者とコミュニケーションをすることができる/高いプレゼンテーション能力を有する
企業に入った卒業生・修了生からの声として、研究の進捗報告や文献発表会などにおいて、教官や博士課程の学生などからの指導がプレゼンテーション力、ディスカッション力の向上に非常に役立ち、企業に入ってからも活用できているとの声が多くあった。これらの指導を熱心に行う教員の取り組みが、専攻や大学・大学院全体における取り組みに拡がることを強く期待する。
同時にグローバル化が進む現在、国際的な活躍をする上で、語学力を含めたコミュニケーション能力が求められている。今回の調査では研究室の方針として留学生受け入れに積極的な事例が複数あり、いずれにおいても「国際感覚の向上、語学力の向上に役立った」という意見が見られた。
(2)個別大学・大学院における取り組み
はこだて未来大学 システム情報科学部(単科大学)【公立】 | |
特徴 |
|
卒業生 からの声 |
|
東京大学 工学部/工学研究科化学システム工学専攻【国立】 | |
特徴 |
|
修了生 からの声 |
|
東京理科大学 基礎工学部/基礎工学研究科材料工学専攻【私立】 | |
特徴 |
|
修了生 からの声 |
|
筑波大学大学院 システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻【国立】 | |
特徴 |
|
修了生 からの声 |
|
芝浦工業大学 工学部機械工学科【私立】 | |
特徴 |
|
卒業生 からの声 |
|
九州大学大学院 システム情報科学府社会情報システム工学コース【国立】 | |
特徴 |
|
修了生 からの声 |
|
九州工業大学【国立】 | |
特徴 |
|
卒業生・ 修了生 からの声 |
|
4.終わりに
とりまとめにあたり、「特定の大学・大学院の事例を紹介することは画一的な教育の奨励と捉えられ、むしろ大学の独自性を奪う結果につながるのではないか」との指摘もあった。しかしながら、今回の調査は決して全ての大学・大学院に「金太郎飴」のように、同じ内容の教育を形式的に実施することを求めるものではない。大学・大学院は、研究者育成中心、あるいは技術者育成中心など、個々の歴史と個性を活かした機能分化をより一層進めるべきであり、企業が求める専門分野における高い研究力、基礎的科目の習熟などの様々な能力に対し、独自の個性をもって取り組むことを期待したい。
一般的には教育面より研究面に対する評価の方が高いことから、大学・大学院において教育が軽視される傾向にあることは明らかである。教員自身の能力向上への取り組みと同時に、大学・大学院は教員の教育活動に対する適切な評価システムを確立し、それに基づく処遇を行う必要がある。
教育内容充実に向けた組織的な改革努力、教員の能力向上と教育に対する熱意、切磋琢磨する競争環境、学生の意欲などの総和が、「優れた人材」というアウトプットとして現れるものであり、こうした総合的な取り組みを推進していくためには、運営費交付金を含む基盤的経費を拡充すべきである。その際、教育・研究といった多様な評価軸を設定し、評価の高い大学・大学院に対する重点投資の仕組みを構築することが必要である。
調査の趣旨に記したとおり、産業界は、大学・大学院教育の現状を十分に理解しているとは言えない。優秀な人材を求める当事者である企業も、学生の教育プロセスや、教員の活動により強い関心を持つことが求められる。人材育成に対する効果を高める観点から、大学及び産業界が共有しうる、教育活動に関する多様な評価軸設定に向けた議論を開始することが必要である。
教育、即ち「education」の語源が「引き出す」であることからも明らかなとおり、教育の要諦はそれぞれの学生の持つ個別の能力と可能性を最大限に引き出すことである。高度理工系人材がイノベーション創出に向け、その能力を最大限発揮するため、当部会としても大学・大学院の教育活動やその改革に向けた動向を注視するとともに、必要な提言を行っていく所存である。