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Policy(提言・報告書)  科学技術、情報通信、知財政策 Science to Startup

2024年9月17
一般社団法人 日本経済団体連合会

Ⅰ.はじめに

経団連は2022年3月に「スタートアップ躍進ビジョン~10X10Xを目指して~」を公表し、5年後(2027年)までに日本のスタートアップの裾野(数)と高さ(成功のレベル)を10倍にするために起こすべき7つの変化とアクションを提言した#1。政府も2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」を決定して精力的に取組みを進めており、日本のスタートアップエコシステムは拡大し、海外投資家からの注目度も高まっている。躍進ビジョンの公表以降、経団連が毎年行っているスタートアップ政策の進捗のレビューにおいても、政府施策がモメンタムを形成し裾野は約1.5倍に広がったことを評価している。しかし、高さには未だ大きな変化は見られない#2

図1 10X10Xの現在地

高さの引き上げのカギはディープテックである。米国ではトップレベルの研究大学からスタートアップが多数輩出され、ユニコーンの半数以上をディープテック企業が占めている。日本の研究力については、近年低下しているのではないかとの指摘もあるが、世界で勝てる研究は多数存在する。近年の政府および産業界の取組みによって、資金はディープテックスタートアップにも届きやすくなり、大学でも社会実装の重要性が理解され始めた。

図2 ユニコーン企業数に占めるディープテック企業数の割合

しかし、研究成果を社会実装につなげる道筋(パス)には、依然としてミッシングリンクが存在する。大学の研究現場がベンチャーキャピタル(VC)やスタートアップと一体となってエコシステムを形成している米国の状況とは未だ大きく異なっている。

グローバルに展開するユニコーンを生み出すためには、ファンドサイズも依然不足している。海外資金の呼び込みが不可欠であるが、日本の研究を高く評価していても、「Science to Startupのパスが整備されるまでは、日本での投資は非効率」との理由で参入を見送っている海外のベンチャーキャピタルファンドも存在する。

そこで、スタートアップに届き始めた、政府資金を含む大量の資金を効果的に成果に結びつけ、faster-moving target となっている起業先進国に追いつくべく、スタートアップを通じた高水準な研究の社会実装、すなわち「Science to Startup」(StoS)のパスの構築が急務である。

本提言では、パスの構築に特に必要なアクションに焦点を当てて提言する。パスが整備され、有望なディープテックスタートアップが数多く生まれてきたあかつきには、その成長に大企業が果たすべき役割も一層拡大する。経団連としても、こうした大企業のアクションを強力に推進する所存である。

Ⅱ.Science to Startupのパス整備に向けた具体的施策

図3 具体的施策一覧

1.大学の知の能動的掘り起こし

米国の大学発ディープテックスタートアップでは、教授に起業を奨励された、または周囲に起業家が多くおのずと起業が選択肢に入っていたというケースが多い。

教授自身が社会実装に強い関心を持ち、自ら起業するケースもあるが、多くの場合、教授が自身の研究室に在籍する博士課程の優秀な学生やポストドクター研究者に起業の話を持ちかけ、自身はサイエンスアドバイザーの役割を担い、一定のエクイティを取得する。そして、そのスタートアップが必要とする人材を研究室から送り続けるというように、長期間にわたって密にスタートアップの成功を支援し続ける。

上記のようなケース以外にも、米国では他国に比べて起業家が身近に存在するために、大学や外部機関のプログラムへの参加や先輩起業家への相談を経て社会実装への熱意を持った学生や研究者による起業が自然発生的に行われている。

日本にも社会実装の観点を持ち周囲に起業を促す研究者は存在するが、非常に限定的である。また、各地で開催されているピッチコンテストの参加者が固定化しているとの指摘もある。そこで、大学の外部から、能動的にシーズを発掘して事業化に導くプロフェッショナル支援チーム──ここでは「イグニッションチーム」と呼称する──が活動を行う必要がある。

イグニッションチームには、少なくとも、①技術と技術の掛け合わせやプロダクトのイメージといった事業化の構想(ビジネスデザイン)を組み立てる能力、②事業化を想定した戦略的な知財化や大学・企業との権利処理などを執り行う能力、③事業化の段階に応じて必要なプロダクト人材・ビジネス人材を研究室や卒業生、企業などからスタッフィングする能力、④時宜を得た資金調達計画の立案、有力なVCへのコネクション(自らがVCでない場合)の4要素が求められる。

また事業構想に必要な知見や事業化に向けたアプローチも、バイオ、創薬、ロボティクス、エネルギー、宇宙、量子など分野によって大きく異なるため、イグニッションチームは分野別に整備することが有効である。

対象分野については、論文引用数や研究の実績等から日本が競争力を持つといえる有望なものを特定し、それぞれをターゲットとするイグニッションチームを整備して、成功事例を作り上げていくべきである。卓越した研究業績を輩出する研究者(スター・サイエンティスト)はスタートアップの成功確率も高いという分析から、そのリスト化を試みる取組みも存在する。こうした取組みを対象分野の特定に活用することも有効である#3

イグニッションチームは、文部科学省・JST「スタートアップ・エコシステム共創プログラム」の採択プラットフォームといった地域ごとの枠組みなどで共有し、大学横断・地域横断で機能させることも一案である。上記をはじめ、様々な施策において、起業を目指す研究シーズの情報共有の仕組み、積極的な案件の発掘体制、経営人材・事業化支援人材プール等、活用可能な枠組みが要素としては存在している。それらを活用して、ここで提言している強力なイグニッションチームを実現すべきである。

イグニッションチームはグローバル水準の報酬を得るプロフェッショナル集団のイメージであり、その研究分野に関する深い知識と現実的なビジネスデザインの能力の双方が求められる。博士人材がVC業界に一般的に存在する米国と異なり、日本の現状においては双方の知見を有する人材は極めて限られることから、基本的にはチームアプローチで当たる必要がある。米国等海外からの人材の登用もぜひ進めたい。

能動的なシーズの発掘・事業化支援を行うことが、スタートアップを通じてイグニッションチーム自身にも経済的なリターンをもたらすことが明らかになれば、同様の取組みを行うプレイヤーはおのずと生まれてくると考えられる。しかし、経済合理性があると社会に広く認識されるほどにエコシステムが活性化し、ベストプラクティスが形成され、生み出されたスタートアップが一定の成功確率を得るまでは、政府による強力なリーダーシップが不可欠である。

本施策はイグニッションチームを構成する人材のスキル・ネットワークやインセンティブ設計が極めて重要である。すでに様々なVCが能動的な発掘活動を行ってきていることから、政府はこうした民間の取組みを強力に支援すべきである。

2.大学におけるStoSモメンタムの醸成

(1)評価・支援体制・人材往来

こうした大学の外部からの能動的発掘活動が盛り上がりを見せたとしても、大学側にこれに呼応する姿勢と体制がなければStoSのパスは繋がらない。冒頭に述べたように、社会実装の重要性は主要大学において広く認識されるようになってきたが、一部の大学では研究者が副業を行うハードルが高い、博士課程に進学する大学院生が産業に関心があると表明しにくいなどの声も未だ聞かれるところであり、課題は残っている。

日本の場合は、研究に集中したい教授たちが、StoSに「効率的に協力でき」「協力することが研究推進の上でもメリットになる」ような環境を整備することが重要である。少なくとも社会実装およびそのための支援活動が教授や研究者の評価に直結するようにすべきである。また、研究者とVCやイグニッションチームをつなぐ機能およびStoSを円滑化する機能を担う支援体制の抜本的強化が不可欠であり、現状の枠組みにとらわれない大胆な人材投資が望まれる。

スタートアップ・大企業を含む産業界と大学の間の人材の往来を桁違いに増やすことも重要である。

(2)重要KPI

こうした方向性で大学が自主的なアクションを起こすことを促すためには、大学にかかる重要KPIとして、大学発スタートアップに関する指標を導入することが有効である。

すでに研究の社会実装を推奨するための指標を導入する制度も存在する。例えば、国立大学法人運営費交付金に係る第4期中期目標においては、「ミッション実現戦略分」に対して「社会的インパクト評価」を行うこととしている。また、国際卓越研究大学の認定においても、論点10項目の中に、「世界中の人材獲得」「海外からの資金調達」「スタートアップ創出」「スタートアップ育成等の専門職人材の確保」が含まれている。

従来、多くの大学が特許出願数や権利取得数を増やしてきたが、事業化を想定していない戦略性が欠如した特許出願も多かったことも否めない。これらの特許が社会実装につながっていない現状を鑑み、大学の産学連携部門の評価に際して、戦略的な特許マネジメントやビジネスデベロップメントを評価項目に追加することも一案である。

図4 日米における特許1件あたりの研究費・収入の比較

また、研究成果のスタートアップを通じた社会実装に実績を上げる大学に対し、加点評価を行うことで、StoSの機運を高めることが可能となる。社会実装の支援体制や成果に関する指標を重要KPIに加えるべきである。

(3)大学VC制度

特定研究成果活用支援事業により主要大学に大学VCが設置され、シード・アーリーを中心に投資活動を展開し成果も上がっている。しかし、能動的な発掘活動が持続可能な形で自走するよう、また、大学におけるStoSモメンタムを高めるためにもいくつかの改善が必要である。

例えば、2014年の官民イノベーションプログラムに基づき設置された4つの国立大学VC(東北大学・東京大学・京都大学・大阪大学)が生み出したキャピタルゲインの扱いは明文化されていない。キャピタルゲインを自由に活用できるよう、早急に明確化すべきである。

また、前述の4国立大学VCだけでなく、特定研究成果活用支援事業に基づく国立大学VCが投資可能なスタートアップは、厳密に 国立大学発の技術を活用したスタートアップに限定されている。同VCがこの10年間に蓄積してきた実績および知見を他大学へと横展開することも見据え、公立・私立大学発など国立大学発以外の技術も投資対象に拡大することも検討すべきである。

加えて、金融・資産運用特区において検討し2024年中に結論を得ることとされた公立大学法人によるVC設立は、早期に全国で適用すべきである。

(4)チャンピオン大学

上記の施策に意欲的に取り組む大学に支援を集中投下することで、StoSのパスを通じた研究とスタートアップの好循環を実現する大学(チャンピオン大学)を生み出すことは、日本の大学全体の底上げに有効である。好循環のもとでは、大学から次々と生まれるディープテックスタートアップが巨額のキャピタルゲインを生むことで、大学の研究資金が潤う。そうして行われる研究の中からまた新しいディープテックスタートアップが生まれ、成長し更なる利益を生み出すことで、大学自身にも大きなメリットをもたらす。

現状、Pitchbook「起業家を輩出する大学ランキング」では、日本の大学は最高でも48位となっている#4

図5 Pitchbook「起業家を輩出する大学ランキング」

チャンピオン大学については国際卓越大学制度の選定基準と考え方が一致する部分が大きいため、当該制度も最大限活用しつつ、ディープテックスタートアップの創出に関して世界に誇れる大学を1校でも生み出し、トップ10に入ることができるよう取り組むべきである。その際、大学が強みを持つ研究分野などを打ち出し、世界に対して周知することが重要である。

ランキングのトップ10入りを目指して、世界のトップ大学からStoSの仕組みを徹底的に学び、試行錯誤しつつ取り込み、リソースを集中投下し成功モデルを生み出す。そうすることで、日本の他大学にもStoSを普及させる大きなモメンタムを醸成すべきである。

3.カスタマーディスカバリーの導入

米国において、研究の社会実装成果を最大化する上で重要な役割を果たしているのが、カスタマーディスカバリープログラムである。カスタマーディスカバリーとは潜在的な顧客へのインタビュー等を指す。起業する前に実施することで、社会実装を見据えた研究へと軌道修正できる、起業アイデアやビジネスモデルをブラッシュアップしたうえで実現可能性調査やPoCに進めることができるといったメリットがある。

カスタマーディスカバリーはスタートアップの最初期に行うべき活動の一つであり、StoSにおいても例外ではない。社会実装すべきScienceの本質を知る研究者が、一方でScienceの実装される社会や事業の具体や課題を把握していないことは、大きな機会損失を生んできたとの指摘がある。

米国では応用研究者や起業家がカスタマーディスカバリーを行うことに特化した支援プログラムが普及している。たとえばI-Corps(National I-Corps, Regional I-Corps)#5 は、2012年から提供が開始され、SBIRをはじめとするプログラムに向けたトレーニングとして利用されている。研究技術の将来の顧客候補100人にヒアリングを義務付けるもので、利用者からは、I-Corpsを通じてプロジェクトの質を格段に向上させることができたと評価されている。

また、カスタマーディスカバリー用の奨学金(グランツ)を大学が研究者に付与するケースもある#6。本奨学金を利用した後に大学発スタートアップとして成功した者からは、市場を意識した研究への転換起業意欲の向上に資する、多くの気づきを得たと評価する声が上がっている。

日本においても、東北大学病院によるプログラム「アカデミック・サイエンス・ユニット(Academic Science Unit:ASU)#7」など、カスタマーディスカバリーの機能を有するプログラムは存在している。

研究成果の社会実装を加速させるために、国、地域、大学それぞれのレベルでカスタマーディスカバリーを実施することが望ましい。I-CorpsやASU等を参考にしつつ、ディープテックスタートアップ支援プログラムに、カスタマーディスカバリーの実施とそのための費用も組み込むべきである。加えて、研究者等が的確な顧客・ユーザー候補者から円滑にヒアリングを進められるよう、国や地域、大学が後押しすることが望ましい#8

4.グローバルのパスを活用した成功事例の創出

(1)トップガンアプローチ

ここまでは、研究の側からスタートアップを生み出すアプローチにおいて有効な施策について述べてきた。このほかに、米国で大きな成果を挙げているもう一つのアプローチとして、VCが有望な領域を定め、世界トップレベルの実績と実力を持つ研究者数人の参画を得てスタートアップを組成し、そのうえで資金獲得につながる説得力のある事業構想を自ら描き、大きな資金を調達するというVC主導のアプローチがある。こうしたアプローチを、ここではトップガンアプローチと呼称する。

トップガンアプローチによるスタートアップは、Scienceにおけるブレイクスルーとほぼ同時期に適時に組成されることが多く、量子コンピュータ×暗号化や、mRNA×インフルエンザワクチンのように有望な領域同士を掛け合わせ、まだ競争が激化していない領域を対象とすることが多い。後者の具体例がFlagship Venturesから出資を受けて誕生したModernaである。

こういったアプローチの実績を持つ在米VCの中には、日本参入に関心を持つプレイヤーも出てきている。数千億円から数兆円のオーダーの価値を作り出すスケールの取組みであり、一つの成功事例が風景を大きく変える可能性を持つ。

日本にとって現実的な第一歩として、トップガンアプローチに長けた米国VCがリードするプロジェクトに対し、日本人研究者の参画を増やすことも重要である#9

(2)論文公開

こうした事例を次々に生み出すためには、前提として、日本の優れた研究が世界的に認知される必要がある。

しかしながら、論文や研究データ等の研究成果の流通はグローバルな学術出版社等(学術プラットフォーマー)の市場支配の下に置かれ、電子ジャーナルの購読料は9年間で1.3倍、論文のオープンアクセス掲載公開料は11年間で8.3倍に増加#10している。文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施した調査では、57.6%が論文の未公開理由として「資金がないから」と回答#11しており、深刻な影響がうかがわれる。

図6 論文のオープンアクセス掲載公開料
支払推定額の推移

図7 論文の未公開理由に
「資金がないから」と回答した割合

経済的負担の増加は政府としても課題と捉えており、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」において、学術プラットフォーマーに対する大学主体の集団交渉体制の構築を図るとしている。

資金的な制約によって日本の優れた研究が埋もれることは避けなくてはならない。論文の公開は、トップガンアプローチへの参画にとどまらず、日本の優れた研究や研究者の存在を世界へアピールするうえで不可欠である。論文を通じ、その分野のスペシャリストや大学が強みを持つ技術等の存在が世界的に認知されることで、海外の知や資金もおのずと集まり日本の研究力の強化につながる。

こうした研究全体への波及的効果もあることから、上記対応とともに、研究コストの増加に対する経済的支援も早急に実施すべきである。

(3)フェローシッププログラム

トップガンアプローチのほかにも、各国で先端的な試行錯誤がなされている#12。例えば、研究者による起業の支援に特化したフェローシッププログラムでは、会社設立・知財等の実務面や金銭面の支援、トレーニング等を実施している。こうした動きはStoSの最適なあり方の模索であると同時に、大きな事業に繋がるシーズの獲得競争でもある。

プログラム主催者の中には、日本の大学等の研究開発を高く評価し、日本人研究者の参加を待ち望んでいるという声もある。しかし現状は、世界的に知名度の高いプログラムであっても日本の研究者の間ではほとんど知られておらず、自ら参加を表明する研究者はごく少数である。

こういったプログラムに日本の研究者が参加するようになれば、シーズをもとにした事業化の方法論や各国のスタートアップエコシステムの構造を学び、人的ネットワークを築くことができる。個人の経験が日本の大学などアカデミアにおけるStoSの意識向上につながるだけでなく、場合によってはグローバルスケールで大成功するスタートアップが生まれる可能性もあり、極めて有意義である。

米国の実績のあるプログラムに日本人の研究者を送り込もうという民間の取組みも始まっている。政府は、こうした民間の取組みも活用しつつ、プログラムの情報を広く日本の研究者に周知すべきである。加えて、世界トップのプログラムに日本の研究者の参加枠を獲得するよう、交渉を展開すべきである。実績のあるプログラムに対してスポンサーを担い、日本でのプログラム実施を促すことも有効である。こうした施策により、日本の研究者がグローバルな起業ダイナミズムを体感する活動を活発化させる必要がある。

政府の「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想」でも、インキュベーション・アクセラレーション機能を備え、事業開発を行うこととしている。海外の先進的なプログラムを参考としつつ、効果的な取組みとなるよう期待する。

5.政府支援の効果最大化

(1)ナビゲーション

ここまでは海外の事例を多く参照してきたが、日本政府もまた、「スタートアップ育成5か年計画」をはじめ、スタートアップを重要政策の柱の一つに据えて様々な手を打ってきた。近年の政府の取組みによって、既に大学発スタートアップに関する支援制度は数多く用意されてきた。特にシード・アーリーを中心に資金は潤沢になり、研究開発現場に届き活用もされている。

他方で、多数ゆえにスタートアップが労力をかけて調査しないと自社に最適な支援制度を選択できない事態も発生しているため、使い手の立場に寄り添ったナビゲーションが求められている。

経済産業省では、スタートアップ関連の支援策を「METI Startup Policies ~経済産業省スタートアップ支援策一覧~」として2022年に取りまとめたほか、ステージや主体ごとに整理し検索も可能なウェブページも公表している#13が、その内容は同省および関係する独立行政法人等が提供する内容に留まっている。また、NEDOをはじめ政府系16機関の支援制度と相談窓口をまとめた「Plus One-スタートアップ支援 ワンストップ相談窓口-#14」や内閣官房によるスタートアップ育成ポータルサイト#15も存在しているが、各機関がそれぞれ独自に行っている取組みであり、ワンストップでの検索は叶わない。

そこで、省庁横断的に支援策を取りまとめた補助金マップの作成とメンテナンス、サポートデスクの一元化を早急に行うべきである#16

なお、民間事業者においても、全省庁を対象とした補助金マップを用意し、研究者による補助金活用を支援している団体がある。研究者に対して適した補助金を数件提示すると驚かれることも多々あるという。民間のそういった尽力がなければ支援制度の存在自体が認識されない状態は理想的ではなく非効率である。早急な対応を求める。

(2)支援対象

現行の支援制度は日本法人のみを対象とするものが大半だが、起業の経緯や戦略的判断により海外で法人設立するなど多様なケースが存在する。

そこで、外国法人であっても起業家が日本国籍の場合や、日本法人が海外で事業展開する場合、日本の大学発の技術をもって外国法人として起業する場合も支援対象とすべきである。とりわけ創薬分野では当初から海外市場をターゲットとして創業しなければ成長できないとの指摘もなされており、海外進出に意欲的なスタートアップこそしっかりと支援することが望ましい。

なお、NEDO「ディープテック分野での人材発掘・起業家育成事業」は日本法人であれば海外国籍でも対象としている。上記提言は起業家の国籍で支援対象を区切ることを求めるものではない。あくまで、現在の多くの制度において支援対象となっている日本法人のスタートアップ(起業家の国籍は問わない)に加え、グローバルでの成長を目指す日本国籍の起業家や日本発の技術にも支援を拡大するよう求めるものである。

(3)運用改善・客観的評価

また、各種支援制度には手続き・提出書類作成における過大な負荷、審査員の質(専門性、ビジネス観点の不足)などの課題も残存するため、改善が必要である。

例えば日本版SBIR制度では、応募自体は省庁共通で「府省共通研究開発管理システム(e-Rad)」からオンラインで可能だが、採択後の書類提出においては省庁によっては紙の提出が求められる。完全デジタル化している省庁においても、添付できるファイル数やアップロード形式に制約があり、使い勝手の良いシステムとは言い難い。また、SBIRに応募した企業自身に対する審査員情報の開示も省庁によって対応が異なっている。

支援制度は、実施だけでなく効果検証も重要である。全施策について創出したスタートアップ数と各社の累積資金調達額といったKPIを設定し、その実績とともに公表すべきである。その際、成長可能性の低いプロジェクトであるにもかかわらず、補助金によってむやみに延命させることのないよう、技術と事業性双方の観点で的確な評価・判断を行う必要がある。審査員についても、一定期間経過後に公開するなどして、審査員の質や属性の偏り、意思決定内容にパブリックなフィードバックがかかるようにすべきである。当初の目標を達成できる実行体制となっているかも含め、実績に基づき施策の客観的評価を行うことを求める。

米国では、政府業績成果現代化法(Government Performance and Results Act Modernization Act of 2010:GPRAMA)に基づき、連邦政府の府省・機関共通の業績評価を行っている。政府機関はおよそ2年以内の達成が見込まれる目標を設定し、四半期ごとに進捗評価を行っている#17。SBIRやI-Corpsを実施している米国国立科学財団(National Science Foundation:NSF)は、SBIRを通じて創業資金を獲得したスタートアップ数、I-Corpsの利用者数、外国機関・職員との共同研究の実施を含む補助金件数と割合、申請受付から交付決定までにかかる時間といった実績やKPIを毎年調査、公表している。

このように、スタートアップ関連施策および支援制度についても、短期のKPIを設定し、その結果を常に公表すべきである。効果が低い施策に対しては政府全体で思い切った統廃合を行い、成功確率を最大化するよう一斉に改革すべきである。

(4)政府調達

スタートアップが大きく成長するためには、政府が公共調達を通じてスタートアップの顧客となり、売上面での支援やスタートアップへの信用を付与することが重要である。また、政府としても、スタートアップが有する高度な新技術を活用することで、多様化する行政課題への対応力を高めることができる#18

政府ではこれらの課題意識から、随意契約を可能とする柔軟な調達の仕組みの創設#19、入札参加資格要件の緩和#20、デジタルマーケットプレイスの導入等の対応を進めており、環境整備を評価する。

とりわけハードウェア系事業の場合は、ファーストカスタマーとして政府や大企業を獲得できるか否かが量産化、ひいては事業の成否を左右する。米国においても、SBIR制度や国防総省国防高等研究計画局(DARPA)のプログラムによる研究開発支援と実用化の促進が、その後のスタートアップの成長に寄与している。今後は整備された制度を活用し、防災・宇宙・防衛等、ディープテックスタートアップと親和性の高い分野において積極的にスタートアップからの調達を行うことを期待する。(大企業が行うべきアクションは後述)

6.より世界に開かれたエコシステムの形成

(1)英語の法令解説・契約ひな形

さらに、こうして生まれ成長したスタートアップがグローバルで活躍できるユニコーンにまで大きくなるためには、海外の資金や優秀な人材は不可欠である。

しかし、会社法や投資事業有限責任組合契約に関する法律(有責法)、法人税法等は既に英訳されているものの、内容が非常に複雑であり、海外投資家が正確に理解するのは困難が伴うため、一定のコストがかかる。投資をしたいスタートアップが明確にある海外の機関投資家等はコストをかけて自ら調べるが、これから検討を始めようとしている海外投資家にとっては、大きなハードルとなっている。

そこで、検討を始めようとしている海外投資家への後押しとして、政府は関連法令等の英語の解説を整理して、常に最新情報で公開すべきである。特に大規模リスクマネーの供給元である海外VCが最も慣れ親しんでいるデラウェア法と会社法との違いについては、投資判断のポイントとなる事項を分かりやすく発信すべきである。

また、リミテッド・パートナーシップ契約を締結しやすくするため、政府は英語を正文とした契約ひな型を作成して公表すべきである。

(2)在留資格

起業家をはじめ海外の高度人材を呼び込むべく、政府はスタートアップビザの拡充、J-Find(未来創造人材制度)#21やJ-Skip(特別高度人材制度)#22の創設などを進めてきた。利用数を増加すべく、これらの海外の高度人材に向けた施策・制度を、英語で海外に広く広報すべきである。利用者件数や発行件数等のKPIも常に更新し、リアルタイムで公表することが望ましい。

また、「経営・管理」の在留資格の更新許可審査の観点の一つである事業の継続性について、直近2期ともに売上総利益がない場合は原則として事業の継続性があるとは認められない。しかし、出入国在留管理庁が示したガイドライン#23によって、設立当初のスタートアップは赤字が続くことも想定されるところ、中小企業診断士や公認会計士、投資家やVC等からの書類提出により売上総利益がない状態について合理的な理由があると判断される場合には、事業の継続性を柔軟に判断することとなった。本対応を評価する一方で、対象は「設立5年以内の国内非上場企業」に限定されている。会社設立から実用化までに必要な平均期間は、エネルギー関連が10~15年、宇宙関連が5~10年、バイオ・製薬が7~10年という推計も存在するところ#24、対象期間を設立15年以内にまで拡大すべきである。

(3)海外投資家への課税

日本ではファンドを通じて海外資金を呼び込む観点から、一定の要件を満たした場合には恒久的施設(PE)があることによる株式譲渡益への課税が免除されているが、そのためには、投資家単位で組合持分が25%未満であることを継続的に満たす必要がある#25。現在の日本の特例措置では、一時的であったとしても組合持分が25%以上になると課税対象となる場合があるなど、課税の取り扱いについて予見可能性が低く、海外投資家に呼び水として出資してもらうことが困難であり、ファンド組成そのもののハードルになっている。

他方、米国#26や英国#27においては、投資活動は一般的に事業活動に該当せず課税対象外となるため、海外からの資金が集まりやすくなっている。日本も「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」において海外投資家を含むスタートアップへの投資資金の流動化を掲げているが、米英のような制度・方針は示されておらず、海外からの資金が集まりやすい制度とはなっていない。

そこで、適用申告等の手続き的な問題も含め、外国組合員に関する課税の特例を見直すことが求められる。例えば、持分の25%未満の判定にあたっては期末時点の組合持分を判断基準とすべきである。

7.StoSを加速する人材育成

(1)博士人材

ここまで述べてきた施策はStoSのパスを整備するためのものだが、それらはエコシステムを支える優秀な人材がいなくては機能しない。米国ではスタートアップのみならずVC、大企業、大学のスタートアップ支援組織に博士人材が潤沢におり、文字通り研究と産業界を結ぶ活躍をしてStoSエコシステムを盛り上げている。

しかし、日本では主要国の中で人口100万人あたりの博士号取得者数が減少#28し、民間企業等への就職は36%にとどまっている#29。米国では博士課程修了者は56.2%が民間企業等に就職し、時価総額上位100社のCEOの最終学歴でも大学院卒が67.0%である#30。これらのデータから、米国では博士人材のキャリアパスとしての民間企業への就職が定着していることが察せられる。

図8 人口100万人当たり博士号取得者

図9 企業経営者の最終学歴内訳

ディープテック領域でスタートアップエコシステムを創出・拡大するためには、深い知見を持つ博士人材の増加と人材流動性の向上が急務である。大学のスタートアップ支援組織等が優秀な人材を獲得するためにも、成果を上げる博士人材には相応の適切な待遇を提供すべきである。

大企業でも博士人材の採用を強化する動きが高まっている#31。経団連も2024年2月に「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言#32」を公表した。同提言では企業ならびに産学連携による取り組みとして、多様なキャリアパスの提示、企業とアカデミアを行き来する環境整備の推進等を提言している。

あらゆるステークホルダーにおいて博士人材の活躍の場があり、求められているという情報発信を強化し、Ph.D取得や起業への挑戦をより多くの学生にとっての選択肢とし、博士人材の育成を加速すべきである。

(2)ビジネス人材

StoSの現場では、研究者やVCが事業の種を特定できた場合でも、それを事業化し率いるビジネス人材、経営人材が見つけられないことが未だ多い。VCからはディープテックスタートアップに取り組めるビジネス人材のネットワークこそが成功の鍵だという声も聞かれる。

人材の課題はこれまでも多く指摘され、すでに、内閣府「スタートアップ・エコシステム拠点都市」や、文部科学省・JST「スタートアップ・エコシステム共創プログラム」の採択プラットフォームにおいてビジネス人材プールの構築が検討されている。こうした取組みを強力に推進することを期待する。(大企業が行うべきアクションは後述)

(3)留学・海外赴任

また、大学における即効性の高いモメンタムづくりは、研究者自身がStoSの先進国の空気を吸い、大学とスタートアップエコシステムの密結合を目の当たりにすることである。

留学の促進はかねてより取り組まれているが、前述のPitchbook「起業家を輩出する大学ランキング」上位の大学等、StoSのパスを備えた大学への留学あるいは赴任を一層増加させるべきである。Ph.Dをはじめとする学位取得のための留学、ポストドクターの海外派遣などに国費を潤沢にあてがい、グローバルスタンダードを身につける研究者を爆発的に増やす必要がある。

例えば、海外ではシンガポール国立大学のNOC(NUS Overseas Colleges)プログラム#33や、有望な若手科学者を1年間スタンフォード大学に派遣している台湾のTaiwan Science and Technology Hub @Stanfordなどのプログラムが存在する。

このような留学プログラムを日本にも導入するため、政府は日本の大学と連携して、海外の政府、スタートアップ、トップ大学等と積極的に交渉すべきである。また、こうしたプログラムに選ばれて、実際に参加することが学生のステータスとなるよう、政府は全面的なバックアップをすることが求められる。

また、研究者だけでなく、大学内外の支援人材の海外派遣や人事交流を行うことも重要である。こうした取組みを通じて、日本のスタートアップ、大学、支援機関等の各所に、StoSのあるべき姿を理解した人材が多数存在する状況を作り出すことが望ましい。

研究分野に限らず、国費による留学やプログラムだからといって、日本への帰国を義務付けるべきではない世界で通用しない人材が日本のエコシステムを改革できるはずはなく、世界で活躍する日本人が増えることは必ず国益に大きく資することになる。日本人留学生は留学後にすぐ帰国するケースが他国と比べて多いが、学位取得後の現地での就労や起業など、スタートアップエコシステムに参加する経験は大いに歓迎すべきである。留学中から現地のStoSのパスを活用して起業することは、なおさら歓迎すべきである。

(4)海亀政策

こうして「ビジター」ではなく現地で通用する力量をつけた人材の帰国は、当然に価値が大きい。たとえば中国のバイオ領域のユニコーン起業家も、かつて米国留学が盛んであった時代に留学し、学位取得後も米国で就労したのちに中国に帰国し、ユニコーンを生んでいる。

こうした事例もあり、中国では、海外から優秀な研究開発人材を呼び戻すべく、重要ポストへのアサインや研究費の付与など様々な優遇制度を設けている。中国では海外から帰国して研究者や起業家として活躍する人材を俗に「ハイグェイ」(「海亀」と同じハイグェイと発音する「海外帰来」とかけている)と呼ぶことから、中国の海外人材呼び戻し政策は通称「海亀」政策と呼ばれている。

海外で経験を積んだ優秀な人材に日本で活躍してもらうためには、活躍の場を日本に戻すためのインセンティブを提示する政策が有効である。

(5)海外からの受け入れ

日本人を海外に送り出すだけでなく、世界からトップレベルの大学院生・研究者・ベンチャーキャピタリスト・知財専門家など支援人材を受け入れ、世界に開かれたエコシステムの一部としていくことで、日本を、ASEANをはじめとしたアジアのスタートアップ集積地とすることが必要である。

各分野のトップ研究者(教授、PI#34)の招聘も、海外VCを日本のアカデミアに惹きつけStoSを促進する上で効果が大きいはずだが、ほとんど進んでいない。コロナ禍以降の海外からの受入研究者数について、文部科学省は従前の水準に回復したとの評価を行っているが、ここに留まらず更なる増加が必要である#35

海外のトップ研究者を呼び込む施策の一例として、文部科学省による世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)が挙げられる。これは、世界トップレベルの研究者7~10人程度の招聘や、主任研究者(教授、准教授相当)の2割以上、研究者の3割以上を外国人研究者とすること、職務上使用する言語は英語を基本とすること等を公募要領で定めていた。Top10%論文数の割合も概ね20~25%と高水準を維持するなど成果も大きい。

類似のコンセプトによるプログラムを応用研究に対しても設け、プロジェクト単位で外国人研究者を呼び込むべきである。その際、例えば10年といった事業期間終了後もプログラムが立ち消えることなく、自走できるよう、研究成果のマネタイズを促すことが必須である。

前述の既存の高度人材向け制度(スタートアップビザ、J-Find、J-Skip等)の周知徹底により呼び込んだ人材に対しては、大企業による採用関係の手続簡略化に加え、査証、子女の教育、医療、住居など、生活にかかる各種手続について、担当者がホスピタリティを持って徹底的に支援し、日本での生活環境整備をサポートすることが重要である。

Ⅲ.大企業が行うべきアクション

StoSのパスが整備され、エコシステムが拡大することで、おのずと大企業が関わる局面が増えていく。そして、大企業に求められる役割や、アクションの必要性も増していく。

1.カーブアウト

本提言では大学にスコープを絞ったが、企業による研究開発成果の約6割は事業化されずに消滅しているとのデータもある#36。大学に限らず、企業に埋没しているScienceを引き出すことはスタートアップの創出・振興の観点から重要であり、そのために有効な手段がカーブアウトである。政府でもカーブアウトの推進に向けた検討を進めており、2024年4月に経済産業省が「起業家主導型カーブアウトのガイダンス」を公表した。

大企業にとっては、企業ネットワークからの価値の創出による無形資産経営の実践、自社のレピュテーションや従業員のモチベーションの向上、事業化していない知的財産の拠出を通じた経済的利益の創出など、カーブアウト推進による経営戦略上のメリットが期待される。経団連としても政府の動きと連携し、カーブアウトを促進する。

2.未使用特許

未使用特許を持ち続けることは企業にとってもコストである。有効活用策として、スタートアップへの寄付や優遇価格での売却による損金算入も積極的に検討すべきである。

政府としても、研究開発拠点としての競争力強化と民間による無形資産投資の後押しを目的として、イノベーション拠点税制(イノベーションボックス税制)#37を令和6年度税制改正において新設した。企業としてもこのような制度を活用するとともに、中長期的にはイノベーション拠点税制そのものについて、事務負担の簡素化を図りつつ、対象となる知的財産、所得の拡充が行われることが望ましい。

3.調達・M&A

大学や企業における優れた研究からスタートアップが生まれ、大きく成長していくことは、大企業にとっても大きなメリットとなる。変化の激しい時代にあっては、自社ですべてを0から開発するよりも、スピード感のあるスタートアップと協働することが不可欠である。

優れた製品やサービスの購入、自社製品へ活用するための調達や業務提携、M&Aによる取り込みなどはいずれも大企業が競争力を高めていくために必要なアクションである。

スタートアップは大企業と同じくエコシステムの重要な担い手の一角であり、大企業自身の競争力を高める観点からも、対等なパートナーとしてスタートアップと連携すべきである。

大企業がスタートアップの海外進出を支援することは、事業パートナーとなるスタートアップの成長につながり、大企業にとってもメリットである。大企業が世界各国に現地法人、顧客とのネットワーク、販路等を有していることは日本の強みである。大企業は、資金提供・調達等だけでなく、こうしたリソースも積極的にスタートアップに提供し、海外進出を推進することが望ましい。

4.人材の流動化

また、ディープテックスタートアップでの不足が多く指摘されている経営人材、高度な事業戦略や知財戦略を立案できる人材は、大企業にこそ存在しているという指摘もある。スタートアップに必要な人材は成長フェーズによって変わりいくものであり、大企業で事業戦略や知財戦略、国際標準化等に携わった人材のスタートアップへの参画が求められる場面もある。同時に、スタートアップで0から1を生み出した経験が大企業で求められる場面もある。

政府機関や大学プラットフォーム等ではすでにビジネス人材や経営人材のマッチング支援の取組みを進めているが、スタートアップエコシステムにおける人材の母数を増やし適材適所での採用を行うためにも、人材の流動性を一層高める必要がある。こうした人材のスタートアップ・大学・VC等への参画を促していかなくてはならない。

5.スタートアップフレンドリースコアリング

経団連が2022年度から実施している「スタートアップフレンドリースコアリング#38」は、大企業のスタートアップフレンドリー度を可視化するものであり、前述の調達、M&A、カーブアウト、人材の輩出等も評価要素として含んでいる。

経団連は同スコアリングも活用しながら、大企業の行動変容を引き続き後押ししていく。

図10 スタートアップフレンドリースコアリングの3つの視点

Ⅳ.おわりに

本提言では大学等発ディープテックスタートアップの成長・拡大のために必要な施策を提言した。GAFAMをはじめ、世界経済をリードするITスタートアップは先行く各国から刻々と生まれている。世界を変えうるブレイクスルーを起こすITスタートアップの支援ももちろん重要であるが、日本の優れた研究にはスタートアップの種が多く眠っている。これらを開花させるための集中的な支援を行わない手はない。

StoSの好循環のもとでは、大学の研究からスタートアップや知的財産が生まれ、スタートアップの成長や知的財産のライセンスから利益が生まれ、利益が大学に循環し、潤った研究資金からまた新たな研究が生まれる。StoSの実現は、大学自身にとっても大きなメリットをもたらすものである。

StoS先進国と日本では、ファンドの規模に未だ大きな差がある。しかし、StoSのパスが機能し、ユニコーンになりうるディープテックスタートアップが数多く生まれれば、おのずと海外からの資金が集まってくると期待できる。

「スタートアップ躍進ビジョン」が10X10Xの目標とした2027年まで、残り2年半しかない。研究開発およびその事業化・社会実装は長い時間を要するものであり、成果は短期間で生まれるものではないが、本提言において求めた施策は今すぐに取り掛かるべきものばかりである。優れた研究の社会実装を促進するための環境整備には一刻の猶予もない。

研究の社会実装については、以前より重要性が指摘され様々な議論が重ねられてきた。これまでの議論や検討の蓄積も踏まえ、今こそ、Science to Startupのパスを整え、10X10X実現およびその後の更なる成長の土台とすべきである。

以上

  1. 経団連「スタートアップ躍進ビジョン~10X10Xを目指して~」(2022年3月15日)
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/024.html
  2. 経団連「スタートアップ躍進ビジョンレビューブック2024」(2024年5月27日)
    https://www.keidanren.or.jp/policy/StartUp/reviewbook2024.pdf
  3. 文部科学省「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業」平成29年度採択プロジェクト「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」。現在は“Star Scientists and Entrepreneurship”プロジェクトとして、早稲田ビジネススクールと政策研究大学院大学が共同で進めている。
    https://www.jst.go.jp/ristex/stipolicy/project/project27.html
    https://www.kanetaka-maki.org/sse/
  4. 過去10年間でVCから資金調達をした起業家を数えて比較したランキング。
    参考まで、対象の起業数や、対象企業による累積調達金額なども併記されている。
    Undergraduate・Graduate・MBAの分類でランキングを算出しており、順位は2023年11月11日公表版Graduateランキングにおけるもの。
    https://pitchbook.com/news/articles/pitchbook-university-rankings
  5. 米国国立科学財団(National Science Foundation:NSF)が実施する事業。全米共通のNational I-Corpsは米国SBIR参加に向けたPh.D院生・教員のトレーニングプログラム。7週間で顧客候補100名へのヒアリングを義務付けつつ、その活動資金5万ドルを補助金として提供する。地域大学群別のRegional I-Corpは、National I-Corps申請のための地域大学群別トレーニングプログラム。20~30名へのヒアリングとそのための座学を提供する。
    https://new.nsf.gov/funding/initiatives/i-corps
  6. カーネギーメロン大学では、Regional I-Corpsへの参加資格のない学生を支援すべく“Customer Discovery Kickstart Program” を設立。
    https://www.cmu.edu/swartz-center-for-entrepreneurship/education-and-resources/project-olympus/customer-discovery-kickstart-program.html
  7. 東北大学病院の臨床研究推進センターバイオデザイン部門が窓口となり推進しているプログラム。2014年の開始から10年間で、約70社・1700名を全国から受け入れ。半年間のプログラムでは、ニーズの探索や絞り込み、開発ターゲットの特定を行い、企業とともに新たな医療機器や医薬品・システム・サービスなどの製品化、事業化を目指す。
    https://www.asu.crieto.hosp.tohoku.ac.jp/
  8. 一例として関西経済同友会では、ベンチャー企業からの相談に対して「実績がなければ門前払い」をなくすべく、2018年より「関西ベンチャーフレンドリー宣言」を掲げた。京都、神戸経済同友会とも連携し、2024年6月7日現在110社が宣言に参加。加盟企業は担当者の部署・氏名・連絡先等を公開している。
    https://www.kansaidoyukai.or.jp/event/「関西ベンチャーフレンドリー宣言」を発表/
  9. 実際に日本人研究者が参画した例もある。FUJIFILM Cellular Dynamics(富士フイルムの米国子会社)と米国VCのVersant Venture Managementが設立したCentury Therapeuticsには、創業者の一人として中内啓光博士(現東京医科歯科大学特別栄誉教授)が参画した。
  10. 内閣府「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針に関する説明会」(2024年4月25・26日)説明資料
    https://www8.cao.go.jp/cstp/kenkyudx.html
    https://www8.cao.go.jp/cstp/oa_houshin_setsumei.pdf
  11. 文部科学省科学技術・学術政策研究所データ解析政策研究室 池内有為・林和弘「研究データ公開と論文のオープンアクセスに関する実態調査2020」(2021年11月30日)
    https://nistep.repo.nii.ac.jp/records/6776
  12. Activate( https://www.activate.org/ )では、起業検討中ないしは起業直後の研究者に対して、申請した事業案・スタートアップへの100%コミットメントを条件に2年間のフェローシッププログラムにて生活費、研究開発費、エクイティ資金調達機会、研究者向けの起業トレーニング、知財を守りつつ使える研究設備、各国の科学者・起業家とのネットワーク提供などを行っている。一連の起業支援により輩出されたスタートアップは、2015年の設立以降196社に上り、累計23億ドル超の資金調達につながっている。
    そのほか、Wilbe( https://www.wilbe.com/ )、NLC( https://www.nlc.health/ )等でも起業に関心のある研究者への支援を実施。
  13. https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/startup/index.html
  14. https://startips.nedo.go.jp/plusone/
  15. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/su-portal/index.html
  16. ドイツでは、バイエルン州政府のパートナー機関であるバイエルン・イノバティーフ(Bayern Innovativ)が起業家候補のための一元化された問い合わせ窓口サービス「The Founder's Guide Bavaria」を運営。公的支援に関する個別のコンサルテーションだけでなく、起業家のニーズに応じ、EU・ドイツ連邦政府・州政府による支援サービスの適切なコンタクト先への振り分けも行う。
    https://www.bayern-innovativ.de/en/beratung/project-sponsor-bavaria/founder-guide-bavaria
    https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/1203/d0c6575f51b89b2b.html
  17. 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター「主要国・地域の科学技術・イノベーション政策動向(2024年)」(2024年3月発行)
    https://www.jst.go.jp/crds/report/CRDS-FY2023-FR-01.html
  18. 例えば、能登半島地震の被災地においては、WOTAは使用した水を再生し循環利用できるシャワー・手洗い設備を、イノフィスは介護スタッフへのアシストスーツを提供。
    https://www.meti.go.jp/press/2024/06/20240614004/20240614004-2.pdf
  19. 「高度かつ独自の新技術を有するスタートアップ等との随意契約(スタートアップ技術提案評価方式)」について、各府省庁等会計課長等による申合せを実施(2024年6月10日)
    https://www.meti.go.jp/press/2024/06/20240614004/20240614004.html
  20. 経済産業省は「技術力ある中小企業者等の入札参加機会の拡大について(平成12年10月10日政府調達(公共工事を除く)手続の電子化推進省庁連絡会議幹事会決定)」を改訂し、2024年3月28日付で施行。
    https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240405002/20240405002.html
  21. 世界トップ100位の大学を卒業した外国人が就職活動や起業準備に関わる活動を行える制度。
    https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/designatedactivities51.html
  22. 学歴または職歴と年収の水準を満たすことで在留資格を得られる制度。
    https://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/nyuukokukanri01_00009.html
  23. 出入国管理庁「『経営・管理』の在留資格の明確化等について」(2022年10月策定・2024年3月改訂)https://www.moj.go.jp/isa/content/001382036.pdf
  24. 産業革新投資機構「レイター期のディープテックスタートアップへのリスクマネー供給に係る課題」(2023年12月)
    https://www.j-ic.co.jp/jp/research/.assets/20231228_JIC_Reseach.pdf
  25. 平成21年度税制改正により、恒久的施設(PE)を有しない外国組合員(投資家)の課税所得の特例等が創設された。組合持分の要件以外にも、投資契約締結以前に上記特例の適用申告を行う必要があるなど、迅速に決定したい投資家のニーズを踏まえれば特例を満たすことは困難な状況にある。
    https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/fund_tokurei.html
  26. 当該米国パートナーシップが米国事業活動(U.S. trade or business)を行っていない場合、米国非居住者や米国国外法人のパートナーには申告納税義務は発生しない。外国法人が行う自己勘定での証券への投資は、金額や頻度にかかわらずU.S. trade or businessとしては取り扱わないという判例がある。
  27. 非居住者がプライベートエクイティファンドやVCファンドなどを通じて投資活動を行う場合には、一般的には課税対象外になると考えられている。
  28. 人口100万人あたりの博士号取得者数で比較すると、米国285人に対し日本は123人。
    文部科学省「博士人材活躍プラン」(2024年3月26日)
    https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/1278386_00002.htm
  29. 米国の博士課程修了者は56.2%が民間企業等に就職しているほか、分野によっては民間・産業界への就職は7割を超えているが、日本の理系博士課程修了者はその6割弱が研究者・大学教員等としてアカデミアに就職し、民間企業等への就職は36%にとどまっている。
    経済産業省「令和4年度産業技術調査事業(産業界における博士人材の処遇向上に関する調査)調査報告書」(2023年3月17日)
    https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/houkokusho/reiwa4_hakasejinzai_tyousahoukoku.pdf
  30. 時価総額上位100社のCEOの最終学歴は、日本では学士卒が83.7%、大学院卒が15.3%。
    「総合科学技術・イノベーション会議有識者議員懇談会」内閣府資料「博士人材のキャリア(趣旨・概要)」(2023年1月19日)
    https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20230119.html
  31. 経団連「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に関するアンケート結果」(2024年2月20日)
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/015.html
  32. 経団連「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」(2024年2月20日)
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/014.html
    経団連は文部科学省「博士人材の民間企業における活躍促進に向けた検討会」にも参画し、博士人材の活躍に向けて企業・大学・政府が取り組むべき実務的な事項をともに議論。
    https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/130/index.html
  33. 事前審査を通過した学生が1年間、大学が展開する海外拠点で、昼間はスタートアップのインターンとして働き、夜は各拠点の提携大学で学ぶプログラム。これまで4,000 名を超える学生が参加し、プログラム卒業生は帰国後に1,100 社以上を創業。
  34. Principal Investigatorの略。研究室の代表者や研究の責任者を意味する。
  35. 2022年度の海外からの受入研究者数は20,180人、うち中・長期受入研究者数は12,096人である。コロナ禍以前の2018年度でも前者は39,398人、後者は13,172人だった。
    文部科学省「2022年度国際研究交流の概況(令和4年度の状況)」(2024年6月4日)
    https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kokusai/kouryu/1409550_00009.html
  36. 経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」(2024年4月26日)
    https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240426003/20240426003.html
  37. 国内で自ら研究開発した知的財産権(特許権、AI関連のプログラムの著作権)から生じるライセンス所得、譲渡所得を対象に、所得控除30%を措置する制度。令和7年度(2025年度)より7年間として措置された。
    経済産業省「イノベーション拠点税制(イノベーションボックス税制)について」
    https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/tax/about_innovation_tax.html
  38. 経団連スタートアップフレンドリースコアリング
    https://www.keidanren.or.jp/policy/StartUp.html#scoring

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