一般社団法人 日本経済団体連合会
Ⅰ.環境変化を踏まえたインフラシステムの海外展開の推進
国民生活や経済社会活動の基盤であるインフラに対する各国・地域における整備ニーズの拡大や更新ニーズの増加等により、そのグローバル市場は今後一層拡大する見通しである#1。今後わが国が持続的な経済成長を実現するためには、こうした世界のインフラ需要を戦略的に取り込んでいくことが不可欠である。インフラ整備は、国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」達成の観点からも重要であり、日本政府も、「SDGs実施指針」に基づき、質の高いインフラの整備等を通じて、Society 5.0の推進を含む日本のSDGsモデルの確立に向けた取組みを推進している#2。「Society 5.0 for SDGs」の実現に向けて、引き続き、官民連携および各国連携の下で各国・地域におけるインフラ整備に精力的に取り組む必要がある。
1.インフラシステムをめぐる環境変化
こうしたなか、この1年余、世界は未曽有の環境変化に直面しており、インフラシステムの海外展開も新たな局面を迎えている。
第1に、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、世界経済は深刻な打撃を受けた。各国・地域のインフラプロジェクトや各社が関わる事業についても遅延・中断等の大きな影響が生じており、こうした状況へ迅速に対応することが急がれる。
第2に、コロナの感染拡大は、経済活動、社会生活に大きな変革を迫っており、中長期的な視点から、With/Postコロナ時代における新たなインフラニーズへ対応する必要がある。With/Postコロナ時代においては、パンデミックで浮き彫りとなった多様な社会経済課題の解決に向けて、とりわけ、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進が一層重要となる。わが国ではこれまでSociety 5.0の実現に向けた取組みを官民一体となって推進してきたが、G20大阪サミットで合意された「Data Free Flow with Trust(DFFT)」の実現にも資する形でインフラシステムのDXに関する取組みを加速する必要がある。
第3に、気候変動問題への危機意識が世界的に高まるなか、脱炭素化に向けたさらなる取組み強化が求められている。昨年、日本政府は、「2050年までに二酸化炭素ネット排出量ゼロ(カーボンニュートラル)」目標を打ち出した。パリ協定をはじめとする国際的枠組みも踏まえながら、わが国の優れた環境技術を活用したグリーンインフラシステムの海外展開を官民連携のもとで推進することで、経済成長および温室効果ガス削減の両立につなげることが肝要である。
第4に、国際協調を重視する米国のバイデン新政権の発足を契機に、今後、世界が国際経済秩序の再構築に向け動き出すことが期待される。わが国としても、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現を旗印に、経済連携協定の拡大と質の向上を通じて地域間協力関係を拡大・深化させていくとともに、グローバルなヒト・モノ・カネ・データの円滑な移動と連結性の向上を追求していかなければならない。
2.日本政府の対応
日本政府は、インフラシステムの海外展開を国の重要戦略の一つとして掲げ、2013年5月に「インフラシステム輸出戦略」を策定するとともに、同戦略の改訂を毎年度行い、各種施策の拡充を図ってきた#3。こうした中、昨今の大きな環境変化も踏まえながら、2021年以降の5年間を見据えた政府の新たな戦略である「インフラシステム海外展開戦略2025(以下、「新戦略」)」が2020年12月に取りまとめられ、公表されたところである。新戦略では、「カーボンニュートラル、デジタル変革への対応等を通じた、産業競争力の向上による経済成長の実現」「展開国の社会課題解決・SDGs達成への貢献」「質の高いインフラの海外展開の推進を通じた、『自由で開かれたインド太平洋』の実現等の外交課題への対応」の三つの柱を掲げるとともに、「2025年に受注額34兆円」という新たなKPI(効果KPI)を設定している。また、効果KPIに加え、海外での生産・調達・維持管理・運営等の支援に関する指標や、海外での社会課題解決に関する指標、インフラ分野の加速化に関する指標、トップセールスに関する指標等の「行動KPI」も設定されており、行動KPIのさらなる具体化等を通じ、量のみならず質も重視した具体的な施策の実現とKPIの達成が期待される。
これまで日本政府・関係機関においては、首相や閣僚等によるトップセールスを強化し、首脳外交や国際会議等を通じた海外インフラプロジェクトの獲得件数の増加を図ってきた。併せて、ハイスペック借款創設や円借款・本邦技術活用条件(STEP)の活用促進、O&M円借款の拡充等の各種ファイナンス支援スキームの整備・拡充や、機関投資家向け貿易保険スキームの創設等の貿易保険の拡充#4、質高インフラのルール整備および国際標準化に向けた取組み推進#5、在外公館による日本企業への支援と現地政府への働きかけの強化等を通じ、日本企業による海外インフラ事業の支援を拡充してきた。さらに昨年度の経団連からの要望等を踏まえ、JICA海外投融資の案件審査プロセスの迅速化に向け、JBIC先議の要否を類型化するとともに、先議期間の短縮化・明確化等を図るなど、JBIC先議の見直しを行ったところである#6。
また、未曾有の難局である新型コロナウイルス感染拡大を受けて、各省庁・機関にコロナ対応窓口を設置するとともに、JBICの新型コロナ危機対応緊急ウィンドウおよびJICAの新型コロナ危機対応緊急円借款等を通じた資金支援や、NEXIの貿易保険による事業停止・支払遅延等への損失補填等、日本政府・関係機関による緊急支援が迅速かつ適切に実施されている。こうした政府の取組みを経団連は高く評価しており、新戦略の着実かつ継続的な実行と、内外の情勢変化に合わせた不断の見直しを強く要望するものである。
3.経団連の対応
経団連ではこれまで、政府のインフラシステム輸出戦略の毎年度の改訂に合わせ、会員企業・団体へのアンケート調査をもとに、インフラシステムの海外展開に関する提言を取りまとめ、その実現に向けて政府・関係機関へ働きかけを行ってきた。今年度は、新型コロナウイルス感染拡大の影響や政府による新戦略策定を踏まえ、本提言「戦略的なインフラシステムの海外展開に向けて―2020年度版―」を取りまとめた。日本政府には、提言内容の着実な実施を要望するとともに、新戦略のもとで官民一体の取り組みを加速することを期待する。経団連としても、「Society 5.0 for SDGs」の実現に向け、日本企業の持つ高い技術力やノウハウ、経験を総動員しながら、質の高いインフラシステムの海外展開に力を尽くしていく所存である。
Ⅱ.戦略的なインフラシステムの海外展開に向けた具体的要望
1.対日本政府・機関等
(1) 世界が直面する課題への対応
① 新型コロナウイルスの感染対策および支援強化
新型コロナ感染拡大に伴い、海外インフラプロジェクトや各社事業に遅延・中断等が生じている。こうした中、現地における感染対策の強化、プロジェクトの工期延長や中断・再開、追加費用負担、損失補償等を巡る現地政府との交渉は待ったなしであり、日本政府・関係機関には相手国政府との交渉における支援の強化や緊急資金支援の拡充等#7を要望する。
そもそも、各国・地域の入国規制等により、現地インフラプロジェクト・事業の再開・継続に必要な人員の派遣と確保が困難な状況が続いている。かかる状況を改善するため、ビジネストラックの整備・拡充、ビザ・ワークパーミットの取得、PCR検査、特別入国許可措置の実施、渡航制限の緩和や運用の改善(入国・帰国時の隔離措置の特例緩和・免除等)、フライトの確保、日本国内等からリモートで業務を行わざるを得ないケースやワクチン接種等に伴う一時帰国等への柔軟な対応#8等、安全を確保した上で人の往来の段階的再開に向けて、政府間の対話を進めることが喫緊の課題となっている。
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、感染状況・医療情報等に関するホスト国政府による情報発信が不十分なケースも多く見受けられる。現地での感染対策の強化および安全の確保に向け、ホスト国政府による適時適切な情報発信や在外公館医務官・派遣医師等による迅速な検査・診察、治療・緊急搬送体制の確保、安全な現地医療機関および隔離施設の整備・確保等が必要である。加えて、現地で支援を求める際の政府関係機関の相談窓口を一元化・明確化するとともに、各機関の連携を一層強化することも重要である#9。
② インフラシステムにおけるDXの推進
With/Postコロナ時代においては、インフラシステムにおけるDX推進の必要性は増すばかりである。こうした状況を踏まえ、まずはデータ流通に関する国際ルールを整備することが重要であり、G20大阪サミットで合意された「Data Free Flow with Trust(DFFT)」の考え方に基づき、国際ルール作りを日本が主導することが求められる#10。
また、こうした国際ルールのもと、日本企業の強みを活かしながら、具体的なインフラDXプロジェクトを各国・地域において積極的に展開することが必要となる。こうした観点から、2020年5月、経団連とJICAでは、インフラDXプロジェクトに関するメニューブックである「Society 5.0 for SDGs 国際展開のためのデジタル共創#11」を共同で取りまとめたところである。同メニューブックは、各企業へのアンケート調査をもとに、日本企業が主導するインフラDXプロジェクトの具体的提案を例示するものである。JICAや在外公館等の持つホスト国政府・機関とのネットワーク等を最大限に活用しながら、同メニューブックをホスト国政府へ積極的に訴求することで、インフラDX案件の受注増加へつなげることが期待される。併せて、総務省「デジタル海外展開プラットフォーム#12」等を有効活用しながら、省庁連携および官民連携の下で具体的案件創出を加速すべきである。その際、持続的な収益を確保する観点から、O&M DX(デジタル技術を活用したO&M)#13への支援を拡充することにより、O&Mを含むハード・ソフトのパッケージ型インフラシステムを戦略的に展開することが重要である。
③ グリーンインフラ整備の取組み強化
気候変動問題は全人類に脅威をもたらす世界共通の重要課題であり、国際連携の下で脱炭素化に向けた一層の取組みが求められる。日本政府も、「2050年までに温室効果ガス排出量ネットゼロ(カーボンニュートラル)」の実現を目指すことを宣言するとともに、2020年12月、その実行計画である「グリーン成長戦略」を取りまとめたところである#14。
国連の掲げるSDGsの達成やパリ協定等の国際的枠組みにおける温室効果ガス削減に向けて、環境性能の高いグリーンインフラへの需要は、今後全世界的にますます拡大する見通しである。二国間クレジット制度(JCM)等の市場メカニズムの積極活用#15等を通じながら、わが国の優れた環境技術を活用したグリーンインフラシステムの海外展開を官民連携のもとで推進することで、経済成長および温室効果ガス削減の好循環につなげることが肝要である。
そのためには、海外との連携も含めた革新的技術の開発と、その国際展開を通じた普及・活用に取り組まなければならない。こうした活動には巨額の費用と長い時間を要し、かつ収益化までに大きなリスクを負うことも多い。そのため、特に、水素や蓄電池、CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)等の脱炭素社会実現の鍵となる革新的技術の開発や国際実証試験に対する政府支援の一層の強化・拡充が求められる。併せて、世界市場の獲得に向け、国際標準化を早期に推進することが重要である。
グリーンインフラへの投資促進に資するサステナブル・ファイナンス#16市場の整備など、資金調達の面からの後押しも重要である。サステナブル・ファイナンス市場は欧州を中心に急速に成長#17している一方、アジアにおいてはいまだ整備が不十分な状況である#18。近年のESG投資へのニーズの高まり等も踏まえながら、アジア各国やアジア開発銀行(ADB)等との連携の下、アジアにおけるサステナブル・ファイナンス市場の整備・拡充を加速する必要がある#19。
④ 「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現
FOIPは、法の支配を含むルールに基づく国際秩序の確保、自由貿易の推進ならびに自立的・持続的な成長等を通じたインド太平洋地域における平和、安定、繁栄の促進を目指す構想である。質の高いインフラシステムの海外展開は、自由で開かれた国際経済秩序を堅持するとともに、ヒト・モノ・カネ・データの流れの円滑化と連結性の向上を通じて、その構想の実現に大いに資するものである。新型コロナ危機を契機に、レジリエントなグローバルサプライチェーンの構築や自由貿易体制の維持・強化の重要性が改めて認識されたところであり、FOIP等の枠組みを活用した国際連携のさらなる強化が求められる。その際、米日豪が主導する質の高いインフラシステムの国際標準化に向けた枠組みである「ブルー・ドット・ネットワーク(BDN)」に関する検討を加速し、日本のインフラシステムの高い品質が正当に評価される仕組みを構築することが重要である。
(2) 案件獲得に向けた推進体制の強化
① 司令塔機能の強化および予算措置の拡充
上記 (1) の課題に対応すると同時に、激しさを増す世界的なインフラシステム獲得競争に打ち勝つためには、インフラシステム海外展開に関する国の総合戦略を立案・遂行する経協インフラ戦略会議の司令塔機能の強化が不可欠である。
こうした観点から、経協インフラ戦略会議のリーダーシップのもと、各省庁・関係機関が具体的な行動計画に関するロードマップを作成してPDCAサイクルを毎年度着実に回し、その結果を公表することで、国の戦略を一元的かつ強力に推進することが重要である。これまでインフラシステム輸出戦略については、具体的施策に関するフォローアップシートが経協インフラ戦略会議のホームページ上で公表されていたものの、各府省庁・機関の取組みの進捗状況が見えにくい印象は否めない。そこで、例えば、新戦略を策定するにあたり内閣官房に設けられた「インフラ海外展開に関する新戦略策定に向けた懇談会」の後継会議を創設し、同会議において定期的に各府省庁・関係機関の取組みをモニタリング・評価することで、PDCAサイクルを着実に回すことも一案である。
また、各省庁・関係機関ごとの分野別の行動計画のみならず、組織横断的な視点から、ターゲットとする国・地域別の具体的な行動計画およびロードマップを作成すべきである。国・地域ごとの戦略については、新戦略において地域別取組方針が示されている。当該方針に基づき、それぞれのマーケットの特性やニーズ等を踏まえながら、例えば5年程度の時間軸で各国・地域ごとの取組みに関するロードマップを作成するとともに、PDCAサイクルを毎年度回すことも効果的と考えられる。
なお、新戦略は、2021年からの5年間を見据えて取りまとめられたものであるが、これまでのインフラシステム輸出戦略のような1年単位での戦略のみならず、5年という中期的な視点での戦略を立案することは有益である。したがって、今後も経協インフラ戦略会議において、インフラシステム海外展開に関する国の5カ年計画を定期的に策定すべきである#20。
加えて、インフラシステム海外展開に関する各省庁・機関の各種補助事業(F/S事業等)について、省庁・機関ごとの情報発信にとどまらず、経協インフラ戦略会議のホームページ等において関係府省庁・機関の各種補助事業の公募や問い合わせ窓口等の情報を一覧化して閲覧・申請できるようにするとともに、各機関にまたがる事業の一元的な相談窓口を設置することも有用と考えられる#21。
併せて、外務省をはじめ各省予算における十分なODA事業費の確保も重要である。新型コロナ感染拡大により海外インフラプロジェクト・事業に深刻な影響が生じている中、それに伴う追加経費負担が発生するケースが増加しており、まずは日本企業への緊急資金支援の拡充が求められる。また、日本政府の経済対策の重点分野として、「デジタル」および「グリーン」が掲げられていることを踏まえ、インフラ分野におけるDXの加速およびグリーンインフラの海外展開に関する予算措置の拡充も重要である#22。
さらに、わが国政府が「行政のデジタル化」を国の最重要課題として掲げていることから、経協インフラ戦略会議のリーダーシップのもと、2021年9月に新設予定のデジタル庁とも連携しながら、インフラシステムの海外展開に関する各種手続きのデジタル化#23を加速し、適時適切な案件形成が可能となる環境を整備すべきである。これは、日本企業の機動力の向上、ひいては国際競争力強化につながるものである。
② トップセールスの一層の強化
わが国の質の高いインフラシステムを積極的に各国・地域へ売り込んでいくためには、首脳・閣僚会談や国際会議等の場を活用したトップセールスを継続・強化することが重要である。近年、日本政府は、トップセールスを積極的に展開し実績をあげているところであり、さらなる活動強化が求められる。
新戦略では、行動KPIの一つとしてトップセールスによる案件獲得件数を掲げており、同目標を着実に達成することが重要である。その際、国際協力機構(JICA)や国際協力銀行(JBIC)、日本貿易振興機構(JETRO)等の政府機関や在外公館が培ってきたホスト国政府とのネットワークも最大限活用することにより、上流段階(マスタープラン策定等)からの関与や国家レベルの大型案件の獲得増加につなげるとともに、下流の入札段階で日本企業が案件を受注できるよう支援強化を図る必要がある#24。併せて、デジタル技術を活用したO&Mやライフサイクルコスト面の優位性、包括的な制度設計支援、人材育成等についても日本の強みとして積極的に売り込むことで、大型インフラプロジェクトをパッケージで獲得することが重要である#25。
さらに、案件獲得件数の増加や獲得成功率の向上を図るためには、ホスト国の実状やニーズ等の情報を適時適切に収集し、民間企業と共有することが重要である。こうした観点から、在外公館や現地に事務所を持つ政府系機関(JICA、JBIC、JETRO等)が有する現地ネットワークを通じた情報収集活動を一層強化するとともに、オンラインの活用#26を含め、企業関係者への迅速な情報発信と共有に取り組むことが求められる。在外公館のインフラプロジェクト専門官は、こうした案件発掘・獲得や日本企業への情報共有等に大きな役割を果たしており、人員の拡充や重点配置も必要と考えられる。
③ 第三国市場連携の強化
日本が諸外国に比べて競争優位を持たない市場等へ進出するためには、当該国・地域に強みを持つ関係国・企業との第三国市場連携が有効である。
これまで、「日米戦略エネルギーパートナーシップ」「日米第三国インフラ協力官民ラウンドテーブル」「日中民間ビジネスの第三国展開推進に関する委員会」「日中第三国市場協力フォーラム」「アジア・アフリカ地域における日印ビジネス協力プラットフォーム」「持続可能な連結性及び質の高いインフラに関する日EUパートナーシップ」や、日米豪による「インド太平洋におけるインフラ投資に関する三機関パートナーシップ」等、第三国市場連携の強化に向けた枠組みの整備が進められ、議論を重ねてきたところである。こうした枠組みやRCEP、CPTPP等の経済連携協定を活用しながら、開放性、透明性、経済性、財政健全性等の国際スタンダードも踏まえつつ、日本企業が主導する具体的なプロジェクト・事業の創出につなげることが重要である#27。
(3) 官民連携を通じた公的施策の推進
① O&Mへの重点支援
インフラシステムは長きにわたり使用されることも多いことから、受注した案件・事業からいかにして中長期的な収益を確保するかが重要である。この点、日本企業が得意とする効率的な運用やデジタル技術の活用等、ソフト面に対するホスト国側の期待は大きい。今後、案件や事業においては、工事の完工や機器の売り切りといったハード面にとどまらず、ライフサイクルコストの優位性等をホスト国側に訴求しつつ、O&M等のソフト面も含めたインフラシステムサービスの提供を一体的に推進する必要がある。そのためには、円借款、無償資金協力、技術協力による支援の一層の拡充に加えて、日本企業が、自ら建設・設置したインフラシステムのO&Mにも参画できるような支援スキームを整備することも求められる#28。
② 国際標準化や国際ルール整備の戦略的推進
わが国の質の高いインフラシステムの海外展開を推進するためには、案件の上流段階から関与することが重要であり、そのための有力な手段が国際標準化の推進である。技術開発で先行していても国際標準を他国に押さえられては世界市場で案件・事業を獲得することは困難である。官民連携の下で早い段階から国際会議の議論に積極的に参加し、ホスト国政府とも連携しながら国際標準化を主導することで、受注拡大につなげることが重要である。
これまで質の高いインフラシステムの国際標準化に向け、「APECインフラ開発・投資の質に関するガイドブック」の改訂や、G20大阪サミットにおける「質の高いインフラ投資に関するG20原則」の承認等が行われてきた点は評価できる。こうした取組みを踏まえ、日本の技術基準や規格の体系的な整備を行いながら、日本が質の高いインフラシステムの国際標準化を主導できるよう、具体的な戦略を策定、推進することが重要である#29。特に政府が掲げる2050年カーボンニュートラル目標を踏まえ、今後成長が見込まれるグリーンインフラ、例えば、水素や蓄電池、洋上風力、CCUS等による再生可能エネルギーシステムの海外展開に向けた国際標準化戦略を早期に展開することで、世界市場で案件・事業の獲得につなげていかなければならない。併せて、ハイスペック円借款等を活用しながら、質の高いインフラシステムを導入するホスト国に対するファイナンス支援を一層強化するとともに、日本企業が国際規格へ対応するための資金支援スキームを整備することも必要である。さらに、公正な国際競争環境の整備に向け、公的輸出信用に関するOECD加盟国の共通ルールであるOECD輸出信用アレンジメントについて、中国等の非OECD諸国も巻き込んだ国際ルールの整備の議論を加速することも重要である#30。
③ CORE JAPANの推進
日本企業の主導のもとで現地企業と連携しながら価値を共創するCORE JAPAN型プロジェクトを官民連携の下で加速する必要がある。
事業展開に当たっては、現地の法制度やビジネス環境に精通し、かつ広範なネットワークを有する現地パートナーの選定が鍵を握る。こうした観点から、在外公館やJETRO、JICA等の政府機関には、地政学的リスクも考慮に入れながら、有望な現地企業とのマッチング支援の一層の強化を期待する。特に、プロジェクト・事業を円滑かつ着実に推進するためには、現地企業とのジョイント・ベンチャー(JV)の設立が有効であり、その実現に向けた連携が必要である。
また、世界銀行、ADB等の国際開発金融機関(MDBs)との国際協調融資を積極活用しながら、CORE JAPAN型プロジェクトを促進するファイナンス支援スキームを整備・拡充することも必要である。さらに、規制の強い日本では難しい先進技術に関する国際実証実験やF/Sへの支援を拡充するとともに、成功事例を日本へ逆輸入するというアプローチも考慮すべきである。加えて、自律的かつ継続的な操業や維持管理を可能にするため、現地オペレーション人材の育成強化や現地法人によるO&Mへの支援強化も必要である。
④ PPP促進に向けた支援強化
各国・地域におけるインフラ需要の拡大等を背景に、世界的なインフラ需給ギャップの拡大が続く中、民間投資を効果的にインフラプロジェクト・事業へ呼び込むことが重要となる。そのためには、公的資金を有効活用するとともに、PPPスキームの整備・拡充を進めることにより、民間企業が過度な負担やリスクを負うことがないよう、インフラプロジェクト・事業を採算性の高いものにすることが重要となる。
PPPに関する法制度については、各国・地域ごとに整備状況が異なっている。PPP制度の整備が不十分な国については、まずは制度構築支援(技術協力)が必要となる#31。その上で、ODA等による公的資金支援を活用しながら、ODAと民間投資のパッケージ化(ハイブリッド型PPP)の推進や無償資金協力によるVGFの創設等、PPP促進のための各種支援スキームを拡充#32するとともに、国・地域ごとの状況やニーズに合わせた戦略の立案・実行が求められる。併せて、民間企業側が過度な負担を強いられることがないよう、官民の適切なリスク分担の徹底について日本政府からホスト国政府へ働きかけることも重要である。加えて、ADB等のMDBsや各国輸出信用機関(ECA)等との連携の下で、国際協調融資の拡充やADBの信託基金#33の積極活用等を図ることも期待される#34。
⑤ 人材招聘の戦略的推進
日本のインフラシステムの高い技術力やO&Mのノウハウ、ライフサイクルコストの優位性等をホスト国に十分に理解してもらうためには、ホスト国・機関の政府高官や若手官僚等の人材招聘を推進することも重要である。例えば、経済産業省・海外産業人材育成協会(AOTS)やJICAの人材招聘スキームの継続・拡充#35、日本の大学・大学院への留学生の受け入れ促進等により、海外のキーパーソンに日本の魅力や強みを理解してもらう機会を増やすとともに、これらのプログラムの参加者・卒業生のネットワークを構築し、そうした人脈を積極的に活用することで、ホスト国との連携強化や信頼関係の構築につなげることが有効である。
⑥ 安全対策の一層の強化
海外インフラ事業を推進する上で、安全の確保に向けた取り組みを強化することが極めて重要である。海外においては、新型コロナウイルスの感染拡大により注目を集める感染症に加え、自然災害、テロ等様々なリスクの発生が懸念される。わが国政府には各国の衛生・治安等関係当局との連携強化を通じ、迅速な情報収集・分析および民間企業への情報提供、さらには在外公館による日本企業駐在員・滞在者への支援、緊急時の保護・移送体制等の一層の強化を要望する。現在、外務省を中心に海外進出企業向けの安全対策セミナー等が開催されており、こうした取り組みを一層推進し、海外安全対策の能力向上を図る必要がある。
(4) ファイナンス等支援の強化
① ODA(円借款、無償資金協力、技術協力)
インフラシステムの海外展開を推進するためには、ODAの各種ファイナンス支援の一層の強化が欠かせない。JICAでは、コロナ禍における海外インフラプロジェクト・事業への支援に向け、新型コロナ危機対応緊急円借款を創設するとともに、各国と財政支援円借款に関する交換公文を締結#36するなど、緊急対応を迅速に実施している点を経済界は高く評価している。
インフラシステムの受注を中長期的な収益の確保につなげていくためには、工事の完工や機器の売り切りといったハード面の整備のみならず、O&M等のソフト面も含めたインフラシステムサービスの提供を一体的に推進する必要がある。これを実現すべく、O&M円借款や事業・運営権対応型無償資金協力の拡充、O&M DXへの重点支援、公的資金と民間投資のパッケージ型ファイナンス(ハイブリッド型PPP)の促進等、O&M等も含めたソフトとハードの一体型案件の獲得に向けたファイナンス支援等を一層拡充することが求められる。
また、為替リスク低減に向けた無償資金協力案件における複数通貨契約制度(ドル・円)の導入や、人材育成などのセミナーやOJTプログラムの実施等を契約上の条件とする技術移転型STEPの展開、案件の計画・形成の段階で技術提案・価格低減・工期短縮等の提案を積極的に行うECI(Early Contractor's Involvement)の具体化、後発開発途上国(LDC)向けに創設されたLDCパートナー型円借款(JUMP)#37の適用拡大等も有効と考えられる。
加えて、現地政府の要請から契約に至るまでに長い期間を要することが、時に案件獲得機会の逸失をもたらしている。こうした現状を踏まえ、案件形成から契約に至るまでの期間の短縮や入札スケジュールの柔軟化等を図る必要がある。
さらに、日本政府・関係機関による取組みに加え、ADB等のMDBsとの国際連携を一層強化すべきである。例えば、JICAとADBの連携の下、PPP案件等を促進するための信託基金が設立#38されている。こうした基金等を通じた協調融資を積極活用するとともに、CORE JAPAN型プロジェクトへ重点的に投融資を行うスキームを整備することも一案である。
併せて、現地における支援強化も重要である。海外でインフラプロジェクト・事業を推進する際、現地政府・関係機関との交渉・連携が重要であり、特にコロナ禍においてその必要性は一層増している。相手国政府・関係機関との交渉においては民間企業のみでは首尾よく行かないケースが多々あるため、現地に事務所を持ち、現地政府ともネットワークを構築しているJICA等による一層の支援強化が必要である。また、現地事務所を持たない海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)や海外通信・放送・郵便事業支援機構(JICT)が推進するプロジェクトについても、組織の垣根を越えて連携を強化し、JICAによる現地支援を求めたい。さらに、CORE JAPAN型プロジェクトを推進するためには、現地人材の育成が不可欠であり、現地での人材育成セミナーや採用活動、OJTプログラム等への支援も充実すべきである。
② JICA海外投融資
昨年度経団連より要望したJBIC先議の見直しについて、先議の要否の類型化や、期間の定義の明確化および短縮化、JBIC・JICA・三省(財務省、外務省、経済産業省)による情報共有の枠組みの設置等の整理が行われたことを高く評価する。同時に、今回の見直しで終わることなく、今後の運用状況を定期的にモニタリングしながら、さらなる制度改善につなげることを強く期待する。
JICA海外投融資は、PPPインフラ事業など民間企業等が実施する開発プロジェクトへの有効な支援策であり、一層の改善や拡充が求められる。例えば、インフラプロジェクトの事業収入は現地通貨建ての場合が多いため、円建てで融資を受けた場合、借入人である企業は為替リスクを負う。民間企業の参画促進に向け、こうした為替リスクを低減するためにも、JICA海外投融資における現地通貨建て融資を一層拡充することが求められる#39。加えて、状況に応じて、さらなるリスクテイクを可能とすべく、相手国の政府保証がないサブ・ソブリン案件向けの融資制度を整備することも必要である。
③ JBIC投融資
JBIC投融資は民間企業等によるインフラ整備に対する重要な支援手段である。その機能強化の一環として、2020年1月に「成長投資ファシリティ」を創設するとともに、株式会社国際協力銀行法施行令の改正(2020年1月施行)によりJBICの支援の対象となる先進国向け事業が追加されたことを高く評価する。また、「新型コロナ危機対応緊急ウィンドウ」を創設してコロナ禍における日本企業の海外インフラ事業を支援するとともに、「ポストコロナ成長ファシリティ」を創設#40し、脱炭素化やサプライチェーン強靭化に関する支援を打ち出した点についても多とするものである。
こうした中、インフラプロジェクトのリスクを軽減し、民間投資を一層促進するためにも、JBIC投融資の金融メニューのさらなる拡充・多様化が必要である。具体的には、為替リスクの低減や現地通貨建て融資の拡充を図るとともに、状況に応じて、相手国の政府保証がないサブ・ソブリン案件向けの融資供与や特別業務のリスクテイク機能の強化を図るべきである。また、日本企業の質の高い環境関連技術やグリーンインフラの海外展開促進に受け、「質高インフラ環境成長ファシリティ(QI-ESG)」の一層の拡充も重要である。併せて、より柔軟なファイナンスを実現するため、エクイティやシニアローンの補完的な役割を果たすメザニン・ファイナンスの拡充や超長期外貨建て融資への支援強化も必要である。加えて、アフリカ等における分散型電源への需要の高まり等を踏まえ、オフグリッド事業のような小規模・分散型案件に対応するクレジットライン型融資の整備・拡充ならびに第三国市場連携やCORE JAPAN型プロジェクトの促進に向けた各国ECAやMDBsとの国際協調融資の一層の拡充も求められる。
④ 日本貿易保険(NEXI)
リスクの高い海外インフラプロジェクトへの民間企業の参画を促すためには、NEXIの貿易保険の一層の拡充が不可欠である。NEXIは新型コロナウイルスによる経済危機対応として、貿易保険手続きの期限猶予・各種被保険者義務の履行猶予や、新型コロナウイルス感染症に関する貿易保険の問合せ窓口の創設、新型コロナウイルス感染拡大による損失への保険カバーの提供等の緊急支援を行っており、これらの取組みを高く評価する。また、新戦略の柱として掲げられた「展開国の社会課題解決・SDGs達成への貢献」等に向け、外国政府・企業パートナーとの国際連携推進のための融資にも付保する方針を打ち出すとともに、具体的な案件を組成につなげている点も評価しており、今後の一層の案件増加を期待する#41。
こうした中、海外インフラプロジェクトへの民間投資促進に向け、NEXIによる一層の支援強化が求められる。例えば、感染症等をカバーする貿易保険の拡充(現地作業員の退避・再赴任費用、現地作業員の待機費用(給与補償)、作業不可期間の重機レンタル費用、除染費用等の追加発生費用についても特約でカバー)や、デジタルやグリーン等の日本政府が掲げる重点分野のインフラシステム海外展開に資する貿易保険の拡充が重要である#42。また、状況に応じた一層のリスクテイクに向け、相手国の政府保証がないサブ・ソブリン案件の積極的な引受けや、超長期外貨建て融資への支援強化、金利スワップ保険特約の運用改善(適用要件の緩和等)、海外投資保険および海外事業資金貸付保険における契約違反特約の積極的な引受等の改善、建設工事の特性を考慮した利便性の高い包括保険制度の創設等も必要である。さらに、第7回アフリカ開発会議(TICAD 7)の際に、NEXIとアフリカ貿易保険機構やイスラム開発銀行等との連携による輸入費用およびプロジェクト融資の100%をカバーするスキームが創設されたところであり、同様のスキームを他の国・地域向けにも展開することを強く期待する。
⑤ その他の独立行政法人等
海外インフラプロジェクト・事業のリスクを軽減し、民間投資を一層促進するためには、公的資金を活用したファンドによる投資拡充等が有効と考えられる。諸外国では政府系ファンドの設立等を通じたインフラ投資を促進しており#43、わが国においてもこうした支援の充実が必要となる。
こうした観点から、ハンズオン#44で具体的なインフラ事業を支援する官民ファンドであるJOINやJICTによる一層の支援強化が求められる。JOINについては、民間企業が事業性や参画可能性を検証するためのF/Sへの支援強化や、個々の案件に関する定期的なモニタリング結果の情報公開(評価方法、投資判断基準、出資後の関与内容、収支(需要や投資リターンに係る予測との比較)、持分の保有方針、EXIT戦略等)等を期待する。また、JOINとJICTで支援が重なる分野#45が出てきているため、豊富な在外ネットワークを誇るJICAによる支援も視野に、現地での相談窓口を一本化するとともに、両機関の連携を強化することが必要である。さらに、両機関によるハードインフラへの支援に加え、O&Mへの支援拡充も重要である。
加えて、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)には、脱炭素化の取組み推進に向け、再生可能エネルギー分野等における国際実証実験への一層の支援強化が求められる。
2.対ホスト国
(1) 新型コロナウイルス感染対策の強化
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、現地におけるコロナ感染対策の強化が必須である。企業がホスト国政府と直接交渉するのは容易ではないため、日本政府によるさらなる支援強化を期待する。具体的には、現地政府に働きかけ、ホスト国の感染状況・医療情報等に関する情報発信を強化するともに、在外公館医務官・派遣医師等による迅速な検査・診察、治療・緊急搬送体制の確保、安全な現地医療機関および隔離施設の整備・確保等の加速が必要である。
(2) 各種トラブル解決への支援強化
ホスト国政府との各種トラブルに関する交渉については、力関係において劣勢に立つことの多い民間企業のみでは負担が大きいため、わが国政府・関係機関によるホスト国側への要望申し入れ等、継続的な支援が不可欠である。例えば、税金問題については、円借款における交換公文等で免税条項が明記されていない事例や、明記されている場合でも現地政府が対応しないケース、VAT還付が徹底されない事例等がみられる。また、現地政府負担事項(用地買収、労働ビザ・滞在許可証の発行等)の不履行によるプロジェクトの大幅な遅延等も往々にして発生している。さらに、ホスト国政府・現地関係機関において、プロジェクトに必要な予算が確保されていないこと等に起因する支払いの遅延が大きな問題になっている。
このため、わが国政府・関係機関からホスト国政府に対し、免税措置担保#46や必要予算の確保、現地政府負担事項の履行徹底、円借款対象契約を行う事業者の健全性・信頼性および履行状況のモニタリング等を通じて、履行徹底を働きかけるなどの取組み強化を要望する。
(3) 法制度整備およびビジネス環境整備
インフラプロジェクト・事業の着実な推進を図るためには、ホスト国の各種制度の安定性、透明性、予見可能性等を確保することが重要である。例えば、各国・地域におけるインフラ需要の一層の拡大に伴い、インフラプロジェクトへの民間投資促進の期待が高まっているが、国によってはPPP等の関連制度が十分に整備されていないケースが少なくないため、ホスト国のPPP関連法制度の整備が必要である。
また、質の高いインフラシステムの導入促進に向け、ライフサイクルコスト等を総合的に評価する入札制度の導入についてホスト国政府へ粘り強く働きかけていくことも重要である。
さらに、現地事業を積極的に展開するためには、現地オペレーション人材の育成強化、法制度整備や評価能力向上に関する専門家の派遣、在外公館のインフラプロジェクト専門官による支援強化等を一層促進する必要がある。
加えて、民間企業による海外インフラ事業への積極的な投資を促進するため、FTAやEPA、投資協定、租税条約等の締結の一層の促進を図るとともに、外資規制や送金規制、過度なローカルコンテンツ要求、当該国民の雇用義務等の緩和・撤廃、輸出入通関手続の簡素化・迅速化等により、ホスト国のビジネス環境の整備・改善を図ることも重要である。
Ⅲ.With/Postコロナ時代における重点分野
コロナ禍によって全世界にパラダイムシフトともいうべき大変革が起きている。こうした中、インフラシステムの海外展開を推進するためには、With/Postコロナ時代における新たなインフラニーズを的確に把握しながら、わが国の技術力やノウハウ、経験等の強みをもとに重点分野を明確化し、選択と集中を図りながら、わが国とホスト国の経済成長を追求していかなければならない。こうした観点から、会員企業・団体へのアンケート調査を踏まえ、With/Postコロナ時代における重点分野を以下の通り例示する。
1.グリーンインフラ
国連が掲げるSDGs達成等に向け、今後、脱炭素化に資する環境エネルギーインフラの世界的な需要の一層の拡大が見込まれる。わが国においても、「2050年カーボンニュートラル」の実現を目指す方針が掲げられるとともに、この新たな挑戦を経済と環境の好循環につなげるための産業政策である「グリーン成長戦略」が打ち出されたところである。今後は同戦略で掲げられた14の重要分野を踏まえながら、グリーンインフラの海外展開に関する取り組みを官民連携の下で一層強化することが必要である。
具体的には、水素や蓄電池、CCUS等の革新的技術開発への政府支援を拡充するとともに、洋上発電や水力、地熱等を含む再生可能エネルギーシステムの海外展開を積極的に推進することで、世界のグリーンインフラ市場におけるプレゼンスを高め、持続的な経済成長と地球規模でのカーボンニュートラルの早期実現を図ることが重要である。その際、サステナブル・ファイナンスの拡充を図るとともに、脱炭素型プロジェクトを一層促進するため、JBICの質高インフラ環境成長ウィンドウやNEXIの環境イノベーション保険、NEDOの国際実証事業等の一層の拡充も有効である。併せて、世界市場の獲得に向け、国際標準化を早期に進めることも極めて重要である。また、二国間クレジット制度(JCM)等の市場メカニズムの積極活用等を図りながら、高性能の環境エネルギーインフラの海外展開を強化することにより、世界の温室効果ガス排出削減に貢献することも必要である。
2.デジタル化
With/Postコロナ時代においては、AIやIoT等を活用したデジタルインフラの整備が不可欠である。そのためには、デジタル化の基盤となる通信・ネットワークインフラの一層の整備や、各種のプラットフォーム、コンテンツ・アプリケーション等を活用したサービスモデル#47の拡充が必要であり、これらに対する日本政府・関係機関による投融資の拡充や柔軟な運用等を推進すべきである。併せて、非接触・非対面を実現する生体認証技術(顔・虹彩・指紋・掌紋・指静脈・耳音響)や、自動化・省力化技術、遠隔管理システムのインフラへの活用#48 、デジタル技術を活用した業務効率化・高度化#49、デジタルIDプラットフォームやセキュリティシステムの整備等を通じた電子行政構築支援等も有用である。さらに、新興国における物流市場の急速な成長を踏まえ、物流の可視化や効率化、高精度化を実現するデジタルロジスティクスシステム#50や貿易プラットフォーム#51を多面的に展開することも有望である。加えて、農業が主産業である国が多いことから、スマート農業に関するニーズも今後一層高まることが期待されるところであり、国内外におけるスマート農業の実証実験等に対する支援を強化すべきである#52。
3.スマートシティ
スマートシティの海外展開をめぐる国際競争はすでに激化する兆しを見せており、わが国においても官民一体となって取組みを強化することが重要となる。日本政府は「スマートシティ官民連携プラットフォーム#53」や「日ASEANスマートシティ・ネットワーク官民協議会(JASCA)#54」を設立し、具体的な事業支援やマッチング支援等を行っているところである#55。こうした枠組みを有効活用しながら、MaaSの実用化等を含む具体的案件の組成の加速や都市OS等の情報プラットフォームの整備等を通じ、異業種連携によるパッケージでの面的開発を進めるとともに、関連する規格等の国際標準化の推進を期待する。また、日本政府はスマートシティの事例を掲載したスマートシティカタログを取りまとめたところであり、同カタログを活用してホスト国政府に積極的に働きかけを行うことにより、多くの日本企業が参画できるスマートシティプロジェクトを各国・地域で展開することが求められる。例えば、自然災害の多い日本は防災・減災等に資する高い技術力を有しており、これにデジタル技術を組み合わせることで、災害に強いレジリエントな都市づくりを展開することが有効である#56。加えて、脱炭素化社会の実現に向け、AIやIoTの活用を通じた循環型社会を実現する環境スマートシティ事業の海外展開を一層推進することも必要である#57。
4.健康医療インフラ
新型コロナの世界的な感染拡大は、途上国・新興国等の医療体制の脆弱性や衛生環境の改善の余地を顕在化させ、医療インフラ整備の必要性が一層高まった。わが国は、従来からアジア健康構想やアフリカ健康構想を掲げ、医療インフラの海外展開を図ってきたところであり、With/Postコロナ時代においてもこの動きを一層加速することが求められる。
国によっては、いまだ病院・医療センターは質量ともに十分ではなく、多くの人々が病気を患っても医療施設に容易にアクセスできず、適時必要な診断、治療を受けることができないのが現状である。こうした状況を踏まえ、日本の技術力やノウハウ、経験を生かした医療機関の建設・運営や、医薬品・医療機器・衛生用品の提供等、医療・保健・公衆衛生分野における海外展開の取組みを促進する必要がある。また、新型コロナウイルスの感染拡大により、医療分野におけるサプライチェーンリスクが顕在化したことを踏まえ、医薬品・医療機器・衛生用品等のサプライチェーン、食品・ワクチン等のコールドチェーン、国際物流システムの整備を加速するとともに、医療・介護人材の育成強化を推進することも必要である。加えて、遠隔診療等、ITを駆使した健康医療インフラシステムの整備を促進することも有効である。さらに、課題を抱える衛生状況の改善に向け、水処理システムや廃棄物処理・リサイクルシステムの整備を促進することも重要である。
5.生活・社会基盤インフラ
多くの国・地域において、生活・社会基盤インフラの整備は道半ばであるのが現状であり、同分野で高い技術力やノウハウを持つ日本が貢献できる余地は大きい。例えば、日本企業は治水や水処理技術に強みを持っており、ダム等の建設・再生、浄水・給水・排水処理システムの整備が不十分な国・地域への積極的な展開が期待される#58。また、日本が高い技術力とノウハウ、経験を有する鉄道インフラシステムの積極的な海外展開も引き続き期待されるところであり、ハードの導入、整備にとどまらず、O&Mや人材育成、法体系の整備、国際標準化等まで含めて包括的かつ長期的に関与していく必要がある。併せて、鉄道インフラ周辺のサービス事業の展開も政府間交渉の段階から視野に入れ、案件の付加価値を高めることが重要である。
- OECDの推計によれば、2000年~2030年の世界のインフラ投資額累計は約71兆ドル。また、アジア開発銀行の推計によれば、2016年~2030年のアジアのインフラ需要は22.6兆ドル(年間1.5兆ドル超)、気候変動の緩和や適応への必要額を含めた場合は26兆ドル(年間1.7兆ドル超)。
- 「インフラシステム海外展開戦略2025(2020年12月10日)」。
- 同戦略では、「2020年に受注額30兆円」との目標を掲げており、2018年には約25兆円に達するなど増加基調で推移。
- これらに加えて、輸入費用およびプロジェクト融資100%保証スキームの構築(アフリカ地域向け)等。
- 「APECインフラ開発・投資の質に関するガイドブック」改訂、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」(G20大阪サミット)等。
- 「JICA海外投融資に関する案件選択の指針(令和2年11月1日改訂)」。
- JBIC融資の返済猶予や低利率での緊急融資の供与、感染症に対応した貿易保険の拡充(感染症等をプラント等増加費用特約のてん補事由へ追加、現地作業員の退避・再赴任費用等の追加発生費用への補償等)、現地・本邦での機器の保管や性能保証の延長に関わる費用の増加に対する支援強化、FIDIC標準約款やJICA契約書における不可抗力条項(Force Majeure)への「感染症」の追加、今後の新規案件における入札時等における情報の明確化等。コロナ禍という緊急事態に鑑み、相手国政府等との契約内容に限定した支援のみならず、さらなる必要な支援(工期延長の実現とそれに伴う追加費用負担の軽減に向けた支援等)を柔軟かつ迅速に実施することも重要。
- 円借款及び無償資金協力のプロジェクト等において、一時帰国を余儀なくされ、現地への往来も制限される中、日本からのリモートワークを行わざるを得ない状況があるが、この人件費はプロジェクト費用の対象外とされている。現下の状況に鑑み、リモートワークに関する費用についてもプロジェクト費用として柔軟に認めることが必要。
- 例えば、在外公館をあらゆる案件の一元的な相談窓口とし、在外公館に相談すればJICAやJETROの現地事務所等とも迅速に情報が共有される仕組みを整備するなど。
- データローカライゼーション規制の撤廃等。
- http://www.keidanren.or.jp/policy/2020/056.html
- 「総務省海外展開行動計画2020」に基づき、デジタル技術の海外展開に取り組む日本企業に対して、情報収集、チームの組成から案件形成まで海外展開の一連の流れを切れ目なく支援するためのプラットフォーム。
- IoTやクラウド、AI等を活用したオペレーションのリモート運営・監視や業務の最適化・自動化、データを活用したメンテナンスの実施等。
- 同戦略において洋上風力や水素等の14の重点分野を明示。
- 環境省「二国間クレジット制度資金事業のうち設備補助事業」の拡充等。
- イノベーション(革新的技術の開発と普及・実装)、トランジション(温室効果ガス排出量が実質ゼロの水準にはないが、世界の大幅削減に資するもので、脱炭素への移行に不可欠な技術の普及・実装)、グリーン(温室効果ガス排出量が既に実質ゼロの水準にある技術の普及・実装)へのファイナンス。(経団連国際環境戦略WG「気候変動分野のサステナブル・ファイナンスに関する基本的考え方と今後のアクション」(2020年10月9日)、http://www.keidanren.or.jp/policy/2020/094.html 参照)
- 2007年に欧州投資銀行が初のグリーンボンドを発行。
- 出所:国際公共政策研究センター「第160号 アジア地域におけるグリーンファイナンスの現状(2020年8月)」
- グリーンファイナンスに関する制度基盤の整備やガイドラインの作成、情報開示制度の整備、評価手法の確立、グリーンボンドの拡大支援等。
- 例えば、科学技術イノベーション政策については、1996年度以降、総合科学技術・イノベーション会議(旧総合科学技術会議)において、国の5カ年計画を5年ごとに取りまとめている。
- 例えば、内閣官房を一元的な相談窓口とするとともに、インフラシステム海外展開に関する関係省庁・機関の各種補助事業等の情報を網羅的に発信するポータルサイト等を開設するなど。
- 日本政府は新たな経済対策として、脱炭素社会の実現に向けた2兆円のグリーン基金の創設とデジタル化促進に向けた1兆円規模の予算確保の方針を示した。
- 入札に関する説明会、入札申請・契約手続き、必要書類提出、審査プロセス、申請者からの意見聴取等のデジタル化、申請書類や申請プロセスの簡素化、手続のシングルウィンドウ化等。
- インドとの間では、「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」のもと、両国首脳の毎年の相互訪問等を通じ、デリー・ムンバイ産業大動脈構想(DMCI)といった大型国家プロジェクトを日印共同で推進しており、同プロジェクトへの日本企業の参画を実現している。
- 例えば、パッケージ型鉄道インフラシステム(ハードに加え、O&M、人材育成、法制度の整備、鉄道インフラ周辺サービス事業等も一体的に提供)、浄化槽を用いた分散型排水処理システム、物流の可視化・効率化・高精度化を実現するデジタルロジスティクスシステム等。
- 例えば、各国政府、インフラ関連当局と本邦企業との意見交換会・連絡会の実施等。
- 例えば、経済産業省・JETRO等により、日印連携の下でインドのデジタルIDプラットフォームであるインディア・スタックをアフリカ等の第三国へ展開する方針が示された(2020年6月)。アフリカ市場に強みを持つインドとの政府間の具体的な枠組みができることにより、日本企業の商機も拡大するため、こうした第三国市場連携に関する具体的な取り組みを拡充することが求められる。
- デジタル技術を活用した高度なO&Mのみならず、アフリカ等のホスト国の実情に合ったO&Mも対象にすることが重要。
- 例えば、日本の鉄道システムの国際標準化推進に向け、日本の鉄道に関する技術基準や規格の体系的整備(英訳等含む)、日本の鉄道用機器の安全性・信頼性等を国際的に示すガイドラインの作成(英訳等含む)、ISO/IEC等国際標準へ日本の鉄道技術の反映、鉄道に関する認証・試験基盤等の整備・強化等が必要。
- OECDの「輸出信用に関する国際作業部会(IWG)」において、中国等の非OECD諸国を含めた共通ルール策定に向けた議論の場が設けられたものの、具体的な検討が進んでいないのが実情。閣僚会議での共有やターゲットイヤーの設定等により、議論の加速が求められる。
- インドやフィリピン、ベトナム、タイ、インドネシア等では比較的PPP制度の整備が進んでいる(ADB官民連携部寄稿「PPPとアジア開発銀行」)。ベトナムでは2020年6月に新PPP法が成立(2021年1月施行)。ミャンマーでは2020年10月にPPP案件に関する標準業務手順書(Standard Operating Procedures)を公表(スイスチャレジ方式の採用や、一定の条件の下で入札手続きを経ずに直接案件獲得交渉を行うことが可能となった)。
- その他、投資回収方法の多様化(アベイラビリティ・ペイメントの導入等)、現地通貨建て融資の拡充、プロジェクトボンド市場の拡充、現地企業との連携促進スキームの構築、PPP事業実施可能性調査への支援拡充等。
- 2015年11月に日本政府より発表された「質の高いインフラパートナーシップ」のフォローアップ施策として、ADBに「アジアインフラパートナーシップ信託基金(Leading Asia's Private Infrastructure Fund: LEAP)」を設立。アジア大洋州地域の質の高い民間セクターのインフラ案件を対象とし、PPP等により実施するインフラ事業を支援。
- MDBsと民間金融機関の協調融資の促進に向け、MDBsの優先債権者権利(Preferred Creditor Status)の見直しも必要。
- ABEイニシアティブ(African Business Education for Youth)の継続・拡充等。
- フィリピン、インドネシア、バングラデシュ、インド、ミャンマー等と締結。
- 応札資格を日本と当該LDC企業の共同企業体に限定する制度。2013年にミャンマーの鉄道案件で初めて適用。
- JICA・ADBは2016年に「アジアインフラパートナーシップ信託基金(LEAP:Leading Asia's Private Infrastructure Fund)」を創設。アジア大洋州地域の質の高い民間セクターのインフラ案件を対象とし、PPP等の形態を通じて実施するインフラ事業に対して出融資を実施(JICAは同基金へ15億ドルを出資)。
- 例えば、インドネシア等の現地通貨による長期プロジェクトファイナンス型融資では、融資期間は最長10年程度となっているが、より長期の融資メニューに対するニーズは高い。
- 2020年12月8日に閣議決定された「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」に基づき、ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現を図るため、「ポストコロナ成長ファシリティ」を創設。日本企業による、①脱炭素社会に向けた質の高いインフラの海外展開やその他の海外事業活動、②サプライチェーンの確保・再編・複線化等による強靭化を支援。
- 海外事業資金貸付保険の対象案件の拡充に向け、「LEADイニシアティブ」を創設(2020年10月)。その第一号案件として、アフリカの新型コロナウイルス対策への支援に向け、本邦民間金融機関によるアフリカ輸出入銀行向け融資にNEXIが付保を実施することを決定(2020年12月)。
- 日本政府は、貿易保険により脱炭素技術等の輸出に関する損失を最大で全額補償する新制度の創設を表明。
- 例えば、インドネシアでは最大150億ドル規模の政府系インフラファンドの新設を計画。また、インドではインフラ整備に資する長期融資を実施するため、インフラ分野に特化した開発金融機関(DFI)を創設する予定。
- 共同出資によるリスクマネーの供給、専門家の派遣を通じた運営・技術協力、相手国政府との交渉など。
- スマートシティ開発や空港・港湾開発におけるICT分野等。
- 交換公文(E/N)や借款契約(L/A)締結時に先方政府・関係機関に周知徹底を図ることが重要。
- 電力や通信を利用した分だけ支払う従量課金制(Pay-as-you-go)や、農業に関する各種助言を提供するアプリケーションを月額制で利用するサブスクリプションモデル等。
- 顔認証機能付きサーモグラフィーシステム(新型コロナウイルス感染、拡大リスク軽減の実現に向けリアルタイムで非接触での体表温度の検知と顔認証を行う高機能の水際対策としてのアクセスコントロールシステム)、インフラやプラントのリモート管理、衛星によるモニタリング、映像分析・管理・生成技術等。
- BIM(Building Information Modeling)やCIM(Construction Information Modeling)の積極活用。
- 例えば、インドではLDB(Logistics Data Bank)プロジェクトを実施。
- 例えば、異業種連携のもとで日本企業7社による貿易情報連携プラットフォーム「TradeWaltz(トレードワルツ)」の整備を推進。2021年3月からまずベトナムとの貿易で利用を開始する予定。
- ロボット、AI、IoT等を活用した農作業の自動化・プロセスの可視化、情報共有の簡易化、データの利活用促進等。
- 「総合科学技術イノベーション戦略2019(令和元年6月閣議決定)」等に基づき、スマートシティの取組を官民連携で加速するために企業、大学・研究機関、地方公共団体、関係府省等により設立された組織(令和元年8月)。
- わが国が有するスマートシティを推進する技術や経験等について、ASEAN各国に対して積極的かつ持続的に情報発信するとともに、相手国との官民双方の関係構築を図るために設立された協議会(令和元年10月)。
- 日本政府は、東南アジア10か国26都市に対して意向調査を実施するとともに基本構想を策定し、幅広い業種の日本企業の進出を促す方針。
- インフラ安全性確保技術、老朽インフラ更新システム(構造物の劣化・寿命診断や環境汚染物質の使用有無の診断等)、インフラシステムの遠隔モニタリング、インフラ点検の省力化等。
- 日本政府はASEANで手掛ける環境配慮都市事業に対し、総額2500億円規模の出融資枠を創設。
- 国立環境研究所では、日本独自の分散型排水処理システムである浄化槽の海外展開を推進している。また、NEDOでは、海水淡水化と下水処理技術の融合によるエネルギーやコストの大幅削減を図っている。さらに、水質検査技術や水処理プラントの自動モニタリングシステム・遠隔操作技術等も有望。