一般社団法人 日本経済団体連合会
税制委員会企画部会
はじめに
経団連はBEPS包摂的枠組(Inclusive Framework on BEPS、以下IF)における経済の電子化に係る課税上の課題に対する検討の進展及び青写真の提示を歓迎する。
長期的解決策の合意及び提示により、企業にとって安定的かつ予見可能な投資環境を構築することが極めて重要である。各国の一国主義的なデジタルサービス税は確実に撤廃すべきである。
第1の柱、第2の柱ともに、比例原則の観点から、適用対象の適正な絞り込みを行うとともに、申告・納付の負担が少ない簡素な制度とすることが必須である。また、紛争の予防・解決や各国による一貫性のある実施により、税の安定性を確保することが極めて重要となる。また、第1の柱と第2の柱はパッケージとして合意されるべきである。
日本の経済界がとりわけ重要と考える論点は次のとおりである。
【第1の柱/利益A】
- 第三者を通じた取引に係るレベニュー・ソーシング・ルールの簡素化
- 既存の開示セグメントの尊重
- 定式的な方法による支払事業体の特定
【第2の柱】
- GloBEにおける実効性のある簡素化オプションの導入
- 分割保有ルールの導入見送り
Ⅰ.第1の柱
全体として、新制度の円滑な導入の観点から、施行後数年間は各種の閾値を高めに設定し、対象企業の絞り込みを行うとの青写真の方向性に賛同する。スコープについては更なる明確化を行うとともに、セグメンテーション、レベニュー・ソーシング・ルール、支払事業体の特定等については、可能な限り簡素な仕組みとすべきである。また、強力な紛争の予防・解決メカニズムに期待する。
1.利益A
(1) スコープ
① 活動テスト
対象となるビジネス(ADS:Automated Digital Services、CFB:Consumer Facing Businesses)について、各国当局・企業の間で見解の相違が生じないよう、明確なガイダンスを示し、各国がそれに従う必要がある。
IoT(Internet of things)に関し、デジタル部品を含む可能性のある特定のタイプの機械及び工業製品について、ADSの対象外とすることに賛同する。もっとも、ADSの対象となる「収入ストリームが個別に識別可能」(Box2.28)とは具体的にはどういう場合を指しているのかについては更に明確化すべきである。CFBである自動車から収集したデータの第三者への販売がADSに該当するかどうかについては、更なる議論を要する。
デュアルカテゴリーADS/バンドルドパッケージについて、一定の基準が示されているが(パラグラフ50)、サービス全体をADSと見るかについての判断基準について、更なる明確化が必要である。
また、CFBに関連しOEM製品(例えばカーナビ)について、中間財としてCFBに当てはまるものではないことを明記することが望ましい。あわせて、Box 2.32のCFBの定義についてより一層の明確化が必要である。例えば、市場国で商品を販売する多国籍企業グループ(MNE)が商品に対する所有権を有しているが、当該商品に関連する無形資産の保有や、CFB事業者に対するブランド使用料等の支払もなく、単に第三者のCFB事業者の屋号を用いて当該CFB製品の販売活動を行う場合、利益Aの対象外となるのか明確化が必要である。
青写真において、現在、対象外として整理されている天然資源、銀行、保険、資産運用、インフラ、不動産、国際航空・海運等については、引き続き対象外と整理すべきである。保険については、再保険への言及がないが(パラグラフ132-134)、対象外に含まれるか確認を求めたい。加えて、CFBに該当する商品に係る販売金融事業についても銀行などと同様に各国の規制の対象となることが通常であることから対象外として整理することが望ましい。
処方薬について対象外とすべきである。青写真で記載の理由(パラグラフ71)に加え、処方薬は金融と同様に現地での規制があり、必ず市場国で子会社等が一定程度課税されている。利益Aを導入すれば、かえって二重課税が生じる可能性が高い。処方薬とOTC薬は、既に多くの企業では区分して管理されており、両者を区分することは実務上支障にはならない。
② デミニマス国外源泉収益テスト
主として最終親会社所在地国で活動するMNEを利益Aの対象外とする観点から、「デミニマス国外源泉収益テスト」は有益と考える。もっとも、国内・海外で一体としてサービスを提供している事例もあり、既存の会計上のデータでは国内若しくは海外向けの収入金額を個別に区分できているわけではない。このため、デミニマス国外源泉収益テストの判定は、以下(3)でも述べるとおりレベニュー・ソーシングを不要とする観点から任意とし、かつ、できる限り簡素なものとすべきである。なお、設定に際しては、絶対値ではなく、全世界収益に占める比率での設定が望ましい。仮に、具体的な金額として設定する場合は、少なくとも、1億€以上とすべきである。
③ その他
利益Aの適用プロセスは、対象事業の特定と対象事業の収入金額の把握から始まるが、MNEが非常に広範な事業を営むケースにおいては、対象事業の特定自体に多大な事務負担がかかる。グループ全体若しくはセグメントの利益率が、合意された通常利益率以下である場合には、残余利益は生じず利益Aはゼロとなることから、その場合は、グループ全体若しくは当該セグメントについて対象事業の特定並びに収入金額の把握を省略することも認めるべきである。少なくとも、開示セグメントを前提とする限りは通常利益率を超えるかどうかについては、ある程度見通しがつくため、期限内に利益Aの適切な申告が行えないケースはあまり想定されない。簡素化のメリットの方がより大きい。
(2) ネクサスルール
ネクサスルールは基本的に簡素であることが望ましいが、CFBはADSの特徴とされる“scale without mass”が該当しにくいため、プラスファクターを設定することにも合理性がある。
プラスファクターとしては、市場国に既存の子会社やPEがある場合など、物理的なプレゼンスの有無によって判断することが基本と考える。青写真では租税条約において独立の「グループPE」規定を設けることが示唆されているが(パラグラフ207)、既存のOECDモデル租税条約の規定も参考に解釈の余地を極力排除した明確な内容とすべきである。
CFBについて、収入金額のみでネクサスを判定することも検討の余地があるが、CFBに関しては一定の売上がある場合には、それを管理する物理的施設が必要となることが通常である。収入金額のみによる基準では、閾値に近い場合について、毎年度判定を行う必要性が生じる。仮に収入金額を用いる場合には、1億€など相当高い閾値とする必要がある。
なお、グループPEの判定要素とすることも含め、広告・宣伝活動などの測定が難しい基準に基づいて判断するのは望ましくない。
また、ネクサス判定は、基本的に1年ごとに判定する方が簡素化に資するが、年度ごとの売上高の変動が大きいビジネスに対処する観点から、単年で閾値を超えた場合には、納税者が複数年の平均値で判定することも選択できるとすべきである。これにより、突発的に利益Aの対象となるケースを減らし、制度の適用に係る予見可能性を確保することができる。
(3) レベニュー・ソーシング・ルール
レベニュー・ソーシング・ルールについては、青写真の提案は過度に詳細かつ企業にとっては実行困難な内容となっており、簡素化の観点から以下の見直しを行うことが不可欠である。とりわけ、第三者を通じた取引に係るレベニュー・ソーシング・ルールは、課題が多い。
① レベニュー・ソーシングの実施主体の限定
レベニュー・ソーシングを行う必要のあるMNEを絞り込む必要がある。青写真によれば、デミニマス国外源泉収益テストの段階(ステップ2)で国ごとの収入金額の判定が求められる可能性があるが、納税者の選択により各ステップを順不同で計算できることとすべきである。この場合、グループ又はセグメントの税引前利益が国際的に合意された通常利益率に基づく金額に満たない場合には(ステップ3~5で判定可能)、レベニュー・ソーシングは一切、不要とすれば、事務負担の軽減に大きく資する。現行のレベニュー・ソーシング・ルールを利益Aの配分のない多数のMNEに強いることは、制度が達成しようする目的に比し、過度の実務負担を負わせることになる。
② 階層アプローチ
(ⅰ) 総論
レベニュー・ソーシング・ルールにおいては、階層アプローチ(パラグラフ289~295)に基づき指標の優先順位が指定されているが、指標は階層とするのではなく、各企業が適切と判断した指標について利用を認めるべきである。情報の入手可能性や市場の特性・取引形態によって、最も正確で実態をとらえた指標は企業・事業ごとに異なる。
CFBでは、例えば、商品の独立販社経由での販売について、独立販社からの情報提供を優先し、それが不可能な場合は他の情報を活用するとしているが、後述するとおり、独立販社の販売について情報を得ようとするだけでも多大な事務負担が必要となる。青写真では「契約を変更するための合理的な手段を講じたが、それが成功しなかったことを証明できる場合に限り」別の入手可能な情報を用いるとしているが(パラグラフ379)、何をもって入手不能と判断するのか明確ではない。また、税務当局向けの文書の作成(パラグラフ393)についても、一つの事業体が取引している卸先・小売店が数百社に上ることもあり、また、取引先一社ごとに検討経緯を説明する文書を作成することになれば、企業にとって過度な事務負担となるおそれがある。仮に、階層アプローチを維持する場合、情報を入手するための「合理的なステップ」(パラグラフ402)について過度に厳格なルールを設定すべきではない。少なくとも、売上先一社ごとに階層アプローチを試みるのではなく、階層ごとに統一的な適用可否を判断すべきであり、レベニュー・ソーシングの指標の採用できないことを証明する文書の作成も、その証明する売上先が多数の場合は、全ての売上先について文書を作成することは過大な事務負担となるため、例えば、「多数の販売先からの情報提供の協力が得られず、信頼できるデータとならないため、指標の採用が難しい」という1枚の文書のみで、他の指標を採用することを認めるべきである。また、上記の入手不能と判断する基準をガイダンスで明確に示し、そのガイダンスを各国が遵守することが必要である。文書の記載についても、想定されるいくつかのケースを列挙したチェックボックス形式にするなど、簡素な説明を可能とすべきである。
ADSについても、EUなど既に多くの国で導入されている電子により提供されるサービス(ESS: Electronically supplied services)のVATルールで認められているように、請求先の住所は入手可能で信頼性の高い指標であり、請求先の住所が自社のシステムの中で使用されている指標である場合には、位置情報(Geolocation)やIPアドレスが入手不可能な場合に限らずに、この指標の利用が認められるべきである。また、クレジットカード情報も有力な指標となる。企業側は適切に間接税を請求・回収し、各国に納税できるように合理的に取得できる顧客の情報を用いて顧客の所在地国・地域を判定するシステムを構築しており、ソーシングにあたっても既存のシステムを用いて対応できるかたちとすべきである。(ⅱ) CFBに係るレベニュー・ソーシングの指標(とりわけ、独立販社を経由した販売)
CFBにおける独立販社を経由した有形財の販売について、現行の青写真で示されている基準では実行可能性や情報の正確性に疑問があり、適当ではない。第三者経由(複数の独立販社が関与することもしばしばある)で販社側に販売先を報告する義務がない商品を販売する場合、最終的にどの法域でどのくらい商品を販売したのかについて情報を入手することは、通常不可能であり、指標として有効に機能しない。販売先の情報(売上情報に加え、商品の総数や種類を含む)は、当該独立販社にとって機密性の高い商業情報(ノウハウ)であり、情報を開示すれば独立販社の独立性が薄れ供給元に管理・支配される程度が増すことになるため、契約変更のハードルは極めて高い。商品(例えば、家電製品)によっては1つの事業体が取引している卸先・小売店が数百社に上ることもあり、独立販社の会社規模も、大企業から中小企業に至るまで幅広く存在するため、契約変更を行おうとすることだけでも双方にとって多大な事務負担が生じることになる。仮に独立販社がそのようなデータを有していない場合には、そのデータを収集・提供するために発生するITシステム開発費や人件費などの諸コストを誰が負担するのかという問題も生じる。また、独立販社がデータを有している場合も、契約更改時に情報提供料として費用が上乗せとなる可能性がある。そもそも、税務上の要請に基づき、契約書に関して追加的な交渉を求めるのは契約自由の原則に照らし適切とは言えない。これらの理由により、契約の変更を求めることには賛同できない。それに代えて、少なくとも、第三者に情報提供を求めることで十分とすべきである。
独立販社からの情報提供の代替措置となる管理報告目的の市場調査についても、現地主導でビジネスを遂行している場合、必ずしも市場調査の情報を最終親会社が把握しているわけではない。また、特定の市場調査の情報を用いることができると明示されれば、簡素化に資するかもしれないが、市場調査の情報が商品によっては大規模販売店などのデータしか捕捉していない場合があり、税務申告で活用できるほど信頼性のあるデータとはならない可能性がある。
このため、CFBに係るレベニュー・ソーシングに関する代替的な手段として、独立販社が所在する法域をレベニュー・ソーシングに係る指標として認めるべきである。少なくとも、委託元が一つの国・地域でのみ販売権を与えるかたちで契約を行っている場合、情報の収集は不要であり、販売委託先の独立販社への収入を指標として認めるべきである。なお、ライセンス及びフランチャイズについても、ライセンシーやフランチャイジーが所在する法域を指標として認めることが望ましい。
なお、収入金額の算定に関して、青写真では、独立販社に対して求めるものとして、価格又は特定の顧客住所など商取引上の機微情報は不要とされており、販売された商品の総数及び種類に関する情報を求めることとされている(パラグラフ378)が、市場国における収入の算定は、独立販社に対する売上高を当該独立販社が販売した市場国における販売数で按分するという計算方法となるのか、明確化すべきである。(ⅲ) ADSに係るレベニュー・ソーシングの指標
ADSに係るレベニュー・ソーシングでも指標の見直しが必要である。例えばデジタルサービスプロバイダ―(DSP)にライセンスがあるコンテンツの制作を請け負うような事業モデルについても、市場国へのライセンス権はDSP側に帰属し、市場国情報をDSPが提供する義務がないため、情報入手の困難さが生じる。また、コンテンツ制作者がライセンスを保持する場合であっても、ADSを提供するDSP / platformerではビジネス慣行として、複数のコンテンツ保有者の作品をバンドルするセット商品を定額料金で顧客にサービス提供するようなケースがある。そうした場合、どの会社のどの作品が何度視聴されたかにかかわらず定額料金となり、結果的に市場国における顧客からの支払額や視聴回数のデータとコンテンツ保有者に支払うロイヤリティの計算は一対一で連動していない事がある。DSPが全ての市場国でセット商品を同じ価格で提供している場合に、DSPが国別の情報を提供するのであればレベニュー・ソーシングが可能であるが、そもそも市場国情報が提供されない可能性があり、またセット商品が市場国によって異なるのが現実である。このため、市場国への配分にあたっては、企業内部の見積もりで合理的に按分した金額を用いることも許容すべきである。
クラウド・コンピューティング・サービスにおいても、最終消費者までに複数の独立した法人を経由する可能性があり(B to B to C)、個人向けのクラウドサービスのソースルールである「個人が購入した場所」が特定できないおそれがある。各社が既に保有、又は、追加的な負担がなく入手できる情報を用いるべき。また、青写真にも記載(パラグラフ305~309)があるが、VPN(Virtual Private Network)によりIPアドレスを変更することが可能であるため、IPアドレスによる所在地の特定は正確性を欠く。ADSの文脈では個人情報保護法制(EUのGDPR:General Data Protection Regulationなど)との関係で、消費者の情報提供を要請すること自体が許容されるのかという論点もある。
なお、仮に第三者経由での販売情報の入手を徹底しようとするのであれば、販売者やDSPからの情報提供を各国の法制度で義務付ける必要がある。
(4) セグメンテーション
① 既存の開示セグメントの尊重
セグメンテーションについては、追加的な実務負担を最小化する必要がある。
MNEが現に財務会計報告上開示しているセグメントを尊重すべきである。開示されているセグメントは、合理的かつ毎期同一の基準によって継続適用されることが前提となっており、信頼性を有するものである。開示されているセグメントは企業が自らの事業をどのように捉えているかを表すものであり、また株主の要求にも合致したものである。利益Aの目的のために、セグメントの組換えや細分化を求めても、企業マネジメントと乖離するものとなり、多くのMNEにとって実務対応が極めて困難である。また、既存の開示セグメントの利用に対する当局による「反証」が可能な場合を、ガイドラインで明示するケースに限るなどして、極めて限定する必要がある。
セグメンテーション・ホールマークについては、複雑かつ曖昧で、不必要な階層を加えるものである。企業が現在、財務会計報告上実施しているセグメンテーションを尊重する観点から、過去の基準であるIAS 14号ではなく、IFRS 8号に基づくことが基本的に適切と考える。商品ごとの詳細・細分化したセグメンテーションが必要とされれば、煩雑となるため、より広範なセグメンテーションを認めるべきである。
② 費用配賦及びセグメント間取引
中央費用及び未配賦の費用を収入金額に基づき各セグメントに配賦することは簡便性の観点から望ましい。
なお、セグメント間の取引の扱いはまだ未決定となっているが(パラグラフ466)、セグメント間取引に係る利益を特定する実務負担が大きいため、セグメント間取引の規模が一定水準に満たない場合には、調整不要とすべきである。
③ 地域別セグメンテーション
地域別のセグメンテーションは強制されるべきでない。マネジメントの単位と合致しておらず、現行の財務諸表でも地域別のセグメンテーションを行っていないMNEも多く、追加的な事務負担となるため、極めて慎重に考えるべきである。
(5) 損失の繰越
① 損失
グループ又はセグメントの単一の勘定を通じて報告・管理され、earn outメカニズムを通じて繰り越されることが適当である。
現在、投資が先行し、今後、超過利益が生じる可能性がある事業もあるため、基本的には、制度導入前の損失も考慮することが望ましい。その際、過年度に遡及して計算する実務負担を考慮し、制度導入前10年間の損失に限って活用できるなどのかたちで検討すべきである。
② プロフィット・ショートフォール(利益不足)
プロフィット・ショートフォールが導入されることにより、通常利益率の閾値が引き下げられることは適当ではない。この点を前提とした上で、追加的な事務負担・調整が生じない簡便な制度として、制度の導入を検討すべきである。
(6) 通常利益率及び残余利益の配分割合
通常利益率は、グループの連結財務諸表(又はセグメント)に基づいた売上高税引前利益率10%を十分に上回る水準(例えば、15%や20%といった水準)とすべきである。また、市場国に対するみなし残余利益の配分も10%以下の水準に限定すべきである。
青写真では、利益Aの市場国への配分に当たり、利益率の高い国の配分割合を上げることが検討されているが(パラグラフ526)、複雑な制度になる懸念があるため、そのような差別化は行うべきではない。また、業種ごとの利益率の高低により差異を設けることも避けるべきである。
なお、ネクサスが認定された国に対する残余利益の配分方法については、簡素化の観点からthrowback方式(パラグラフ517)を支持する。
(7) 二重計上の問題
① マーケティング及び販売利益セーフハーバー
利益Aは、残余利益の一部について市場国へ課税権を配分する制度であり、同一の市場国においてその二重計上は許容されるべきではない。既に市場国において十分な利益が帰属している場合には、利益Aの配分は不要と考えるのが妥当である。その観点で、マーケティング及び販売利益セーフハーバーの政策目的は理解できる。
しかしながら、有用な制度とするためにはもう一段の工夫や明確化が必要である。現状、固定リターンと利益Bがどう関連しているのか、既存のALP(独立企業間価格)に基づき算定したマーケティング・販売活動利益が固定リターンに満たない場合、固定リターンに達するまでトップアップする必要があるのかなどの点については、明確化が必要である。なお、後者については、利益Aの趣旨を踏まえれば、トップアップは必要ないと考える。市場国の貢献に基づき、残余利益を配分するというのが利益Aの趣旨であり、市場国に最低利益を保証することを目的とすべきではない。
固定リターンについては、青写真でROS(Return on Sales)4%が例示されているが(パラグラフ543)、定常的に4%以上のROSを稼得している拠点は限定的であり、現行のALPの水準と比較しても高すぎるように思われる。高すぎる水準を設定し、トップアップの配分が必要となれば、簡素化のためのセーフハーバーとして機能しない。また、既存の移転価格の実務への影響も生じる可能性がある。なお、産業・地域ごとに固定リターンを変える考え方は、合意までに時間を要するおそれがある。実務の簡素化の観点からも単一の固定リターンが望ましい。
本来であれば、固定リターンの設定に依存せずに、二重計上の問題に対処できる方策があれば有用である。また、利益Aの減額調整を行うのではなく、利益Aの配分を行うか行わないかの二択とする制度の方が簡便と考えられる。
② 源泉徴収との関係
市場国における使用料等に係る源泉税については、利益Aとの間で二重課税が生じる可能性があるため、対応する部分について簡便な方法により還付又は控除することが望ましいが、制度の複雑化の懸念もある。利益Aの中での調整のほか、今後の条約交渉等により、源泉課税を抑制することも考えられる。
③ 国内-国内事業の免除
現時点において一ヶ国内でしか事業を行っていないことが明白な状況においては、当該ビジネスについて国内-国内の事業の免除が適用されることが適当である。もっとも、実務負担が増加するおそれや、事業の内容によっては、他の事業と不可分一体の場合があるため、制度が複雑化しない範囲で検討すべきである。
(8) 支払事業体の特定及び二重課税の排除
支払事業体の判定については、簡素性を確保し、課税当局・納税者双方にとって税の安定性に資するものとすべきである。このため、定性的なテストより定式的な配分(ステップ2及び4)を支持する。仮に、一定の定性的な判断が必要となる場合でも、市場関連優先テスト(ステップ3)については、事務負担から懸念が大きい。
① 活動テスト(ステップ1)
支払事業体の判定は定性的なテストより定式的な配分が望ましく、活動テストが導入されることで税の安定性が損なわれることを懸念する。仮に活動テストを導入する場合、マスターファイルの情報をベースに判定することが前提になるが、マスターファイルから直ちに重要な機能・資産・リスクのある事業体を明確に抽出することは難しいかもしれない。また、活動テストに係る記載は定性的な説明にならざるを得ない。このため、恣意性の排除や準備に要する時間の節約の観点から、IFから記載要素に関する明確なガイドライン、若しくはチェックボックスタイプの資料を提示すべきである。
② 収益性テスト(ステップ2)
収益性テストについては、簡便に判定できる制度とすることが重要である。給与及び有形資産の償却費の一定割合に着目するのも一案だが、計算が複雑となるおそれがある。単純に各事業体の売上高税引前利益率を使用すること、若しくは、納税者の選択により給与及び有形資産の償却費も考慮できるという仕組みも検討すべきである。青写真では、売上高税引前利益率の使用はグループ内取引を含み、容易に操作可能であるため、適切ではない(パラグラフ558)とされているが、簡素性を重視して制度設計を行うことがより重要である。税引前利益の意義については、配当を除外する等の個別の調整は極力避ける必要がある。
なお、ある事業体の所得につき修更正が生じる場合、支払事業体の特定のみならず、利益Aの計算プロセスの全体について、再計算が必要となるおそれがある。何らかの影響遮断措置を検討する必要がある。また、関連してステップ4で青写真に記載(パラグラフ608~610)があるとおり、配分原資に関する何らかのキャップを設ける必要がある。
③ 市場関連優先テスト(ステップ3)
提案されたプロセスの中でも、とりわけ、市場関連優先テストは取引の詳細な分析が求められるため、極めて複雑で実務負担が重い制度となるおそれがある。市場と関連性がある事業体が必ずしも利益Aを配分するだけの充分な利益を稼得していないケースは多く存在すると考えられる。また、製造業においては、結果として支払事業体となるのは研究開発を行っている最終親会社に限られることも予想される。敢えて本テストを行い文書化の手間が生じることは避けるべきである。
したがって、基本的に本テストを経由せず、利益Aの租税債務を定式的に配分することが、簡素化の観点から望ましい。この結果、関連性がない市場に利益Aが配分されることもあり得るが、一定の割り切りも必要である。
なお、仮に市場関連優先テストの採用が避けられない場合でも、例えば、製品の製造に係る無形資産を親会社が集約して保有している場合については、親会社と全ての市場国が関連しているとみなすなど、一層の簡素化を検討すべきである。
④ 二重課税の排除
二重課税の除去については、外国税額控除方式では限度額により控除しきれない可能性があることや、対象となる法域が多岐にわたる場合の事務負担が大きいため、各国が統一的に国外所得免除方式を採用することを強く推奨する。
なお、利益Aの申告期限は、事業年度終了の日から12ヶ月以内という案(パラグラフ717)がある一方、各国の申告期限は概ねそれよりも短い期間で設定されているため、利益Aの対象事業年度と同一の事業年度において二重課税の排除を行うことは難しい可能性があることに留意すべきである。
2.利益B
(1) 総論
移転価格税制の簡素化と税の安定性向上という趣旨は理解する。ただし現状、リスク限定販社(LRD)を含む国外関連取引において、取引単位営業利益法(TNMM)等の片側検証による移転価格算定方法が基本的には機能しており、より簡素化に資するものでなければ、従来のアプローチを大きく変更する理由は乏しい。仮に利益Bを導入する場合でも、まずは対象を限定した上で明確な基準を設定すべきである。パイロットプログラムにおいて制度の有用性を検証することも一案である。なお、利益A及び利益B以外の利益に対して、各国税務当局が自国の課税権を優先したALPを主張すれば二重課税リスクの増大が懸念される。税の安定性を確保する観点から国際協調に基づく抑制的な執行を担保することが必要である。
(2) 利益Bの対象
対象については、コミッショネア、セールスエージェントのほか、サービスプロバイダを除外する青写真の考え方(パラグラフ666)に賛成する。
青写真における基礎的なマーケティング及び販売活動に係るポジティブ/ネガティブリストの記載の方向性は基本的に適切だが、さらなる明確化が必要と考える。その観点から、以下の点を追加的に検討すべきである。
OECD移転価格ガイドライン2017年版で示されているベリー比適用のための要件(パラグラフ2.107)を踏まえ、基礎的なマーケティング・販売活動を行う事業体が果たす機能の価値が、販売された製品の価値によって重要な影響を受けている、すなわち、売上高に比例している場合に限り、利益Bの対象とする旨の記載を加えるべきである。
販売会社が自己の費用負担で活動していない場合(無形資産所有者からの業務委託を受けて活動している場合)には、利益Bの対象から除外すべきである。例えば、ブランドの宣伝活動業務や各国税関に対して模倣品を発見し通報する登録申請業務などの業務委託については、利益Bの対象とすべきではない。
販売会社が、グループの親会社が設計し、グループ内の製造会社において製造した商品以外に、第三者が設計・製造した商品を自ら購入し、グループ親会社が所有する商標を付して販売している場合であっても、当該販売会社の売上の大部分が、グループ親会社が所有する商標を付している商品であれば、当該販売会社全体をLRDと取り扱うことを許容すべきである。
ポジティブリストに記載されているいくつかの機能が複数会社、複数国で実施されている場合は、利益Bをどのように配分されるか考慮される必要がある。例えば地域統括販売会社(RHQ)を経由して販売する等して、販売・マーケティング機能を行う複数の会社が一つの商流の中に存在する場合、販売・マーケティングを行うLRDとそれを統括するRHQとで利益が二重にならないようすべきである。すなわち、これらの機能が獲得すべき利益の合計は、それを一の国及び一社で実施している販売会社が獲得する利益Bと一致すべきである。一連のサプライチェーンの中で、それぞれ利益Bを獲得すべきでない。
「限定的な市場リスク」の意義(パラグラフ672)について、実務に即して、更に深掘りすべきである。
ある販社が利益Bの範囲内にあるか否かを判断する際に、定量的な指標や閾値は、過度に複雑化しない範囲で使用の余地はあると考える。多機能な事業体は、制度の複雑化を回避する観点から、利益Bの対象外とすべきである。
(3) 固定リターン及びその他の考慮事項
利益率については、売上高利益率を用いるべきである。その計算に際し、分子は、営業利益(EBITから特別損益を除外したものと概ね近似)とすべきである。売上高利益率の水準は、リスクが限定されていることを踏まえ、極めて低位に抑制した上で、市場国への配分利益に上限を設定すべきである。その際、実績値を固定率に一致させることは実務上困難な事を踏まえ、利益率は一定のレンジで設定されることが望まれる。
加えて、COVID-19や大きな自然災害のような特殊状況の下では、利益Bの考え方を前提とするべきではなく、損失については市場国も負担することとすべきである。
固定リターンを反証可能な制度とすることに賛同する。納税者に反証の機会を与えるべきである。
3.税の安定性
(1) 利益Aに関する「早期の税の安定性プロセス」
利益Aに関する税の安定性プロセスは第1の柱の導入に係る不可欠の前提条件となる。青写真で提案されている二段階のパネル(義務的・拘束力のある多国間の早期の税の安定性手続き)に賛同する。関係する税務当局間で協議し、課税権の配分について事前に合意すべきである。できる限り早期かつ確実に結論に至ることが重要である。結論に至るまでに時間がかかり、過去に遡って修正する必要が生じることを懸念する。
グループの調整主体については、基本的にMNEの最終親会社が務めることが想定されるが、企業によっては、ビジネスセグメントごとに本社所在地が異なる場合があり、そのような事例では、各ビジネスセグメントの本社である事業体が調整主体として対応できるようにすることが望ましい。
MNEが利益Aの適用対象事業を有するかどうかの判定については、青写真にも記載があるとおり、事前に確定できる仕組みを整備すべきである。とりわけ、初年度については、企業側でも予期していなかったようなトラブルや、当初想定していなかったような個別ケースが顕在化する可能性がある。制度の開始当初に混乱が生じれば、制度全体の信頼性も棄損するおそれがあるため、十分な準備・試行期間を設けることが極めて重要である。
また、多国間による事前確定の制度に加え、MNEが利益Aの適用対象事業を有するかどうかについて、親会社所在地国の当局に事前に相談できる仕組みや過去の年度の財務諸表も参照しつつ、早い段階から親会社所在地国当局に相談し、申告の際の課題を整理できる仕組みについても整備されることが望ましい。
なお、レビューパネルでの合意の実績については多国籍企業の適正な利益Aの申告に資するよう、可能な範囲で、それらの実績を踏まえたガイドラインを作成・公表し、共有財として参照できるかたちとすることが税の安定性の見地から有用である。
(2) 利益A以外
利益Aの対象となる納税者の全ての移転価格及びPEに係る紛争、利益Bに係る全ての紛争(例えば、基礎的なマーケティング・販売活動への該当有無など)について、強制的かつ拘束力のある紛争解決プロセスを採用することに強く賛同する。相互協議手続・対応的調整など既存の紛争防止・解決の枠組みの強化にも期待する。その他の取引についても、可能な限り拘束力のある紛争防止・解決メカニズムを導入すべきである。国家間の課税権の配分において関係税務当局間が合意できないものについて、一方の国が先行してユニラテラルに課税することを防ぐ仕組みが構築できることが望ましい。具体的には、税務当局から追徴課税の指摘があった段階で、バリューチェーンで関係する当局も含め、相互協議を申請できるようにし、同時に、相互協議の結論がでるまで税務調査の進行を停止できる強制的な枠組みを設けることも検討に値する。仲裁も引き続き導入拡大に努めることが必要である。また、OECDとして、各国における紛争防止・解決の実施状況について、継続的にモニタリングを行い、取り組みのさらなる進展を促進していくことが重要となる。早期の紛争解決に資するよう、途上国も含め各国税務当局の紛争解決手続に係る体制の強化も検討すべきである。
Ⅱ.第2の柱
第2の柱はBEPSプロジェクトの残された課題に対処するとともに、法人税を巡る国際的なレベル・プレイング・フィールドを確保することが目的とされるが、既存のBEPS勧告との重複感が強い。所得合算ルール(Income Inclusion Rule、以下IIR)において、トップダウンアプローチやカーブアウトが検討されていることは評価できるが、国・地域別ブレンディングを採用するならば、事務負担が過剰となるおそれがあるため、さらなる簡素化が不可欠である。
なお、最低税率はできる限り低く設定し、対象となる企業を限定すべきである。
1.GILTI(グローバル無形資産低課税所得)制度との共存
米国外に最終親会社があるMNEが、米国の子会社を通じて、米国外の軽課税国に孫会社を保有している場合、トップダウンアプローチに基づき、GILTIは適用停止(de-activate)すべきである。仮に、GILTIを適用停止にすることが難しい場合、企業の実務負担に配慮しつつ、少なくともGILTIの課税額をETR(実効税率)計算に反映することを検討すべきである。なお、GloBEとGILTIを共存(co-existence)にするという趣旨は理解するものの、企業の事務負担に配慮して、MNEがGloBEとGILTIの両方を計算するのではなく、どちらかのみを計算すれば足りる制度設計が望ましい。
また、BEAT(税源浸食濫用防止税)は、対象が必ずしも軽課税国への支払に限定されないが、最終親会社においてIIRを適用している場合には、その米国子会社についてBEATを適用停止にすることも検討すべきである。
2.GloBEルールの対象範囲(スコープ)
青写真では、重要性の観点を踏まえ連結財務諸表から除外している子会社についても、IIRの対象範囲に含まれるとされているが、これらの非連結子会社から国別報告事項(CbCR)の作成目的を超える情報を得ることについては、相当の実務負荷がかかる。CbCRと同様の7.5億€以上という閾値は尊重しつつも、IIRの対象となる事業体の範囲については、厳密にCbCRと一致させる必要はないのではないか。重要性の判断は、会計監査人による厳密な検証を経ており、高リスクの子会社が連結財務諸表から漏れる可能性は低い。
また、国際海運については、青写真でも指摘のとおり、その特質に鑑み各国においてトン数標準税制などの代替的・補完的な課税制度が導入されている(パラグラフ111)。GloBEルールを適用することは、これらの国際海運に係る枠組みや各国の政策判断に係る問題を引き起こすおそれがあるため、対象外とすべきである。
3.GloBEルールでのETRの計算
(1) 配当及び株式譲渡損益
配当や株式譲渡損益をGloBEの課税ベースから除外することは、財務会計上の数値を税務会計上の数値に近似させる観点から適切である。ポートフォリオ投資についても、株式の持分比率や保有期間を個別に把握する負担を軽減するため、課税ベースから除外することを検討すべきである。この点が難しい場合は、閾値となる持分割合は低めに設定すべきである。
(2) 組織再編
組織再編については、現地で課税が繰り延べられている場合には、青写真で指摘のとおり(パラグラフ212)、GloBEにおいても同様の取扱いとすることが適当である。
(3) 加速度償却
税効果会計は加速度償却に伴うETR変動の平準化に有用と考えるが、加速度償却の場合のみ税効果会計を適用することはかえって煩雑となる。制度の簡素化の観点から、単純にETR計算において税効果会計を導入することも一案である。その際、簡素化及び恣意性の排除の観点から、将来の見積もりに基づく評価性引当金の影響を排除することが考えられる。
(4) 法域をまたぐ税の取扱い
CFC課税による合算額をCFC所在地国におけるETR計算上の分子に含めることは、CFC税制とIIRの重複を整理するための方法として合理性を有すると考える。CFC税制の適用を受ける親会社が欠損の状態であれば、実際のCFC税額は発生しないが、この場合においてもCFC課税による合算額相当分をCFC所在地国のETR計算に反映させることを検討すべきである。
なお、青写真では、CFCに受動的な所得が移転されるリスクを念頭に、IIRの適用上、租税回避防止措置を追加的に講ずることが検討されているが(パラグラフ284)、制度の複雑化は避ける必要がある。
(5) 第1の柱との関係
第2の柱は第1の柱の計算結果を反映するとされているが(パラグラフ219)、実務的には第1の柱を反映しない方が簡素な仕組みとなるのではないか。第1の柱において、税の安定性のプロセスにより計算の変更を要する場合、連動して第2の柱の再申告が必要となる事態を懸念する。
(6) グループ内取引
青写真では同一法域内のグループ内取引について、相殺消去が求められるかもしれないとの記述があるが(パラグラフ261)、実務負担が大きくなるため、あくまでも任意とすべきである。また、グループ内取引をALPで記録することについては、事務負担の増加が懸念される。
4.繰越制度とカーブアウト
(1) 繰越制度
税効果会計方式を採用しない場合、年度間の負担の平準化の観点から損失の繰越制度の導入は必要であり、青写真の立場を歓迎する。制度開始前の欠損金も、期間を含め一定の制約は考えられるが、利用可能とすべきである。あるいは、税効果会計を活用し、制度開始前の損失相当分を概算することも有用かもしれない。
現地繰越税額及びIIR税額控除についても有用な制度と考える。繰越期間についても、減損損失などにより長期の税会不一致が生じうることから、7年超のできる限り長い期間とすることが望ましい。
(2) カーブアウト
給与及び有形資産の償却費(土地のみなし償却費を含む)に基づくカーブアウトは実体のある経済活動に紐づく所得を課税ベースから除外するために必要な措置であり、評価する。
給与については適格従業員及び適格給与の範囲が広いため、青写真で掲げられている具体的な該当例について、詳細なガイダンスが必要と考える。例えば、海外支店の従業員に支払う給与については、EUのように人の移動が比較的自由な法域においては、厳密に従業員の活動場所と給与の支払場所を一致させることが困難若しくは、所在地に係る争いが生じる場合があるため、支店の財務諸表上把握できる数値の利用を許容することが望ましい。また、減価償却資産として認識する資産の範囲は、会計基準によって異なる場合があるため(例:リース資産)、各国の計算結果について、重要な差異が生じないかレビュープロセス(パラグラフ174)において十分に検証していくことが必要である。なお、カーブアウトの割合については、GILTIの10%よりもより高い数値(例えば、20%や30%等)を設定することも検討すべきである。
5.簡素化のオプション
簡素化措置は、第2の柱の実務負担を大きく軽減させる観点から極めて重要である。単独ではなく複数のものを組み合わせることが望ましい。簡素化措置は複雑であるべきではない。最も簡素化に資するのは税務行政ガイダンス(すなわちホワイトリスト)である。
(1) CbCR ETRセーフハーバー
CbCRへの調整が必要最小限とされれば簡素化に大きく資するが、過度に精緻化を求めることは事業者のコンプライアンスコストの増加に繋がる。また、CbCR自体の記載項目の過度な増加にもつながることを懸念する。
例えば、グループ内の配当に係る源泉税の帰属法域の調整、持分法適用会社からの受取配当金に係る源泉税の除外、持分法に基づき税引前利益に計上された非グループ・メンバーの損益の所得からの除外など、青写真で例示されている修正(パラグラフ385~386)は、事実上、GloBEルールに基づくETR計算を国・地域別に求めているに等しく、セーフハーバーとしての有用性を損なうおそれがある。項目の追加や調整を原則不要とすべきである。
なお、ETRの正確性を向上させるため、税効果会計の活用を検討する余地があるかもしれない。その際、簡素化及び恣意性の排除の観点から、将来の見積もりに基づく評価性引当金の影響を排除することが考えられる。
(2) デミニマス利益の除外
青写真で例示されている2.5%(パラグラフ394)かそれ以上の率が閾値として導入されれば、相当数の子会社がETR計算の対象外とされることとなり、オプションの1つと考える。基本的に率による閾値の設定が望ましい。ただし、税引前利益に係るCbCRのデータを調整することなく活用するなど、追加的な事務負担が少ないことが前提である。
なお、率の計算に際しては、青写真で指摘のとおり(パラグラフ397)損失の取扱いを考慮する必要がある。また、率の分母は、グローバルの税引前利益合計で良いと考える。一時的な業績の変動に対処するために、複数年度でのグローバル税引前利益の合計を考慮する必要があるかもしれない。
この他、率ではなく金額による閾値も検討に値するが、青写真で例示のある10万€(パラグラフ398)では不十分である。100万€以上とすべきである。
(3) 複数年をカバーするETR計算
この提案によれば、基準年には全ての国・地域のETR計算が求められるため、多数の子会社を有するMNEにとっては事務負担が大きい。仮に導入する場合でも、例えば上記(2)や下記(4)による絞り込みを前置するなどの工夫が必要と考える。その上で、単年度ではなく、複数年度の平均ETRを計算し、閾値を上回る場合には、その後数年間のETR計算を免除することも考えられる。納税者による基準年のETR操作に対抗する濫用防止ルールが過度に複雑なものになることは避けるべきである。
(4) 税務行政ガイダンス
税務行政ガイダンス(すなわち、ホワイトリスト)は最も明快であり、事務負担の軽減に大きく資する。各国の法定税率や有害な優遇税制の有無などを参考としつつ、広く採用すべきである。その際、納税者の不確実性を最小化する観点から、対象となる低リスク国をIFがガイダンスで明確化する必要がある。
なお、青写真では、低リスクと判定された国であっても、税務当局が個別にETR計算を求める可能性があることが示唆されているが(パラグラフ406)、この要求が頻繁に行われるならば簡素化の利点が損なわれる。税務当局がETR計算が必要であることを合理的な根拠を基礎に納税者に説明することを要件とするなど、極めて限定的な局面でのみ認められることとすべきである。
また、税率の変更を含む重要な国内法の改正があり、ホワイトリストの判定に影響を及ぼす場合には、各国がIFに通知を行うことが望ましい。
(5) その他
BEPS行動3最終報告書に準拠している厳格なCFC税制を導入している国については、租税回避の余地も大きくないことから、事務負担の軽減のために、CFC税制における租税負担割合の計算をIIRにおいても準用できないかという点も検討すべきである。具体的には、IIRにおいて、CFC税制の租税負担割合に一定程度の調整を加えたものをETRとして判定する、又は、法域内の事業体におけるCFC税制の租税負担割合が一定以上であった場合には、GloBEの適用を免除する措置を検討すべきである。
6.分割保有ルール
分割保有ルール(Split-ownership rule)は過度に複雑なルールであり、支持しない。租税回避が懸念されるケースは限定的であり、GloBEルールの政策目的を達成する観点から真に導入か必要か、極めて慎重に検討すべきである。
トップダウンアプローチは究極の親会社所在国で一括してIIRを計算・納税することを可能としており、実務の簡素化に資するものだが、分割保有ルールはこのトップダウンアプローチの有用性を失わせるものである。数百社に上るMNEの子会社について、投資ストラクチャーの詳細と各社所在国のIIRの導入の状況を確認し、どの事業体でIIRを適用するかを判定することは実務上相当の負荷がかかる。青写真では、最終親会社が子会社持分の一部を株主に対してスピンオフする租税回避行為が懸念されているが、例えば最終親会社が上場企業であれば(IIRの適用対象が連結総収入金額7.5億€以上のMNEであることからすると、その最終親会社は基本的に上場会社であると想定される)、税負担の軽減だけを目的に子会社の支配権を他の株主に渡すことは、およそ合理的な判断ではない。仮に問題があるとしても、最終親会社を少数の個人が支配しているケースなど、特定の状況に限ってのみ対応すればよく、制度の対象を広範にすべきではない。
なお、パラグラフ437のように、最終的な親事業体がIIRを採用していない法域に所在し、中間親事業体がIIRを採用している法域に所在する場合に、中間親会社でIIRを適用するとしても、かかるケースに限って、中間親会社の軽課税国所在事業体に対する持分比率を利用するという考え方を適用すればよい。最終的な親事業体と中間親事業体のいずれもIIRを採用している法域に所在する場合にまで分割保有ルールを適用する必要性はない。
とりわけ、本制度と簡素化IIRが併存すれば、企業の事務負担が極めて重くなることが想定される。仮に、どちらかのルールの導入が不可欠なのであれば、簡素化IIRの方が事務負担の観点から比較的対応可能かもしれない。
7.軽課税支払ルール(UTPR)
IIRのバックストップと位置付けることに賛成する。ただし、青写真では、IIRとUTPRが併存することが示唆されており(例えば事例6.3.1A)、制度の複雑化を懸念する。なお、第2の柱を合意する際には、各国が足並みをそろえて導入することも重要である。
8.簡素化IIR
簡素化IIRは、持分法適用会社(関連会社及びJV)にも適用が及ぶため、課税対象が過度に広範になる。以下の理由により本制度の必要性・許容性を再検証すべきと考える。
第1に、MNEは持分法適用会社を支配しておらず、これらが租税回避目的で使用されるリスクは極めて低い。
第2に、簡素化IIRでは、財務諸表のデータに基づきトップアップ課税の計算を行うこととされているが、仮に関連会社で多額の非課税キャピタルゲインが発生したケースでは、財務諸表に基づく計算では過大なトップアップ課税となるおそれがある。また、関連会社が軽課税国に所在しているケースで、当該関連会社の稼得する所得がCFC税制の適用を受ける場合に、当該CFC税額をETR計算上、関連会社に配分しない場合にはCFC税制との二重課税が生じることになる。
第3に、青写真では計算の簡素化は提案されているが(パラグラフ545~)、持分法適用会社は子会社に比べて情報の入手が困難である。追加の情報を取る場合には、多数株主のパートナー会社との調整やレポーティングルート・プロセスの構築を含め、多大な実務負担が生じることになる。
仮に制度の導入が不可欠である場合、第2の論点については、調整が必要となる。重要性の観点から持分法を適用していない関連会社は、持分法適用会社よりも更に情報入手困難であり、かつ影響も小さいため、簡素化IIRの対象から外すべきである。
9.Subject to tax rule(STTR)
STTRはGloBEルールとの重複があること、また、所得課税ではなくグロスの収入金額への課税であり既存の課税原則との乖離があることから、支持しない。少なくとも、導入は各国が選択できるものとすべきである。導入が不可避な場合も、対象を利子・使用料の支払に限定するとともに、トップアップ税率を穏当な水準とすることが必要である。また、支払の都度、当該支払が相手先において軽課税か否かを判定する事務負担を軽減する観点から、年間ベースでの支払とするなどの実務上の工夫が不可欠である。
10.実施とルールの調整
GloBEルールの導入により、租税回避のリスクが減少することを踏まえれば、各国におけるCFC税制をはじめとする既存の租税回避防止ルールについても、税負担及び事務負担を軽減する観点から、簡素化することを検討すべきである。
また、これまでアジア諸国等における各種の税制を前提として進出・投資を行ってきたことを踏まえ、これらの投資を保護する観点から、十分な経過措置を設ける必要がある。