一般社団法人 日本経済団体連合会
はじめに
新型コロナウイルス感染症が蔓延するさなかに、新政権が誕生した。今回のパンデミックは、誰もが予想もしない形で世界経済全体を景気後退に追い込んだだけでなく、とりわけ社会の最も弱い部分に大打撃を与え、資本主義のもとで進行していた格差を浮き彫りにした。私たちは、ただコロナ発生以前に戻るだけでは、もはや持続的な成長を望むことはできない。コロナ以前からすでに進行し、コロナ禍で明らかになった課題に正面から向き合い、新しい、サステイナブル(持続可能)な資本主義の形を追求することが、新政権に課せられた最大の使命である。
経済界も、資本主義社会の主要なプレイヤーとして、事業活動を通じて、多様な主体との関わり合いの中から「価値」を協創・提供し、環境問題や経済的格差等の社会課題の解決に、これまで以上に積極的に取り組む責務がある。そこで、新しい資本主義の形として、サステイナブルな資本主義を基本理念に掲げ、以下の点を重視しつつ、新政権とともに推進すべき成長戦略を提言することとした。
第一に、資本主義をサステイナブルなものとするためには、国家間、世代間、職種間、地域間等の格差の是正が不可欠であることは言うまでもない。ただし、単に今あるパイの再分配による格差の是正では、持続的な成長は望めない。むしろ価値創造によりパイを拡大し、それを適正に分配することによって、成長を維持しつつ、これらの格差を是正することを目指したい。
第二に、将来にわたる持続的な成長を可能にするためには、子ども・若者の教育、子育て世代への支援、若手研究者への支援、次世代技術への投資といった、未来への投資を重点的に拡充する必要がある。少子高齢化に伴うシルバー民主主義のもと、ともすれば後回しにされる傾向があった未来への投資を、もはや躊躇する暇はない。
第三に、この戦略は、持続可能な開発目標(SDGs)#1の達成年度とされる2030年の経済社会の未来像を描き、そこからバックキャストして特に重要となるアクションを提言している。その意味で中長期の成長戦略ではあるが、同時に可能なアクションからすぐに実行することにより、下押し圧力にさらされた経済を再び力強い成長軌道に戻す経済対策にもなることを期待している。その際、政府、大企業のみならず、地方も含めた中小企業、スタートアップ、そして私たち一人ひとりの国民等あらゆる主体の連携が不可欠である。
この提言のタイトルは、これまでの成長戦略の路線に一旦、終止符「。」を打ち、「新」しい戦略を示す意気込みを表している。私たちは今、「大転換期」に立っているとの認識のもと、今後、とるべき戦略の大きな方向性を提言する。具体的な進め方については、経済界自ら、新政権をはじめさまざまな主体とともに知恵を絞る必要がある。決して平易な道のりではないが、もはやこれまでの延長線上の漸進的な改革の先には資本主義の未来はないことを覚悟し、果敢に取り組んでいきたい。
なお、本戦略の策定にあたり、副会長、審議員会議長・副議長による白熱した議論に加え、安宅和人 慶應義塾大学総合政策学部教授/ヤフージャパンCSO、石倉洋子 一橋大学名誉教授、北野宏明 ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長兼CEO兼所長、宮田裕章 慶應義塾大学医学部教授より貴重なご意見を賜ったことに、心より感謝申しあげたい。
2020年11月17日
会長 中西宏明
Ⅰ. サステイナブルな資本主義
1. 背景
資本主義は、「大転換期」を迎えている。かつては、世界各国において、人々の生活の基礎条件の充足に向けて、異なるイデオロギー同士が対立し、その過程で資本主義は進化してきた。
そのひとつの帰結が、1980年代以降に台頭した「新自由主義」であり、「小さな政府」のもとでの自由かつ活発な競争環境の確保は、経済の一層の発展に一定の貢献を果たした。しかしながら、利潤追求のみを目的とした各種フロンティアへの経済活動の拡大は、環境問題の深刻化や、格差問題の顕在化等の影の部分をもたらしたことを忘れてはならない。
こうした流れのなかで、デジタル化、グローバル化の進展もあいまって、行き過ぎた「株主至上主義」への反省、社会課題への意識の高まりが顕在化している。さらに、人々の生活の基礎条件が確保されたことも受けて、マルチステークホルダーが企業に求める「価値」は、単なる製品の量・質や価格等にとどまらず、非物質にかかわるものも含めて、多様化・複雑化の一途をたどっている。
こうした背景のもと、「新自由主義」の流れをくむ、わが国を含む主要国での資本主義は、行き詰まりを見せている。企業の立場からは、マルチステークホルダーのニーズを充足しつつ、生き残りをかけて事業展開を行うのが世界の潮流となりつつある。例えば、SDGsの採択以降、米国ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)#2において、米国主要企業はすべてのステークホルダーに対するコミットメントに署名した。また、世界経済フォーラム(WEF)#3では、「ダボス・マニフェスト2020」を発表し、企業は株主だけではなく、すべてのステークホルダーに報いるべきであり、環境、社会、優れたガバナンスを達成する方法により業績を上げる必要があると指摘した。
新政権においては、成長戦略会議が設置され、新しい成長戦略に向けた検討が行われており、世界的な「うねり」となっている「サステイナブルな資本主義」の確立に資する施策を構想することが求められる。
わが国経済界としても、資本主義は「大転換期」を迎えているとの認識のもと、かねてより取り組んできた「三方よし」の経営理念や取り組みを今こそ再定義・再確認し、各国企業に勝るとも劣らない事業展開を行うことが必要不可欠である。自由な競争環境の確保を前提としつつも、日本発の資本主義のアップデートと各種リスクに対して強靭で持続可能な成長の実現こそが、世界各国の資本主義像の先駆けとして、大きな影響力を持つことを確信している。
2. マルチステークホルダーの要請の多様化・複雑化
わが国企業は、政府の経済政策・産業政策との連携のもとで、かつては高い市場競争力を有する製品・サービスの生産・輸出等を通じて、世界からの高い評価や信頼を獲得するに至った。同時に長期的な視点に立ち、「三方よし」に象徴されるようなマルチステークホルダーに配慮した経営を従前より心がけてきた。しかしながら、新興国の台頭を含むグローバル化、デジタル化の進展、地方からの人口流出等の内外情勢の急激な変化の中で、多様化・複雑化した「世間よし」すなわちマルチステークホルダーの要請に必ずしも応えられていない。
今後、持続的な成長を実現するうえで、企業としては、以下のようなステークホルダーの要請の変化、それに伴う企業の取り組みとの乖離に気づき、解決していく必要がある。
(1) 生活者の変化
わが国企業は、機能・性能が優れた財・サービスをリーズナブルな価格で提供することでこそ、生活者のニーズを充足することができると考え、そのための製品・サービスの開発に真摯に取り組んできた。しかし、デジタル技術が生活者の多様なニーズを捕捉し、多様なサービスの提供を可能にするにつれ、従来のように企業側が優れていると考える財・サービスが、必ずしも生活者のニーズを満たさなくなった。また、生活者は、財・サービスの機能・性能だけでなく、それがもたらす自らの生活の向上や社会課題の解決等を含む多様な「価値」に、より意義を見出すようになった。
こうした生活者の新たなニーズに応えるためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)#4を通じた企業のビジネスモデルや社会制度そのものの変革が不可欠である。コロナ禍により、企業はもとより社会全体のDXの遅れが顕在化する一方、コロナ禍の緊急対応において、生活者の多様なニーズを捉え、ポストコロナを展望するいくつかの成果も生まれてきている。DXを進めるモメンタムをコロナ前に逆戻りさせず、いかに加速させるかが課題である。
(2) 働き手の変化
わが国企業は、従業員に対し長期安定的な雇用を保証することを最優先に考えてきた。しかしながら、働き手のライフスタイルや価値観が変容し、最近の若者には必ずしもひとつの企業に定年まで勤めることを想定せず、働き甲斐や仕事を通じた社会への貢献に重きを置いて就職先を選ぶ者も増えてきている。企業には、多様な人材の価値創造力を最大限発揮できる環境の提供がより求められるようになった。
翻ってわが国の人口動向を見れば、外国人材の活躍だけでは埋められない規模の人口減少が進むなかで、働き方の見直しによる生産性の向上、多様な個人の活躍が課題となっている。
(3) 地域社会の変化
わが国企業は、地域社会との関係を大切にし、地域への社会貢献にも地道に取り組んできた。しかし、一部の地域ではその特色や強みを活かした効果的な産学官連携により活力を取り戻しているものの、多くの地域では企業が新たな雇用を創出できずにいる。その結果、人材が地方から流出し、地域の地盤沈下につながる悪循環を形成している。
人材の地方への還流により、地域の強みを活かした魅力ある産業を創出し、それによってさらに人材を呼び戻す好循環を創り出し、地域の持続的な発展に寄与することが課題である。
(4) 国際社会の変化
わが国は、経済のグローバル化とともに、自由貿易体制の恩恵を受ける形で発展してきた。しかしながら、昨今、米中の二大経済大国の対立が常態化し、両国を含む各国・地域で内向き志向、自国第一の姿勢が強まり、自由貿易体制の存続が危うくなっている。また、世界中に急速に広がる技術革新による経済構造の変容に伴い、活発化するさまざまな新しい取引に国際的なルール形成が追いついていない状況がある。
こうしたなかにあって、わが国政府・企業ともに情報収集力・発信力・交渉力に課題を有し、わが国の潜在的な価値や能力を十分に活かしきれていない。わが国が世界の優れた人材や豊富な資金を惹きつける求心力を高めるとともに、主体的に、可能な限り多くの国・地域との連携のもと、すべてのステークホルダーが裨益する形で公正なルールに基づく国際経済秩序を形成していくことが課題である。
(5) 自然環境に対する意識の変化
知らず知らずのうちに自然環境に多大な負担をかける形で進んできた人類の発展は、将来世代が受け継ぐべき地球環境の持続可能性を脅かしている。とりわけ地球温暖化のインパクトはきわめて大きい。世界各地で相次ぐ自然災害(干ばつ、猛暑、洪水等)は気候変動に対する危機意識に拍車をかけており、マルチステークホルダーが、企業活動の前提として、気候変動の緩和と適応への配慮を問うようになってきた。
国内では、気候変動問題に対する問題意識は高まりつつある一方、脱炭素社会を実現するために必要な社会・産業インフラの転換に向けた道筋に関し、認識が十分共有されていない。結果として、足元講じるべき脱炭素化への打ち手の具体化が立ち遅れている。
そうしたなか、国際社会においては、欧州連合(EU)#5をはじめ環境対策をわかりやすい形で前面に打ち出す国・組織に、気候変動対策に係る機運醸成の主導権を握られつつある。
3. Society 5.0によるサステイナブルな資本主義の確立
こうした変化を踏まえると、資本主義がサステイナブルであるためのカギは、マルチステークホルダーの重視する多様な価値の包摂と協創であると言える。すなわち、経済合理性の観点からは切り捨てられがちな多様な価値-例えば大量生産・大量消費の陰でなおざりにされた個々人の嗜好、型にはまらない働き方やライフスタイル、女性や高齢者、若者、外国人、障がい者などの活躍の機会、大都市集中の陰で衰退する地方、顧みられない地球環境など-を切り捨てずに包摂し、ステークホルダーとともに協創する、インクルーシブな(誰ひとり取り残さない)資本主義でなくてはならない。今やステークホルダーの求めるニーズは多様性と複雑性を増しており、その充足を通じて実現される「価値」は、定量的な評価には必ずしもなじまないものも含まれる。こうした中、多様な価値の包摂と協創を通じた、ステークホルダーの「Well-being」(身体的、精神的、社会的に良好な状態)の達成は、豊かで持続可能な経済社会の確立につながる。
企業は、株主にとどまらず、マルチステークホルダーとの対話を通じて、彼らの要請を包摂し、「価値」を協創していくことでもってのみ、持続的な成長を遂げることが可能となる#6。したがって、経営の目的をステークホルダーとの価値協創に置き、事業戦略に浸透させることが不可欠である。その際、カギとなるのがDXである。DXは、ステークホルダーの要請を多様化・複雑化させる要因となる一方で、社会課題の可視化とともに全体/部分最適の両立を通じて、多様な価値創造を可能にする。
DXのもとで「課題」を見出し、「価値」とそのバランスを決定し、そのために「DX」を使いこなすのも「人間」であることを忘れてはならない。サステイナブルな資本主義の中心に来るのは「人間」の英知である。
これはまさに経団連が2018年11月に提言「Society 5.0~ともに創造する未来」で提唱した、DXに多様な人々の想像・創造力をかけ合わせて課題解決・価値創造を図る創造社会、Society 5.0#7 for SDGs#8に他ならない。冒頭に述べたように、コロナ禍は資本主義の行き詰まりを顕在化させ、サステイナブルな資本主義への転換を迫っているが、それはSociety 5.0の方向性を否定するものではない。むしろSociety 5.0の実現こそがサステイナブルな資本主義の確立への道であると我々は確信する。
Ⅱ. 2030年の未来像
本章では、2030年にわが国及び世界において実現したい未来像、すなわちSociety 5.0によるサステイナブルな社会の姿を、Ⅰ章で課題として示した5つのステークホルダーとの価値協創を軸として、描いてみる。
1. 生活者との価値協創:DXを通じた新たな成長
~DXにより生活者が暮らしやすさを実感する社会
グローバルにデジタル空間が広がり、時間や空間に依存しない活動が盛んになるなか、わが国においても、産業、個人、行政の社会全体における不断のDXを通じて、経済社会が大きく変化する。それら変化や成長を社会全体が享受し、それが次なる成長への源泉となる、絶え間ない価値創造が行われている。
企業は、多様な主体と連携してデジタル技術やデータを活用し、新たな価値を共に創造する、いわゆる「価値協創型DX」を実現している。社会的課題に対してそれぞれ解を示していくことが可能となるよう、産業構造が変わり、新たな成長産業が創出される。
個人は、デジタル技術やデータの活用によって、最大の体験価値#9を享受することが可能となる。とりわけ、医療、教育、行政等の分野において、個人や社会の多様なニーズに対応できるようになることで、これまでにない価値が生まれる。
行政においては、DX関連業務を一手に担うデジタル庁のもと、個人のニーズに合わせた行政サービスが提供されている。また、企業や個人による革新的な取り組みを阻害しないよう、規制体系の抜本的な改革が実現しており、民主導で日本全体のDXの底上げが図られている。
2. 働き手との価値協創:働き方の変革
~柔軟な働き方や多様で複線的なキャリアが実現する社会
DXの進展やコロナ禍を一因として、個人の働き方やキャリアに対する考えは大きく変わる。デジタル技術の発展により、業務のオンライン化、遠隔化、無人化が進み、定型業務から創造的業務への移行もあいまって、幅広い職種について時間・空間にとらわれない柔軟な働き方が可能になる。それに伴い、時間を柔軟に活用した副業・兼業や、リモートワーク、二地域居住なども普及する。個人はそれによって充実した生活を送るとともに、自らの能力を遺憾なく発揮し、高い生産性を上げている。企業が「社会価値の創造」で評価されるように、個人も「社会価値の創造」によって評価され、対価を得る社会へと変化する。
個人のキャリアの形も変化する。一生の間に大企業、中小企業、スタートアップ、学術界、官庁、NPO等、時に学びを繰り返しながらさまざまな立場を渡り歩く、あるいは同時にさまざまな立場に身を置く、多様で複線的なキャリア形成が普通になる。それによって主体間の人材交流によるカルチャーの共有、個々の組織における多様性の拡大が進み、多様な主体による価値協創が促進され、社会全体の生産性が向上している。
このように柔軟な働き方や多様で複線的なキャリアがあたりまえになっている社会では、年齢、性別、国籍、障がいの有無の別なく、より多様な人々が活躍している。
柔軟な働き方により、個々人の状況に応じたワーク・ライフ・バランスが実現し、育児・介護中などこれまで就業を諦めざるを得なかった人々も就業機会を得て所得も増加することから、産みやすく育てやすい社会になっている。政策による後押しもあり、出生率が劇的に回復し、わが国経済社会の持続可能な成長を支えている。
3. 地域社会との価値協創:地方創生
~地方の強みを活かし価値を生み出し続ける社会
「都市」と「地方」のあり方も変わる。時間と空間にとらわれない働き方ができるようになったことで、都市から地方への人材の還流が進んでいる。地方ならではの豊かな自然やゆとりある住環境などに、DXによる行政サービスや教育、医療の都市・地方間格差の縮小もあいまって、地方に住むことの魅力が相対的に高まっている。都市に居住しながら地方の仕事もする、あるいは地方に居住しながら都市の仕事をする傍ら地元でも副業・兼業を行うといった形で、優秀な人材が地方で価値を創造するようになる。
地方が持続的に発展するために、継続的に価値が創造されるエコシステムが構築されている。エコシステムの主役となる地方の産業や大学は、再編・統合やDXにより、抜本的に競争力を強化している。
地方の大学の持つ技術を核として、地方の中小企業、スタートアップ、地方銀行、地方公共団体等に大企業も加わり、多様な主体によるエコシステムを構築している。それぞれの地方ならではの強みを活かし、地域の課題を解決し価値を生み出す魅力ある新産業を創出するとともに、農林水産業や観光などの既存産業の高付加価値化を図る。それによって自ずと人材が流入してくる好循環が生まれている。
災害時に国土の基幹的なエネルギー、交通、物流等のインフラがダメージを受けても地方の生活が維持できるよう、強靭なインフラや分散型のサプライチェーンが構築されている。また地方の生活に必須のインフラを、デジタル技術やデータを活用し、人口減少下でも安心・安全・安定な形で、持続的に維持・更新する仕組みができている。
4. 国際社会との価値協創:国際経済秩序の再構築
~わが国の主体的な関与によりグローバルに連携する社会
世界に目を転じると、多様な主体がグローバルな課題の解決と成長の実現の両立という目標を共有し、行動する好循環に支えられた、安定的な国際経済秩序が形成されている。その秩序のもとでは、企業や個人が多様な主体とグローバルに協創し合い、絶え間なくイノベーションを創出している。
安定的な国際経済秩序を維持する圧倒的な存在が不在の中、わが国は、日米同盟を基軸としつつ、より多くの国や地域と建設的な協力関係を築き、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)#10の実現を含め、国際経済秩序の再構築において主導的な役割を果たしている。自由で開かれた貿易投資体制の堅持・拡大・深化は引き続きわが国にとって最も重要な外交方針である。
また、わが国には、国際金融センターが構築され、新たな価値創造による成長の実現に不可欠な優秀な人材や潤沢な資金が集まっている。Society 5.0の実現によるグローバルな好循環を生み出す中核的役割を担っている。
わが国は、豊かで便利かつ安心な国民生活の実現に不可欠な戦略的価値のある技術の育成や物資の確保を重要施策に位置づけ、経済安全保障の観点から戦略的な外交を展開する。それ以外の分野では、国境を越えた取引が活発になっている。企業は、強靭かつ多元的なサプライチェーンを構築し、国際環境の変化や自然災害にあっても事業活動の継続が可能となるよう、備えている。
2030年にSDGsの目標を達成しても、多くの人々が引き続き持続可能な世界を希求している。多様な主体はグローバルな課題解決に協調して取り組んでおり、グローバルな連帯が形成されている。わが国企業は、国内外の事業で培った優れたソリューションをアジア太平洋地域はじめ世界に展開し、グローバルな課題の解決に貢献している。
5. 地球の未来との価値協創:グリーン成長の実現
~地球環境の持続可能性と豊かな生活が両立する社会
将来世代に受け継ぐべき地球環境の持続可能性確保に向けても、着々と行動を積み上げている。
「2050年カーボンニュートラル」(CO2排出実質ゼロ)を目指すべき社会の姿として掲げ、そのために不可欠なイノベーションの創出に、国を挙げて挑戦している。再生可能エネルギー、原子力、水素、蓄エネルギー、CCUS#11等のエネルギー・環境技術やデジタル技術をはじめ、脱炭素化に貢献し得る多種多様なイノベーションが継続的に生み出されている。これにより、安価で潤沢なゼロエミッション電力・水素の供給と社会・産業インフラの大転換を可能とする実用技術の普及を実現し、早期にカーボンニュートラルに到達するための布石が打たれている。
わが国の社会・産業インフラをめぐっては、革新的技術の実装以外の領域においても、世界が傾斜を強めるグリーン市場の活力も取り込みながら、エネルギー産業等における活発な投資循環のもとで、脱炭素化につながる転換が進展している。非化石エネルギーの供給拡大はもとより、デジタル技術の導入によるエネルギー効率の改善や、家庭・オフィスビル、輸送の電化等が進んでいる。
国境を越えたグリーン市場の果実の獲得競争が活発化し、各国が技術開発や国際標準化にしのぎを削るなか、わが国は、共通の価値観を有する各国を牽引し、自由で開かれた貿易投資体制のもと、脱炭素化に資する技術やソリューションを展開することで、世界のグリーン成長に貢献している。
Ⅲ. 2030年へのアクション:成長戦略
本章では、Ⅱ章で示した2030年の日本が目指す未来像を実現するために、5つの分野それぞれについて、政府、経済界を中心にとるべきアクションを提言する。2030年を目指して足元から取り組むこれらのアクションが、すなわちポストコロナのわが国経済の回復・成長につながる成長戦略でもある。
1. DXを通じた新たな成長
(1) 新たな成長を実現する共通基盤
生活者も含めた多様な主体が連携してデジタル技術やデータを活用し、価値を共に創造することで生まれる新たな成長のため、産学官が一体となって、以下の共通基盤への集中投資を行う。
データ活用・AI-Ready化の推進:
死活的に重要なのがデータの活用である。後述する個人の体験価値(健康状態や学習履歴等)のデータ化とともに、さまざまな分野のデータフォーマットの統一や相互運用性#12の確保を行う。個人のデータであれば、個人を軸につなぎ、個人がいつでもアクセスし活用できる基盤の構築を進める。同時に、データ基盤の上で、個人、企業、社会がAI#13を徹底的に活用するための準備、AI-Ready化を進めていく#14。併せて、データ活用に関する公益とプライバシーのバランスについて国民的な議論を行い、社会的コンセンサスを形成することも不可欠である。
また、あらゆる分野で、高品質なデータをやり取りするための次世代通信網の整備、安全かつ安価にデータ等を格納するデータセンターの構築、安全かつ安心にデータを流通させるためのサイバーセキュリティの強化も進めていく。
若い才能・研究開発への投資拡大:
若い才能への投資を拡充し、世界中から優秀な若者を集めることが日本の未来に不可欠である。学校教育において、早い段階から優れた才能を示す児童・生徒に対して、才能をさらに伸ばせる仕組みをつくるべきである。
また、諸外国と比較して、恵まれているとは言えない研究開発環境の改善を早急に行う必要がある。研究者のキャリアパスの多様化や新陳代謝を推進し、博士課程やポスドクといった若手研究者が経済的な心配をせずに研究に専念できる環境づくりを行うべきである。
併せて政府は、政府研究開発投資の質の転換#15を図ることが重要である。政府が創設する研究支援ファンドを活用し、若手や女性研究者も含めた多様な才能に対する支援の拡充を行う必要がある。また、審査・評価体制の多様性を確保し、学際的な融合領域を振興することも重要である。さらに、国家的な課題解決を目標とする「戦略的研究」については、社会実装の段階の政府支援を拡充することも求められる。
スタートアップの振興:
新たな成長産業の生み手・担い手としてスタートアップの重要性が増す。これまでの日本の成長を振り返ると、必ずその中心には、時代のニーズを捉え成長を牽引するスタートアップがあった。
産学官連携のもと、スタートアップが複数の企業や大学等とのパートナーシップを組み共存共栄していく仕組み、いわゆるスタートアップエコシステムの構築を進めていく必要がある。そのため、経済界では、マッチングイベント等の開催によって大企業とスタートアップの連携強化を図る。政府は、スタートアップからの公共調達の拡大を通じて、レピュテーション向上や市場参入の手助けを行うことが求められる。
ルール形成による世界市場への展開:
新たな成長産業を創るうえでは、拡大する世界市場を視野に入れたビジネス展開が不可欠である。そのためにも、ヘルスケア、教育、サプライチェーン等の分野において、課題解決による価値創造に重点を置きつつ、国際的な規制やシステム標準等のルール形成を積極的にリードする必要がある。ルール形成に係る人材育成とともに、政府や企業が国際的なルール形成への関与を強化していくことが重要である。
個人のインクルージョンの推進:
実現したいビジョンを社会全体で描き、共有しながら、誰一人取り残さない形(インクルージョン)でDXを進める。そのために、産学官と個人が協力し、技術やデータ活用に関する個人のリテラシーの向上や国民理解の醸成をはかっていくことが重要である。その際、政府は個人が安心してデータを活用できる信頼ある仕組みを整備する必要がある。
併せて企業は、魅力あるサービスや、誰もが使いやすいシステムやインターフェイスの開発によって、社会に価値を提供しつつ、あらゆる個人のインクルージョンを進めていく。
(2) Well-beingを個別最大化する新たなヘルスケア
これまでの慣習や医療制度の変革を進め、個人のWell-beingや健康寿命を向上させつつ、医療従事者の負担を軽減する。同時に、医療費を適正化し、社会保障制度の持続性の確保を目指す。さらに、日本型Well-beingモデルとしてグローバル展開を図り、国内外の医療の質やアクセス性を高めながら、ヘルスケアを新たな成長産業にする。
個人起点のヘルスケアの推進:
個人が、リアルタイムに近い形で自身のライフコースデータ(胎児期から亡くなるまでの生涯にわたり発生するデータ)にアクセスし、医療従事者と共有しながら医療を受けたり、自身で健康管理をしたり、個人に合わせた予防行動や未病段階からの対応を可能にする。
そのために、まず政府が、プライバシー保護やセキュリティ等に留意しながら、マイナンバー制度を活用し、企業も含めた各主体が持つライフコースデータをつなげる仕組みを整備する必要がある。併せて、レセプトに検査値等の幅広い医療データをリアルタイムにのせる仕組みを構築しつつ、マイナポータルのAPI#16を通じて、企業のPHR#17へ早急に連携すべきである。また、産学官医連携のもと、全ゲノムデータのデータベースを構築し、新たな治療法の開発や、個別化医療に向けた取り組みを進めることも重要である。
企業は、各種データやAI、モバイルデバイス等を活用しながら、個人の行動変容・予防行動を促進するとともに、メンタルヘルスやWell-beingにも貢献する新サービスの創出を目指す。政府は、新たなヘルスケアサービスの開発を加速する制度設計の推進を行うことが必要である。
デジタルを活用した医療介護の普及:
あらゆる場所において、さまざまな人々が、均質な医療介護を受けられるよう、政府支援のもと、医療・介護提供体制のデジタル化を一気呵成に進める。症状や病気の種類によっては、診療から処方までをオンラインで完結可能にする。
政府は、医療界とも連携のもと、オンライン診療・服薬指導について、対象範囲をネガティブリスト化し、利用を広めていく必要がある。同時に、政府支援のもと、オンラインに対応する医療機関が一次医療圏に複数できるように、設備の普及を促進することも重要である。オンライン診療・服薬指導で得られたデータについて、診療・服薬指導の質の向上や濫用防止のために活用していく。
医療従事者は、オンライン診療のほか、AI等のデジタル技術の活用をさらに進めるとともに、デジタル技術活用に対する患者の不安を解消する役割を担うことも大切である。
企業は、オンライン診療で活用する検査機器、症状のスクリーニングを行うAI、オンライン見守りサービスといった新たな製品・サービスの開発や普及に努めていく。政府は、医療界とも連携し、それら機器やサービスを在宅で活用できるよう制度設計を進める。
データドリブンのヘルスケアサービスの開発:
データ、デジタル技術を活用し、新たなワクチン、治療薬、治療法とともに、予防・予後に対応するヘルスケアサービスの開発を加速する。そのために、政府は、公的データベースの整備を進める必要がある。ナショナルデータベース(NDB)#18、介護DB、難病DB等の各種データベースを連結し、安全なクラウド環境で政府、地方公共団体、企業が活用できる仕組みにしていくことが求められる。
産学官医が連携して、政府のデータベースを企業や医療機関が持つデータと連携し、公益に資する新たなサービス開発を行っていく。
(3) 未来の才能を解き放つ新たな学び
変化の激しい時代に常に自らの知識や価値観を更新し、社会の課題や要請を的確に捉え、解決策を見出す能力を持った人材を育成する。そのために、明治時代から変わらぬ学校教育を中心に、「学び」の制度、内容、体制 のDXを進め、多様な人々が、場所や年齢を問わず、その時々のニーズや個性に合わせた内容を効果的に学べるようにする。併せて、わが国で培った新しい学びの形をグローバルに展開することで、十分な教育機会が与えられていない諸外国の子どもたちに学びを届けるとともに、教育の成長産業化を図る。
データ活用による教育の個別化:
教育は、集団の均一な能力向上を図るのではなく、一人ひとりに最適化された学習を提供し、個性や特質を伸ばす方向に転換する。そのためには、政府と教育界が連携し、学校教育、社会人教育、生涯教育等の学習履歴、学習進度等のデータ化を進める必要がある。同時に、個人を軸に、異なる教育機関をまたがって、学習データの連携や活用を可能とする環境を整えていくことが求められる。
それらデータはまた、個人は転職時の証明、生涯学習・学びなおしに、政府や地方公共団体は教育政策の立案に活用できる。企業は、学習内容や学びなおしのデータを踏まえた採用、処遇、評価を行うことで、個人が積極的に自身の学習データを活用する好循環を回していく。
これからの時代に必要な能力を育む教育の提供:
学校教育において、データを活用しながら児童・生徒一人ひとりの学習進度、能力や個性に応じ、これからの時代に必要な能力を育む教育を提供する。そのために、政府と教育界が連携し、文理分断から脱却したSTEAM教育#19やダブルメジャー・マイナーディグリー(副専攻)の設置を推進するとともに、課題発見・解決能力、リーダーシップ、アントレプレナーシップ、数学的思考力といった能力を重点的に伸ばすカリキュラムにすることが重要である。
企業は、講師派遣による教育の提供、探究型教育#20のコンテンツ開発の支援とともに、教育プラットフォームの構築を行っていく。また、教育現場へのAR・VR#21導入も進め、オンラインでありながら、リアル体験に近い効果が得られる教育を開発する。併せて、教育界との対話や連携を通じて、求める人材像・能力の明確化を図り、対外的な発信を行っていく。
教育の多様性・機会平等の確保:
多様な教育コンテンツへのアクセス向上、教育内容の多様化、緊急時の平等な教育機会の保証に不可欠な、オンライン教育やデジタル教科書の普及・活用を進める。政府は、児童・生徒、教師の一人一台端末、ネット環境の整備を完了させるとともに、オンライン教育やデジタル教科書の利用の障壁になる著作権制度等の緩和を進める必要がある。
(4) 強靭かつ価値を創造する新たなサプライチェーン
中小企業や農林水産業も含めたサプライチェーンのDXを進める。都市、地方、離島と場所を問わず、平時は、需給ギャップをリアルタイムに調整しつつ、多元化により、これまでにない企業同士の組み合わせを生み新たな価値を創造できるようにする。緊急時には、必需品を安定的に確保・供給する強靭なサプライチェーンとして機能させる。
デジタル化・標準化・ネットワーク化:
サプライチェーンの強靭化を図るため、既存サプライチェーンの中心的な役割を担う企業が、サプライヤー、工場、物流事業者、卸・小売事業者等とも協働し、サプライチェーンのデジタル化、標準化を進め、それらをつなぐことで、ネットワーク型のサプライチェーンを構築する。高齢化や人手不足が深刻化し、投資体力に欠ける中小企業に対しては、サプライチェーンのデジタル化・標準化を促進するための政府支援#22を行うことも重要である。
企業同士の競争領域であるため、標準化が特に進んでいない製造現場データや物流データについては、経済界と政府の連携のもと、協調領域における標準化や企業間連携の検討を加速し、その実現を後押ししていく。
自動化:
人手不足への対応とともに、既存の仕組みの効率化を図るため、製造、物流、港湾等においてロボット、自動走行車等を活用し、一部のサプライチェーンを自動化していく。政府においては、安全面を確保しつつ、自動化の障壁となる規制を緩和していく必要がある。
最適化:
デジタル化・標準化、RFID#23、LPWA#24等のIoT#25によってサプライチェーンの状態を適時適切に把握できるプラットフォームを構築し、AI等を活用することで全体最適化を図っていく。
政府においては、貿易に係る官民の各種手続きもプラットフォーム上で処理できるよう連携を図ることが重要である。企業においては、生産性を阻害する業務プロセス、商慣習の見直しを実施していく。
(5) 多様なニーズに迅速に応える新たな行政
デジタル施策に関する予算を一括計上し、行政各部に対する指揮命令権を持つデジタル庁のもと、行政のDXを一気呵成に推進し、無駄や不便の象徴でもあった行政の体制・業務・サービスを、オンラインを前提とし、誰もが便利さや価値を感じられるものに変える。
オンラインかつ便利な行政サービスの提供:
中央省庁ならびに地方公共団体の行政サービスの提供において、デジタル化三原則#26を徹底すべきである。政府は、その障壁となる規制を改革するとともに、基盤となる中央省庁システム、地方公共団体システムにおける仕様の統一を、中央省庁は3年以内、地方公共団体は5年以内に完了させることが必要である。
経済界でも、行政に対するビジネスモデルの抜本的な転換を行う。ロックインや既存業務に合わせた形のカスタマイズを進めるのではなく、相互運用性を確保したオープンな形で、システムのクラウド化やAI化を推進する。
マイナンバー制度の活用による新たな価値の提供:
マイナンバーカードの一層の普及とともに、行政による新たなサービス提供のツールとして、マイナンバー制度を徹底活用する。そのために政府は、健康保険証、運転免許証、在留カード等の公的証明書、また診察券や学生証等のデジタル化とマイナンバーカードへの一元化とともに、マイナポイント等を活用したインセンティブ付与を通じて、マイナンバーカードを全国民に必要とされる便利なカードにする必要がある。同時に、緊急時の給付金交付の迅速化、不正受給の防止の観点から、銀行口座とマイナンバーとの紐づけを行うことも重要である。また、より利便性を高めるため、特定個人情報を撤廃し、マイナンバーを個人情報と同等の位置付けとすることも必要となる。
政府には、それら取り組みをもとに、マイナポータルを起点にしたプッシュ型の行政サービス#27を提供し、国民に新たな体験価値を提供していくことが求められる。
イノベーションを阻害しない新たな規制体系の構築:
政府の規制体系については、従来の法規制を中心とするものから、技術進歩とともに生じる革新的な取り組みを阻害しない迅速かつ柔軟なものに変革する。
政府は、AIの活用をはじめ、技術進歩を取り入れる領域を中心に、政府による規制範囲を再検討しながら、手続きや行為の義務を定める規制から、達成されるべき目的や価値に対する規制に変えていく必要がある。経済界は、自主ルールやガイドラインの策定とともに、企業が持つデータを活用したガバナンスやモニタリングの柔軟なルール作りに協力していく。
2. 働き方の変革
(1) 時間・空間にとらわれない柔軟な働き方への転換
Society 5.0時代の働き手は、デジタル技術を豊かな想像力・創造力で使いこなし、時間・空間にとらわれない、柔軟な働き方を通じて価値を創造する。働いた時間ではなく生み出す価値によって評価され、それに基づいて処遇される。
企業はリモートワークと出勤、オンラインとオフラインを必要に応じて組み合わせ、最も生産性の高い働き方を追求する。 また働き手の健康確保を前提として、副業・兼業も奨励する。
その際、重要なのは一人ひとりの働き手のエンゲージメントを高め価値創造力を最大限に引き出す管理職の役割である。管理職には、従来の均質なチームが時間と空間を共有して働く場合とは異なり、多様性から価値を創造するマネジメントが求められる。
大企業は現状でも在宅勤務比率50%を維持するなど、ある程度柔軟な働き方を実践できている。現場での物理的な作業が必要な職種では難しいとも言われるが、建機のリモート操作や製造現場の遠隔監視など、技術の進歩によりリモートワークが可能な仕事の範囲は広がっていく。他方、現状、中小企業ではデジタル化の遅れやインフラ、ノウハウの不足もあり、リモートワークの導入が進んでいない。政府による導入支援に加え、大企業がサプライチェーンに連なる中小企業のデジタル化や業務刷新を支援し、柔軟な働き方を可能にしていく。
現在のわが国の労働時間法制は、工業社会、すなわちSociety 3.0の時代に、工場労働を前提として形作られた。その後、情報社会へと移行し、仕事の内容、求められる能力などが変化してもその基本的な枠組みは変わっていない。上述のようなSociety 5.0時代の新たな働き方に合わせて、一人ひとりがそれぞれの方法で想像力・創造力を最大限発揮することを可能にする、創造社会にふさわしい新たな労働時間法制を、政労使が協力して確立することが不可欠である。
(2) 多様で複線的なキャリア形成に向けた人材流動化
柔軟な働き方の普及に伴い多様で複線的なキャリアが一般的になると、新卒一括採用や長期・終身雇用、年功序列制度は機能しなくなるため、企業は採用や雇用、処遇のあり方を見直すことが必要になる。新卒だけでなく中途採用も行い、バックグラウンドや経験、技能の多様性を確保する。同時に、企業のDXに伴い社内で新たに生まれる業務に人材を円滑に異動させるため、リスキリング#28も必要となる。
DXに伴う産業構造の転換により、衰退し、失われる業種・職種がある一方、新たに生み出され、成長する業種・職種もある。重要なのは、失われる雇用から新たに生まれる雇用へ、円滑に労働力の移動が図られるよう支援する環境の整備である。円滑な労働力移動に不可欠な「学びなおし」には、国として集中的に投資することが求められる。さらに、学習履歴・職歴・資格等、在学時だけでなく社会人になってからも通して個人のデータを適正に連携し活用するプラットフォームを整備して学びと経験を見える化し、人材流動化による多様で複線的なキャリア形成の促進につなげるべきである。なお、労働市場のセーフティネットを強化する観点から、政府は労働者保護に資する解雇無効時の金銭救済制度を創設する必要がある。
(3) 多様な人々の活躍促進
Ⅰ章で述べたように、サステイナブルな資本主義実現のカギは多様性の包摂と協創であり、企業には多様な人材の価値協創力を最大限引き出す環境の整備が求められる。
政府は2020年までに指導的地位に占める女性の比率を少なくとも30%程度とする目標を掲げたが、未達に終わった。企業や家庭、社会全体において男女間で働く環境に差異がなくなれば、男女の人口比率#29からして、指導的地位に占める女性の比率も50%程度となるのが自然の帰結である。そのような社会の実現という理想を掲げ続けることが重要であり、その達成に向けた推進力になり得る高い目標を改めて設定すべきである。
企業は組織の多様性、すなわち性別や年齢、国籍、経歴、障がいの有無等の多様性を積極的に推進する。そのメルクマールとして、取締役会における女性や外国人材、中途採用者等の比率の拡大を図る。具体的な目標として、2030年までに役員(会社法における取締役に限らず執行役員またはそれに準じる役職者も含む)に占める女性比率を30%以上にすることを目指す。
外国人材の活躍については、まずわが国として外国人材をどの程度受け入れ、どのように受け入れ態勢を整えるべきか、本格的に議論する必要がある。そのうえで、グローバル水準の住居、教育、医療などの居住環境をはじめ、社会全体での外国人材が暮らしやすく働きやすい環境の整備が必要となる。他国との間で人材獲得競争も激化しており、外国人材が来たくなるような国になること、すなわち新しい、イノベーティブなことができる、未来に夢を持てる国、そして外国人材が活躍し、そこでの成功が次なる飛躍につながるような国になることが重要である。
(4) 「産みやすく育てやすい社会」に向けた集中投資
団塊ジュニアが出産適齢期を過ぎ、出生率も低位に転じるなかで、少子化・人口減少がますます深刻化している。出生率が低位にとどまれば、2100年のわが国の人口は5,000万人を下回ると予測されている。わが国の食糧・エネルギー自給率やサプライチェーンの独立性、インフラ維持コスト等に鑑み、国として将来的に最適な人口規模を見極める必要がある。そのうえで、もはや人口減少を食い止めることは不可能だが、最適な人口規模への着地を目指して減少率を緩和するために、「出生率回復」を明確に国の優先課題に位置づけ、そのためのあらゆる対策を強化すべきである。出会い・結婚から妊娠・出産・子育てに至る切れ目のない支援策の充実、具体的には不妊治療への保険適用、待機児童問題の終結、男性の育児休業取得を促す環境整備等が求められる。また、児童手当については、低中所得層に重点化して拡充すべきである。
こうしたなか、企業は、時間や空間にとらわれない多様で柔軟な働き方を取り入れ、仕事と子育ての両立を推進する。また、産休や育休の取得によるキャリアの中断や遅れの回復が可能となるよう制度を見直す。男性が育休取得時に限らず育児を担うことが当然になるよう、職場の雰囲気を含めた環境の整備を進める。
3. 地方創生
(1) 柔軟な働き方への転換による人材の還流促進
企業は、従業員が都市と地方の二地域に居住し、都市にいながらにしてリモートワークで地方の仕事も副業・兼業する、あるいは地方からリモートワークやワーケーション#30などで働きつつ、地方の仕事も副業・兼業するなど、時間や空間にとらわれない多様な働き方を推進する。企業自体についても、働き方の変化、多様化を踏まえて、本社または一部機能の地方移転や地方拠点の強化等が後押しされる可能性がある。
政府・地方公共団体は、上述のような二地域居住やリモートワーク、ワーケーションの活用による地方における人材の活躍を、住宅政策その他の政策的支援により強力に後押しすべきである。
とりわけ地方への移住に際しては、教育・医療環境がハードルになることが多い。国内外から優れた人材を地方に呼び込むために、行政の完全デジタル化、最先端のヘルステック、エドテック#31活用による質の高い行政・教育・医療サービスを提供することも求められる。例えば大学間の単位互換を認め、オンラインでどこの大学の講義も受講できるようにすることにより、高等教育の都市・地方間格差をなくしていく。
さらに、地方は都市と同じ姿を目指すのではなく、豊かな自然との共生、ゆとりある住空間など、都市にはない価値を提供することにより、都市と同等以上の満足度を実現する。
(2) 地方産業・大学等の競争力強化
Ⅱ章の未来像に描いたような地方の価値協創エコシステムを構築するための前提として、地方中小企業や観光業、農業はDXを活用して競争力を強化する。政府はこれを補助金、税制等支援により後押しする。併せて地方中小企業の競争力強化のために再編を促す施策の推進、農業の生産現場における先端技術の活用や大規模化を推進するための規制改革も急務である。
地方銀行には、価値協創エコシステムを構成する地元中小企業やスタートアップに資金を行きわたらせるという、重要な役割が期待される。そのために各行の経営判断に基づく再編・統合等により競争力を強化し、地域インフラとしての機能を向上させる。
地方国公立大学は、価値協創エコシステムの核となる技術やビジネスモデルなどのシーズを育む役割を担う。そのため、学生の減少も見据え、各大学が強みを持つ専門分野に特化する方向で再編・統合を図り、競争力を強化する。
企業は、上述の地方産業・大学の競争力強化にあたり、自社のサプライチェーンに連なる、成長のための変革に意欲的に取り組む地方中小企業のDX推進に積極的に協力する。また他の産業や大学に対しても、例えば退職者の派遣や現役社員の副業・兼業といった形で支援する仕組みを経済界全体で立ち上げることが考えられる。
(3) 地方における価値協創エコシステムの構築
地方公共団体は、その地方ならではの強みを活かした特色ある成長戦略を策定し、競争力のある地方国公立大学を核として、多様な主体による価値協創エコシステムを地方中核都市に構築する。そこには、多様な主体がデータを共有し、活用して価値を創り出すプラットフォームを構築する。この価値協創エコシステムには、大都市を拠点とする大企業も参画し、地方の各主体と協創して以下のような成果を生み出す。経済界は、これら地方のさまざまな主体と大企業の連携を促進するため、ピッチ#32やマッチングなどの機会を提供する。
価値協創エコシステムにおいてスタートアップを育成し、世界に通用するユニコーン#33を誕生させる。地方中小企業は、ローカル5Gなどを活用したIoT化#34により徹底的な生産性向上を図り、当該企業にしかない固有技術をさらに磨いて競争力を高め、グローバルに展開する。農林水産・食品産業も、勘と経験からデータに基づく生産に転換するとともに、デジタル技術により市場へのアクセスを飛躍的に向上、バリューチェーンを最適化し、グローバル展開により成長産業化を図る。生産現場においては、天候・土壌・水位等の環境や作業状況等に関するデータを分析し、最適な生産手法を提案する。官民や研究機関が持つデータや研究成果、ノウハウ等をオープン化してデータ基盤を構築・活用し、生産性の向上と高付加価値化を実現する。加工・物流から販売・消費の現場においては、関係する主体がリアルタイムで情報を共有・活用して、在庫、出荷時期・量、輸送ルート等を最適化し、顧客が求める食・サービスを提供する。経済界は、全国農業協同組合(JA)をはじめとする農業界との連携によって農産物から加工食品やレストランでの提供に至るトレイサビリティ#35を確保し、バリューチェーンを最適化していく。
観光もDXにより高付加価値化を図り、訪日外国人観光客数を2030年に6,000万人とする目標の達成を目指す。関係する主体が持つ観光客の移動・行動・宿泊・購買その他のデータを共有・活用し、混雑回避や感染症対策などで安全・安心を確保しつつ、一人ひとりの観光客に対し、より個別化された魅力的なサービスを提供する。さらに移動・宿泊・飲食等が融合した観光型MaaS#36から医・食・エンタメ等も融合した総合ライフスタイル産業へと進化を遂げる。
上述の価値協創エコシステムにおいて、政府は研究開発、実証、新規事業創出に関するあらゆる規制を包括的に撤廃する特区を創設し、地域の課題解決による新たな産業の創出や、既存産業の高付加価値化を後押しすべきである。さらに、これら地方発の成長産業が国内市場のみならずグローバル展開を目指すにあたっては、海外情報の提供、官民連携でのプロモーション活動等による支援が求められる。
(4) レジリエント(強靭)でサステイナブルな社会基盤の構築
地方に広範にはりめぐらされた上下水道、エネルギー、交通・通信などのインフラを人口減少下でも持続的に維持するために、運営の効率化や維持・更新コストの削減等を進める。そのために、生活インフラのコンパクト化・ネットワーク化や、行政単位を超えた広域連携を進めつつ、デジタル技術を導入し、データの活用を図っていく。
特にエネルギーインフラをめぐっては、屋根置き太陽光パネルや地域の未利用材を活用したバイオマス発電、蓄電池・ヒートポンプ、さらには家電消費電力の個別制御をはじめとするデジタル技術等が普及するなかで、エネルギーの地産地消が新たな選択肢となる。地域経済の活性化やレジリエンス、経済性といった観点を踏まえ、住民自身がより主体的に、地域のエネルギー選択に関われるようになっていく。政府には、そうした新しい需給のあり方も踏まえ、社会全体で最適化できるよう、関連制度を設計することが求められる。
レジリエンスの観点からは、地震発生頻度の上昇や、気候変動に伴う台風の大型化等の自然災害の激甚化、人畜共通感染症の増加が懸念される。わが国として、デジタル技術やデータを活用した災害対応を行っていく。
政府は防災、気象、国土、交通、感染症等の分野の行政データベースの構築、リアルタイム化、共通化を進める。国土交通省が構築を進める国土交通データプラットフォーム、内閣府が主導して実証を進める基盤的防災情報流通ネットワーク、厚生労働省が新型コロナウイルス感染症のために構築した新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)等のデータベース間の連携を進め、同時多発的な自然災害に、多面的に対応できるようにする。同時に災害時の住民の安全・安心の確保や企業の事業継続のために、官民が連携してインフラやサプライチェーンの強靭化・多元化・分散化を進める。
併せて、政府は、今般の感染症対応も踏まえ、また将来の大規模地震に備え、緊急時のプライバシー保護や私権制限のあり方、データ活用のあり方、モバイルアプリ活用のあり方#37について、公衆衛生・安全維持の観点から望ましい制度設計になるよう再考を行う必要がある。とりわけ、地震発生時や感染症拡大時における医療データの共有や、ワクチン開発のための活用に関しては、人命に直結し、さらなる迅速性や柔軟性が求められる。
企業はデジタル技術の活用を盛り込む形で事業継続計画(BCP)#38を強化し、事業を強靭化するとともに、政府データベースを活用することで、新たなサービスを提供し、インフラ、交通、防災、治安等の公的分野へ貢献していく。
4. 国際経済秩序の再構築
(1) 自由貿易投資体制の堅持・拡大・深化
生産・消費活動が一層グローバル化し、DXによって経済構造が変容するなかにあっても、自由で開かれた貿易と投資は引き続き世界の持続的な成長のために不可欠な基盤である。自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の実現のため、わが国政府は、自由貿易投資体制を堅持する姿勢を明確に掲げ、経済連携協定の拡大と質の向上を通じて地域間協力関係を拡大・深化させていく必要がある。同時に、経済活動の変化に対応できる迅速なルール形成を主導し、グローバル経済を支える基盤を強固かつ予見可能性の高いものにしていくことが求められる。新興国に対しては、質の高い経済連携協定に円滑に参画できるよう、キャパシティ・ビルディング#39を積極的に行っていくことが重要である。
各国・地域において需要が拡大しているインフラ・システムの海外展開にあたっては、現地のニーズに即しつつ社会課題の解決に貢献していくことに加え、グローバルなヒト・モノ・カネ・データの流れの円滑化と連結性向上も追求する。連結性の鍵であるシステムや手続きの共通化については、官民一体でわが国企業の技術やノウハウの国際標準化及びデファクトスタンダード化#40を実現する。また、質の高いインフラの普及促進のため、ブルー・ドット・ネットワーク(BDN)#41の制度設計や運用に積極的に貢献すべきである。
経済界は、グローバル・サプライチェーンの安定化・強靭化を進めるため、包括的で質の高い経済連携協定の拡大を支持する。
DXを通じた新たな成長機会を呼び水として、わが国が世界における活発な投資・資本の取引および新たな雇用やビジネス機会創出の中心となるためには、国際金融のハブとしての地位を確立することが不可欠である。アジアひいては世界の資金や優秀な人材を惹きつけるための各種規制の大胆な緩和、魅力的な制度整備を実施し、アジアに冠たる国際金融センターを構築する。
わが国がデータ分野で諸外国に伍していくためには、データの活用におけるトラストを形成するためのルール形成(DFFT)#42を主導していくことが欠かせない。例えば、各国は、すべての人の健康の増進というSDGs実現のために、新型コロナウイルス感染症の治療薬やワクチンの開発などに必要なデータを共有し、活用すべきである。なお、越境データ流通に関しては、プライバシーを保護しつつも、イノベーションを阻害しないバランスのとれたルール形成を求める。
至る所に情報が溢れている社会においては、言論の自由を確保しつつ、情報の恣意的な情報操作、言論操作、世論操作への対策に関する国際的な協調も不可欠である。
(2) 主体的かつ戦略的な経済安全保障の確保
政府には、安心・安全な国民生活の実現、さらには、産学官の各界におけるイノベーションの創出を通じた国際競争力の向上を最優先として、主体的かつ戦略的な外交を展開することが求められる。とりわけ、わが国の経済安全保障の確保に不可欠な基盤技術、新興技術や戦略物資について特定を進める必要がある。そのうえで、該当する機微技術の保護や、戦略物資に関する備蓄や供給の安定性の担保のための仕組みづくりが急務である。特に、安全保障上重要な機微技術に関しては、国内での技術開発・産業基盤の強化に取り組むとともに、国際的な共同研究への参画を可能とするなど、わが国の競争力強化につながるような制度設計とすべきである。企業は、該当する技術等を適切な枠組みのもと、管理する。
目まぐるしく変化する国際情勢のなかでわが国企業が安心して経済活動を行っていくためには、各国の状況を迅速かつ的確に把握し、対応していくことが肝要となる。そのため、政府と企業は、経済分野のインテリジェンス機能を一層強化し、発生し得るあらゆるリスクを想定し、行動していく。その際、情報収集、アクションの双方において、安全保障上の利益を共有する国・地域と連携して取り組んでいく。
(3) グローバルな課題を解決するための連帯の形成
わが国が掲げているSociety 5.0の実現は、まさにグローバル社会が必要としているビジョンである。わが国政府および経済界は、グローバルな規模でのSociety 5.0の実現を推し進めるとともに、国際社会へ貢献していく姿勢を一層鮮明にすべきである。そして、Society 5.0 を軸に気候変動、貧困撲滅、自然災害、感染症、海洋プラスチックなどのグローバルな課題の解決を図っていく。
グローバルな課題解決には、官民一体となった取り組みが不可欠であることから、官民間の対話と連携を一層進める。既存の多国間官民対話の場#43について、必要に応じ枠組みや形式を柔軟に運用し、結果に結び付く、より効果的な政策を打ち出していく。
わが国企業は、Society 5.0 for SDGsを重要な理念として一層高く掲げ、その実現のために、DXによる質の高いヘルスケアシステムや教育システムなど、国内の課題解決を通じて培った提供可能な具体策を、積極的に国際社会に発信・展開する。
ビジネス・コミュニティもグローバル社会におけるステークホルダーの一員として国際的な連携を図りつつ、アイデアと技術を総動員しながら、グローバルな課題解決のための取り組みを強化していく。わが国経済界は、Society 5.0 の実現に向け、民間外交を積極的に展開し、民間レベルでの機運醸成および規範形成を図っていく。その際、WEF等との連携や、各国・地域の経済界との対話等 の機会#44を最大限活用していく。
5. グリーン成長の実現
(1) 脱炭素社会を目指したイノベーションの加速
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い経済危機に陥った2020年でも、世界のCO2排出量は前年比8%程度の減少に留まると見込まれている#45。人々の暮らしが激変するほどにまで世界経済に急ブレーキをかけても、80%、100%といった抜本的な温室効果ガス削減には到底至らないことが明らかとなった。世界の人々の生活水準向上と脱炭素社会の実現は、既存の技術と社会経済構造のもとでは両立不可能であり、イノベーションを通じた経済社会の大改革が唯一の解である。
新政権が新たなゴールとして掲げた「2050年カーボンニュートラル」を目指すうえで、既存の取り組みだけでは明らかに力不足である。脱炭素社会への移行に不可欠な革新的技術の開発・普及を産業政策の中軸と位置付けて国家プロジェクトを立ち上げ、産学官の総力を挙げて取り組みを進める必要がある。各技術分野において明確かつ野心的な価格・性能目標等を設定したうえで、これを支える長期かつ大規模の国費投入を行っていくべきである。例えば、大容量・低価格で安全な次世代蓄電池の導入や、安価な水素の大量供給および産業プロセス・発電等も含む需要側技術の開発、電化・水素化を進めてもなお排出されるCO2を固定・再利用するためのCCUSの商用化等がテーマとして考えられる。
経済界としては、経団連「チャレンジ・ゼロ」#46等のプラットフォームも活用しつつ、ネット・ゼロエミッション技術#47やトランジション技術#48の普及・実装、およびイノベーションに取り組む企業への積極的なファイナンス等を通じた支援に取り組んでいく。政府には、経済と環境の好循環をわが国の成長につなげるべく、イノベーションに取り組む企業に対する税財政面の支援や海外への情報発信での連携、さらには海外とのイコールフッティングを含めた産業競争力確保策、規制改革など、イノベーション創出に向けた総合的な施策の展開を求めたい。
革新的技術の開発・普及を促し、そのための投資を確保し、ひいては効率的に脱炭素社会を目指していくうえでは、わが国のエネルギーの将来像を示すことも重要である。一定の将来像が存在し、その実現に向けた政策方針が予め示されることで、各企業は一貫性ある、時宜に適った投資戦略を展開できるようになる。現状、政府が2015年に積み上げで定めた2030年度のエネルギーミックスが将来像として存在しているが、その達成に向けた道筋は必ずしも明らかではない。また、2050年等、長期の断面についても、経済・社会・技術動向の不確実性を考慮しつつ、電源立地、ネットワークインフラ、エネルギー需要、国民負担等のあり方を具体化した複線シナリオとして、ビジョンを示すことが期待される。こうした点を踏まえ、政府には、足元で検討が本格化しつつある次期エネルギー基本計画において、定量的な分析やシミュレーションに立脚した合理的な将来像、および長期ビジョンを見据えたイノベーションの課題抽出・対応策を示すことを求める。それにより、危機的な停滞を続ける電力投資をはじめ、企業が投資を決断できる環境が整えられることを期待する。
なお、成果が上がるまでに長い時間を要するエネルギー・環境分野においては、エネルギー基本計画のみならず、地球温暖化対策計画等の各種政策文書に2030年以降をターゲットとする施策が掲げられている。それらの着実な遂行を図ることも重要である。
(2) 競争力ある再生可能エネルギーへの支援重点化
再生可能エネルギーの利用を望む電力ユーザーが、リーズナブルなプレミアムの支払いによって再生可能エネルギーの価値にアクセス可能な市場環境の整備はきわめて重要である。ニーズの存在が再生可能エネルギーの導入拡大に資するのはもちろんのこと、投資家や取引先企業が再生可能エネルギー利用を求める動きも見られるようになっている。ESG#49重視のサプライチェーンから日本が切り離されないようにするためにも、安価な再生可能エネルギーが潤沢に供給されるよう、重点的な支援策を講じる必要がある。
2012年に再エネ特措法#50が施行されて以来、政府はあまねく再生可能エネルギーに漫然と政策的なプレミアムを上乗せする施策を講じてきた。しかし、その国民負担は既に年額2.4兆円#51まで膨らんでおり、到底持続可能とは言えない。また、政策補助を受けた電源が大量に市場に流入することで、卸電力市場価格が下落し、他の電源の投資回収の予見可能性にも悪影響を及ぼすようになりつつある。
こうした状況を踏まえれば、政府は、手広く再生可能エネルギー全般を支援する政策を抜本的に転換し、競争力ある再生可能エネルギーに支援を重点化すべきである。
競争力獲得が見込まれ、かつ大量導入のポテンシャルがある電源として、例えば、調整コスト込みでも価格競争力を有する屋根置き等の太陽光や、大規模洋上風力発電などが考えられる。こうした電源の導入拡大を念頭に、地域偏在性がある再生可能エネルギー導入を促進するための送配電網の更新・増強やその監視・制御技術の導入、あるいは部品やメンテナンス等のサプライチェーン確立といった環境整備面の支援を重点的に行うべきである。なお、再生可能エネルギー由来の電気であるという価値自体は、政策によるプレミアムの上乗せではなく、非化石価値取引市場#52等を通じて評価されることが原則となる。
同時に、事業者が将来に向けた投資を決断できるよう、国として、将来の市場規模、すなわち導入目標を示すことも重要である。事業者には、政府が提示する将来の導入目標を踏まえ、市場拡大を見据えた再生可能エネルギーの低コスト化への取り組みを加速していくことが期待される。
経済界としては、国際的なイニシアティブへの参加も含め、各社において野心的な非化石エネルギー・再生可能エネルギーの開発・利用目標を積極的に設定し、履行していく。
(3) 脱炭素化と経済性を両立する原子力の活用
脱炭素社会の実現を追求するうえで、原子力は欠くことのできない手段である。福島第一原子力発電所事故の教訓を活かし、最新の科学的知見を踏まえて安全確保を確固たるものとすることを大前提に、原子力を継続的に活用していく必要がある。原子力事業者と規制当局とが連携・協力して不断の安全性向上に取り組むとともに、国が前面に立って、原子力の安全確保策と国策の観点からの必要性を正面から論じる必要がある。そうした取り組みを通じて、既設再稼働・建設再開、リプレース・新増設を問わず、安全性が確認され、地元の理解が得られた原子力発電所の稼働を推進していくべきである。とりわけ、足元では既設発電所の再稼働の停滞が大きな課題となっている。わが国では建設・運転・保守を支える人材が既に枯渇しつつあり、技術とノウハウの継承が強く懸念される。取り組みの加速は待ったなしの課題である。
将来を見据え、軽水炉の安全性向上につながる技術はもちろんのこと、安全性に優れ経済性が見込まれる新型原子炉(例:SMR#53、高温ガス炉、核融合炉等)の開発を推進することもきわめて重要である。脱炭素社会の早期実現を目指し、2030年までには新型炉の建設に着手すべく、国家プロジェクトとして取り組みを進める必要がある。
(4) 電化率の向上
再生可能エネルギーと原子力がいずれも主に電気の形で利用されることを踏まえると、経済全体として電化率を向上させることは脱炭素化に向けた有効な施策といえる。同時に、一定の電力需要が見込まれることは、電力投資の誘因となり、電源の脱炭素化を含む電力システムの次世代化の原動力ともなる。
政府においては、データセンターをはじめとする大規模電力需要の維持・開拓・誘致を推進するとともに、給湯・空調等、家庭やオフィスビルの電化や、運輸部門における電動化を加速していくことが求められる。影響を受けるエネルギー事業者等に対する公正な移行のための施策も含め、支援策の実施や関連制度の整備を行っていく必要がある。
電化の推進は、自宅や職場、自家用車等、国民生活の身近にある設備等を置き換えていくことを意味する。行政や企業のみならず、国民一人ひとりが必要性を理解し、主体的に取り組んでいくことが重要である。
経済界としては、産業プロセスや海上・航空輸送等、現時点では技術的・経済的に難しい領域の電化の実現可能性を検討・検証し、経済合理性ある技術の実装へとつなげていく。
なお、社会の広範な領域にデジタル技術が導入されていくことも踏まえれば、今後、社会のライフラインとしての電力の役割は一層重いものとなる。政府には、高経年化設備の着実な更新等、必要な投資が円滑に行われる事業環境整備を図り、自治体・事業者等との連携のもと、電力インフラのレジリエンス向上に取り組むことも求められる。
(5) グリーン成長国家連合の形成
気候変動問題の最終的な解決に不可欠な地球規模でのカーボンニュートラルを実現するためには、産業構造やエネルギー構造が異なるさまざまな国・地域のすべてが脱炭素社会への移行の取り組みを進める必要がある。
政府は、わが国同様の稠密な都市・人口構造と旺盛なエネルギー需要を擁するアジア各国を中心に、ネット・ゼロエミッション技術とトランジション技術の積極的な導入を図ることによってグリーン成長の実現を目指す国家連合の形成を主導すべきである。さらに、そうした場を活用し、脱炭素化に資する幅広い技術や経済活動への資金動員を可能とする、実効ある「サステナブル・ファイナンス」#54のあり方(情報開示のあり方を含む)等について共通の考え方を取りまとめて国際社会に発信し、世界の脱炭素化をリードしていくことも期待される。これは、わが国が有するネット・ゼロエミッション技術とトランジション技術の海外展開に一層の弾みをつけることにもつながる。
経済界としても、技術リストの提供等、わが国のトランジション・ファイナンスに関する基本方針やロードマップの検討に積極的に貢献するとともに、グリーン成長を支えるサステナブル・ファイナンスのあり方等について、アジア・欧米等のさまざまな国・地域の経済団体と連携を模索し、脱炭素社会への移行に向けた幅広い技術・活動への資金動員がグローバルに実行されるよう、ともに取り組んでいく。
おわりに
この成長戦略の基本理念であるサステイナブルな資本主義の実現のカギは、DXによる課題の可視化とソリューションの創出、すなわちSociety 5.0の実現である。これを遂行する上で、規制制度改革、すなわち規制制度がイノベーションを阻害しないよう、技術の発達に合わせてアップデートすることと、行政改革、すなわち政府の縦割りを排した総合的見地に立った政策による後押しが不可欠である。
また、わが国経済社会がサステイナブルな成長を遂げるために、中長期的には財政の健全化、社会保障制度の持続性確保を図る必要があることは言うまでもない。政府はここに掲げた重要分野に投資を集中させるワイズスペンディングにより、経済の回復・成長を実現し、財政健全化につなげる道筋を描くべきである。
他方、マルチステークホルダーのひとつである投資家との建設的な対話を推進することを通じて、わが国企業の取り組みを展開・深化させることも求められる。わが国企業は、事業活動を通じた「価値」のマルチステークホルダーとの協創に向けたストーリー構築を含めて、引き続き積極的な情報開示を図るとともに、投資家側も投資姿勢を明確化し、Society 5.0 for SDGsの実現に貢献するESG投資へ深化させることが必要である。併せて、ESG投資における収益と社会課題の解決への評価方法の開発を進め、長期・超長期投資の意義を今まで以上に浸透させることも重要である。
サステイナブルな資本主義を確立するためには、以上に示した通り、Society 5.0 for SDGsの実現に向けて、企業、国民、政府をはじめとした多様な主体による協創が求められる。経済界は、この成長戦略に掲げたアクションを今すぐできることから着実に実行していくことをここに宣言する。
- Sustainable Development Goals。ミレニアム開発目標(MDGs)(2001年策定)の後継として、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2015年9月国連サミットにて採択)に記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成。
- Business Roundtable。米国の経済団体。
- World Economic Forum。1971年に設立されたスイスに本部を置く非営利団体。
- Digital Transformation。デジタル技術とデータの活用が進むことによって、社会・産業・生活のあり方が根本から革命的に変わること。また、その革新に向けて産業・組織・個人が大転換を図ること。提言「DX~価値の協創で未来をひらく~」(2020年5月)を参照。
- EUでは、2019年12月に欧州委員会が持続可能な未来に向けたEU経済の転換を謳う「欧州グリーンディール」を公表している。欧州グリーンディールは新型コロナウイルス感染症からの復興パッケージ(総額約1.9兆ユーロ)においても、デジタル化投資と並ぶ柱と位置づけられている(グリーン・リカバリー)。
- 企業の行動原則を定めた経団連「企業行動憲章」(2017年11月改定)において、「企業は、公正かつ自由な競争のもと、社会に有用な付加価値および雇用の創出と自律的で責任ある行動を通じて、持続可能な社会の実現を牽引する役割を担う」と宣言している。
- 狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、5番目の新たな社会。
- 経団連は Society 5.0 の実現を通じた SDGs の達成を「Society 5.0 for SDGs」と称してさまざまな活動を展開。
- 価格や機能性に加え、経験した感動や満足感、心理的に起こったことを総合して評価した価値。
- Free and Open Indio- Pacific Strategy。日本政府は、(1)法の支配、航行の自由、自由貿易等の普及・定着、(2)経済的繁栄の追求、(3)平和と安定の確保、を実現のための三本柱として掲げている。
- Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage。二酸化炭素回収・利用・貯留。
- インターオペラビリティ。複数のシステムを接続し、組み合わせて活用する際、全体として正しく動作すること。
- Artificial Intelligence。人工知能。
- AI-Ready化の詳細や進め方については、提言「AI活用戦略」(2019年2月)を参照。
- 経団連では、研究開発投資について、国家的課題解決等を目標とするものを「戦略的研究」、特定の課題や短期的な目標設定を行わず、破壊的イノベーションの創出が期待できるものを「創発的研究」と整理し、重点化を進めることを提言。
- Application Programming Interface。ここでは、マイナポータルに蓄積されたデータを、他の主体が持つシステムとの連携や活用ができる仕組み・インターフェイスを意味する。
- Personal Health Record。個人のライフコースデータを蓄積し、個人による閲覧や、医療機関との共有を可能とする仕組み。
- National Database。レセプト情報・特定健診等情報を含むデータベース。
- 科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、アート(Art)、数学(Mathematics)の5つの領域を対象とした教育。
- 社会課題等の答えのない問題に対して、生徒が主体的に、かつチームで協力して、情報収集や分析を行い、課題発見・解決能力を養う学習方法。
- Augmented Reality(拡張現実)、Virtual Reality(仮想現実)。
- 中小企業共通EDI(Electronic Data Interchange; 電子データ交換)、全銀EDIシステムの重点支援。
- Radio Frequency Identification。電子タグのデータを非接触で読み書きできるシステム。
- Low Power Wide Area。低消費電力で長距離の通信ができる無線通信技術。
- Internet of Things。センサーやカメラ等のデバイスにより、モノがネットワークにつながること。
- 「デジタルファースト(原則として、個々の手続き・サービスが一貫してデジタルで完結する)」、「ワンスオンリー(一度提出した情報は、二度提出することを不要とする)」、「コネクテッド・ワンストップ(民間サービスを含め、複数の手続き・サービスがどこからでも/一か所で実現する)」の三原則。
- 行政サービスについて、行政側から利用者の国民に情報提供すること。
- 従業員が社内で新たな業務に就けるようにするための再教育。
- 2019年10月現在、女性100に対して男性94.8。
- 地方においてテレワークなどで働きながら休暇を取得すること。
- Health、EducationとTechnologyを組み合わせた造語。デジタル技術を活用したヘルスケア、教育に関する技法。
- 少数の相手にごく短時間で新規ビジネスなどのアイデアを売り込むプレゼンテーション。
- 評価額10億ドル以上で非上場のスタートアップ。
- 工場内の機械や生産のすべての工程をインターネットで接続し管理することで、業務の効率・生産性・品質の向上を目指すこと。
- 食品の生産から加工、物流、最終消費や廃棄までを把握可能な状態。
- Mobility as a Service。あらゆる公共交通機関をITを用いてシームレスに結びつけ、人々が効率よく、かつ便利に使えるようにするシステム。
- 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のために開発された接触確認アプリ(COCOA)は、感染防止に十分な効果がある水準まで、ダウンロード率や陽性情報の登録が到達していない。
- Business Continuity Plan。大規模地震等の緊急事態が発生した際、損害を最小限に抑え、事業の継続や復旧を図るための計画。
- 目標を達成するための組織や社会の能力の構築・向上。
- 市場競争の結果、勝ち残った事実上の規格。
- Blue Dot Network。日米豪で取り組みを進めている質の高いインフラを認証する仕組み。
- Data Free Flow with Trust。信頼性のある自由なデータ流通。
- G7(Group of 7)/B7(Business 7)、G20(Group of 20)/B20(Business 20)、OECD(経済協力開発機構)/BIAC(OECD経済産業諮問委員会)、APEC(アジア太平洋経済協力)/ABAC(APECビジネス諮問委員会)、TICAD(アフリカ開発会議)/アフリカビジネス協議会等。
- 日米IED(Internet Economy Dialogue)、日EU業界対話(規制協力)、アジア・ビジネス・サミット、日中企業家及び元政府高官対話(日中CEO等サミット)、合同経済委員会、米国をはじめとするミッション派遣等。
- IEA「Global Energy Review 2020」(2020年4月)の予測。
- 「脱炭素社会」の実現に向けて企業や団体がチャレンジするイノベーションのアクションを、経団連が日本政府と連携し、力強くPR・後押ししていくプロジェクト。
- 温室効果ガス排出を実質ゼロにする技術。
- 温室効果ガス排出を実質ゼロにする技術ではないが、途上国をはじめとする世界全体での温室効果ガスの大幅削減に資するもので、脱炭素社会の実現に必要となる技術。CCUSと組み合わせることで実質排出ゼロに繋げることができる。
- 環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への配慮。
- 電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法。
- 2020年度の賦課金総額。再生可能エネルギー電気の買い取りに要する額(買取費用総額)は3.8兆円。
- 非化石電源由来の電気から環境価値を分離した「非化石証書」を売買する市場。2018年5月からFIT電源(固定価格買取制度の対象電源)について、2020年4月から全非化石電源について、取引を開始。
- Small Modular Reactor。小型モジュール炉。
- 資金動員を通じて持続可能な社会を形成することを志向するファイナンス。気候変動分野のサステナブル・ファイナンスに係る経団連の考え方について、詳細は提言「気候変動分野のサステナブル・ファイナンスに関する基本的考え方と今後のアクション」(2020年10月)を参照。