採用と大学教育の未来に関する産学協議会
新型コロナウイルス感染症の拡大を背景とした、政府からの休校要請、緊急事態宣言の発令により、小学校から大学まで、日本国内の学校教育機能の大部分が停滞した。このような状況を踏まえ、政府・与党において、9月入学に関する議論が進められている。
「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」は、Society 5.0時代のわが国を支える人材育成や採用のあるべき姿に関し、産学トップが胸襟を開いて議論するために設置された協議会である。9月入学への移行は、今後の大学教育や企業の採用、国際社会をリードできる人材育成に対しても影響を与えるテーマであることから、下記の通り、大学に関して、また大学への進学者を育てる初等・中等教育について我々の基本的な考え方を示すこととしたい。
(大学教育)
2011年に東京大学が秋入学への移行を提案した際、産業界は、これを高く評価・支持した。これは、学事暦における国際的な整合性を確保することで、日本の大学、学生、留学生について、グローバルな視点でレベルアップが図られることを期待したからである。今後も、秋入学への移行を含めた、大学のグローバル化に向けた議論が深まることを、我々は歓迎する。
大学のグローバル化は、入学時期の変更だけで実現するものではない。英語をはじめとする外国語教育、海外留学制度の拡充、外国人留学生の受入れ、海外からの優秀な教員の獲得、カリキュラム改革など、総合的な質の向上により可能となる。入学の時期変更だけが目的化することにより、真のグローバル化に向けた議論が混乱しかねないことを懸念する。特に、コロナウイルス禍による授業形態の変革などに鑑みれば、留学の形態や海外高等教育関連組織との連携の在り方にも変革が起こる可能性は高く、ポストコロナ時代の大学教育の在り方自体を議論することが求められている。
本来、大学経営は、各々の理念、目的、規模、学生の状況等により、自由な環境で、内外で切磋琢磨しながら行われるべきものである。入学時期だけでなく、卒業時期、在学年数なども、一律ではなく、多様な選択肢について考察を進めていくべきである。既に、一部の大学では、春入学・卒業に加え、秋入学・卒業を導入し、社会的にも受け入れられている。このような自主的な取り組みを後押しして、多様化を促進し、全体の改革の流れにつなげていくことが、現実的な解決策と考える。
また、企業の採用選考活動は、新卒一括採用に加えて、既に、多様化・複線化している。今回の新型コロナウイルス感染症拡大を受け、さらに通年採用やジョブ型採用などの対応が進むことが見込まれる。大学の自主的な秋卒業の動きに対しては、企業も、積極的に対応する。
他方、今回のコロナ禍により今後、反グローバル化の動きが世界で高まり、日本人大学生の間で海外留学の志望者が減少する恐れがあることを懸念している。今こそ、世界で活躍できるグローバル人材の育成に産学協議会として取り組んでいく。
(初等・中等教育)
まず、コロナウイルス禍によって、子供たちの教育を受ける権利が損なわれること、またICT環境など、家庭の状況や自治体・学校間の取組みの違いによって、子供たちが受けるべき教育内容に格差が生ずるようなことがあってはならない。
国民生活に「新しい生活様式」が求められるのと同様に、新型コロナウイルスのリスクを前提とした「新しい教育様式」を確立しなければならない。とりわけ、日本の教育機関のデジタル化を加速的に実装し、リモート授業が実施可能な環境を整備する必要がある。
緊急時でも対応可能なレジリエントな教育基盤を、ハード面とソフト面双方から整えると同時に、デジタル化や生徒ごとの個別最適化を通じて教育の質を飛躍的に向上させていくこと、また、本来、生徒と向かい合って行うべき事項に教師の役割を特化させていくことが重要である。
新型コロナウイルス感染症の影響による学習の遅れを取り戻すためには、まずは、学年を超えた教育カリキュラムの再編や、来年度の中学・高校・大学等の入試への特別な配慮の検討が必要である。
新型コロナウイルス感染症の影響によって生じた教育現場の課題は、9月入学への移行で、全て解決できるものではなく、また、初等中等教育開始年齢の遅れは国民全体の教育水準の低下につながるとの指摘もある。中長期、グローバルな視点、社会的な影響などを踏まえて、教育の質をさらに推進するための方策として、他の制度・慣習との関係を整理しつつ、慎重に検討すべきである。