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Policy(提言・報告書)  環境、エネルギー サステナブル・ファイナンスをめぐる動向に対する課題認識

2019年9月4日
一般社団法人 日本経済団体連合会
環境安全委員会地球環境部会
国際環境戦略ワーキング・グループ

昨今、EUを中心に、サステナブル・ファイナンスをめぐる国際的な議論が活発化している。サステナブル・ファイナンスは、特に気候変動分野における民間投資の拡大を目指すものである一方、恣意的な政策誘導によって、気候変動分野に留まらない広範な政策領域に多大な影響が及ぶリスクも孕んでいる。

また、金融と事業活動がグローバル化する中、特定の国・地域で講じられた施策の影響は、当該国・地域にとどまらず、グローバルに波及し得ることから、当該国・地域以外の政府・利害関係者の意見も幅広く聴取し、施策に反映していくことが求められる。

こうした基本認識のもと、日本の経済界は、現在のEUを中心とするサステナブル・ファイナンス、とりわけタクソノミーの議論について、特に以下の点を憂慮している。EUならびに日本を含む関係国の政府関係者には、世界の持続可能な発展に向けて、慎重な検討と適切な対応を期待する。

1.「サステナブル」の判断は環境側面だけではなく、総合評価に立脚すべき

気候変動対策は、17ある国連のSDGs(持続可能な開発目標)の一つであり、世界全体で取り組むべき重要な課題である。同時に、SDGsにおいては、「エネルギーアクセスの改善」や「経済成長の実現」といった、気候変動対策と相互密接に関連する他の複数の目標の同時達成も求められている。

今般公表されたEUタクソノミーに関する報告書は、気候変動の「緩和」の側面に主に着目しつつも、資源循環や生態系といった他の環境分野に悪影響を及ぼさないこと(do no significant harm)を、当該経済活動・技術・製品が「サステナブル」と分類されるための必要条件としている。

しかしながら、環境側面だけに着目し、特定の経済活動・技術・製品を一律に「サステナブル」かどうか判断することは、より広範なSDGsの実現の観点から適切ではない。「サステナブル」かどうかの判断は、環境側面に加え、エネルギーのS+3E(安全性+安定供給、経済性、環境性)のバランスの確保や、当該技術・製品の導入可能性・普及ポテンシャルといった、多面的要素を考慮した総合評価に立脚すべきである。特に「サステナブル」を構成する目的の間でトレードオフがあるときには、どれかの目的に偏らず、複数目的のバランスを確保すべきである。

2.民主導の非連続なイノベーションを阻害してはならない

日本の長期戦略にも掲げられている通り、地球規模・長期の気候変動対策の鍵を握るのは、民主導の非連続なイノベーションである。

非連続なイノベーションの芽は予見不可能である。とりわけ、エネルギーのS+3Eのバランスの確保は、活力ある経済社会を実現する上で必須であり、現段階から将来のあらゆる選択肢を残しておくことが不可欠である。化石燃料の利用に象徴される、特定の経済活動・技術・製品の利用を恣意的に排除するような議論は、金融機関・投資家による「貸しはがし・貸し渋り」やダイベストメントを惹起し、企業による研究開発投資や設備投資を停滞させ、イノベーションを阻害するおそれがあることから、適切ではない。

現在議論されているEUタクソノミーは、あくまで「気候変動の緩和に貢献する」経済活動・技術・製品について一定の基準・閾値を満たすものだけを「サステナブル」として分類する「グリーンリスト」と位置付けているが、「グリーンリスト」を予め固定化すると、既存の様々な技術や設備のエネルギー効率改善・低炭素化に向けた投資が阻害され、事前にリスト化できない非連続なイノベーションの芽までが摘まれることになりかねない#1。先に述べたとおり、経済活動・技術・製品が「サステナブル」か否かは、より広範なSDGs実現の観点から判断されるべきであり、サステナブル・ファイナンスはSDGs実現に向けて「現状を改善できるあらゆる投資機会」に資金を動員するものであるべきである。

さらに、今後、EUタクソノミーで志向する狭い定義の「グリーンリスト」が、特定の経済活動・技術・製品に対してレピュテーション・リスクを負わせる「ブラウンリスト」の議論に発展すれば、企業や金融機関の投資意欲が削がれ、イノベーションを通じた「環境と成長の好循環」が損なわれかねない。日本の経済界は、そうした議論には明確に反対する。

タクソノミーは、特定の経済活動・技術・製品を予め固定化するものではなく、現時点における「例示」に留まると位置づけつつ、例示する活動・技術・製品については、絶対的な基準・閾値による狭い範囲の線引きではなく、当該技術や製品の相対的なエネルギー効率の改善度合いや、地域・セクターの個別事情に基づいた実質的な気候変動対策の効果なども評価の対象とすることで、幅広い技術や設備への投資やイノベーションの意欲を引き出すものとすることが望ましい。そもそも、パリ協定のゴール実現に向けて評価されるべきは、ある時点のレベルよりも、ゴールに向けた改善の進捗レベルであることに留意すべきである。

加えて、現行のEUタクソノミー案では、セクター毎に個別技術の効率の多寡のみに着目して線引きを行っているが、温室効果ガスの排出といった環境負荷は、個々のセクターで閉じるものではなく、製造、流通、使用、廃棄、リサイクルといったバリューチェーン全体での評価が重要である。例えば、製造時の環境負荷が多少高くても、製品使用時の環境負荷がそれ以上に低減されるような製品はサステナブルであり、逆に製品使用時の環境負荷が低くても、製造時や廃棄に伴う環境負荷がそれ以上に大きい製品はサステナブルとは言えないことから、個別技術のタクソノミーについて判断するには、その技術を使う製品のライフサイクルやバリューチェーン全体を見通した総合的な環境評価を行うことが必要である。

3.タクソノミーの拙速な国際標準化や国際金融規制への活用に反対

タクソノミーの基本的な概念は世界共通化し得るかもしれないが、適格か否かの具体的な判断基準は、各国がそれぞれの国情に応じて、柔軟に定めるべきものである。

現在、国際標準化機構(ISO)などにおいて、EUタクソノミーの国際標準化に向けた議論の進展がみられるが、各国の発展段階や地理的条件、エネルギー事情等が大きく異なる中、EU域外の国々の考え方が十分反映されていない現行のタクソノミーを国際標準化し、世界各国に画一的に適用することは、途上国を含む世界の持続的発展を妨げるおそれがあることから、強く反対する。

また、銀行の自己資本比率に関する基準を定める国際的なバーゼル規制や各国・地域の規制において、保有資産額のリスクウェイトの算定に、EUタクソノミーを活用すべきとの議論(例えば、グリーンな資産へのリスクウェイトを下げ、ブラウンな資産へのリスクウェイトを上げるといった議論)もみられるが、これも同様の理由により適切でない。そもそも気候変動は、数多ある金融リスクの一つであり、他の金融リスクと比較した際のプライオリティや定量的影響は現時点で自明でない。また、気候変動対策によって生じる、いわゆる「移行リスク」は、各国・地域の政策の強度や導入スピードによって多様なものとなるため、世界一律となる保証もない。こうした中、EUタクソノミーを銀行等への金融規制に活用することは、銀行経営への過度な負担を招くのみならず、金融機関のシステミック・リスクをかえって増幅させ、国際金融市場の不安定化を招くことが懸念される。

以上

  1. IEAのWorld Energy Outlook 2018の「2℃シナリオ」(Sustainable Development Scenario)では、2018年から40年までの世界累計で16兆ドルもの省エネ投資が必要と試算されており、これは限定された特定の「グリーンな」技術にこだわることなく、現状よりエネルギー効率を改善するあらゆる技術や設備への投資を総動員することで、初めて達成できる規模の投資が想定されている。

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