一般社団法人 日本経済団体連合会
Ⅰ.基本的な認識
企業のバリューチェーンがグローバルに広がる中、事業活動のコストアップ要因として、各国の国内規制の相違が占める比重が増加している。環境、安全、健康、個人情報の保護等のための国内規制の目的を損なうことなく、それらの実効性を確保し、貿易投資に及ぼすマイナスの影響を最小限に止めるには、規制・制度の整合性・透明性の確保や規格・基準の調和・相互承認等の規制面における国際的な協力(以下、規制協力)を推進することが極めて重要である。
そこで、経団連では、わが国と基本的価値観を共有し、規制の策定・伝播に強い影響力を有するEUをパートナーとして規制協力を推進すべく、本年3月、「日EU規制協力に関する提言-経済連携協定(EPA) 締結後の将来を見据えて」#1を取りまとめ公表した。
Ⅱ.前回提言後の状況
(1) 提言後、半年余りを経て、上記の問題意識は日EUの官民において広く共有されるようになっている。
欧州における経団連のカウンターパートであるビジネスヨーロッパは、本年4月、第4回日EU業界対話会合後の経団連との共同リリースにおいて、「(日EU)EPA締結後の将来を見据えて、不要な規制の乖離を防ぐべく、日EU間の規制協力を強化することをEPAにおいて明確にすべきである」と主張している#2。また、日・EUビジネス・ラウンドテーブル(BRT)は、同じく4月、「日・EU FTA/EPAは、TPPやTTIPと共に、国際貿易のルール作り、規制協力、規格の整合化を促進するための指導的役割を果たすことが可能であり、(中略)BRTは、日・EUサミットのリーダーに対し、FTA/EPAが経済界の分野特有の問題に取り組む規制協力を可能にする、盤石かつ包括的な枠組みとなるよう万全を期すことを求める」と提言している#3。さらに、6月には、在欧日系企業によって構成されるJBCE(Japan Business Council in Europe)が設立15周年にあたって規制協力のあり方に関するセミナーを開催、日EU官民双方の関係者による意見交換を行っている#4。
政府レベルにおいても、まず、経団連提言の公表と同日、日EU産業政策対話の一つの成果として「日EU規制協力に関する共同文書」が取りまとめられた#5。また、5月に行われた日EU定期首脳協議においては、「この(規制)協力がEPA/FTA交渉を通じても扱われることに留意しつつ、日EU間の規制協力における更なる進展に対する大きな期待」が表明された#6。さらに、同定期首脳協議にも出席したマルムストローム欧州委員会貿易担当委員は、経団連との会合において、日EU EPAの内容に関して「恐らくこれ(規制協力)が最も重要なこと」と前置きした上で、「規制協力は、通商政策の未来を示すものである。国際基準に基づいて不必要で細かい規制の差異をなくすことでコストを削減し、成長を促す必要がある。経団連が3月に公表した提言において、こうした目的を強力に支持していることを歓迎する。提言が指摘するとおり、ギアチェンジが必要であり、EPA交渉はそのための絶好の機会である。既存の障壁に取り組むとともに、将来生じる障壁にも対応できるような仕組みを確立すべきである。よい協定を締結できれば、規制の相違を減らすだけでなく、国際基準の策定にも役立ち、開かれたグローバル市場の形成に貢献することができる」と強調した#7。このような問題意識は、10月に公表された欧州委員会の貿易投資戦略にも反映されており、米国や日本とのFTA交渉において、規制協力を高い優先順位で取りあげる姿勢を示している#8。
(2) 3月にも提言したとおり、規制協力の継続的な推進にはEPAという確たる制度的基盤が不可欠である。さる5月の定期協議における日EU首脳間の合意#9に基づき、日EU EPA交渉が佳境を迎えている今、以下、改めて規制協力について提言する。
世界経済において、新興国の占める比重がますます高まっていくと想定される中、EUとの協力の成果を基に米国を含めた先進国間の規制協力を推進し、アジアをはじめとする第三国市場へ横展開を図ることが重要である。難しい交渉をまとめあげるためには、日EUがそのような中長期的な利益をEPAに見出し、協力していく未来志向の姿勢こそが求められている。
なお、さる10月5日に大筋合意をみた環太平洋パートナーシップ(TPP)協定においては、各国の規制措置間の整合性確保について規定されているところである#10。
Ⅲ.分野横断的な規制協力
日EU EPAにおいて、以下のような分野横断的な規制協力について規定すべきである#11。
1.規制・制度の整合性・透明性の確保
- (1) 日EUは、規制の策定にあたり、他方の規制手法、関連する国際基準ならびに対外的な影響等を考慮する。
- (2) 日EUは、新たな規制を導入する場合あるいは既存の規制を改変する場合、他方に対してそれを科学的・技術的データとともに通報・協議し、早期に意見照会を実施する。
2.規格・基準の調和・相互承認等
- (1) 日EU間で規格・基準の調和ならびに相互承認を推進する。即ち、日EUで規格・基準を統一する、あるいは相互の規格・基準を調和させる。適切な国際規格・基準が存在する場合、それを軸に調和を推進する。
- (2) 日EU間で統一・調和された規格・基準がない場合でも、ある産品が一方において適法に生産され、取引されている限り、他方においても輸入・流通を認められるべきとの考え方に基づき、相互承認を推進する。機能的同等性(規格・基準が異なっても同じ目的を達成できること)があると評価できる場合には、相手の規格・基準を自国のそれと同等であると看做し、相互承認を実施する。
- (3) 規格・基準の調和、相互承認によらない場合であっても、少なくとも事前の十分早い段階での通報、規格・基準等の公表等によって情報を共有、透明性を確保する。
3.継続的な規制協力のための仕組み
- (1) 日EU双方の規制当局や産業当局を含む規制協力推進のための仕組みを規定し、規制協力に関する約束の実行監視機能および約束の改訂に関する事項を含む提言機能を付与する。
- (2) 上記の仕組みが政治のリーダーシップの下で所定の機能を十分に果たすよう、日EU双方の閣僚が関与する。
- (3) 規格・基準のベースとなる技術の動向を知るのは企業であることから、上記の機能を遂行するにあたって企業の声が十分反映されるよう措置する。
Ⅳ. 個別分野の規制協力
(1) 経団連が促進してきた日EU業界対話の進捗等に基づき、主要業界における規制協力の優先事項を別紙に示す#12。これらのうち、EPA交渉において可能なものは合意し、協定に盛り込むべきである。
(2) 3月に提言した業界共通の規制協力事項(個人情報の保護、欧州特許制度の統一、模倣品等の取締り、EUの紛争鉱物規則への対応)のうち、特に個人情報については、(1)日本において、先の通常国会で改正個人情報保護法が成立し、個人情報保護行政の一元化を担う第三者機関が設置されるとともに、グローバル化に対応するための規定が整備されるなど、個人情報の保護に関する規律が格段に強化されたこと、(2)事業の実施のために行われる場合には、情報(個人情報を含む。)の電子的手段による国境を越える移転を許可することが規定されているTPP協定#13について、先般、大筋合意をみたこと、を踏まえ、日EU EPAにおいて、適切な保護を前提に自由な越境データ移転を認めるべきである。なお、EUにおいては、デジタル単一市場戦略の一環として、従来の個人データ保護指令に代わる保護規則案の2015年中の採択に向けて検討が進められているが、新たな規則の下においても日EU間でクロスボーダー・データ・フローを確立するための所要の規定を置くべきである。
併せてOECDの「プライバシー保護の個人データの国際流通についてのガイドライン」(1980年策定、2013年改訂)に盛り込まれた施策を軸に第三国を含めた国際的なルール作りを日EUで協力して推進すべきである。
(3) 現在、先進諸国においては、デジタル技術を背景に生産工程や消費者に係る各種データの取得・活用による付加価値の創造を目指す取組みが活発になっている。企業活動のボーダレス化が進む中、これらの取組みが期待される成果を上げるためには、標準化、情報セキュリティ等と並んで各種の規制・制度のグローバルな規模での整合性の確保が必要であり、こうした面でも日EU間の協力を進めていく必要がある。
- http://www.keidanren.or.jp/policy/2015/024.html
- 「経団連・ビジネスヨーロッパ共同リリース 日EU 経済連携協定:第4回日EU業界対話会合をブリュッセルにおいて開催」(2015年4月23日)
http://www.keidanren.or.jp/policy/2015/041.html - 「日・EU ビジネス・ラウンドテーブル総括提言書-新たな産業パートナーシップへの道を開く」(2015年4月27~28日)
http://www.eu-japan-brt.eu/ja/joint-recommendations-authorities - http://www.jbce.org/board-of-the-directors-general-assembly/jbce-celebrates-fifteen-years/
席上、カレハ欧州委員会成長総局長(当時)は、規制協力の成功のポイントとして、(1)規制協力が協働のための産業政策であることを理解すること、(2)産業界が実際に直面している問題を取りあげること、(3)規制当局が自らの問題として主体的に取り組むこと、(4)規制協力は情報交換、対話、信頼醸成の終わりのないプロセスであることを受入れること、(5)各国の規制権限は独立しており、一方的に主権を放棄することはないことを了解した上で取り組むこと、の5点を指摘 - http://www.meti.go.jp/press/2014/03/20150317005/20150317005.pdf
- 第23回 日EU 定期首脳協議(2015年5月29日、東京)共同プレス声明(仮訳)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000082847.pdf - 週刊経団連タイムス(2015年6月11日 No.3227)
http://www.keidanren.or.jp/journal/times/2015/0611_04.html
講演全文はhttp://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2015/may/tradoc_153488.pdf - "Trade for all - Towards a more responsible trade and investment policy"
http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2015/october/tradoc_153846.pdf - 「我々は、我々の交渉官に、望むらくは2015年末までに、すべての主要課題を含む合意に達することを目指し、未解決の懸隔点を解決するための権限を付託した。」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000082847.pdf (共同プレス声明パラグラフ3) - 「第25章 規制の整合性章」において、「各締約国は自国の対象規制措置の範囲を決定すること、対象規制措置の案に関する機関相互間の効果的な調整及び見直しを円滑にする手続又は仕組みを有するよう努めることを規定する他、規制の影響評価、締約国間の協力等について規定している。なお、いずれの締約国も、本章の規定の下で生ずる事項については、第28章(紛争解決)の規定による紛争解決を求めてはならないことを規定」
〔内閣官房TPP政府対策本部「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要」(2015年11月5日)〕
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf
なお、環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)交渉では、規制協力を、市場アクセス、ルールと並ぶ三本柱の一つに位置づけ。 - TPP協定の規制の整合性に関する章の主要条文は、(1)対象規制措置の範囲、(2)調整及び見直しの手続又は仕組み、(3)規制に関する中核的な良い慣行の実施、(4)規制の整合性に関する小委員会、(5)協力、(6)利害関係者の関与、(7)実施の通報、(8)紛争解決の不適用
〔内閣官房TPP政府対策本部「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要」(2015年11月5日〕
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf - TPP協定は、「第8章 貿易の技術的障害(TBT)章」において、(1)ワイン及び蒸留酒、(2)情報通信技術産品、(3)医薬品、(4)化粧品、(5)医療機器、(6)あらかじめ包装された食品及び食品添加物の専有されている製法、(7)有機産品、に関するルールを定める附属書を設けているところ
〔内閣官房TPP政府対策本部「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要」(2015年11月5日)〕
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf - TPP協定「第14章 電子商取引章」において規定
〔内閣官房TPP政府対策本部「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要」(2015年11月5日)〕
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf
(別紙) 主要業界における日EU規制協力の方向性と優先事項
業界 | 規制協力の方向性(2015年3月提言) | 規制協力の優先事項 |
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自動車 |
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化学 |
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ICT |
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医療機器 |
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医薬品 |
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繊維 |
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その他 (鉄道) |
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