OECD租税委員会御中
税制委員会企画部会
BEPS行動8(評価困難な無形資産)に係わる公開討議草案に対する意見
OECDが2015年6月4日に公表した公開討議草案「BEPS行動8:評価困難な無形資産」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。
開発途上の無形資産(無形資産に係る権利を含む)を恣意的に低価格で軽課税法域に移転し、その後、当該無形資産に起因する所得をその法域に所在する子会社に不当に集中する手法がBEPSの一因として指摘されている。各国がこうした濫用的な取極めに対処するための措置を検討する必要性については理解できる。
しかし、今回の提案は、それなりの工夫は見られるものの、事後の結果から事前の取引価格を引き直すという意味で、後知恵による課税と云わざるを得ず、対策として適切か疑問である。無形資産の関連する国外関連取引を行う場合、企業としてはその価値測定が困難であるだけに、恣意性を排除すべく、可能な限り多角的な手法による評価を試みている。契約や経営判断、その裏づけとなる納税者による評価は極力尊重されるべきであるにも関わらず、それが事後の結果により覆されるならば、課税関係は不安定となり、文書化や立証責任に関連する事務負担も増加する。
そもそも、独立企業間であれば必ず価格調整条項を契約に織り込むか、或いは契約の再交渉を行うかについては議論の余地がある。無形資産が期待した収益を生み出さない場合もある。また、今回の提案は、適用基準が明確・客観的ではなく、当局による拡大解釈の恐れがある。BEPSプロジェクトの各行動計画においてすでに様々な課税強化策が打ち出される中で、このような極めて強力な課税ツールが追加的に採用されることの是非、タイミングの適切さも問われよう。
このように、今回の提案は踏み込みすぎの印象を受けざるを得ない。今後、移転価格ガイドライン第6章の最終化に際しては、少なくともこうした手法の対象のさらなる絞込みが不可欠であり、最低限、以下の項目を検討すべきである。
(1) 評価困難な無形資産(HTVI)の範囲及び特徴
パラ9及び10でHTVIの範囲及び特徴が記載されているが、定性的な説明に留まっているため、想定される事例を複数盛り込むべきである。例えばパラ9では「信頼できるコンパラの不在」、「信頼できる予測の欠如」、「高度に不確かな想定」との記述があり、パラ10では「単独ではHTVIでないが他のHTVIの開発・改善と関連のある無形資産」、「移転時においてその利用が新規(novel)であることが予期される無形資産」との説明があるが、いずれも幅のある概念であり、実態として多くの無形資産がHTVIの対象となることを強く懸念する。
(2) 相当の相違(significant difference)
パラ13における事前の予測と実際の結果の「相当の相違」の意義については、明確に定義付けられるべきである。各国の抱えるBEPSリスクは異なり、業種や取引の類型も多様であるため、統一基準の設定は困難と考えられるが、課税当局による主観的・恣意的な執行を排除するためには、少なくとも乖離率、金額等の数値基準を用いる必要があるのではないか。
(3) 適用除外(exemption)
パラ14では適用除外要件として「事前の予測の全詳細を提供すること」、「相当の相違が予見不可能又は異常な新事態又は事象によるものであることについて納得できる証拠を提供すること」の2つが掲げられているが、まず、前者については「全」との文言を削除すべきである。「全詳細」との記述のままでは、課税当局により、個別事案における課税撤回と引き換えに、本来課税とは関係のないソース・コードのような企業秘密の開示を求めるといった逸脱した行為が行われる恐れがある。
また、後者は納税者に過度な負担を強いるものであるため、削除するか、当局による立証(反証)事項とすべきである。企業が多面的なアプローチにより取引の評価を行い、その結果を税務当局に提供しているのであれば、企業の義務は果たしていると考えられ、それ以上の立証責任を求めるのは過剰である。「納得できる」との文言も、どのような場合であれば納得できるのが不明である(同様に、パラ12においても「課税当局が、…情報が信頼できるものと確認できる場合は」との文言があるが、どのような場合に「確認」できるのか不明である)。
その上で、次に掲げる事項を適用除外要件として追加的に検討すべきである。
軽課税法域への移転に対象を限定すること
今回の提案がBEPSプロジェクトの一環であることを踏まえれば、適用対象を軽課税法域へのHTVIの移転に限定すべきである。事実、問題となる事例の大半はそのような移転であると考えられる。他方、移転価格ガイドラインの改訂である以上、特定の法域を対象とすることが難しいのであれば、実質的に軽課税法域への移転を対象とするよう要件を設定することで、制度の範囲を適切に狭めることができるかもしれない。具体的には、例えば、適用対象をHTVIの存在と事後の所得との関係が明確な取引に限定するということが考えられる。軽課税法域、とりわけタックス・ヘイブンにHTVIを移転した場合には、HTVI以外の要因による所得への貢献度合いは相対的に低く、HTVIと所得の相関関係は比較的明瞭と考えられる。一方、先進工業国等、それ以外の法域への移転の場合は、HTVIの新しい所有者による価値の付加その他の要因のため、所得はHTVIだけでは説明しきれないと考える。
一定期間経過後の取引は対象外とすること
企業を取り巻く環境は日々刻々と変化する。こうした中で、当初の予測とは異なる事態が生じるのはむしろ当然のことである。納税者の課税関係が長期間にわたり不安定となることを避けるためにも、一定期間経過後の取引については適用対象外とすべきである。企業による事後調整の考慮、資本関係に注目したアプローチ
今回の提案は、取引後に、企業が残余利益分析その他の方法により、自発的に関連者間の利益を調整している場合には当然、適用されないと考えられるが、明確な説明が見当たらない。企業による自発的な調整があるにも関わらず、これに加えて当局が事後の結果により調整を加えるのは過剰であり、この点については適用除外要件に加えるか、あるいは別の方法により明記すべきと考える。また、取引に恣意性が介在する余地の潜在的な大きさに応じて適用の濃淡をつけること、例えば100%の直接支配関係にある親子会社間による取引に限定するといった手法も考えられる。
(4) 紛争の解決、及び事例の蓄積
本提案が仮に採用されるならば、OECDガイドライン第6章に規定される以上、発生した二重課税は、(ALPに整合的な措置か否かについては争いがあるものの)ALPの適用に関する問題として、OECDモデル租税条約第9条(特殊関連企業)、25条(相互協議)の規定に則り、確実に解決されるべきである。
また、執行の恣意性を排除する観点から、課税事案を積み上げ、各国でその情報を共有し、適用基準を洗練させていくことが不可欠である。