OECD租税委員会御中
税制委員会企画部会
BEPS行動2(ハイブリッドミスマッチ取決めの効果の無効化)に係わる
公開討議草案に対する意見
OECDが本年3月19日に公表した「公開討議草案 BEPS行動2:ハイブリッドミスマッチ取決めの効果の無効化」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。
金融商品や事業体に係わる課税上の取り扱いが各国で異なることを利用した濫用的な取決めは、BEPSが国際的な社会問題となった契機の1つであり、このような濫用的ハイブリッド取決めを無効化することは、各国における税源浸食の防止、企業間の平等な競争条件の確保の観点から極めて重要である。経団連としては、BEPS行動2の具体化に向けたOECDの取り組みを支持する。
ただし具体化の際は、これまで他の行動計画に係わる公開討議草案に対して指摘してきたのと同様、新たな租税回避防止策が通常の事業活動を阻害しないよう、また、企業並びに課税当局の事務負担が過大とならないよう、十分な配慮が必要である。
今回の公開討議草案の内容は、その意味で、すでに公表された他の行動計画に係わる具体化策についても指摘できるように、手段と目的の関係が適切なものとなっているか、さらなる検証を要するものと考える。
公開討議草案は、ハイブリッドミスマッチ取決めを無効化する方策として、他国における課税上の取り扱いを踏まえ自国における課税上の取り扱いを定めるリンキング・ルール(無効化ルール)を提案している。
これは、各国の税法が個別の金融商品や事業体について異なる課税上の取り扱いを行っていることそのものの是非を問うものではなく、現行制度の結果生じたミスマッチの除去を目的とするものであり、順序にしたがって、機械的かつ包括的に適用される。
そしてここでは、税源浸食がどの国で、どの程度起きたのか、また、どのように税収を回復するのか、ということは問題とされない。ミスマッチを除去することにより、納税者による租税回避の意図を削ぐことが主たる目的とされている。
このアプローチは、理論的には確かにクリアーであるが、一部の企業による租税回避行為を防止する手段としては、やはり過剰であるといわざるを得ない。特に、法人所得課税について申告納税方式をとる多くの国においては、納税者自らが個別の取決めについて他国における課税上の取り扱いを確認することになると考えられるが、その事務負担・コストは膨大なものとなる恐れがある。
また、ハイブリッド支払の無効化ルールにおいては、取り残された損失(Stranded loss)を防ぐためにはハイブリッド支払に係わる控除が他者の所得との間で相殺されることのないことを課税当局が納得するよう立証する必要があるが(51頁)、こうした要件も納税者の事務負担の増加を招く。
さらに、そもそもこれら無効化ルールを国内法に導入すべきか否か、また、導入するとした場合にその内容を具体的にどのように規定するかについては、各国の判断に委ねられている。各国の協調が不調に終われば、制度の重複適用などにより、かえって二重課税が生じる恐れがある。国際課税に係わるOECDの役割は本来、二重課税の排除であるところ、二重非課税の防止に注力するあまり、結果として二重課税が増大することのないよう留意する必要がある。
公開討議草案は、無効化ルールの設計原則として「ルールの調整により二重課税を回避する」、「納税者にとって実行可能で、コンプライアンス・コストを最小化する」等を掲げているが(パラ27)、現段階では提案の内容がこれらの原則を満たせているかどうか疑問がある。BEPS行動2に係わる最終報告書においては、濫用的な取決めを対象とした、より焦点を絞った対策を打ち出すべきであり、仮にリンキング・ルールを導入する場合には、少なくとも以下の条件を満たす必要があると考える。
ボトムアップ・アプローチを採用すること
ハイブリッドミスマッチの類型のうち、ハイブリッド金融商品については、まず、損金算入可能な支払につき受領者側で配当免税となっている場合には、配当免税を否認することが提案されている。
その上で、配当免税に該当しない他の金融商品については、ボトムアップ・アプローチ又はトップダウン・アプローチのいずれかの方法により、何がハイブリッド金融商品に該当するかについて、国内法で規定することが提案されている(パラ116~)。
この点について、我々としては、濫用的な取決めを防止するというルールの本来の趣旨に鑑み、また、納税者の事務負担を最小化する観点から、当然、ボトムアップ・アプローチを採用すべきと考える。
一定のカーブ・アウトを認めるとしても、意図せざるハイブリッドを含め、すべてのハイブリッド金融商品に投網をかけるトップダウン・アプローチは受け入れがたい。ボトムアップ・アプローチは対策として包括的ではないとの指摘があり得るが、その弊害以上に、トップダウン・アプローチはコンプライアンス・コストが高すぎると考える。
なお、配当免税の否認については、支払側で損金算入が可能だったとしても、全額が損金算入になるとは限らない場合もあり、その場合における配当免税の否認をどの程度、精緻に行うか、また、配当免税が否認された場合の二重課税の排除をどのように行うのかについて、技術的に詰めるべき課題が多いということを指摘したい。他の金融商品についても同様である。
関連者の定義を現実的なものとすること
公開討議草案では、ボトムアップ・アプローチにせよ、トップダウン・アプローチにせよ、関連者間の取決め、仕組まれた取決めに対しては無効化ルールを適用すべきとしているが(パラ121)、関連者の定義として提案されている「10%支配関係」は過度に厳格である。
そもそも、このような低い持分割合においてBEPSのリスクがどの程度、生じるのかについては検証が必要である。重要なことは、BEPSを生じさせる濫用的な取決めを特定し、その防止に焦点を当てることである。
10%の根拠として、公開討議草案では「法人、ファンド、その他の事業体又は取決めは、その投資家との間で取決めを行う際、相手方が非ポートフォリオ投資家(10%以上の支配関係)である場合には、一般的にその投資家の立場を考慮に入れることが期待される」、「同様に、非ポートフォリオ投資家も、一般的に、ハイブリッドミスマッチルールを遵守するのに必要な情報を得るため、発行側に対する経済的な利害関係を十分に有するべきである」とされているが(パラ127)、10%に過ぎない支配関係の中で納税者が相手国における課税上の取り扱いを確認することは容易ではない。
仮に完全子会社のように支配関係が強固であれば、現地税法に精通した出資先ファイナンス部門とのコミュニケーションを取ることも可能かもしれないが、そうでない場合、相手国における課税上の取扱いを確認する際に、現地税制に精通する人材が手当できず、確認作業に相応の時間・コストを要する恐れがある。また、そもそも、相手国企業又はアドバイザーの見解とその国の税務当局の見解が異なる可能性もある。
さらに、各国政府は関連者の定義を国内法で規定する際、必然的に既存の税制措置(配当免税、移転価格税制、CFC税制等)との整合性を考慮に入れることになろうが、10%という数値が各国にとって適当であるか否かについても、議論の余地があると考える。無効化ルールの設計原則の1つに「既存の国内法との断絶を最小化する」とある通り、支配関係のあり方については、各国の事情を踏まえた、慎重な議論が必要である。
我々としては、現実的には、支配関係の定義は、連結子会社とすることが妥当と考える。
なお、公開討議草案では、ハイブリッドミスマッチの類型ごとに、異なる対象範囲を提案しているが、制度の複雑化は回避すべきである。無効化ルールは、ハイブリッド金融商品のみならず、すべての類型において、仕組まれた取引を除き、関連者間の取引のみに適用すべきである。
この限りにおいて、上場・公募商品等、広く保有される商品(Widely-held instruments)、取引される商品(Traded instruments)には、ルールを適用すべきでない。投資家による金融商品への投資を萎縮させるようなルールの適用は回避する必要がある。
また、相手国における課税状況の取り扱いの確認をすべて納税者に負わせるのではなく、政府側も、事前確認、ルーリングに係わる規定を整備すべきではないか。また、OECDにも各国における無効化ルールの導入状況を公表するなどの取り組みが求められる。
仕組まれた取引については、納税者の予見可能性を確保する観点から、パラ131で示唆されている通り、適用要件を明確に規定することが不可欠である。
規制業種については柔軟な対応を行うこと
金融業においては、規制上の理由により、形式的にはハイブリッド商品に該当する恐れのある証券を発行している場合があり、一律の規制は金融業の健全な発展を損なう恐れがある。
例えば、銀行は、バーゼル規制への適合を図るための資金調達スキームにおいて、銀行単体にとっては劣後債である一方、最終投資家段階では優先株式の性質を持つ証券を発行するケースがある。このような証券はハイブリッド商品に該当しうるが、規制上の要求を満たす目的の資本調達スキームに無効化ルールを適用するのは合理的ではない。このような規制上の理由を伴う証券については、ルールから除外する等、柔軟な対応を行う必要がある。
なお、他の一般事業会社においても今後、制度変更への対応等の理由により、同様の問題が生じ得ることにも留意が必要である。
他の行動計画との整合性を確保すること
BEPS行動2では、「この作業は、利子損金算入制限、CFC税制、条約漁りに関する作業と調整される」とされている。このうち条約漁りについては、行動6公開討議草案で二重居住者の居住地判定に係わるタイ・ブレーカー・ルールが提案され(モデル条約4条3項改正)、また、今回の討議草案でも、OECDモデル条約第1条2項の新設により、課税上認識されない事業体が不適切な条約特典の取得に利用されないことを確保することが提案されている。一方、CFC税制、利子損金算入制限については、行動3、4の期限が来年とされていることもあり、現段階では具体的な提案の内容が明らかになっていない。
ハイブリッドミスマッチは、主に損金算入かつ益金不算入の状況を問題視しているところ、支払側の問題については行動4、受取側の問題については行動3と密接な関係がある。BEPS行動計画においても、行動2、3、4は「法人所得課税に係わる国際的一貫性を確立する」と題するカテゴリーに分類されている。行動2の評価や、国内法への具体的な適用の検討は、これら行動計画の具体策がすべて出揃ったタイミングで行うのが適当である。また、二重課税排除の観点からは、行動14(紛争解決メカニズムの効率化)との連携も不可欠である。各国は、行動2の内容のみを拙速に実施すべきではない。
輸入されたミスマッチについて再考すること
ある者が、ハイブリッド金融商品・事業体といった取決めに関与していないにも係わらず、他国が無効化ルールを適用していないという理由により、その支払につき損金算入が否認されるというルールは納得性がなく、また、執行の安定性に欠ける。輸入されたミスマッチ(パラ206~)については、仕組まれた取決めである場合に限り、適用することが妥当であると考える。