OECD租税委員会御中
税制委員会企画部会
「移転価格文書化と国別報告に係るディスカッション・ドラフト」に対する意見
OECDが本年1月30日に公表した「移転価格文書化と国別報告に係るディスカッション・ドラフト」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。
1.はじめに
まず、BEPSに関する日本の経済界の基本的な考え方を述べる。
OECDが指摘する通り、グローバル化やデジタル化が進展する中で、現行の国際課税制度が経済実態に追いついていない面があるのは事実であり、その意味では、モデル租税条約や移転価格ガイドラインの改定、各国国内法制の整備を図ることは基本的に意義のあることである。我々としても、OECD非加盟国も含めた、共通の枠組み作りが進展することに期待している。
特に、電子商取引に係る課税の在り方(BEPS 行動計画 Action 1)、移転価格税制における無形資産の取扱い(Action 8)については、BEPSの有無に係らず、ルールの早期明確化が期待されるところである。また、企業が国際的な二重課税に直面する中で、紛争解決メカニズムの効率化(Action 14)も重要なテーマである。多国間協定の開発(Action 15)も、それが紛争の早期解決に資するならば支持するものである。経団連としてはBIACや諸外国の経済団体等とも連携しつつ、これらのルール策定に今後も積極的かつ建設的に関与していく。
一方、BEPS行動計画の中には、その目的と手段とのバランスにおいて、疑問を感じる項目がいくつかある。その最たるものが、移転価格文書化の再検討(Action 13)である。BEPS行動計画は、一部の多国籍企業による租税回避行為への対抗及びそれに伴う平等な競争条件の確保が趣旨と理解しているが、これが正しいとすれば、BEPSに無縁な他の多数の企業に過度な追加的負担を求めることは合理的・生産的ではない。BEPSに対処するためには網羅的な情報収集が不可欠との議論が一部にあるようだが、企業側の負担で解決を図るという姿勢は極めて安易である。BEPSデータの収集(Action 11)、タックスプランニングの開示(Action 12)についても、納税者に追加的な負担を求める可能性があることから、同様の懸念を抱いている。
また、過度な租税回避防止規定の導入は企業の事業活動を阻害する。我々は、CFCルールの強化(Action 3)、利子控除の制限(Action 4)といった議論の先行きに強い関心を有している。
BEPSプロジェクトは二重非課税の問題に焦点を当てているが、実際のビジネスの世界においては多くの企業が二重課税に苦しんでいるということを改めて強調したい。二重非課税に焦点を当てすぎるあまり、結果的に二重課税が増大してしまうような事態に陥ることのないよう充分な配慮が必要である。
2.ディスカッション・ドラフトの全体的な評価
かかる観点からすると、本ディスカッション・ドラフトの内容については、残念ながら失望を禁じ得ない。行動13では "Develop rules regarding transfer pricing documentation to enhance transparency for tax administration, taking into consideration the compliance costs for business" とされている。我々は、透明性の向上と事務負担の軽減が行動13の核心であると理解している。しかしながら、実際は屋上屋を架す制度が提案されており、コンプライアンスコストへの配慮が行われているとは言い難い。また、CBCレポートに代表される形式的な数値情報によって誤ったリスク評価がなされ、多国籍企業の進出先において新たな二重課税のリスクが生じることが強く懸念される。さらに、マスター・ファイル及びCBCレポートの共有方法によっては、機密保護の観点から重大な問題が発生する。我々としては、本ディスカッション・ドラフトの内容に反対である。
他方、このまま日本の経済界の意見が反映されないまま、OECDにおいて一方的に議論が進むことも看過できない。仮に本ディスカッション・ドラフトが原案通り採択されるような事態が生じれば、わが国含め各国の国内法制への影響は避けられない。また、以降の各行動計画の具体化に際し、納税者に不合理な負担を課しても良いとの誤った考え方が引き継がれるとするならば、禍根を残す。そこで我々は、本改定案に反対の立場を堅持しつつ、万が一改定が避けられない事態に備え、以下の通りコメントを行うこととする。
3.ディスカッション・ドラフトへの意見
(1) 総論
まず、一定の中小企業を除きすべての多国籍企業に新たな文書化義務を課すとする今回のディスカッション・ドラフトの構成は根本的に改める必要がある。すなわち、すべての企業に過大な負担を求める前に、何らかのGateway Testを導入することで、追加的情報の提供が求められる企業を限定すべきである。
近年、税務当局と企業が協力し、移転価格に係る税務コンプライアンスの向上を目指すことが一つの大きなテーマとなっている。日本においても、国税庁が税務に関するコーポレート・ガバナンスを推進している。企業としても、税務当局との対話・協力関係の構築は、無駄なコンプライアンスコストを軽減し、適正なリスク評価を受けることができるという点で意義のあることと考えている。従って、このような対話プロセスを経たリスク評価の結果として大きな問題があったか否かということで、追加情報の提供の必要性を判定することが合理的なアプローチと考える。換言すれば、特段の大きな問題がなければ追加情報の提供が免除となるといったインセンティブを設けるべきである。それにより、税務当局と企業の協力による税務コンプライアンスの向上が一層促進される。
また、企業のグローバルな法人実効税率が一定の水準以上であるかどうかを財務諸表上のデータで判定するということも、Gateway Testの1つの選択肢として考えられる。移転価格ガイドラインでは、これらの指針を明記すべきである。
Gateway Testを経て、追加情報を仮に提出しなければならない場合でも、(2)で述べる通り、マスター・ファイル及びCBCレポートについては、報告義務者、報告先、報告内容を限定的なものとすべきである。とりわけ日本の経済界は文書の共有方法に重大な関心を有している。マスター・ファイル及びCBCレポートについては、親会社が自国の税務当局へ提出し、関連する税務当局が租税条約に基づく情報交換により共有する方法を採用すべきである。
(2) 各論(Boxへの回答等)
ディスカッション・ドラフトでは10のboxがあり、それぞれ意見が求められているところ、以下の通り回答する。その中で、新しい文書化制度が避けられないとした場合のその在り方について、具体的に意見を述べることとする。
- 〔回答〕
-
そもそもCBCレポート自体が不要であると考えている中で、CBCレポートを超える標準様式や質問票の策定は、当然のことながら必要ない。
リスク評価の共有は一般的に有用であるが、少なくともCBCレポートがリスク評価の目的で有用な情報であるとは思われない。
- 〔回答〕
-
他国の関連者の情報は、特定の国外関連取引について調査の必要があると判断された場合にのみ求められるべきであり、すべての企業に対し、詳細かつ網羅的な文書化義務を課すべきではない。
この意味において、現行の移転価格ガイドライン第5章のパラ5.6、5.15で記載された基本概念は今後も変更する必要はない。すなわち、税務当局は(1)文書を作成若しくは入手する上で納税者が負うコスト及び執行上の負担と税務当局にとってのその文書の必要性とのバランスに多大の注意を払うべきであり、(2)遅滞なくかつ効率的にそうした情報を入手できると期待される租税条約上の情報交換規定が利用できることについて認識を持つべきであり、(3)申告の段階で納税者に要求し得る情報の量を限定すべきである。
我々としては、他国の関連者の情報は情報交換規定に基づき入手することが基本と考えるが、そうであっても、あくまで特定の事案を念頭においた、条約の適用と関連する事実の確定の目的のために、要請に基づき行われるべきであって、例えば他方の締約国の納税者が作成したマスター・ファイルやCBCレポートのような包括的な情報が、特定の事案の事実の確定という目的なしに提供されるようなことがあってはならない。
なお、パラ15に、"It is therefore important that the tax administration is able to obtain directly ~information that extends beyond the country's borders" との記述があるが、税務当局がその課税管轄権の及ばない他国の納税者に対し直接アクセスすることを意図しているのであれば極めて不適切であり、"directly" の文言は削除すべきである。
- 〔回答〕
-
マスター・ファイルを導入するならば、まず、議論の前提として報告の対象範囲を明確化する必要がある。
マスター・ファイルには多国籍企業グループ(MNE group)全体に共通する基本情報を記載するとされているところ(パラ18)、移転価格ガイドライン用語集においてMNE groupとは「事業上の施設を二以上の国に有する関連者のグループ」とされていることから、関連者の範囲が問題となる。しかし、この用語集において関連者は、OECDモデル租税条約第9条にいう関連者とされているに過ぎず、結局のところ、その定義は国内法に委ねられることになると考えられる。仮に各国が今まで通り、国内法で関連者の意味するところについて異なる定めを置く状況が放置されるならば、他国の税務当局からマスター・ファイルの記載内容が関連者の範囲に照らし不十分との指摘を受け、混乱が生じることは想像に難くない。
したがって、改定後の移転価格ガイドラインでは、統一基準を明記することが不可欠である。その際、統一基準については、例えば持株割合50%超とすることが考えられる。CBCレポートの報告対象範囲についても同様である。万が一、統一基準が設定できない場合は、多国籍企業の親会社所在地国の法令に従って作成すれば足りることとすべきである。
マスター・ファイルの記載をグループ全体にすべきか、事業分野ごととすべきかについては個々の多国籍企業の判断に委ねられるべきである。また、事業分野については、有価証券報告書等の財務諸表で公開されている事業セグメントを最小単位とすることを認めるべきである。
なお、マスター・ファイルは多国籍企業グループの究極の親会社が作成することが提案されているが、究極の親会社の定義は明らかではない。多国籍企業の実情は様々であることから、例えば各国市場における上場会社については、それぞれ究極の親会社と見なし、上場会社ごとにマスター・ファイルを作成することを許容するなど、一定のフレキシビリティが認められるべきである。CBCレポートについても同様である。
また、作成したマスター・ファイルを他国の税務当局にどのように共有するのかという点も重要である。グループ全体にせよ事業分野ごとにせよ、多国籍企業はマスター・ファイルにおいて事業の全体像を記述することになるが、それらの情報をすべて他国の税務当局に連携することには相当な抵抗がある。
例えば、X国に本店を有するある多国籍企業が事業A、B、Cを行っており、Y国においてはA事業を行う子会社を有していたとする。この場合において、Y国の税務当局がX国の税務当局に対し、当該多国籍企業のマスター・ファイルの提供を求めた場合、果たしてA、B、Cのすべての事業が記載されたマスター・ファイルをY国の税務当局に連携すべきだろうか。我々はそうは思わない。Y国の税務当局が当該子会社について移転価格に係るリスク分析・調査を行う際には、当該多国籍企業に関する情報のうち事業Aに係るものだけが得られれば十分であり、他の事業B、Cに係る情報を入手しなければならない合理的な理由はない。事業B、Cは、場合によっては国外関連取引とは関連のない事業かもしれないし、国防や原子力に関連する事業など、機密性の極めて高い事業かもしれない。
マスター・ファイルを事業ごとに作成したとしても、そのすべての事業が当局間で共有の対象になるとするならば、事業ごとに作成する意味は失われる。また、グループ全体で作成したからといって、そのすべての情報を一律に他国に提供する理由もない。他国税務当局から情報交換の要請を受けた税務当局は、提供すべき情報を必要な範囲で取捨選択する権利を留保するべきである。まして、マスター・ファイルが他国に所在する子会社を通じて他国の税務当局に共有されるようなことがあってはならない。マスター・ファイル及びCBCレポートの共有方法については、Box9への回答で述べる。
Box10で回答するAPA、ルーリング、MAPの他、以下の情報は機密性が高く、守秘義務違反等の問題を引き起こす可能性があること、又は情報の有用性に疑義があることから、マスター・ファイルの記載内容から削除すべきである。- 主要な製品及び役務提供のサプライチェーンを示す図
- 対象年度における重要な事業再編取引、事業買収、事業売却の説明
- 無形資産に関する重要な関連者間契約リスト(費用分担契約、主要な研究の役務提供契約、ライセンス契約を含む)
- 対象年度中における無形資産の重要な持分の譲渡に関する説明(関係する事業体、所在地国及び対価を含む)
- R&Dと無形資産に関するグループ内移転価格ポリシーの説明
- 金融取極めにかかるグループ内の一般的な移転価格ポリシーの説明
(これらは、必要に応じローカル・ファイルに記載することで足りる) - 事業分野ごとの高額報酬従業員上位25名それぞれの肩書及び主要事業所の所在する国名
- 〔回答〕
-
CBCレポートは、G8ロックアーン・サミットのコミュニケに基づき、広く税務当局が多国籍企業の税務リスクを認識し、評価するために導入が検討されているものであり、必ずしも移転価格税制の文脈で要請されているものではないと認識している。したがって、CBCレポートをマスター・ファイルの一部とすることには違和感を覚える。むしろ、形式的な数値情報を内容とするCBCレポートが移転価格文書の一要素と位置付けられ、独り歩きすることで、今後、独立企業間価格ではなく、定式配分による移転価格税制の執行が助長されることを強く懸念する。CBCレポートはそもそも不要と考えるが、仮に導入が避けられない場合であっても、マスター・ファイルとは切り離すべきである。
なお、CBCレポートの記載内容は、最大でも主要事業コード、総収入金額、税引前利益、法人税(財務諸表上の法人税等)で足りることとすべきである。企業が現在、収集していないデータを新たに求めるようなことがあってはならない。
- 〔回答〕
- 現行の連結財務諸表の作成プロセスに照らせば、大多数の日本企業にとってはボトム・アップ型が現実的であると考えられる。ただし、ボトム・アップ型による場合においても、すべての国外関連者の情報を自動的に収集できるシステムは有しておらず、著しい追加的な負担となる。トップ・ダウン型については、希望する多国籍企業が選択的に適用することを否定するものではないが、よほど簡便な分割キーによる配分等が認められない限り、極めて煩雑な作業になると考えられる。少なくとも、トップ・ダウン型は多国籍企業に強制されるべきではない。
- 〔回答〕
-
ボトム・アップ型かトップ・ダウン型かに係らず、CBCレポートにおいては、entityにごとに記載すべきか、国ごとに記載すべきかについては一定のフレキシビリティが認められるべきである。例えば、多国籍企業が連結財務諸表の作成の過程で、国別に中間連結処理を行っている場合には、その国のentityごとではなく、当該中間連結処理の結果を活用することも容認されるべきである。
なお、海外の関連者とのクロスボーダー取引と国内の関連者間の取引を区分把握することは、著しい追加的な負担となることから求めるべきではない。国内の関連者間の取引の相殺消去も極めて煩雑であり、強制すべきでない。
PEは、事務負担の緩和の観点から、entityの範囲から除くべきである。
- 〔回答〕
-
多国籍企業は現状、国ごとの現金ベースの法人税額および源泉徴収税額は集計していない。また、法人税額は所在地国納付額と他国納付額とに区分して管理するシステムとはなっていない。これらの記載が求められるとするならば、著しい追加的な負担となる。
仮に法人税額の記載が不可避としても、財務諸表上の法人税等を転記すれば足りることとすべきである。源泉徴収税額の記載には反対である。
- 〔回答〕
- 多国籍企業は現状、関連者間のクロスボーダー取引累計額は集計していない。また、グループ内のロイヤルティ、利子、役務提供の対価の支払の情報についても、親会社と国外関連者との直接取引を除き集計していない。これらの記載が求められるとするならば著しい追加的な負担となる。記載には反対である。
- 〔回答〕
- CBCレポートには主要事業コードを記載すれば足りる。それ以上の情報は求めるべきでない。
- 〔回答〕
-
(1)で述べたGateway Testが重要性に係る第一の指標になると考える。
それ以降の重要性基準についてはいくつかの指標が考えられるが、ディスカッション・ドラフトに記載があるような対象国経済や取引主体の規模や性質のみならず、関連者間取引自体の規模や全体取引に占める割合等も考慮する必要がある。明確に数値基準を設定することが望ましい。CBCレポートにおいては、国外取引を行っていないentityの記載を免除することも考えられる。
いずれにせよ、重要性基準が各国ごとに定められると、最も基準が低い国にあわせて文書を準備せざるを得ず、重要性基準を設ける意味がなくなるため、統一基準を設定する必要がある。万が一、統一基準が設定できない場合は、多国籍企業の親会社所在地国の法令に従うことで足りることとすべきである。
- 〔回答〕
- 文書化に係る納税者の負担に配慮することは極めて重要である。パラ34の記載については、ローカル・ファイルの比較対象取引のデータベース検索は3年ごととはいわず、場合によってはさらに間隔を空けることも許容されるべきである。また、比較対象取引の財務データも、重要性の程度によっては必ずしも毎年更新する必要はないと考える。
- 〔回答〕
-
マスター・ファイル及びCBCレポートは、多国籍企業の親会社が自国の税務当局に提出すれば足りる。従って、まず、パラ35における "the master file should be ~submitted to all tax administrations" との文言は適切ではない。
マスター・ファイル及びCBCレポートは、多国籍企業の親会社所在地国の言語(日本企業であれば日本語)及び英語で提出すれば足りることとすべきである。その上で、租税条約に基づき他国税務当局に共有されたマスター・ファイル及びCBCレポートは、当該他国税務当局が必要に応じ、自らの責任において翻訳すべきである。多国籍企業グループの親会社及びその構成entityに対し翻訳を要請するようなことがあってはならない。移転価格ガイドラインにおいて納税者に英語での文書作成を求める以上、各国税務当局にも英文を理解する能力が求められて当然である。
- 〔回答〕
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税務当局は、公開情報を除き企業の情報はすべて機密情報にあたることを認識する必要があり、仮に情報漏洩をした場合は損害賠償義務を負うべきである。
マスター・ファイル及びCBCレポートについては、Box9で回答するように、租税条約に基づく情報交換によってのみ他国税務当局に共有されるべきである。
9. Comments are requested regarding the most appropriate mechanism for making the master file and country-by-country reporting template available to relevant tax administrations. Possibilities include:
- The direct local filing of the information by MNE group members subject to tax in the jurisdiction;
- Filing of information in the parent company's jurisdiction and sharing it under treaty information exchange provisions;
- Some combination of the above.
- 〔回答〕
-
マスター・ファイル及びCBCレポートの共有メカニズムについては、「親会社が自国の税務当局へ提出し、関連する税務当局が租税条約に基づく情報交換により共有する方法」が唯一の選択肢である。「各国の税務当局が各国の関連者から直接入手する方法」、「両者の組み合わせによる方法」は容認できない。
マスター・ファイル及びCBCレポートで求められる情報は極めて機密性の高い情報である。通常これらの情報は親会社のみが全体を保持可能なものであり、グループを構成する各子会社は親会社が開示している有価証券報告書等の公開財務諸表で知り得るものを除き、自社および自社傘下の子会社以下のものしか保持し得ない。仮に各国に所在する個々の子会社が各々の当局へ当該報告書を提出する義務を課された場合、各子会社はこれらの重要機密情報を知り保持することになり多国籍企業のコーポレート・ガバナンスに重大な影響をもたらす。
具体的には、以下のケースを想起すべきである。X国の多国籍企業AとY国の多国籍企業Bが第3国Zで合弁会社Cを設立したとする。AとBはZ国ではパートナーだが、別の国では熾烈なライバルかもしれない。このようなケースにおいて、ディスカッション・ドラフトにおける提案だと、AはBの、BはAのマスター・ファイル及びCBCレポートをC経由で入手できてしまう。また、仮にAとBが合弁を解消する局面で、AがC株をDに売却すると、今度はDがAやBのマスター・ファイル及びCBCレポートを入手できてしまう。この結果、多国籍企業は合弁投資を躊躇せざるを得ない。クロスボーダーの経済交流が阻害されることは明白であり、OECDのミッションである "improve the economic and social well-being of people around the world" にも反することになる。
さらに、機密情報が各国当局から漏えいする可能性も懸念される。各国に複数の子会社、entityを有する多国籍企業の場合、その数が何百、何千もの多数にのぼることも珍しくなく、これらの子会社から各国当局に機密情報が各々提出されることになった場合、すべての情報が完全に守秘性を担保されるか大いに疑義がある。漏えいした場合、その経路をトレースすることは極めて困難と思われる。
これらの問題をクリアする方法は、租税条約に基づく情報交換以外にない。また、その場合でも、情報交換は要請に基づくべきであり、自動的情報交換によるべきではない。他国の税務当局は、その管轄の法人に係る特定の国外関連取引についてリスク分析・調査を行う際に、マスター・ファイルやCBCレポートが必要不可欠と判断した場合に限り、情報交換を要請すべきであり、それ以外の場合には情報交換は認められるべきではない。
なお、情報交換規定を結んでいない国及び地域との情報交換は困難との指摘があり得るが、むしろ積極的に租税条約、情報交換規定を締結して二重課税防止に努めるよう推奨することこそ、本来のOECDの役割であると信じる。
ローカル・ファイルが共有の対象とならないことはいうまでもない。
- 〔回答〕
- 特定国の税務当局と行っているAPAやルーリング、MAPに係る情報は機密性が高く、関係のない国の税務当局が入手しなければならない合理的な理由もないため、すべてマスター・ファイルの記載内容から削除すべきである。
- 〔その他意見〕
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マスター・ファイル及びローカル・ファイルは対象事業年度の税務申告時までの作成がベストプラクティスとされているが(パラ27)、必ずしもその段階においては十分に間に合わない可能性があることにつき、念のため留意されたい。
とりわけMaster Fileは、毎年の税務申告時に提出するものではなく、親会社所在地国の税務当局が調査等において必要と判断し、当該親会社に求めた時に対応できれば足りることとすべきである。
納税者は、文書の内容に誤りがあったとしても、遅滞なく文書を準備している場合には、原則として罰則を免除されるべきである。その誤りについて重大な過失・悪意があると税務当局が立証した場合にのみ、作成者は責任を負うべきである。