(社)日本経済団体連合会
現下の経済情勢は大変厳しく、企業を取り巻く環境も六重苦といわれるほど極めて深刻化している。この苦境を乗り越えるべく、企業は競争力を強化し、産業の健全な発展を果たし、成長を通じた豊かな国民生活の実現に貢献する使命を負っている。そして会社法には、重要な法的インフラとして、こうした企業活動を支えることが期待される。しかし、施行後ようやく実務が定着してきた中での制度改正自体が既に負担であるにも関わらず、ましてや必要な範囲や程度を超えた見直しが行われれば、事業活動を不当に萎縮させ、企業の組織選択の判断を歪め、多大なスイッチングコストを押し付け、以って企業の活力を削ぐことになる。特に、法令違反により生じた個別事例を一般化して見直しを進めれば、法制度に従い適切に経営されている多くの企業に過剰な負担を強いることになる。経済界として、社会からの一層の信頼と共感を得るため、ガバナンスの強化を含めて自主的な努力をさらに続ける所存であり、企業活動に留まらず、日本経済の成長もストップさせかねない見直しは、断じて行うべきではない。
こうした基本的な認識の下、「会社法制の見直しに関する中間試案」の各論点に対して、下記の通り意見を述べる。
第1部 企業統治の在り方
第1 取締役会の監督機能
1 社外取締役の選任の義務付け
C案を支持する。
経営の適正な監督を行うことができるか否かは、社外取締役であるといった形式的な属性ではなく、個々人の資質や倫理観といった実質により決まる。また、監督を行うにあたっては、専門的な経営判断の妥当性をも見極める必要があるが、社外取締役であれば常にそうした能力を備えているとは限らない。それにも関わらず、社外取締役の選任義務付けという形式的なルールを一律に導入することには合理性がなく、各企業の規模・業種・業態に適したガバナンス体制の構築を大きく制約する結果にしかならない。社外取締役を選任することの必要性や妥当性は、優れて個社の状況とそれぞれの会社にとっての適材確保の可能性という個別の事情に基づくものである。そのため、社外取締役は、各社が適正なガバナンスを確保する上で有効な仕組みについて創意工夫を凝らす中で、それを有用であると判断した場合に、自主的に選任すべきものである。
現行法の下でも、経営の監督機能も利益相反の監督機能も、取締役会および監査役が十分に担っている。すなわち、これらの機能は、社外取締役に限らず、全ての取締役に対して当然に期待され、既に果たされている。また、監査役も、業務執行機関から分離された自己監査のリスクがない監査専門機関として、既に十分にこれらの機能を担っている。監査役は独任制であり、取締役の善管注意義務に反する業務執行等に対する単独での差止請求権を持ち、かつ任期は4年で、解任のためには株主総会の特別決議が必要等、取締役以上に強い権限や独立性が確保されている側面もある。
仮に社外からの目線による監督が必要だとしても、監査役会に半数以上含まれ、取締役会に出席して意見を述べることが求められる社外監査役により、その機能は担われている。経営の監督のために、取締役会における議決権行使が不可欠という理由はなく、社外監査役に加えて社外取締役を一律に選任することには重複感が大きい。
以上の通り、経営者に対する適正な監督は、「社外」かつ「取締役」でなければ担うことができないとの明確な根拠はなく、社外取締役の選任を法的に義務付けることには反対である。
2 監査・監督委員会設置会社制度
委員会設置会社と監査役会設置会社は、企業統治の機関設計として等価値であるという前提を踏まえ、監査・監督委員会設置会社がこれら二つと同等のガバナンスを確保できる機関設計となるのであれば、柔軟なガバナンス体制の構築に繋がる。制度の構築にあたっては、実務的な利用しやすさや、投資家からみた分かりやすさへの配慮が不可欠である。
(1) 監査・監督委員会の設置
試案の考え方を支持する。
(2) 監査・監督委員会の構成・権限等
監査・監督委員に占める社外取締役の割合は、半数以上とすべきである。社外役員の選任実務では、任期途中の退任リスク等も視野に入れ、余裕をもった選任が行なわれるのが通常である。社外取締役の割合を過半数とすれば、実際にはそれ以上の割合の社外取締役が選任されることとなり、制度を採用する企業への負担が大きい設計となる。
(3) 監査・監督委員会の経営者からの独立性を確保するための仕組み
監査・監督委員に占める社外取締役の割合が半数以上となるのであれば、株主総会の決議による選任は妥当と考える。但し、期中に欠員が生じた場合に、実務に負担とならないような手当てが求められる。
(4) 監査・監督委員会設置会社の取締役会における業務執行の決定
業務執行の決定の機動性確保の観点から、監査・監督委員会設置会社には複数の社外取締役が選任されることも踏まえ、(注1)や(注2)の事項を含めて、取締役に委任できる事項を特別取締役による決議が認められる事項よりも広く認めるべきである。
3 社外取締役及び社外監査役に関する規律
(1) 社外取締役等の要件における親会社の関係者等の取扱い
B案を支持する。
社外取締役等(社外取締役および社外監査役をいう。以下(1)(2)(3)において同じ)には、実質的に活躍し得る有為な人材を広く集める必要があることから、多様性を認めるべきであり、形式的な要件の厳格化には反対である。社外取締役等の属性の充実した開示によって、実質的に社外取締役等として経営陣に対するチェック機能を果たし得るか否かを、株主総会の役員選任議案において株主の判断に委ねるという現行の枠組みが適当である。
親会社関係者は、企業価値向上のインセンティブを共有しており、当該企業の業務内容等についての知識や経験を持つことから、社外取締役等としての実効性を積極的に評価すべきである。ガバナンスの実効性に鑑みれば、経営者から影響力を及ぼされる立場にない親会社関係者は有効な選択肢であり、社外取締役等としての選任から形式的に一切除外するのは妥当ではない。また、社外取締役等の適任者の選任が困難となるとの問題も考えられる。いわゆる兄弟会社についても、排除する必要はない。
近親者について、要件に使用人を加えるべきではない。使用人の近親者も社外取締役等から除外されることになれば、使用人の変動に伴い、社外取締役等に該当するか否かも変動することになり、例えば近親者の就職を知らずに出席した取締役会決議に瑕疵が生じる等、法的に極めて不安定な状況に陥ることになる。さらに、社員の近親者が社外取締役等を務める企業との組織再編や、自身の近親者が社外取締役等を務める企業への就職に関しても支障を来す。近親関係については、既に現行法においても、社外取締役等の選任にあたっての選任議案の参考書類における記載事項となっており、社外取締役等の選任にあたっての考慮要素として、株主が予め判断できる枠組みも整えられている。
(注2)の重要な取引先関係者について、要件に追加することに反対である。取引先関係者も、企業価値向上のインセンティブを共有するとともに、当該企業の業務内容等の知識や経験を持つ。また、社外性が事後的に否定されないように、社外性の要件は相当程度明確になっている必要があるが、取引関係を原因とする経営者への影響力の有無や程度は、事業内容や取引関係をめぐる時々の具体的状況によるところが大きく、一義的に基準を定めることは困難である。組織再編やサプライチェーンの見直しに伴い、取引状況が変わる度に、社外取締役等に該当するか否かが変動すれば、法的に極めて不安定な状況に陥ることになる。
(2) 社外取締役等の要件に係る対象期間の限定
社外取締役等になり得る人材を広く確保する観点から、(1)のA案の見直しを行う場合に限らず、社外取締役等の要件に係る対象期間を限定すべきである。また期間についても、就任前の5年程度、会社との関係がない者は、経営者との関係は希薄化したといえることから、社外取締役等となることを認め、実質的に社外取締役等として経営陣に対するチェック機能を果たし得るか否かを、株主総会の役員選任議案において株主の判断に委ねることが適当である。
(3) 取締役及び監査役の責任の一部免除
非業務執行役員の適切なリスク負担の観点から、(2)と同様に、(1)のA案の見直しを行う場合に限らず、責任の一部免除ができる対象を拡大すべきである。
第2 監査役の監査機能
1 会計監査人の選解任等に関する議案等及び報酬等の決定
C案を支持する。
監査役が既に持つ権限を十分に発揮することにより、会計監査人の選任、報酬決定についての利益相反のリスクは排除できることから、会計監査人の選解任等に関する議案等および報酬等の決定を監査役(会)の権限とする必要はない。すなわち、監査役は、会計監査人の選任議案および報酬の決定について同意権を有しており、取締役会が選任しようとする会計監査人が適当でないと判断した場合や、報酬が適正でないと判断した場合には、監査役が同意を与えないことにより、監査役の意見を反映することができ、取締役会に対する牽制の機能となる。また、監査役は会計監査人の選任に対して、株主総会への議案提出請求権も有しており、イニシアチブを取れる立場にある。
2 監査の実効性を確保するための仕組み
監査の実効性の確保は、各社が自主的に取り組むべき課題である。また企業は、日本監査役協会が監査役監査基準を定め、ベストプラクティスを示していること等も参考に、監査役が十全にその機能を発揮するために必要な体制の整備を進めている。そのため、規定の充実・具体化や、開示事項の追加については慎重に検討する必要があり、仮に見直しを行う場合でも、開示の負担も踏まえ、現在の実務に合致したかたちとなるよう配慮すべきである。
(注)について、監査役の一部の選任に関し、株主総会に提出する議案の内容を従業員が決定することに反対である。監査役の一部の選任議案を従業員が決定するとした場合、このようなプロセスで選任された監査役は、従業員の利益代表としての性格を持つことになる。本来、監査役は会社に対する善管注意義務を負うべきであるにも関わらず、特定のステークホルダーの利害を代表する者が監査役に就任することにより、深刻な利益相反を生じ、適正な監査に支障を来す危険がある。従業員によって選ばれた監査役が、他の監査役と同じ責任を担い、義務を果たすことができるかどうかについて疑問を禁じ得ず、制度として適切でない。
第3 資金調達の場面における企業統治の在り方
1 支配株主の異動を伴う第三者割当てによる募集株式の発行等
(1) 株主総会の決議の要否
C案を支持する。
既存の株主の保護は、差止請求権の活用により図ることができる中で、新たな規律を設ければ、資金調達の緊急性が高い場合に柔軟な対応をすることができず、かえって株主の利益に反することになる。例えば、株主総会の開催が間に合わず、資金調達が行き詰まって倒産したり、組織再編の機を逸したりするケースも想定される。現在でも、取引所規則により、濫用的な第三者割当ては規制されていることから、当該制度の導入の効果を見極めた上で、新たな規律の要否を検討する必要がある。
(2) 情報開示の充実
支配株主の異動を伴う第三者割当てに際しては、現在でも、取引所規則により、経営陣から一定程度独立した者による必要性および相当性に関する意見の入手等が求められている。新たな規律を設ける前に、まずは当該制度の導入の効果を見極める必要がある。
2 株式の併合
(1) 端数となる株式の買取請求
試案の考え方を支持する。但し、企業の資金負担や手続コストの増加を踏まえ、真に対処が必要なケースに限定した制度とすべきである。こうした観点から、買取請求ができる株主を反対株主に限定することは妥当であり、加えて、(注3)の検討を進め、一定の割合を上回る株式の併合については買取請求を認めないものとする必要がある。
(2) 発行可能株式総数に関する規律
試案の考え方を支持する。
3 仮装払込みによる募集株式の発行等
試案の考え方を支持する。
4 新株予約権無償割当てに関する割当通知
試案の考え方を支持する。
第2部 親子会社に関する規律
第1 親会社株主の保護
1 多重代表訴訟
B案を支持する。
現行法の下で、親会社株主の保護は十分に図られている。すなわち、親会社は、株主総会における議決権行使等を通じて、子会社を管理していることから、子会社取締役による善管注意義務違反行為等により子会社に損害が生じているにも関わらず、合理的な理由なく、子会社も賠償請求をせず、親会社も子会社取締役に対する責任追及等の訴えの提起等をしないことにより、親会社が損害を被り続けているような場合には、それ自体が親会社取締役の善管注意義務違反を構成するものとして、親会社株主は、株主代表訴訟により親会社取締役に責任追及ができる。
実務の観点から考えても、子会社取締役は、親会社では事業部の部長クラス等に相当するケースもありえ、多重代表訴訟を認めれば、実質的に使用人を株主代表訴訟の対象とすることで、その者が負っている義務や責任に比して過大な責任追及方法となりかねない。また現状でも、子会社に損害が生じれば、子会社は、損害賠償の請求、更迭、報酬カット、退職慰労金の放棄等により、子会社取締役の責任を適切に問うており、親会社も株主として、子会社取締役を退任させる等、責任を追及するケースもある。
加えて海外子会社の問題等、乗り越えるべき課題が多い。すなわち、制度が創設されれば、日本の親会社の外国人株主より、外国の裁判所で、海外子会社の取締役に対して多重代表訴訟が提起される可能性がある。補足説明には、「多重代表訴訟の制度に係る親子会社は、いずれも、日本の会社法に基づき設立された株式会社であることを前提としている」との記載はあるが、外国の裁判所でこうした規定を尊重した解釈・運用がなされるとの保証はなく、強い懸念がある。外国での訴訟対応の負担は特に大きく、海外戦略にも多大な影響を与えることになる。
多重代表訴訟が導入されれば、子会社取締役が積極果敢な事業運営を躊躇することで、経営のダイナミズムが失われるばかりでなく、戦略的な親子会社関係の構築がためらわれることで、企業の組織選択の判断を歪める。また、濫訴の懸念も払拭できない中、D&O保険の負担増加等、訴訟リスクへの対応に多大なコストが生じる。さらに、内部統制システム構築に向けた努力や、責任追及の内部的メカニズムを働かせるインセンティブを失わせかねない。多重代表訴訟は他国でも殆ど類をみない制度であることも踏まえ#1、制度の創設に反対する。
なお、多重代表訴訟を導入すべきでないと考える結論に変わりはないが、A案の多重代表訴訟の提案は、制度設計自体にも問題が多い。念のため、以下にその例を掲げる。
- ①アの提訴請求できない場合について、親会社に損害を加えることを目的とする場合も含めるべきである。
- ①イについて、親会社に損害が生じていない場合は提訴請求できないことは当然としても、子会社が親会社への損害が生じていないことを立証することは困難な場合もある。
- ③(注)について、通常の株主代表訴訟でも濫訴防止の必要性が指摘される中で、多重代表訴訟ではそうした措置の必要性がさらに高い。少数株主権とすること、株主共同の利益とならない場合は請求できないことは、当然である。
- ④の総資産額の5分の1の基準について、提訴懈怠可能性の観点から考えれば、親会社取締役と子会社取締役を実質的に同視し得る場合を対象とすべきであり、5分の1ではあまりに低すぎる。
- (A案の注1)について、株式を間接保有する場合でも、最終完全親会社は訴訟参加できるようにすべきと考えられる。
B案(注)で掲げられている例示については、未だ部会において実質的な議論は行われていないと理解している。次に掲げる観点も含め、さらに検討を進める必要がある。
アについて、親会社と子会社が独立の存在であり、親会社取締役としての責任は株主としての権限行使が可能な範囲に留まるという大前提や、個々の子会社取締役の直接の監督は子会社取締役会が担うとの現行法の枠組みを超えた規律の提案であり、反対である。新たな規律を検討するとしても、少なくとも現行法の枠組みに合致したものである必要がある。「子会社の取締役の職務の執行の監督を行う」とは、自社の取締役に対する監督と同程度の監督が求められる趣旨とも読めるが、そこまでの法的責任を親会社取締役に課すことは妥当ではない。多数の子会社を設立している企業も少なくない中で、親会社の取締役会が、自社の取締役に対するものと同様に、子会社取締役の個別の職務執行を監督することを前提とした規律を導入することは現実的でない。
イについて、子会社取締役の責任追及をするか否かは、一切の事情を考慮して判断されるものである。責任追及をする場合でも、状況に応じて、損害賠償のみならず、人事異動や報酬返上等による場合もある。一律に親会社取締役の任務懈怠が擬制されることになれば、子会社取締役に対する責任追及の判断の余地が狭められ、半ば強制的に厳しい処分を行わざるを得ないことになりかねない。
ウについて、「疑うに足りる事由」では、通知請求できる場合があまりに広い。また、徒らに通知請求が行われ、会社が対応に追われる等、濫用の危険性も高い。情報開示請求と位置付けるのであれば、少なくとも会計帳簿の閲覧等の請求と同程度の少数株主権とするとともに、業務検査役の選任と同様に裁判所が是非を判断する仕組みとする必要がある。さらに、「当該責任の追及に係る対応及びその理由等」には、本来守秘性の高い経営情報を含む可能性があり、安易に通知できるものではない。
エについて、現行法の下でも、検査役は子会社の業務および財産の状況を調査することができることとなっており、親会社株主に追加で選任申立て事由を認める必要に乏しい。
なお、今後部会において実質的な議論を行う際には、対象となる子会社の範囲の限定を含めて、慎重に検討をすべきである。
2 親会社による子会社の株式等の譲渡
事業の重要な一部の譲渡における総資産額5分の1の要件は、機動的な経営に向けて緩和する必要がある。総資産額の5分の1程度では、株主の想定を超える投資対象の変更とはいえない。
この事業譲渡に関する要件緩和を行うとともに、①における5分の1の要件も緩和するならば、株主総会の承認を必要とすることも検討の余地がある。しかし、要件が緩和されないならば、見直しには反対である。
第2 子会社少数株主の保護
1 親会社等の責任
B案を支持する。
親会社は、子会社が利益をあげて株式価値を増大させることを望んでおり、親子会社の利害は原則として一致するものである。新たな規定を必要と考える理由として挙げられている、親会社は「子会社の利益を犠牲にして自己の利益を図ろうとするおそれがある」という、実態から乖離した前提に基づく見直しは行うべきではない。
現行法の下で、子会社少数株主や債権者の保護は十分に図られている。すなわち、親子会社間の取引により子会社に損害が生ずる恐れがある場合、子会社少数株主は、子会社取締役に善管注意義務違反があるとして、差止請求権の行使ができるとともに、株主代表訴訟を提起して、損害賠償責任の追及もできる。また、親会社の不法行為によって生じた子会社の損害が償われない場合、不法行為責任に基づき、子会社には親会社に対する請求権が認められ、子会社債権者はこれを代位行使できると考えられる。さらに、個別注記表における関連当事者との取引に関する注記により、親子会社間の取引は開示対象となっている。
そもそも親子会社といっても、その関係性は多種多様なため、そのあり方を一律に規律することは、グループにおける効率的な経営を不当に妨げることになる。グループ内で、どの事業をどのような方法で行うかは、経営判断の問題である。
また、如何に適用場面を限定した規定を設けたとしても、グループ経営に対する悪影響は避けられない。実際、A案による規定でも、①で個別取引を対象とする要件を設定しているため、②により不利益の有無および程度は一切の事情を考慮して判断されるとしても、訴訟の場で争われるまでどの程度の事情が考慮されるか不明確であることから、結局、グループ経営による子会社の利益が十分考慮されない恐れが残り、少なくとも訴訟が提起されること自体は妨げられず、個別取引の妥当性の争いが裁判に持ち込まれる結果となりかねない。しかも、訴訟対応自体が大きなコストである中で、親会社等は考慮されるべき一切の事情の立証責任まで負うことになるとすれば、影響は大きい。
さらに、こうした規定が設けられれば、合弁事業でトラブルが生じた場合に、少数株主たる合弁相手からの訴訟提起に繋がることが想定される。
親会社等の責任に関する新たな明文規定を設ければ、グループ内で活発な取引を行い、グループとして競争力を高めていくことを躊躇し、長期的な視点からのグループの成長戦略を阻害する結果となる。また、少数株主がいる子会社や合弁会社の設立を避ける等、企業の組織選択を歪めることにもなる。以上から、規定を設けることに反対である。
2 情報開示の充実
試案の考え方の趣旨は理解するが、具体的な見直しの内容を明確にしていただきたい。
第3 キャッシュ・アウト
1 特別支配株主による株式売渡請求等
キャッシュ・アウトには、長期的視野に立った柔軟な経営の実現等、経営上のメリットがあることから、株主間の取引として、株主総会不要型の制度を創設することは意義がある。但し、新たな制度の創設は、現行法上の手法では時間的・手続的なコストが大きいとの指摘に基づき検討されていることを踏まえ、過重な手続を課すべきではない。
特に、⑪(注)にある取得日後の一定期間の申立てが認められれば、取得日後も買取費用が変動することになり、キャッシュ・アウトを行う側における必要資金の予測可能性が減じる一方、想定以上の申立てが行われたとしても、取得日後では、キャッシュ・アウトを取り止めることもできない。制度創設の意義が失われることから、反対である。
また、キャッシュ・アウトの意義を損なわないため、②(注1)にある新株予約権付社債に付された新株予約権についても、売渡請求の対象とできる制度とすべきである。
2 全部取得条項付種類株式の取得に関する規律
(1) 情報開示の充実
試案の考え方を支持する。
(2) 取得の価格の決定の申立てに関する規律
試案の考え方を支持する。
3 その他の事項
試案の考え方の趣旨は理解するが、実務への影響に十分な配慮が必要である。
第4 組織再編における株式買取請求等
1 買取口座の創設
試案の考え方を支持する。
2 株式買取請求に係る株式に係る価格決定前の支払制度
試案の考え方を支持する。
3 簡易組織再編等における株式買取請求
試案の考え方を支持する。
(後注)について、公告後に株式を取得した反対株主は、株式買取請求権を有しないとすべきである。組織再編の具体的な条件を知りつつ、あえて株主となった者にまで、株式買取請求権による保護を与える必要はない。
第5 組織再編等の差止請求
B案を支持する。
現行法の下でも、株主や債権者には、組織再編の無効の訴えや株主総会決議の取消の訴えを本訴とした組織再編の差止を求める仮処分により、組織再編の効力を争う手段が確保されていると考えられる。
組織再編はタイミングが重要であり、かつ、差止請求を受けたという事実は重いことから、差止を請求されれば、組織再編の条件を再交渉することなく、事実上、組織再編自体を断念するケースもあり得る。差止請求に係る明文規定が設けられれば、適正な条件による組織再編に対しても萎縮効果を及ぼすとともに、差止請求が濫用される危険もある。
第6 会社分割等における債権者の保護
1 詐害的な会社分割における債権者の保護
現行の制度では残存債権者の保護が不十分か、慎重な検討が必要である。仮に新たな規定を設ける方向で検討する際には、通常の会社分割にまで、過剰な債権者保護手続が一律に課されることとならないよう、要件を明確に絞り込む等、十分な配慮が必要である。
2 不法行為債権者の保護
試案の考え方の趣旨は理解するが、実務への影響に十分な配慮が必要である。
(後注)について、組織再編における事前開示事項に、従業員に関する事項を含めることに反対である。会社を取り巻く様々なステークホルダーの中で、従業員のみ特別な手続を設ける根拠は十分でない。また、従業員の意見の集約には時間的・手続的なコストを要することから、組織再編のスケジュールが不透明となり、迅速な実現を困難にする恐れがある。
第3部 その他
第1 金融商品取引法上の規制に違反した者による議決権行使の差止請求
会社支配の公正さを確保する観点から、金商法上の規制に違反した者による株主総会での議決権行使を認めないものとする制度の創設の趣旨は理解する。しかし、違反者へのペナルティであるにも関わらず、制度設計やその運用如何によっては、株主総会の安定的な運営を阻害する等、実務に混乱を来すことになる。(注3)の請求の効果を会社に及ぼすための手続をはじめ、会社の適正な運営に支障を来さないよう、十分な配慮が求められる。
第2 株主名簿等の閲覧等の請求の拒絶事由
株主名簿および新株予約権原簿の閲覧等の請求の拒絶事由のうち、「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事する者であるとき」を削除することに反対である。削除により、競業者による会社の資本政策等に係る情報の把握が懸念される。また、東京高裁の平成20年6月12日の決定は、競業関係を立証責任の転換事由としており、規定を削除すれば、この決定より一歩進んで、競業関係は株主名簿および新株予約権原簿の閲覧等の請求にあたり、何ら法的な意味を持たないということになる。
(注)について、会社法第125条第3項第1号および第2号、第252条第3項第1号および第2号の文言の見直しに反対である。見直しにより、拒絶事由が不当に狭まることになりかねず、濫用的な請求を拒絶し得るかの判断に係る企業の負担が増大することになる。
第3 その他
1 募集株式が譲渡制限株式である場合等の総数引受契約
試案の考え方を支持する。
2 監査役の監査の範囲に関する登記
試案の考え方の趣旨は理解するが、登記事項の追加に伴う企業の負担への配慮が必要である。
3 いわゆる人的分割における準備金の計上
試案の考え方を支持する。
4 発行可能株式総数に関する規律
試案の考え方を支持する。
- 詳細については、21世紀政策研究所「多重代表訴訟についての研究報告 -米・仏の実地調査を踏まえて-」70-73頁(2012年1月)参照