(社)日本経済団体連合会
情報通信委員会
国際問題部会
日本経団連は、日本の主要企業約1,300社からなる日本最大の総合経済団体である。日本経団連は、インターネットの健全な発展に向けたマルチ・ステークホルダーの自由な議論の場であるIGFの趣旨に賛同し、第一回会合から積極的な意見発信を続けてきた。
本年9月に予定されているリトアニアVilniusでの第5回IGFの開催に際し、日本の産業界として下記の通り意見を表明したい。
1.新しい社会と成長への貢献
2008年秋の世界的な経済危機以降、各国経済は最悪の状況こそ脱したものの、持続的な成長軌道を着実に取り戻すことが共通の課題となっている。多くの国・地域において従来の政策のあり方が見直され、新しい成長戦略が実行されつつある。ICTは全ての産業の社会インフラとして機能しており各産業への経済対策においてその戦略的活用が不可欠であり、ICT戦略と成長戦略との整合性を取ることによりその効果が最大になる。
IGF発足のきっかけとなった国連の世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society : WSIS)のチュニス・コミットメントにおいても、ICTが経済成長に果たす役割の重要性が強調されている。インターネットやICTに対する投資は、将来の経済社会の発展に大きく寄与するものであり、経済危機下においても、長期的な視点で各国において継続的な投資を行うべきである。
2.グローバルな社会問題解決に対する貢献
現代社会がかかえる問題は、一国では解決不能で各国共通で取り組むべき課題が多い。その解決のためには社会構造の大きな変化に対応した新たな社会システムづくりという視点が求められる。たとえば人類共通の課題である地球環境問題、エネルギー問題に対し、インターネットやICTの果たすべき役割は大きい。ICTの利用による温暖化ガス削減(Green by ICT) とICT自体の省エネ(Green of ICT)の双方に取り組むことが求められる。
ICT利用による温暖化ガス削減においてはスマートグリッドをはじめ、ビル群や交通網を含む幅広い地域全体のエネルギー効率向上を目指すスマートコミュニティ等の分野で大きな可能性がある。また、ICTやインターネットを通じて、地球環境問題や対策の効果に関するデータ収集、分析、可視化等を行い、共通の尺度によりグローバルに情報を共有することで、全ての国々が参加する公平で実効的な温暖化対策が実現することが期待される。
一方、今後、加速度的に増大するICT自体の電力消費に対応するよう、機器単独での省エネと共に、クラウドコンピューティングの普及により電力消費の増加が予想されるデータセンター分野の省エネの取り組みが重要である。
3.クラウドコンピューティングの台頭による機会と課題の対処
(1) クラウドコンピューティング普及によるICT利活用分野の拡大
インターネットの普及とICTの進歩により、クラウドコンピューティングを利用する基盤が整い始めている。クラウドコンピューティングとは、利用者は自らコンピュータを保有することなくネットワークを通じて必要なアプリケーションやリソースをオンデマンドで利用する形態である。ユーザーの立場では初期投資や維持のコストが低くなるため、これまでICT利活用が遅れていた分野に活用が広がる可能性がある。電子政府、環境、医療、農業、防災、教育、交通におけるICTの利活用分野の拡大、クラウド内により蓄積されたデータの利用・分析により可能になる業種横断的な新しいビジネス・サービスの創出についても積極的な議論を行うべきである。
(2) サイバーセキュリティーの強化、開放性・プライバシーの共生
特にクラウドコンピューティングの環境下ではコンピューティングリソースが意識されることなくなり、データが国外で保管されることも技術的に可能であるため、セキュリティやプライバシー、更には契約においてより複雑な問題が発生する。情報の流通による新たなビジネスモデルの広範な展開を阻害しないように必要な技術の国際標準化等を進めるとともに、デジタル・プロダクトやデジタル・コンテンツの取扱い、著作権など知的財産権の保護、情報セキュリティの確保、プライバシーや消費者利益の保護などバランスを取り諸ルールの整備を進めることが重要である。
国境を跨ぎ張り巡らされたインターネットの世界では、各国毎の法制によってネット上の犯罪を防止することが困難である。有害、違法な情報の拡散や情報の詐取、サイバーテロ等に対しては、各国の有識者が一体となって世界的な規範の調和を形成していくことが重要である。
また、若年層に対する健全なインターネット利用のあり方について教育を充実してくことも必要である。
さらに、フィルタリングなどの技術開発や普及に関しても各国の関係者が連携を深め、継続的にインターネットの安全性を高めていくべきである。
一方、行き過ぎたセキュリティ対応が、インターネットの開放性やプライバシーを損なわないよう、関係者が協調し、インターネット社会の健全な発展に向けて対話を継続すべきである。
4.IPアドレス枯渇への対応とIPv6普及
スマートグリッドやモノのインターネット、スマートフォンの普及などインターネットに接続されるものが爆発的に増加している。また発展途上国を中心とするインターネットの利用人口の急増も相まって、現行のIPアドレスの枯渇への対応が喫緊の課題となっており、IPv6の早期普及が望まれる。先進国が率先して、普及を促進するとともに、新たな活用方法やその支援等について発信を行うべきである。
5.インターネットガバナンス:民間主導のインターネット管理体制の堅持
今日、インターネットは人々や企業の活動に欠かせない社会基盤となっている。インターネットガバナンスについては自由で効率的かつ利便性の高いインターネット環境を維持するために、社会環境の変化や技術革新に柔軟かつ機動的に対応可能な民間主導による管理体制を堅持していくことが不可欠である。IGFの活動を通じて生まれた、様々な関係者の連携(ダイナミック・コアリション)を活用し、インターネットの健全な普及を拡大していくべきである。インターネットの管理に各国政府や国際機関が過度に介入した場合、各国の政治的利害対立により迅速な意思決定が妨げられ、世界経済や社会生活に多大な影響を与えることが懸念される。
6.途上国のアクセス拡大に向けた国際協力
インターネットはライフラインに匹敵する社会基盤であり、発展途上国においてインフラ開発を促進することは不可欠である。遠隔医療やe-LeaningなどのICTアプリケーションの多くはブロードバンドネットワークを必要とするが、現時点では十分に普及していない。この問題への解決策としては、高速ワイヤレスブロードバンドネットワークが期待されている。デジタルデバイドは高速インターネットアクセスを享受するものとダイアルアップを利用するものに存在している。
途上国におけるアクセスを解消することは就業機会や教育機会を提供し貧困解消、世界経済の成長にもつながる。先進諸国からの投資なども含め民間からの投資により途上国におけるインフラ整備を進めるためには投資に望ましい規制緩和や国際協力が推進されるべきである。アクセス改善に向けてはインフラ整備と同時に、インターネットの健全な利活用に係る教育など人的な支援も行うべきである。
7.IGFの将来に向けて
2010年の第5回会合においてIGFは当初の5年間の任務を終えるが、インターネットをめぐる世界共通の課題について、マルチ・ステークホルダーによる自由な議論の場として大きな成果を上げてきたと評価する。経団連は2010年5月の国連事務総長によるIGFの延長提案に対して支持すると共にクラウドコンピューティングを新しいアジェンダとして取り上げたことを歓迎する。産学官の参加スキームについては、幅広いステークホルダーの意見を反映するようにグローバルなコンセンサスが得られる事が望ましい。