政府は2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」(5か年計画)を発表し、計画実現に向けてさまざまな取り組みを進めている。本シリーズでは3回にわたりスタートアップ(SU)をめぐる過去・現在と未来への展望について解説する。第2回は、現在の大きな流れをつくっている5か年計画を政府が取りまとめた背景に触れたうえで、その実現に向けた要点を示す。
■ スタートアップ政策が政府の経済政策の本丸に
12年の安倍政権から、SU向けの各種支援施策は大きく加速したが、これまで日本経済を担う本丸(中核的存在)としてSUを明確に位置付けてはいなかった。
しかし、現在は「新しい資本主義」の柱の一つとして、SUが日本経済再興の牽引役・本丸として最前面に明確に打ち出され、岸田文雄内閣総理大臣の本気度が感じられるものとなっている。また、1兆円規模の予算でSU関連施策を提示するなど、複数年度にわたるSU支援に国が明確にコミットする状況へと大きく変化した。
この変化の背景には、22年3月に経団連が公表した提言「スタートアップ躍進ビジョン~10X10Xを目指して」(SU躍進ビジョン)の存在がある。経団連が、SUの起業数と成功レベルを5年後に10倍にするとした同提言の公表に至ったのは、諸外国のトップ自らがSU育成の重要性を説き、支援策を通じ大きな成果を残すケースが相次いだことが挙げられる。例えば、フランスの場合、16年からわずか6年で、ユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場企業)が1社から25社へと大幅に拡大した。インドも18年から4年で、同54社と8倍近い伸びを示した。韓国も同12社と着実に社数を増やした。このため、SUの成長性に高い注目が寄せられることになった。
5か年計画で示された施策の8割が、SU躍進ビジョンで提言した事項であることは、その実現に向けて、官民が足並みをそろえて動いている証拠といえる。
次に、同計画実現に向けた要点について解説する。
■ 裾野10倍に向けたSUの起業を促す環境整備
起業を志す人材を増やす基盤をつくるため、最重要の施策となるのは起業家教育である。
欧州では、小・中・高で一貫した起業家教育の導入が進められている。その成果もあってか、若者(15~29歳)の47%が「すでに起業経験があるか将来的に起業したい」と考えている。これに対し日本では、卒業後5年以内に起業家を目指す大学生の割合は8.8%にすぎない。教育に対する姿勢の差が、起業意識の開きに直結していると考えられる。
これに加え、成功した起業家がさらなる起業家を生み出すような好循環を形成することも重要である。SU先進国では国、自治体、大学等が連携してインキュベーション施設を整備しているケースが多い。米国のTHE ENGINEやカナダのMaRS等の施設は、ハード面のみならず、先輩起業家、メンター、ベンチャーキャピタル(VC)、特定分野の大企業が入居するなどソフト面も充実しており、SUの成長に必要なリソースを施設内にてワンストップで入手できる環境を実現している。
■ 高さ10倍に向けたSUの事業規模拡大を促す環境整備
SUの事業規模の拡大を目指すうえで重要な施策は、資金調達支援と売り上げ拡大支援である。
資金面では、日本のSU資金調達の総額は21年に約8000億円にまで増加した。しかし、米国ではすでに36兆円を超えており、結果としてユニコーンの社数は差が開くばかりである。SUが米国のように国力を上げる存在となるためには、事業会社からの資金供給をさらに増やすだけでなく、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)等によるリスクマネー供給量の引き上げが喫緊の課題だといえる。
他方、売り上げ面では、SUによる公共調達の環境整備が必要である。特にディープテックやグリーンなど、長期にわたり売り上げが立ちにくい分野の育成については、公共調達がカギを握ると考えている。あわせて、大企業がSUの製品・サービスを導入する機会を一層提供する必要がある。
資金面、売り上げ面いずれにおいても、SUが事業規模を拡大するうえでは、経営資源・ネットワークを有する大企業との連携をうまく図れるかが重要なポイントになる。このため、経団連が大企業のSUフレンドリー度合いをスコアリングを用いて可視化する取り組みを進めることによって、大企業がSUの優れた技術や製品を活用しようとする機運の高まりにつながることを期待している。
- わが国スタートアップエコシステムの過去・現在と未来への展望(全3回)
- 〈1〉スタートアップ振興の歩み
- 〈2〉「スタートアップ育成5か年計画」の背景とその実現に向けて
- 〈3〉海外を活用した日本の新たなスタートアップエコシステムの形成へ
- 〈2〉「スタートアップ育成5か年計画」の背景とその実現に向けて