これから全4回にわたって、一昨年に法改正が行われた職務発明制度について、改正の経緯や内容、実務の運用状況を解説していきます。
1.職務発明制度の意義
職務発明制度とは、従業者(発明者)が会社の職務上行った発明について会社と発明者の間の権利関係を定める制度であり、日本を含む世界の主要国では、特許法に職務発明制度に関する規定を置いています。
日本の特許法は、その第1条に特許法の法目的が「産業の発達」にあることを規定しています。職務発明制度は、従業者に発明のインセンティブを与えることで発明を奨励し、もって「産業の発達」に寄与することを目的としています。
2.日本の職務発明制度の変遷
日本では、この10年余りの間で2度の職務発明制度に関する法改正が行われました(平成16年改正、平成27年改正)。知的財産法の分野において1つの制度が短期間に2度も改正されるのは珍しいことです。
(1)平成16年改正前の法制度と企業実務
平成16年改正前の職務発明制度の概要は次のとおりです。
- ○職務発明についての権利(特許を受ける権利)は従業者に発生する(従業者帰属)
- 〇使用者は、無償でこの権利の実施権(ライセンス)を受けることができる
- 〇使用者がこの権利を譲り受けるには、発明者に「相当の対価」を支払う必要がある
この仕組みは、大正10年に制定された旧特許法から昭和34年制定の現特許法に受け継がれ、ほとんど変わらないまま長らく維持されてきました(図表1参照)。
こうした制度を前提に、多くの企業(特に大企業)は内規として「職務発明規程」を設け、各企業が妥当と考える報奨金を支払い、職務発明の権利を譲り受けることが行われており、労使間で争いになることはあまりありませんでした。
(2)オリンパス光学事件最高裁判決と平成16年改正
しかし、平成12年ごろから、「相当の対価」の多寡をめぐって使用者と発明者との間で訴訟に発展するケースが徐々に増えてきました。そして、平成15年、オリンパス光学事件最高裁判決は、使用者が定めた「職務発明規程」に基づく報奨金の支払い額が、裁判所からみて不足している場合には、発明者は不足額の支払いを判決で認めてもらうことができると判断したため、さらに職務発明訴訟が頻発するようになり、実務に大きな影響を与えました。
企業があらかじめ定めて従業員に適用していたルールが裁判所によって事後的に否定されてしまう状況下では、使用者が予見可能性をもって事業活動を行うことに支障を来します。産業界からは、制度改正の必要性が唱えられました。このような要請を踏まえ、平成16年に特許法が改正されることになりました(図表2参照)。
(3)平成16年改正とさらなる制度改正の要請
平成16年法は、前述の3つの仕組み自体を維持しつつ、「相当の対価」を決定する際のプロセス((1)職務発明の対価に関する規程を策定する際の労使の協議の状況(2)策定された当該基準の開示の状況(3)対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等)が合理的であれば、裁判所は原則として会社の決めた額を否定できないようにしました。
しかしながら、「協議」「開示」および「意見の聴取」をどこまで行えば「不合理」とされないか、「手続が妥当であっても、金額次第で不合理とされるリスクはないのか」などといった点がなお不明確で、不合理性判断の法的予見可能性が低いとの指摘が産業界からなされました。また、職務発明の対価について、使用者から発明者に対して「相当の対価」という金銭の給付だけに限らず、金銭以外の給付(例えば、昇進や海外留学など)も認められるべきとの意見もありました。さらに、発明者に発明にかかる権利を原始的に帰属させているため、使用者とそれ以外の第三者への権利の二重譲渡も可能な平成16年法においては、権利の帰属に不安定性が残るのではないか等の指摘もなされました。そこで、これらの問題点を解消すべく、平成27年改正が行われることになりました。
次号以降では、平成27年改正法の具体的な内容と、同改正を踏まえた実務動向について説明します。
- 執筆者プロフィール
服部 誠(弁護士/弁理士/NY州弁護士)
阿部・井窪・片山法律事務所所属、神戸大学大学院法学研究科客員教授。職務発明に関する法律相談、訴訟等を多く手掛ける。