於:グランドプリンスホテル新高輪 飛天
はじめに
経団連は、2018年11月に「Society 5.0 -ともに創造する未来-」という提言をまとめた。これは、2018年7月に「未来社会協創会議」「未来社会協創タスクフォース」を設置して以来、集中的に議論してきたものである。本日はその提言をもとにプレゼンテーションする。
提言の全体構成
「Society 5.0」は、デジタル技術を活用した将来像を描き、政治、経済、学術界がその実現を目指していく日本発のコンセプトである。「Society 5.0」について、世界では、米国が先頭を走り、その後、ドイツがIndustry 4.0を打ち出したが、これらと大きく違うのは、未来像をより明確に見ようとしたことである。
当初、デジタル技術により、すべてAI、ロボティクスに置き換えられれば、人の職が失われると懸念された。それだけ大きなパワーを持った社会基盤の変革ということである。しかし、日本では人手が不足していることにより、技術進歩は社会のためになると考えられてきた。また、政府と経済界と大学が、同じ方向を向いて同じ議論ができる国は多くない。
提言「Society 5.0 -ともに創造する未来-」の第1章では、一切ネガティブなことは書かず、デジタルの力を日本と世界のためにプラスにしていこうというメッセージを打ち出した。その上で、第2章では、日本の目指すべき方向性をまとめた。
世界に迫る大きな変化の波
デジタルの革新を表す際、IoT、AI、ロボティクスなどのテクニカルタームが使われるが、IT技術の進歩によりデータがデジタルになって最も変わったことは、データを集め、保存し、検索し、分析することが非常に安く、速くできるようになったことである。
通信も10年前はメガが精いっぱいであったが、現在はギガである。私が携わってきたストレージ事業では、毎年2倍のデータを保存できるようになり、これが社会基盤を変えてきた。こうした流れは、ネガティブに考えることもポジティブに考えることもできるが、私は、ぜひポジティブに考えようと申し上げてきた。
日本の未来は暗くない
こういう話をすると、日本は遅れているという方が多いが、私は違うと思っている。インターネットの世界では、その言語を話す人口が多いところが支配力を持つ。つまり英語と中国語である。SNSがその典型である。しかし、インターネットは機械と人間が話すものであり、この点では日本に多くの蓄積がある。オートメーションにおいて日本は常に先頭を走り、日本の高度成長を支えてきた。日本は決してDXで後れを取っていない。技術のアドバンテージを使い、マインドセットをフレキシブルにすることで、様々な問題を解決するポテンシャルを持っている。こうしたことが「Society 5.0」の背景にある。
情報社会の次の段階へ
では、「Society 5.0」が目指すものは何か。3年ほど前、総合科学技術・イノベーション会議の中で、デジタル化を柱の1つにしようといった議論があった。その中で「Society 5.0」の定義は、情報革命の次に来る、社会基盤まで変えるような創造社会とされた。当時、私はこの議論はなかなか難しいと感じていた。それは、科学技術はシステムのようなものではなく、しっかりした基礎研究から積み上げるものとの議論があったからであるが、そうした意見と「Society 5.0」は矛盾しない。私は、社会基盤が変わる中で、「Society 5.0」をぜひ科学技術の基本方針にしていこうと申し上げた。
デジタル革新の波
振り返ってみると、これは新たな成長戦略そのものではないか。デジタル革新の波はIoT、AI、ロボティクス、ブロックチェーンなど様々なところで起きている。これらを上手に使っていこうではないかという発想が背景にある。
Society 5.0は「創造社会」
では、いったい何が変わるのか。デジタル革新によりクオリティオブライフを高めることで、非常にフレキシブルでスケールの大きな課題解決、すなわち価値の創造に結び付けることができる。これが「Society 5.0」のポイントである。
Society 4.0から5.0への変化
われわれが当たり前と思っていることも、世代が変われば軸が変わってくる。「Society 4.0」は大量生産の基盤構築には貢献したが、全体が豊かになったかというと少し違う。社会はモノからコトの重視ヘと移行し、その技術が何の役に立つかを考えるようになってくる。大量生産は均一な要求には応えられるが、人間は多様であり、多様性への対応が求められるようになる。多様なものを許容する世界では、分散型の社会への転換が必要である。
こうした技術進歩は往々にして人々に不安を抱かせるが、そうではなく、不安から脱却し、人の生活を支えてくれる強靭な社会を作ってくれるものと考えるべきではないか。
気候変動も大きな課題である。気候変動は1つの要因ではなく、何通りもの要因が複合的に関わることで発生する。大気汚染についても、日本は上手に克服したが、まだまだ苦労している国は多い。
このように世界で起きていることを大きなスケールで見る時、デジタル化は大きな力になる。デジタル技術により様々なことを観測し、蓄積し、分析すると、実はこれがこういう要因で絡んでいるということがわかる。持続可能性、自然との共生に向けて、人間の推察力を支援してくれるということである。「Society 4.0」までに新たに発生してきた様々なボトルネックを上手に解決していく道筋をデータが語ってくれるということ、これが「Society 5.0」の大きなポイントである。
Society 5.0 for SDGs
国連が2015年に策定したSDGsは、人類が政治経済を含めたあらゆる活動を含め、力を合わせて共通の課題を解決していくという決議である。これに貢献することこそ「Society 5.0」であるという捉え方をしたい。
「Society 5.0」のコンセプトは、デジタル技術で様々な課題を解決し、創造的な未来の社会を構築することである。不確実性が高く、予見可能性が低い中で、日本の存在価値は、社会課題を解決していくポテンシャルを持ち、世界に貢献していくことである。
Society 5.0の実現に向けて
日本はその最短距離にいるが、実現は簡単なことではない。そこで、4つ変化を提案している。「企業が変わる」「人が変わる」「行政・国土が変わる」「データと技術で変わる」ことである。
DXにおける最大の典型例は、業界の垣根がなくなることである。現在、小売り、ロジスティクス、決済の各業界の垣根が変わりつつある。例えば、決済機能は銀行だけが持つものではなくなってきている。製造業では、良いものを作れば売れるという感覚が持てなくなってきている。消費者の会社や生活に役に立つということを語らなければならない。これは大きな変化である。
例えば、日立製作所には工場の文化があり、技術と製品に命を懸ける男の集団といったイメージがあった。良いものを作ったのに売れないのは営業が悪いと考えていたが、これは成立しなくなった。営業は製品を何に、どのように使い、どのような効果が得られるかを説明することが重要になってきた。
変革のアクションプラン(1)
次は「企業が変わる」である。企業が届ける製品は顧客にとっての価値に変わっており、企業は価値を理解しなければならない。価値とは、顧客が個人であれば生活にどのように役に立つかであり、顧客が企業であれば事業の発展にどう貢献するかである。「企業が変わる」ためには、産業の新陳代謝が必要であるが、日本ではこれが行われてこなかった。ここからいち早く脱却しなければならず、考え方を変える必要がある。
ここであらためてSDGsから考えてみたい。SDGsは貧困、食料、環境、海洋などに関する17項目からなり、ある意味で漠然としているが、企業の行動原理にとっては大事である。「Society 5.0」のゴールは社会的価値の最大化であり、そこに従業員や企業が貢献していく。「Society 5.0」は、大企業が確立した事業分野で、しっかりした階層を作って供給する姿とはかなり違い、次の世代の新しい姿であると思う。
スタートアップの考え方をすぐに取り入れることは難しいが、スタートアップでは個人の発想を大事にし、大企業と協業する文化を作っていくことも「Society 5.0」の重要なポイントの1つである。日本におけるスタートアップの環境はあまり良いものではなかったが、これをどう改善するか。これも経団連の大きなテーマの1つである。
大企業も自分たちの組織から少し離れた発想を持つべきである。鎖国時代でも長崎の出島では自由な発想で様々なことができたことになぞらえ、出島文化を作ろうと申し上げている。
AI-Readyの実現のためには、同じような社会、文化で育った人々だけで考えていては新しい価値創造のアプローチはうまくいかない。多様性が不可欠である。そこでは、働き方も個性、アイディアを活かす方向に変わっていくことが大事である。
この観点から、私は一括採用の時期について経団連が指針を設けることには違和感がある旨を申し上げた。リクルートスーツに着替え、一斉に就社する姿は「Society 5.0」とかなり遠いというのが私の実感である。
新しい価値を従業員が力を合わせて顧客と一緒に作っていくような企業文化を育んでいくことが重要である。日本の雇用慣行には良い面が多いが、これからの社会では違うものが求められるだろう。多様なバックグラウンドを持った人が一生をかけた仕事をこなしていくような創造的な会社生活を、企業が提供していくことが大きな方向性だと思う。情報共有はグローバルに進み、世界はフラットになっていく。その中での新しいトライアルを進めていくためには、まず大きな変革が必要になってくる。
変革のアクションプラン(2)
次は「人が変わる」である。ITはコンピューターサイエンスの専門家でなければ理解できないものではない。むしろ文系、理系と日本流に分類するのではなく、細かいことはわからなくても大きく言えばこういうことと理解した上で、次々に起こる技術革新を前向きにとらえ、新たな文化を作っていくことが重要である。この観点から、まず教育を変えなければならない。
振り返ってみると、経団連が文系はもういらないと言ったとして騒動になったことがある。その時、文系を否定するつもりは全くなく、リベラルアーツはますます重要になるのであり、高校の時点で文系、理系に分けるのはいかがなものかとの議論があった。
入社してきた人を平等に扱うことも再検討が必要である。自覚をもって入社してきた人は積極的に新しい事業機会につけていくべきではないか。また、従業員に対しても、大きな変化を前向きにとらえるよう教育していくことが必要である。
変革のアクションプラン(3)
このように経済界は変わっていくので、「行政・国土」にも徹底して変革してほしい。日本はデジタル・ガバメントの面で遅れている。現在、行政のワンストップ化はようやく進められてきたが、公共データの連携には課題がある。例えば、災害が起きた地域の電気、上下水道、道路交通網、通信などの重要インフラのデータは官民でばらばらに保有されており、これを連携しなければ迅速な復旧や救助のボトルネックになる。
そこで、政府に対しては、お願いするというより、自治体のデジタル化を図るとともに、データをうまく活用して次の国土設計を官民連携して進めようと提案していきたい。
変革のアクションプラン(4)
これらを基盤とした上で、「データと技術で変わる」ことも大きな課題である。世の中のデータはデジタルで集めることができるが、集めたデータを現実の世界と対応させることが必要であり、これにより迅速な計画・対応ならびに最適化が可能になる。
その推進にあたっては、様々なデータを共有することが必要になるが、データの取り扱いについては新たなルールが不可欠である。最近では、プラットフォーマーという巨大なデータを集める事業で成長した米国や中国の企業が、覇権争いを行いつつ独占的な地位を占めるようになっており、データを公共のために使っていくことも大きな課題になっている。しかし、データの共有に関する世界共通のルールはまだなく、ルール作りを日本がリードしていくことが求められると思う。データに関する欧州、米国、中国の主張を調整できるのは日本ではないか。
従来、日本社会、日本企業においては「選択と集中」が重んじられたが、これからは「戦略と創発」という考えの下、調整された世界を様々な企業がともに築いていくべきである。データの覇権主義から脱し、データの共有をベースとすることでゴールを共有し、クリエイティブな世界を作っていくことが重要である。そこでは大学がイニシアティブを取っていくことの重要性も忘れてはならない。
おわりに
以上のように、日本が取り組まなければならない課題を4つに分けて申し上げた。これら4つの変革により、ともに創造する未来「Society 5.0」を構築することを、経団連は行動宣言として掲げている。「Society 5.0」の実現に向けて、強いイニシアティブをもって世界に発信していきたい。