日時 | : | 2011年9月16日(金)午前11時30分~12時30分 |
場所 | : | ホテルニューオータニ ガーデンタワー宴会場階5階 鳳凰の間 |
1.はじめに
本日は、この伝統ある「きさらぎ会」の講演会におきまして、日本を代表する民間企業各社、報道機関ならびに諸団体の幹部の皆様の前でお話をさせていただく機会を賜り、誠に光栄に存じます。
さて、3月11日に発生いたしました東日本大震災は、東北地方を中心とする非常に広い地域に甚大な被害をもたらし、たくさんのかけがえのない命が失われました。改めまして、今回の震災で犠牲となられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、震災発生から半年が過ぎた今日もなお、大変困難な状況におられる被災者の皆様方に心よりお見舞いを申し上げます。
このたびの大震災は、日本経済が、長きに渡る停滞からようやく脱け出しつつあった矢先に発生いたしました。現在、わが国は、低成長とデフレの継続、行き過ぎた円高、厳しい雇用情勢、巨額の政府債務、綻びが見え始めた社会保障制度、TPPをはじめとする経済連携協定推進の遅れ、といった従前の問題に加え、震災からの復興という、非常に大きな困難に直面しており、戦後最大の危機にあるといっても過言ではありません。
経団連では、5月の定時総会における決議の中で、日本が抱える重要政策課題に不退転の覚悟で取り組むと同時に、震災からの早期復興に経済界の総力を結集し、安心・安全で強靭な「新たな日本」を創り上げていくことを宣言いたしました。
こうした思いのもと、今後どのように日本の再建を進めていくべきなのか、この問いについて改めて経団連といたしまして議論を重ねてまいりました。
本日は、震災以降の経団連の最近の活動をご紹介しながら、新たにとりまとめました成長戦略を中心に、震災からの復興と日本経済の再生の実現に向けた私どもの基本的な考え方と、わが国として早期に実施すべき具体的な方策につきまして、お話をさせて頂きたいと存じます。
2.震災からの復興と諸外国との連携強化
震災発生から6ヶ月余りが経過いたしました。日本は、この間、世界各国の皆様から多大なるご支援と温かい励ましをいただきながら、国をあげて震災からの復興にまい進してまいりました。このたびの震災では、史上まれに見る規模の地震と津波によって広範囲でサプライチェーンが寸断され、わが国経済はもちろんのこと、世界経済全体が大きな影響を受けるという事態となりました。
しかし、震災直後からの、被災地の企業や自治体、住民の方々を中心とする皆様の懸命の取組みによって復旧作業は着実に進み、経済活動は予想以上の速度で回復しつつあります。
その一方で、本格的な復興対策は依然として期待通りには進展しておらず、今もなお、多くの被災者の方々が日々大変な苦労をされ、被災地の企業の経営環境や雇用情勢についてもいまだ改善の見通しは立っておりません。
今月2日、新しい政権が発足いたしました。野田首相は、組閣後の初めての会見で、福島第一原子力発電所の事故の収束と並んで、東日本大震災からの復興を最優先の課題と位置付けられました。これを機に、政府には、被災地の皆さんが将来に対して希望を持てる復興対策を、迅速に、力強く推進していただくよう、期待しているところでございます。経団連といたしましても、会員企業・団体をはじめ、日本の経済界全体と協力しながら、震災からの早期復興の実現に向けて、引き続き最大限の努力を行ってまいりたいと考えております。
日本が復興に取り組んでいく過程で大切なことは、決して内向きになることなく、世界経済における日本の役割をしっかりと果たしながら、諸外国との経済関係や連携を積極的に強化していくことである、と私は考えております。日本が戦後の危機を乗り越えて目覚しい経済成長を成し遂げ、世界の主要先進経済国としての地位を築くに至ったのは、国を開き、官民連携のもと、諸外国との関係強化と貿易・投資の拡大に懸命に取り組んだ結果であります。
経団連といたしましても、震災後も、引き続き海外ミッションの派遣をはじめとする様々な活動を通じて民間外交を積極的に推進しております。
震災発生直後より、米国からは、米軍による「トモダチ作戦」や国を挙げての募金活動など、多岐に渡る、大規模な支援をいただき、改めて日米の絆の強さと重要性を再認識することになりました。
4月には、東京で日米外相会談が開かれ、クリントン国務長官、アーミテージ元国務副長官、ドナヒュー全米商工会議所理事長らが来日されました。この外相会談におきまして、震災後の復興に向けた日米両国による官民パートナーシップを推進していくことが合意されましたことを受け、経団連でも日米協力の具体策の検討を進めているところでございます。6月には、米国の有力シンクタンクである「戦略国際問題研究所(CSIS)」の皆様と震災復興に関する意見交換を行いました。この会合に参加されたアーミテージ元国務副長官から「日本の復活は、世界経済やグローバルなサプライチェーンにとって極めて重要だ」とのコメントをいただき、改めまして、一日も早く震災から立ち直り、再び力強い経済成長を実現して世界経済の持続的な発展に貢献していかなければならない、という思いを強くいたしました。
一方、アジア諸国との関係強化に向けた取組みについても引き続き力を入れております。5月初旬には、北京へ経団連ミッションを派遣し、温家宝総理、唐家セン中日友好協会名誉顧問をはじめとする中国の官民のリーダーの皆様と、わが国の震災復興および中国の第12次五ヵ年計画の下での日中協力の推進策などを中心に懇談を行いました。
温家宝総理は、「中国国民は、日本の被災者のことをわがことのように感じている」と述べられ、日本からの輸入品に対する検査の簡素化や日中間の観光交流の回復に向けた取組みの実施といった対日支援策を推進する意向を表明されました。また、震災復興や再生エネルギー、貿易・投資、地域間協力、人材交流や文化といった様々な分野で日中協力をさらに強化していくべきである、とのお話をいただいたほか、かねてからわが国が求めていた日中韓FTAの交渉開始の前倒しにもご賛同いただきました。
さらに、6月初旬には、中国国際貿易促進委員会とともに、環境保護・省エネ関連の最先端の技術や製品を紹介する「日中グリーンエキスポ」を北京で開催いたしました。その際お目にかかった李克強副総理は、震災発生からまだ日が浅い時期であったにもかかわらず、グリーンエキスポを当初の予定通り開催した経団連の尽力に対し謝辞を述べられるとともに、優れた環境関連技術を有する日本との協力に強い関心を示されました。
加えて、先週も、日中経済協会の訪中団といたしまして北京を訪問し、環境や防災といった分野での日中協力の新たな可能性や、日中韓FTAの見通し、レアアースの輸出規制などをテーマに、李克強副総理と意見交換を行ってまいりました。李副総理からは、野田新総理の就任をお祝いするとともに、今後、さらに日中の相互信頼を増進し、戦略的互恵関係を新たなレベルに引き上げていきたい、とのメッセージをいただきました。
また、そのためにも、新内閣とともに両国の友好的な関係の一層の強化に努め、来年の日中国交正常化40周年をお祝いしたいとのお話もございました。野田首相には、今週の12日、こうした訪中の結果につきまして直接ご報告を申し上げました。
ASEANとの関係では、5月から6月にかけて、新政権発足を控えたベトナムからサン次期国家主席を始めとする政府首脳が相次いで訪日され、ベトナムのインフラ開発における日越協力のあり方について両政府間で話し合いがもたれました。
インドネシアからは6月にユドヨノ大統領が被災地を見舞うために来日されました。私も松本外務大臣とともにユドヨノ大統領にお目にかかり、インドネシアにおける大型インフラ整備での協力などについて意見交換をさせていただきました。
7月には、マレーシアにおいてASEAN各国の経済大臣と在ASEAN日本人商工会との会議が開催され、わが国がTPP(環太平洋経済連携協定)への参加やASEANプラス6でリーダーシップを発揮するよう強い希望が参加各国から表明されました。
7月初旬には、経団連ミッションをフランス、ドイツ、英国の三カ国とEU本部のあるブラッセルへ派遣し、バロワン フランス経済・財政・産業大臣、ドイツのメルケル首相、英国のキャメロン首相、ファン=ロンパイ欧州理事会常任議長をはじめとする政府代表や主要経済団体の代表と懇談してまいりました。
会合では、震災からの復興の状況をご説明しつつ、日本ならびに日本製品に対する信頼の回復に努めるとともに、日本とEUの経済統合協定(EIA)をはじめとする日本と欧州の経済関係のさらなる強化・拡大に向けた具体策や、EU各国における原子力発電を含む今後のエネルギー・環境政策のあり方などにつきまして、意見交換を行ってまいりました。日・EUのEIAに関しましては、非関税障壁の問題について日本が前向きに取り組むよう、欧州側から繰り返し要請がありましたが、EIAの重要性について認識を共有するとともに、先般開始されたスコーピングの中で条件が整えば、日本とのEIA交渉の開始を容認するという欧州側の姿勢が確認できたことは、大きな成果であったと考えております。
3.震災後のわが国の新しい成長戦略
こうした諸外国のリーダーとのフェイス・トゥー・フェイスの交流を通じて痛感いたしますのは、日本の経済とそれを支えるわが国の人材や技術力、そして日本という国に対する各国の高い信頼と強い期待であります。私たちはこの「日本ブランド」に対する信頼と期待に応え、早期に震災からの復興と日本経済の復活・再生を成し遂げ、力強い、持続的な経済成長を実現して国際社会の発展に貢献していかなければなりません。
冒頭も申し上げましたとおり、日本は、震災以前から、長引くデフレからの脱却、社会保障と税・財政の一体改革、雇用の創出といった構造的な課題を抱えておりました。これに加えて、3月の東日本大震災で深刻な被害を受け、さらにここにきて、世界経済の先行きが混迷の度を深め、欧米の金融市場に不安感が広がる中、「行き過ぎた水準」とされていた円高がさらに進行して史上最高値を更新し、わが国企業の収益を圧迫するなど、非常に厳しい状況に置かれております。
経済界では、このままでは企業の海外移転が一層進み、日本国内の産業は空洞化してしまうのではないか、という懸念を強めております。
私は、かねてから、企業が元気を出して日本経済が成長してはじめて、雇用の創出、財政の健全化、持続可能な社会保障制度の確立といった諸課題への対応が可能となると考えております。そして日本経済が復活・再生を果たすためには、経済界自らが知恵を絞り、行動を起こさなければならない、との思いから、昨年12月、民間主導の競争力強化のためのアクションプランとして「サンライズ・レポート」を策定し、プロジェクトを実行に移してまいりました。3月に遭遇した国難ともいうべき震災からわが国がいち早く立ち直るとともに、こうした多くの喫緊の課題を克服していくためには、経済成長の推進力である民間企業を活性化し、日本企業の国際競争力を強化していくことによって、力強い持続的な経済成長を生み出していくことが何よりも重要であります。こうした考えのもと、経団連では、今後10年を展望して実質で年率2%、名目で年率3%以上の経済成長を実現していくことを目指し、そのために必要と考えられる企業活動の活性化、とりわけ企業の国際競争力の強化の方策について改めて検討を行い、その結果を震災後のわが国の新しい成長戦略としてとりまとめました。
次に、この新成長戦略についてお話をしてまいりたいと存じます。
(1)立地競争力の強化
わが国の企業が活力をもって事業を展開し、国際競争を勝ち抜いていくためには、まず、日本国内の事業環境を改善し、他国との比較における、事業拠点としての日本の魅力、すなわち「立地競争力」を高めていく必要がございます。
経団連といたしましては、新成長戦略の中で、政府に対し、「立地競争力」の強化に向けた様々な施策の実施を求めておりますが、本日は5つの主な取組みにつきまして、ご説明を申し上げます。
第1は、デフレからの脱却と為替の安定化であります。
デフレからの脱却に向けて道半ばまで来ていた3月、東日本大震災が発生いたしました。その後、市場では急激な円高が進行し、震災のショックが一巡した後も、明らかに行き過ぎたレベルの円高が継続しております。
こうした状況は、わが国の企業の収益や経営者のマインドを一段と悪化させるとともに、日本の立地競争力を著しく損なうものであります。
わが国といたしましては、日本経済のファンダメンタルズを反映しない円高と急激な為替の変動は容認しない、という強い意志を世界に向けてタイムリーに発信していかなければなりません。
経団連といたしましては、明らかに国益を害すると考えられる場合には、市場介入も含めた断固とした行動をとることを、引き続き政府・日銀に求めてまいりたいと存じます。
併せて、デフレからの脱却に向けて、日銀には、当面の間、強力な金融緩和を続けるとともに、必要と判断される場合には機動的に追加的な金融緩和を実施いただくよう、お願いしたいと考えております。
第2は、エネルギー・環境政策の抜本的見直しです。
適正な価格での良質なエネルギーの安定的供給は、企業の事業活動ならびに私たち国民一人ひとりの生活を支える土台であります。しかし、このたびの震災では、この土台が大きく揺らぐ事態となりました。
経団連といたしましては、企業が事業活動や投資を計画的に進めていくことができるよう、政府に対し、少なくとも先5年間を見通した、電力の安定供給確保のための工程表を迅速に策定し、公表することを求めております。そのためには、まず、エネルギーの最適な組み合わせ、ベスト・ミックスについて現実的かつ多面的な視点からの検討が不可欠であります。
原子力発電につきましては、福島第一原子力発電所の事故の収束に引き続き国を挙げて取り組んでいくことが最優先の課題であります。
同時に、徹底的な事故分析に基づく実効性のある安全対策を速やかに実施し、停止状態にある原子力発電所につきましては、安全性を厳格に再確認するとともに、政府自らが、周辺の地方自治体や住民の皆様をはじめ、国民に対して十分に状況を説明し、理解を得た上で、一貫した方針で再稼働に取り組むべきであると考えております。
加えて、こうした状況を踏まえ、温室効果ガスの中期目標や個々の温暖化対策につきましても、国際的な公平性は確保されるのか、実現可能な対策なのか、国民の負担は妥当なレベルなのか、といった観点から、改めてゼロベースで国民的な議論を進めることが必要であると存じます。
第3は、TPPをはじめとする高いレベルの経済連携の推進であります。
経済活動のグローバル化が進展する中、各国は競ってFTA等を通じた事業環境の改善に努めており、今や、経済連携の推進は、国際競争上の必要条件となっております。しかしながら、これまでにわが国が署名・締結した12件のEPAの相手国との貿易額はわが国の貿易総額の17.4%に止まっており、韓国の35.6%という数字と比べましても、大変低い水準にございます。
経団連では、2020年までにFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)を構築することを目標に掲げ、その実現に向けて、TPPに早期に参加することを提案しております。さらに、日中韓FTAや、ASEANプラス6によるCEPEA(東アジア包括的経済連携)など、ASEANを中心とする経済統合を2015年までに確立することを求めております。
こうしたアジア太平洋地域における取組みに加えまして、先般、スコーピングと呼ばれる、本交渉に向けた事前の協議が開始されました日本とEUのEIAにつきましても、早急に本交渉を開始することを提案いたしております。
とりわけTPPは、アジア太平洋地域だけでなく、グローバルな経済連携のルール作りに発展する可能性がある大変重要な枠組みであります。ルールが出来上がってからの参加となれば、わが国の事情や主張を反映させることができなくなる恐れもあり、日本としては早期にTPP交渉への参加を決断すべきであります。
TPPへの参加にあたりましては、経済連携の推進と国内農業の振興との両立を図ることが重要であります。経団連では、これを機会に特区制度等の活用を通じて、企業や若者の農業への参画を促し、世界に誇る日本の農産物の高い品質をベースに国内農業の競争力を高め、新たな成長産業としての再生を目指すべきであると考えております。
また、こうした取組みは、農業の比重が高い東日本大震災の被災地の復興にもつなげていくことができるのではないか、と私どもは考えております。
「立地競争力」の強化に向けた施策の四つ目は、法人税を含む企業の公的負担の軽減であります。
わが国の法人実効税率は現在、約40%となっておりますが、これは韓国をはじめとする周辺のアジア諸国と比べてかなり高い水準であり、その差はおよそ15%に達しております。社会保障大国であるスウェーデンでさえ、国際的な水準に照らし、法人税率を26.3%まで引き下げております。
震災からの復興という緊急事態にある現在、復興財源の一つとして時限的な対策も議論されてしかるべきと考えておりますが、日本企業の活力を高め、国際競争力を強化するためには、法人実効税率の引き下げは不可避であり、最終的には、アジア近隣諸国と均衡する25%程度まで引き下げるべきであると考えております。
社会保障費の負担の軽減も急務であります。高齢化の進行に伴って増大する社会保障給付費の財源を現役世代の保険料負担の引き上げに求めることになりますと、経済の活力を削ぎ、雇用の創出を阻害することにもなりかねません。むしろ、保険料に依存した現在の社会保障制度を見直し、歳入改革を通じて財源を確保して、税負担割合を拡充することで、現役だけでなく高齢者も含めた国民全体で社会保障制度を支える形へと改革を進めていくことが必要ではないか、と私どもは考えております。
第5は、柔軟性・多様性に富む労働市場の構築であります。
日本では、厳しい雇用情勢が続いておりますが、さらに、職種や企業規模といった点でのミスマッチや、若年者および高齢者の雇用問題、また、長期間失業している人の比率が高止まりしていることや、働き方に対するニーズが多様化しているといった構造的な課題が山積しているほか、グローバル化への対応も急務となっております。
また、医療・介護等の分野では、労働力不足が深刻化しているという状況もございます。
そうした中、政府におきましては、労働者派遣法の改正や有期労働契約および高齢者雇用の規制強化、最低賃金の大幅な引き上げ、等、労働市場に係る規制の強化に向けた議論が進行しておりますが、過度の規制強化は、国内の事業環境をさらに悪化させ、結果的に雇用の減少を招くおそれがあります。
生産年齢人口が減少するわが国に求められているのは、労働生産性を向上させるとともに、真に労働力を必要とする分野で十分な労働力を確保するために必要な施策を速やかに実行することであります。とりわけ、教育水準を引き上げて人的資本の質を高めること、そして、女性や高齢者、若者を加えた「全員参加型社会」を実現していくことが重要であります。また、エネルギーや環境、医療、介護、観光、農業など、今後成長が期待できる分野に十分な労働力を提供していくことが必要であります。
経団連では、こうした対策を実施していくことは、雇用の維持・拡大はもとより、企業の事業活動を活性化させ、新しい成長分野を生み出していくためにも非常に有効な取組みであると考えております。
(2)企業の競争力強化
さて、ここまで、日本の「立地競争力」の強化についてお話をしてまいりましたが、次に、日本の経済成長の牽引者である民間企業の国際競争力の強化に取り組んでいく上で、私どもが特に重要と考えておりますポイントにつきまして、三点に絞ってご説明してまいりたいと思います。
第1は、イノベーションの加速であります。
イノベーションは、わが国企業の競争力の源泉であり、日本経済の成長の大きな原動力となってまいりました。
世界トップレベルの技術やノウハウ、そしてそれを支える優れた人材、こうした日本企業ならではの強みに改めて目を向けてみますと、今後も「イノベーション」が、わが国企業の国際競争力の強化において最も重要なキーワードとなることは間違いないと私は考えております。
特に、日本企業は、これまで、環境問題や省エネといった、わが国が抱える社会的な課題に正面から取り組み、あくなき改善と創意・工夫、そして革新的な技術の開発によって次々に新しい解決策を提示してまいりました。こうした「課題解決型のイノベーション」の推進を、日本企業の国際競争力の強化に向けた今後の取組みの根幹に据えるべきである、と経団連では考えております。とりわけ、わが国の企業は、気候変動への対応と低炭素社会の実現といった環境・エネルギーに関わる重要課題の解決に、大いに貢献し得る技術と経験を有しております。さらには、今回の東日本大震災における経験を踏まえ、防災や減災、そして安心で安全な社会づくりに資するイノベーションを推進していくべきではないか、と考えております。
経団連では、現在、特定の都市や地域を舞台に、企業が環境やエネルギー、ICT、医療、交通、農業などの分野における最先端の技術を持ち寄って実証実験を行ない、革新的なシステムやインフラを開発していく「未来都市モデルプロジェクト」を推進しております。既に実施都市や参加企業も決定し、各地でプロジェクトが進行しております。中長期的には、ここで得られた成果やノウハウをパッケージ化し、国内はもとより、海外にも広く展開し、日本の新しい成長産業を創り上げていくことを目指しております。経団連では、この「未来都市モデルプロジェクト」を中核として、都市づくりとリンクさせながら、技術革新による企業と産業の競争力強化を実現していきたいと考えております。
イノベーションの主体は、企業でありますが、政府に対しましても、企業の技術開発を後押しするための思い切った施策を実施していただくよう、お願いをしております。
具体的には、わが国の科学技術政策の行動プランである「第4期科学技術基本計画」において、「グリーン・イノベーション」と「ライフ・イノベーション」の2大イノベーションに加え、「安心・安全」をもう一つの柱に掲げ、3大イノベーションとして、国をあげてこの三つの分野に注力するという方針を打ち出すことを求めております。さらに、大胆な研究開発投資減税の実施や、官民合わせまして対GDP比4%以上の研究開発投資を安定的に確保するために、政府研究開発投資を対GDP比1%にまで引き上げることも引き続き政府に求めております。
第2は、産業クラスターの構築を通じた競争力の強化であります。
経団連では、大都市や地方都市において、特定の産業分野の企業や大学、研究機関などが集まって産業クラスターを形成し、専門的知識やノウハウ、さらには技能労働者の集積を促進しながら、互いに協力・連携してイノベーションを加速することで、企業の競争力を強化していくことができると考えております。
さらには、各産業クラスターが海外へ門戸を開くことによって、産業クラスター間の競争や国際的な人的交流が生まれ、参加企業はもとより、クラスターが立地している都市の活性化や国際競争力の強化にもつながると期待しております。
強力な産業クラスターを形成するためには、優れた企業を呼び込むことがまず何よりも重要であります。経団連といたしましては、政府に対しまして、特区制度の適用や規制緩和などを通じて企業活動の阻害要因を解消するとともに、魅力的なインセンティブを設けていくことを求めております。
さらに、東北地方に「震災復興特区」を作り、法人税率の大幅な引下げ等による事業コストの軽減や大胆な規制緩和を実行し、東北の新たな産業の振興や地域の生活環境の再建も視野に入れた産業クラスターの構築を推進していくことを提案しております。
第3は、アジアの成長を取り込むことによる競争力の強化であります。
わが国が持続的な経済成長を実現していくためには、ダイナミックな成長を続けるアジアの発展に貢献し、アジアとともに成長していくことが重要であると経団連では考えております。
わが国企業としては、輸出に過度に依存するのではなく、アジアへの進出を積極的に進め、現地のニーズや市場の動向に即応した事業展開を進めていくことで、アジアの成長を取り込み、競争力の強化につなげていかなければなりません。
具体的には、アジアの現地企業、あるいはアジアの新興国市場に強みを持つ欧米企業の買収などを通じて思い切ったシェアの拡大を図ることが重要であります。
こうした企業買収をサポートするためには、リスクマネーの供給を充実させて企業の資金需要に柔軟かつタイムリーに応えていくことが必要であり、国内ならびにアジア域内の金融資本市場の整備と機能強化に国を挙げて取り組んでいかなければなりません。
また、アジアにおけるわが国企業の事業拡大に向けた支援策の一つとして、政府には、パッケージ型インフラの受注に向けた強力なバックアップとオールジャパン体制の構築を引き続きお願いしてまいりたいと思います。
4.持続的な成長に不可欠な基盤整備
日本経済の持続的な成長を実現していくために必要な取り組みとして、日本の「立地競争力」と企業の国際競争力の強化についてお話をしてまいりました。次に、経済成長を支える土台となる社会的基盤の整備につきまして、五点ほど、お話しさせていただきたいと存じます。
第1は、社会保障と税・財政の一体改革であります。
一人の高齢者を支える現役世代の数は、2005年の3.3人から2010年には2.8人へ減少いたしました。
こうした状況を受けて、社会保障制度の持続可能性に対する現役世代の不安や不信が高まり、消費マインドにも大きな影響を及ぼし始めております。急速な高齢化に伴う社会保障給付費の増加は、わが国財政を圧迫しており、このまま手をこまねいていては、わが国財政への信認は損なわれ、長期金利に上昇圧力がかかり、財政健全化はおろか、成長にも悪影響を及ぼすことが想定されます。
こうした事態を解決する鍵は、やはり「成長」にありますが、そのためにも、早期に、経済活動への影響という点で中立的な消費税の引き上げに向けた道筋を付け、社会保障の財源確保を図る必要がございます。
同時に、社会保障給付の効率化や重点化を推進し、給付と負担の不均衡の是正に向けた施策を実行していくための国民的なコンセンサスの醸成にスピード感をもって取り組むことも重要であります。
また、復興財源につきましても、基幹税(所得税、法人税、消費税)を中心とする臨時的な増税が検討されておりますが、経済への影響や企業の国際競争力の確保という観点も総合的に踏まえた具体策を、早期に固めていくべきであります。その際、消費税を選択肢として排除すべきではありません。そして、政府として、財政健全化に真正面から取り組んでいくという明確な姿勢を内外に向けて打ち出していかなければなりません。
「政治家はポピュリズムに陥ることなく、日本の将来を踏まえて、必要な施策を着実に早急に実行に移していく必要がある」、との趣旨を表明された新しい野田政権に、大きな期待をいたしているところでございます。
第2は、道州制と「地域主権」改革の実現であります。
経団連といたしましては、これまでの中央集権的な国の統治のあり方を根本から見直し、道州制を導入して「地域主権」改革を推進すれば、産業振興やインフラ整備、人材育成といった様々な取組みを、既存の都道府県の枠を超えた、より大きいスケールで実施していくことが可能となり、その結果、地域が活性化され、ひいては震災からの早期復興と持続的な経済成長の実現を後押しすることになる、と考えております。また、こうした取組みは、先ほどお話いたしました産業クラスターの形成にも大いに役立つものであります。
関西広域連合など、将来的に道州制の導入につながる動きにつきましても、国を挙げて強力に支援し、同様の動きが全国各地でも広がるよう積極的に働きかけていくことが必要であります。
経団連でも、道州制の導入と「地域主権」改革の推進に向けた機運を醸成し、国民の理解を促進するための活動を引き続き積極的に展開してまいりたいと存じます。
社会的基盤の整備に向けた取組みの三つ目は、都市機能の効率化および高度化であります。
グローバル化の進展に伴い、都市の効率化・高度化への取組みは、国境を越えて動くヒト、モノ、カネを惹きつけ、国内に呼び込むために、ますます重要となりつつあり、わが国が今後、新しい日本を創り上げていく上でも、非常に大切な課題の一つとなると経団連では考えております。わが国といたしましては、PPPやPFIといった手法を通じ、適切な役割分担に基づく官民連携を進めていくことで、効率的に都市のインフラの強化を進めていく必要がございます。
とりわけ、利便性の高い交通インフラおよび物流インフラの構築、そして、国際的に見ても魅力のある、高いレベルのビジネスインフラならびに生活環境の実現を重点テーマとして取組みを進めていくべきである、と私どもは考えております。
第4は、金融・資本市場の機能強化であります。
日本には、およそ1,500兆円の個人金融資産があると言われております。しかしながら、その半分以上、約55%が現預金の形で保有されており、有効な資産運用が行われていないことが指摘されております。わが国としましては、個人資産の長期投資を促すとともに、確定拠出年金の拡充や、金融所得についての課税を一本化することによる損益通算の範囲の拡大といった施策を早急に実行し、個人や家計がリスクを取りやすい投資・運用環境を整え、この膨大な資産の有効活用を促進していかなければなりません。
加えて、企業金融につきましては、社債市場における基本的インフラの整備など、金融インフラの利便性の強化に注力し、日本を世界のマネーセンターに伍する金融・資本市場としていく必要があると経団連では考えております。
第5はグローバル人材の育成ならびに海外からの受入れであります。
日本経済の高付加価値化が進み、企業活動のグローバル化が継続する中、産業界は、多様な文化や社会的背景を持つ人々と協力しながら国際的なビジネスの現場で活躍できる、いわゆる「グローバル人材」を求めております。わが国の企業がアジアの成長を取り込み、アジアとともに成長を実現していくためには、アジアから優秀な人材を受け入れたり、逆にアジアへ日本の優れた人材を派遣するといった人材交流を積極的に進めることによって、現地のニーズを的確に把握し、様々なイノベーションを起こしていくことができる「高度人材」を育成していくことが大変重要であります。
経団連といたしましては、グローバル化への対応力を養成するため、企業向けの外国語研修や、異文化・社会に対する理解力を高めるための研修機会を引き続き提供してまいります。また、海外留学や海外ボランティア活動など、他国での経験が豊かな人材の採用の門戸を拡大していくよう、日本の企業各社に働きかけてまいりますとともに、現地法人はもとより、本社においても、優秀な外国人人材を実力本位で採用し、育成して、グローバルに適材適所の人事運用を進めていくことを企業に求めてまいります。
一方、政府に対しましては、国公私立大学の再編、統合の推進や入学定員の見直しを通じて、各大学の適正な教育研究環境の確保を求めたいと存じます。さらには、「留学生受け入れ30万人計画」の2020年の目標達成に向けた、政府としての国際戦略の策定をお願いしてまいります。
また、大学には、9月入学の推進や、大学教職員のグローバル化への対応力の向上といった取組みを進めて、海外留学生の受け入れ拡充に注力するよう求めてまいりたいと思います。
5.おわりに
以上、震災からの復興と日本経済の再生に向けた私ども経団連の基本的な考え方と、わが国として実施すべき具体的な方策につきまして、お話を申し上げました。
現下の日本は極めて厳しい状況に直面しておりますが、「日本は震災から見事に立ち直り、活力あふれる、新しい国に生まれ変わった」と評価されるよう、今こそ全国民が一丸となり、もてる全てを投入して、日本の再建に取り組んでいかなければなりません。
今回の震災では、日本人がもつ忍耐強さ、そして、大変な苦難の時にあっても、ひるむことなく、知恵を出し合い、協力し合いながら目の前の困難を一つ一つ乗り越えていく日本人の力を改めて再認識いたしました。とりわけ、昨今、内向き志向を指摘されることの多い若者たちが、全国から被災地に駆けつけ、被災地の若者たちとともに復旧作業に懸命に取り組んでいる姿には、大いに勇気づけられました。
こうした状況を拝見するにつけましても、私は、技術力・人材・チームワークという、他国にはないわが国の強みを最大限に発揮していくことで、日本は必ずやこの危機を乗り越え、国際社会からの信頼を全面的に回復し、国際的なプレゼンスの維持・向上を実現することができる、と確信しております。
9月2日に閣議決定された「基本方針」の中で野田新内閣が掲げられた政策は、経団連の基本的な考え方と軌を同じくするものでございまして、新政権には大きな期待を寄せているところでございます。
政府には、野田首相のリーダーシップのもと、ぜひとも、政治に対する内外からの信頼を取り戻すとともに、震災からの早期復興、行き過ぎた円高への対応、成長戦略の実現といったわが国の重要課題の解決に向け、党派の枠を超え、スピード感をもって全力で取組んでいただきますよう、お願いしてまいりたいと存じます。
経団連といたしましても、強靭な「新たな日本」を創り上げていくことを目指し、日本が抱える諸課題に、経済界の総力を結集して取り組んでいくとともに、新政権ならびに諸外国の官民と密に連携しながら、震災からの早期復興と日本経済の真の復活・再生の実現に貢献してまいる所存でございます。
皆様方の、引き続きのご支援とご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。
本日は、長時間にわたり、ご清聴いただき、誠にありがとうございました。