一般社団法人 日本経済団体連合会
デジタルエコノミー推進委員会
AI活用戦略タスクフォース
1. 基本的な考え方
経団連では予て、提言「AI活用戦略~AI-Readyな社会の実現に向けて~」(2019年2月)#1も踏まえ、人工知能(AI)はSociety 5.0 for SDGsの実現に向けた中核技術の一つであるとの基本認識のもと、各企業においてAI-Ready化を推進するよう推奨してきた。
こうした中、米国のOpen AI社が開発した対話型のChatGPT(Generative Pre-trained Transformer)を中心とした生成AIは、人間社会のあり方を根本から変える可能性を提示している。
国内外で生成AIの活用に対する社会的関心が急速に高まる中#2、わが国が引き続きSociety 5.0 for SDGsの実現を目指す観点からは、明確かつアジャイルなアーキテクチャのもと、「何のためにAIを活用するのか」という視点を見失ってはならない。大規模なデータの整備・連携#3に立脚しながら、①AIのさらなる活用、②それに付随するリスクへの対応、を継続的に進める必要がある。
同時に、これらの前提として、③わが国独自のAI開発能力の構築・強化が欠かせない。言語をはじめバックグラウンドの異なるわが国が、他国で開発されたAI、すなわち「人の褌」で相撲を取ることには限界がある。革新的AIを自ら作り上げる意思や能力がない限り、その活用のあり方を検討し、国際的なルールづくりを主導することは覚束ない。
経団連が2019年に策定したAI活用原則は、生成AIが隆盛する今日もなお、普遍的に適用可能なコンセプトである。同原則に照らしつつ、現下の情勢を踏まえ、上記①~③を推進するための施策を以下提言する。
- 原則1:AIの活用を通じたSociety 5.0 for SDGsの実現
- 原則2:多様性を内包する社会のためのAI(AI for Diversity and Inclusion)
- 原則3:社会・産業・企業のAI-Ready化
- 原則4:信頼できる高品質AI(Trusted Quality AI)の開発
- 原則5:AIに関する適切な理解促進
2. AIのさらなる活用に向けた方策
Society 5.0 for SDGsの実現に向けてAIの活用を進める以上、AIはSociety 5.0 for SDGs実現に向けたアーキテクチャの内に組み込まれるべきであり、AIの活用自体を目的化すべきではない。今後、わが国としてAIをはじめデジタル技術と多様なデータをいかに組み合わせて活用するのか、政府内に統合的な司令塔機能を設けたうえで、大局的な国家戦略を策定することが不可欠である。
企業をはじめ、あらゆる主体においては、AIを最大限に活用することで生産性を大幅に向上すべく、AI-Readyを超えたAI-Powered(組織全体がAI活用を前提としている状況)を早急に実現することが求められる。経団連が予て提唱してきたガイドライン(下図)においては、AI-Powered化に向けたステップを示してきたが、今後、生成AI活用の進展を含め、環境変化を踏まえながら同ガイドラインの内容を適時適切に見直していく。
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AI活用による生産性向上を進めるうえでは、並行して既存の人材のリスキリングが欠かせない。成長産業への労働移動に向けたリスキリングはもとより、各分野においてあらゆる人材がAI活用のための技能を身に着けることが望ましい。
3. AI活用に付随するリスクへの対応
AIの活用に向けた方策等を踏まえつつ、特に生成AIを活用する際のメリットやリスクを認識したうえで、適切な方向に導くための「ガードレール」を構築することが求められる。以下では、考慮すべき事項を例示する。
なお、AIの適正な活用を担保するためには、開発者やサービスプロバイダーだけに努力を課すのではなく、責任の所在を明確にしながらAIエコシステム全体で取り組む必要があり、リテラシーの向上を含め、エンドユーザーの適切な対応を促すことも求められる。生成AIに関する国際的なルール形成に関しては、広島AIプロセスはもとより、OECD(経済協力開発機構)をはじめマルチステークホルダーによる枠組みにおいても、わが国がイニシアティブを発揮すべきである。
(1) 教育
教育の現場において、AIを使いこなす能力を養うことが重要である一方、AIによる誤回答や生成コンテンツか否かを峻別できず、AIの活用によって児童生徒の思考能力が低下するのではないか、との懸念も散見される#4。そこで、AI活用で得られる情報の活用能力等を勘案し、年齢に応じて活用を推奨/抑制すべき場面等につき、広範な合意を得ることが肝要である。
将来世代への教育についても、AIの活用を前提とした大幅な見直しを検討する必要がある。インターネット上の情報に基づいた文章作成などが生成AIによって容易となった今、「AIに頼らない」のではなく、情報の正誤・真贋を自ら判断し「AIを正しく用いる」ための包括的な教育のあり方を早急に検討すべきである。
(2) 知的財産権(著作権侵害等)
生成AIの活用の拡大に伴い、著作権や商標権等の知的財産権の取扱いに注意を要する。機械学習用データとして他人の著作物を利用する場合、情報解析に必要な範囲内であれば、著作権者の許諾を得ずに利用できる一方、わが国著作権法第30条の4は、利用対象となる著作物の種類・用途・利用の態様から判断して「著作権者の利益を不当に害する場合」には、著作権者の許諾が必要である旨規定している。
こうした中、①知的財産権の発生し得るデータをAIの学習データとして用いる場合、②AIによる生成物に係る権利が発生し得る場合、③AIによる生成物が他の知的財産権等を阻害し得る場合、について、どのようなルールが適切か、国際的な整合性にも配慮しつつ、ソフトローを含め、法制度のあり方に関する検討を進めていくことが必要である。
(3) ガバナンス、倫理的側面(バイアスへの対応等)
学習データの偏りや恣意的なチューニングの可能性に鑑みれば、とりわけ倫理的側面に関してAIのガバナンスを担保することが今後の大きな課題である。今後、G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における成果#5を踏まえ、セキュアな環境下での信頼できるAI活用や、データセットを含むガバナンスのあり方について各国が協調し、公平性を客観的に担保しながら制度間調和を図ることが不可欠である。
このほか、AIの学習データにおける個人情報の取扱いや、生成AIのアウトプットにおける個人情報の開示等に係るガバナンスについても、今後さらなる検討を要する。
4. わが国におけるAI開発能力の構築・強化
現行のChatGPTを含む生成AIの多くは英語の学習データを基に構築されており、言語・文化等の異なるわが国においてそのポテンシャルを最大限発揮することは容易ではない。また、経済安全保障等の観点からも、わが国が最先端のAIを独自に開発する能力を具備することは不可欠である。
少なくともAIの基盤モデル開発に関する限り、わが国は国際的に現時点で大きく後れを取っているものの、画像認識技術など、基盤モデル以外の研究・開発面で比較優位を有している分野も少なくない。
各国と伍するためのAI開発能力の構築・強化にあたっては、わが国における既存の基礎研究等の活用に加え、大規模なデータの整備・連携、抜本的な研究開発支援や人材育成が不可欠である。データとAIの活用を両輪としてわが国の競争力強化につなげるべく、明確かつ包括的な方針のもとで各省庁が連携し、これまでにないスピード感を持って取り組む必要がある。
その際、AIによる日本の言語・文化特有の表現等も可能とすべく、国立研究開発法人が有するデータリソースの開放を含め、信頼できる大規模なデータに基づき、産学官でAIの開発および責任ある実装(responsible deployment)を推進することが戦略的に重要である。
同時に、わが国の取組みがガラパゴス化することのないよう留意したうえで、わが国単独の研究開発はもとより、グローバルサウスを含む各国との連携をリードすることも求められる。
- 経団連提言「AI活用戦略 ~AI-Readyな社会の実現に向けて~」(2019年2月)
- 各国で生成AIの活用をめぐる議論が行われる中、G7広島首脳コミュニケ(5月20日)では、「(略)生成AIに関する議論のために、包摂的な方法で、OECD及びGPAIと協力しつつ、G7の作業部会を通じた、広島AIプロセスを年内に創設する(略)」(パラ38)旨合意。また、国内では自由民主党(AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム)が「AIホワイトペーパー ~AI新時代における日本の国家戦略~」を岸田総理に申し入れる一方(5月9日)、政府は5月にAI戦略会議を立ち上げ、論点を整理(5月26日)。
- 経団連は本年5月16日、提言「データ利活用・連携による新たな価値創造に向けて」を公表。日本型協創DXによるSociety 5.0 for SDGs実現に向けて、生活者価値の創出を目的としたデータ利活用・連携への取組みの重要性を訴求。
- AI戦略会議資料(令和5年5月26日)「AIに関する暫定的な論点整理」
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_senryaku/2kai/ronten.pdf - 2023年4月30日、「AIガバナンスのグローバルな相互運用性を促進等するためのアクションプラン」に合意。 https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230430001/20230430001-ANNEX5.pdf