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Policy(提言・報告書)  都市住宅、地域活性化、観光 持続可能でレジリエントな観光への革新 -改定「観光立国推進基本計画」に対する意見-

2022年1月18
一般社団法人 日本経済団体連合会

はじめに

観光立国推進基本法(基本法)によれば、観光は国際平和と国民生活の安定の象徴であり、経済発展への寄与、国民生活の安定向上への貢献、国際相互理解の増進をその使命とする。成長戦略の柱であり、地方創生の切り札ともされる。

これらの大切な使命を帯びる観光が今まさに危機に瀕している。コロナ禍での不要不急の外出や県境を跨ぐ移動の自粛、海外との往来の停止等により需要が蒸発した。地域や観光に携わる事業者は苦境に立たされており、観光を支えるインフラの維持は喫緊の課題となっている。経団連は新型コロナウイルス感染症対策に関する新内閣への提言#1を踏まえ、観光に関連する産業等を中心に、経済振興策の早期展開を政府に求めていく。

あわせて、中長期的視点から、我が国の観光を巡る諸課題の解決に取り組むことも重要である。観光は外部要因の影響を受けやすく、持続可能性の面で、もろさを抱えてきた。コロナ禍では、不要不急のものの一つとして捉えられた感もあり、観光が果たすべき使命についての社会的な理解も完全には得られていない。

そこで、地域の発展への観光の貢献等を高め、広く発信していくことで、欠かすことのできない産業としての地位を確立するとともに、持続可能でレジリエントな観光を実現していくことがとりわけ重要である。

折しも、コロナの影響を受けて延期されてきた観光立国推進基本計画(基本計画)の改定の時期を迎えようとしている。新型コロナウイルスへの警戒感が未だ残る一方で、観光の再開への期待感も高まっており、国民の理解と納得の下で変革に取り組む絶好のチャンスを迎えている。いったん立ち止まることとなった今だからこそ、政府は原点に立ち返り、観光の使命や意義等を確認しつつ、これまでの成果や課題を検証するとともに、これからの経済社会像を踏まえた観光立国の在り方を定め、その実現のけん引役を担っていくべきである。

1.観光立国の実現に関する施策についての基本的な方針

(1)観光の使命と観光立国の基本理念

観光のあるべき姿は基本法に定められており、その前文では、観光の使命について、地域経済の活性化や雇用機会の増大等による経済発展への寄与、健康の増進や豊かな生活環境の創造等による国民生活の安定向上への貢献、国際相互理解の増進と記している。前文ではあわせて、観光が使命を果たすことができる観光立国を実現するために必要な環境の整備は不十分であるとし、観光立国実現に関する施策の基本理念として「住んでよし、訪れてよしの国づくり」を示し、施策の推進に向けて政府は基本計画を定めることとしている。

この「住んでよし、訪れてよしの国づくり」の要点は、小泉総理(当時)が主宰した「観光立国懇談会」報告書(2003年4月)で言及されている。報告書では、まず、観光の意義について、国力の向上や文化の発信の有力な手段であり、経済に刺激を与え、教育を充実し、国民の国際性を高めるものであることが諸外国では広く認識されつつあり、国の将来、地域の未来を切り拓く有力な手段であるといっても過言ではない、とまとめている。これに対し、日本では「風景や名所を見物すること」などの限定的な意味で取り上げられることが多かったとも紹介している。

次いで、観光の原点については、名所や風景等の「光を見る」ことだけではなく、一つの地域に住む人々がその地に住むことに誇りをもつことができ、幸せを感じられることによって、その地域が「光を示す」ことにあると記している。そのうえで、観光立国の推進にあたっては、原点に立ち返り、観光の概念を革新することが必要とし、「住んでよし、訪れてよしの国づくり」の基本理念が導き出されている。

あわせて、観光立国の実現に向けた改革の方向性として、地域の人々が主導的に展開する「自律的観光」の実現、個々の観光客の主体性を尊重して学び・癒し・遊び等のさまざまな楽しみ方を可能にする「新しい型の観光」の促進、地域の貴重な自然資源や文化資源を持続可能な方法で活用する「持続可能な観光」が挙げられている。

(2)新計画における基本方針の在り方

① 持続可能でレジリエントな観光への革新

観光の原点等からは、観光振興は地域の経済社会の発展への貢献を目的に取り組むものであると改めて確認できる。

これを踏まえて新計画の方向性を考えると、短期的な重要課題は、地域への貢献の大前提となる観光の存在の維持である。今しばらく続くであろうコロナの影響を抑えるための環境整備に向けて、安心・安全の確保の観点から、自治体や観光に携わるさまざまな主体と、医療界との連携促進が重要となる。また、コロナ禍による影響を特に強く受けている旅行業や宿泊業、交通業や運輸業、小売・販売業、飲食業等観光に携わる産業への支援は、特定の業界への優遇ではなく、地域の経済社会を支えるインフラを維持する観点を明確にして行うことが望まれる。例えば、ホテルでの接客にあたる働き手のうち、何らかの理由によりワクチン接種ができない者については、地域全体での安心・安全の確保の観点からPCR検査等の実施に関する補助の検討も考えられよう。さらに、全国的に失われた移動需要の回復の観点から、修学旅行等の教育機会、故郷への帰省、ビジネス目的の出張も含めた人流の本格再開に向けた機運醸成策も求められる。蒸発したインバウンド需要の回復に向けたプロモーションはJNTOを中心に、民間の資源も活用し、官民連携の総力戦で重層的かつ多面的に取り組むべきである。

中期的な視点からは、観光の使命に立ち返るとともに、これまでの成果やコロナ禍を契機とした経済社会の変化を踏まえながら、持続可能でレジリエントな観光に向けた革新が欠かせない。

2003年のビジット・ジャパン事業以降、政策効果や官民の努力もあり、当時521万人だった訪日外国人旅行者数は、2019年に3,188万人へと増加した。「明日の日本を支える観光ビジョン」で定めた目標の2020年4,000万人へと迫る勢いで拡大するなかで、消費額も4.8兆円に達した#2。国内旅行については、2019年の消費額が21.9兆円に達し、2020年の目標(21兆円)をクリアしている。この間、リーマンショックや東日本大震災に伴う需要の落ち込みも経験したが、困難を乗り越え、観光は我が国の経済に確かな貢献を果たしてきた。

一方で、こうした急速なインバウンドの拡大は、観光公害のようなマイナスのインパクトを社会に与えたことも事実である。また、日本人の国内旅行については、頭打ち感もあり、旅行者数と消費額の拡大に向けた新たな需要の掘り起こしの必要性がかねてより指摘されているほか、業務の効率化による生産性の向上等の構造的な課題の解決も求められる。コロナ禍では、物見遊山にとどまらない、観光の本来の使命や役割の浸透による社会的なプレゼンスの向上が大きな課題であることも明らかになった。

そこで、新計画では、これまでの成果をステップに、多岐にわたる課題を解決し、革新を図るための指針を示すべきである。そのうえで、観光に携わる幅広い事業者や行政が、観光客や住民、そして医療界の理解と協力を得て、地域一丸となってさまざまな施策を展開するよう促していくことが求められる。観光立国の基本理念である「住んでよし、訪れてよしの国づくり」の実現の強調は、まさに時宜を得たものである。

ただし、コロナ禍で人の往来への意識が否が応でも高まり、また、人流の停止がオーバーツーリズムの問題を一時的に解消する中で、観光の本格的な再開には慎重な声もある等、現下の状況を踏まえれば、言うは易く行うは難しでもある。

そこで、新計画においては、地域における理解と協力が得られやすいように、観光の使命や観光立国の実現に向けた環境整備の在り方をわかりやすく記述したうえでの発信が望まれる。観光立国の実現に関する施策の基本的な方針(基本方針)の前提として、観光の使命については、地方創生やウェルビーイングの実現、ダイバーシティの推進、気候変動問題への対応等の我が国の経済社会における課題解決に貢献するものであることを明確に示すべきである。そのうえで、観光立国懇談会が示した改革の方向性に沿って、東日本大震災からの復興やコロナ禍で蓄積した経験を勘案しながら、進展するデジタル技術の活用を前面に打ち出し、需要の分散や平準化に資する新たな観光コンテンツの造成、インバウンドを巡るさまざまな歪みの是正、デジタル技術の利活用をつうじた業務プロセスの変革、観光人材の活躍等、観光のアップデートの方向性を提示することが必要である。

② 取り組みの方向性

上記の基本的な考え方を踏まえ、第一に強調すべきは、地域の人々が主導的に展開する「自律的観光」の実現である。強みとなる観光資源や関係するステークホルダーは地域ごとに多様であり、地域の実情を踏まえた特色ある取り組みが不可欠である。これまでの観光における課題やコロナ禍で顕在化した事象等を踏まえ、宿泊業や旅行業、自治体等、観光に直接的に携わる主体が自己改革に取り組むとともに、小売業や農林水産業等幅広い業界とデジタル技術等も活用してつながりながら、観光客、住民、金融機関、医療関係者を巻き込み、地域が一つの会社のように一体となって発展を目指す「観光地域経営」の視点が必要である。

「新しい型の観光」については、経済価値をもたらすよう、団体周遊型から少人数型への流れ、滞在型や体験型の進展等の旅行スタイルの変化、コロナ禍での働き方や暮らし方に関する変化を踏まえた多様なニーズを取り込むべく、自然・文化等の地域資源の磨き上げ、映像や音響を含むデジタルツールによる体験価値の提供や地域での回遊の促進等により、従来の観光のアップデートを進める。需要の拡大と平準化を果たしながら、消費額の拡大や満足度の上昇につながる観光のスタイルを示すことが考えられる。

滞在型や体験型の旅行スタイルの定着やインバウンドの恩恵の拡大が進めば、地域への接点は増大するため、地域住民との共存や自然・文化等の地域資源への配慮はもちろんのこと、観光の存在が地域社会の持続可能性やレジリエンスの確保にプラスの効果をもたらす取り組みの促進が欠かせない。コロナとの共存、SDGsの達成、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)、東日本大震災をはじめとする災害からの復旧・復興等、社会課題の解決とも連動させつつ、「持続可能な観光」を推進していく視点を示すことが求められる。

最後に、「担ってよしの観光」という視点も、持続可能な観光を実現するうえで重要である。受入環境の整備、プロモーション、旅行商品の磨き上げとその販売等は、観光に携わる主体の有機的な連携による総合力の発揮が求められる。観光はすそ野が広い産業とされる一方で、事業の一部分で関わる、いわば業際の集まりとの指摘がある。このため、外部環境の変化への対応において脆弱性があることから、一枚岩になって動きうる産業としての成熟が求められる。また、かねてより、繁閑の差や労働集約的な業態といった特徴から生産性の向上が課題とされており、産業としてのプレゼンス向上に欠かせない人材の確保・育成の観点からも解決を図る必要がある。そこで、地域として目指すべき方向の共有を進め、生産性の向上を伴いながら、人材を惹きつける「観光産業」としての確固たる地位を築いていくことが重要である。

2.観光立国の実現に関する目標

基本計画にて定める観光立国の実現に関する目標は、上記の基本的方針に沿ったうえで、個別施策を促進するような内容により設定されるべきものである。例えば、「自律的観光」については、地域の関係者が自らも国としての全体目標の達成を担う当事者であるとの意識を共有し、観光地域経営を効果的に行っていくための指標が望まれる。「新しい型の観光」については、多様なニーズを満たし、さまざまな地域に経済的な価値をもたらす観点から、消費額や満足度等の重視が特に考えられる。なお、人数や件数については、需要の拡大と平準化につながる滞在型や体験型の観光を推進していく観点から、滞在日数の延長やリピーターの獲得につながる指標が大切である。「持続可能な観光」については、サステイナブルな地域づくりにおける観光の貢献度を可視化する観点から、地域におけるSDGsの達成、地域社会における住民のQOL向上を、「担ってよしの観光」については、DXの推進、観光に従事する働き手の拡大や満足度の向上、生産性の向上等を促すような指標を設定すべきである。

定めた目標の達成度や、基本計画の政策効果を検証する際には、正確なデータが必要である。観光に関連する統計については、観光スタイルが多様化していく中で、例えば古民家への宿泊等をはじめ、従来の統計では把握していない、もしくは、把握しにくい領域も増えてくることが想定される。精緻なデータの収集が可能となるよう再設計するとともに、ターゲットとなる顧客層の動向を正確に把握し、分析が可能となるよう、デジタル技術の活用をはじめ統計の取り方や消費額の換算の方法についても検証すべきである。なお、目標に関する検証にあたっては、自己評価にくわえ、外部評価も活用することが望ましい。

3.観光立国の実現に関し、総合的かつ計画的に講ずべき施策

(1)観光地域経営の推進に向けたDMOの活性化

① けん引役としての期待

地域が主導的に展開する「自律的観光」の実現に向けた「観光地域経営」の司令塔としては、観光地域づくり法人(Destination Management/Marketing Organization:DMO)の活用が期待される。観光庁が定めるガイドライン#3ではDMOの役割として、①観光地域づくりに関する多様な主体の合意形成、②データに基づく明確なコンセプトに基づいた戦略(ブランディング)の策定、③観光資源の磨き上げや交通アクセスの整備等の地域の取組推進、④各主体が実施する観光関連事業と戦略に関する調整やプロモーションを挙げている。

2015年に登録制度が始まって以降、各地において官民の協力の下で形成が進み、広域連携(ブロックレベル)、地域連携(複数の地方公共団体)、地域(基礎自治体)の3層の組織の合計は300を超えており、地域によっては、DMOが中心となって、観光の振興に向けたブランディング、役割分担、データの蓄積と利活用、地域住民との協働が進む等、政策効果は一定程度上がっているものと考えられる。

一方で、組織の成り立ちから、従来の観光協会と変わらず、公平や平等を過度に意識した運営がなされているケースがあり、スピード感や特徴のある観光振興策を進められていない等の指摘が少なからずある。また、観光地域づくりにおける多様なステークホルダーをまとめきれておらず、一部の事業者がインバウンドの増加等の恩恵にただ乗りしているケースも散見され、地域の魅力を「面」で高めるエリアマネジメントが進んでいないという声もある。

そこで、DMOの効果的な運営に向けて、まず、旅行業や宿泊業、運輸業等の事業者とも連携し、旅行者の目線に立ったビジネスで築き上げてきた民間の機能を取り込みつつ、地域を経営していくマインドセットを含めた変革に取り組むことが望まれる。その際、新しい観光コンテンツや持続可能な観光のベースとなる観光地域づくりの理念や戦略、ビジョンを地域の関係主体へ広く示し、理解と納得を得ながら、リーダーシップを発揮し、経営を進めていく発想も求められる。

② 自律的な運営に向けた人材の確保と権限委譲、財源確保に向けた支援

こうしたDMOへの期待を実現していくにあたっての課題も多い。登録制度が発足した当初から多くのDMOが抱える課題は、自律的な運営に欠かせない人材と権限、財源の確保である。

DMOの人材には、経験やデータに基づいて、多様な顧客の声を踏まえながら、受入地域のマネジメントを行う必要があり、経営に関する知識や対人スキル等の高い能力にくわえて、ネットワークの構築やノウハウの蓄積も求められる。こうした人材の育成には時間がかかることから、計画的な人材の育成はもとより、即戦力となる外部人材を獲得しうる体制の整備が求められる(後掲(5)③)。

人材の確保・育成だけでなく、デジタルを活かした戦略策定や地域を面として発展させていくためのコンテンツ作り、さらにはDMOの組織としての持続可能性の観点からも財源の確保が大きな課題である。そこで、関係者との協力の下、海外と比較して極端に安いとの指摘が多い観光コンテンツについて、磨き上げと入場料の引き上げを並行して行い、付加価値を高める中で収益の一部をDMOの財源に充てていくことが考えられる。また、DMOに加盟する事業者の業績向上をつうじた会員拡大による会費収入の確保も財源の安定には重要である。旅行商品や地場産品の販売等を含めた収益事業の拡大や会費収入の拡大にくわえて、地域の宿泊税等の条例による特定財源の確保等、地域での主体的な取り組みの推進も考えられる。その際には、DMOが担っている機能や地域にもたらしている効果を積極的に広報し、観光客等の納得を得ていく必要がある。

また、DMOへの権限委譲や財政的な支援も検討すべきである。財源としては、国際観光旅客税の活用の検討も一考に値する#4。政府による財政支援は、一律にではなく、広域・官民連携や持続的な観光地域形成に意欲的な組織を対象とすることが基本である。この点で、2020年よりスタートした「重点支援DMO」への支援の内容や成果についての発信が期待される。

なお、国の予算は、実際に執行されるタイミングが年度の後半にかかり、地域におけるタイムリーな施策展開を阻害する要因となっている。立案から執行に至るプロセスを大胆に迅速化するとともに、地域づくり等、一定の期間を要する事業に関わる予算については、複数年度にまたがる執行も可能とすべきであろう。

③ JNTOと、DMO3層の間での役割の明確化

DMOについては、組織間での役割の整理も課題である。カバーするエリアが複数のDMOで重なった場合に、プロモーションやマーケティング等の事業内容の重複が見られる。各地のDMOの設立経緯はさまざまであり、カバーするエリアの大きさだけをもって、上下関係を規定するのは適切ではないため、地域ごとにそれぞれの組織の役割を明確にし、保有する資源等も勘案しながら、効果的・効率的な連携体制を構築していく必要がある。

とりわけ、多くの地域が注力するインバウンドの拡大に向けた取り組みにおいては、JNTOとの間でも機能の重複や漏れが発生しやすい。多言語対応のホームページや動画の整備の取り組みは全国的に進んできており、内容が重複している場合もある。JNTOの海外ネットワークやマーケティングツールを活かした日本全体のブランディングが、訪日客の地域への滞在につながるよう、受け入れを担う広域連携DMO等の意見も踏まえて役割を整理するとともに、デジタル環境も活かした連携の促進が求められる。

効率的な連携の在り方については、政府によるガイドライン#5に明記されており、実効性の確保に向けて、実施状況のチェック体制の整備やフォローアップも検討すべきである。

(2)需要の拡大と平準化により経済価値をもたらす新しい観光

① ワーケーション・ブレジャーの普及・定着

コロナ禍による困難な状況の中でも、地域への経済効果をもたらす可能性のある新たな観光のスタイルの萌芽が見られる。緊急避難的な在宅勤務からテレワークが進展したことにより、ワーケーションや出張前後の休暇をセットにしたブレジャーへの関心が高まっている。これらの働き方や過ごし方は、平日需要の創出や滞在期間の延長を実現し、我が国の観光振興における繁閑差の是正という大きな課題の解決につながるものとして期待できる。ただし、未だ社会的に定着するには至っておらず、普及・定着に向けた地道な取り組みが望まれる。また、地域の側では需要拡大への期待が高まっており、受入体制の整備が進んでいる一方で、企業は、生産性を高めていくための選択肢の一つであり、現時点では実施が可能な職種も限られる。また、労働災害を含めた労務管理や経費の考え方も浸透していない等、導入に向けた検討は緒に就いたばかりである。

こうした送り出し側と受け手側でのギャップを埋め、ワーケーション等を推進するには、国や地方と民間の連携による機運醸成が求められる。働き方改革等の直接的な意義や効果にくわえ、地域の活性化にも資するという間接的効果を発信することが必要であり、例えば体験プログラムの共同開発が考えられる。そのうえで、各界リーダーの実践等をつうじた積極的な発信が期待される。

企業においては、社員のエンゲージメントやクリエイティビティの向上等の手段と捉え、就業規則の改定や地域におけるテレワーク環境の紹介等により、働き手が働く場所を自律的に選択できる環境を整えるほか、研修の社外への持ち出しによる体験機会の創出等が考えられる。政府においては、企業がこうした取り組みを実施しやすい環境を整備する観点から、労働時間法制の見直しとともに、トライアル的に実施する企業での定着を後押しすべく、導入初期の段階においては、交通費や滞在費に関わる部分での公的な補助や税制面での優遇等を図ることも考えられる。

ワーケーションとブレジャーは、滞在する地域の魅力を知る機会となり、そこから関係人口ひいては二拠点居住や移住へとつながる可能性を秘めており、「訪れてよし」から「住んでよし」を実現する取り組みとも考えられる。観光庁も「第2のふるさとづくりプロジェクト」をつうじて「何度も地域に通う旅、帰る旅」の定着を目指しており、地方経済の活性化につながる芽を官民が一致協力して大きく開花させていくことが求められる。

② 地域資源を活かした新たな観光コンテンツの展開

コロナ禍での地域への関心の高まりは、各地の自然、アクティビティ、文化の体験に向かう人の流れを創出し、今後の観光のスタイルの変化とともに、これまで観光との関連が薄かった地域を観光地へと様変わりさせる可能性をもたらしている。農林水産業をはじめ、地場の産業等も巻き込みながら、地域の食や文化等を活かした新たなコンテンツを造成し、地産地消を拡大しながら、アドベンチャーツーリズムやカルチャーツーリズム等へと昇華させていくチャンスが到来している。

なかでも、アドベンチャーツーリズムは、「アクティビティ」、「自然」、「文化交流」のうち2要素以上を主目的とする旅#6であり、多様な資源が全国各地に存在している我が国においては成長のポテンシャルが高い。アドベンチャーツーリズム関連での世界最大のカンファレンスの開催地が北海道となったこともあり、海外からデスティネーションとしての注目度が今後上がってくる可能性がある。旅の一つの型として定着している欧米では、顧客単価の高い市場となっており、さらに、参加者は用具や装備へのこだわりが強い傾向もあることから、旅が一つのショーケースとしての機能を発揮し、消費の拡大につながる可能性がある。

こうした観光コンテンツの造成においては、当該地域ならではの資源を活かした差別化が重要であり、他の地域での成功の単なる横展開の推進に終始しないよう、各地において、観光振興に取り組む組織の連携を図っていく必要がある。なお、ガイド人材をはじめとするリソースが地元だけで確保できない場合もあり、必要に応じて域外の組織等との連携により、自律的な取り組みの体制を補強することも重要である。

③ 地域観光のデジタル化推進による価値向上

新しい観光コンテンツの造成においては、デジタル技術の有効活用も重要である。例えば、国立公園等の自然環境に映像や音響技術を融合させることで、ナイトウォークの商品を造成している例や、ウェアラブルデバイス、スマートフォン等を活用したAR(拡張現実)により、星空観賞等での体験のスケール感や臨場感を高めたり、文化遺産等の情報を迅速に提供したりする取り組み例もみられる。

また、VR(仮想現実)等、オンラインを活用した観光コンテンツの造成も更なる発展の可能性を秘めている。一般公開されていない文化遺産の見学や美術館、博物館等のバーチャルツアーはコロナ禍で導入が進んでおり、一過性のものとせずに、大きく育てていくための取り組みが重要である。

さらに、MaaSの社会実装による地域の受入環境の整備も重要である。移動手段の利便性の向上にとどまらず、途中でのアクティビティやイベント、観光施設等の旅の目的の創造と、交通や宿泊等の手配に関する仕組みの整備により、地域内での経済効果の拡大が期待できる。蓄積されたデータは地域の活性化策の貴重な情報となる。

(3)多様な地域へのインバウンド効果の拡大

① 本格再開に向けた訪日プロモーションの実施

人口減少が進む我が国において、インバウンドの拡大は経済社会を活性化するための重要な取り組みであり、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえながら、本格再開に向けて、安心・安全の確保を前提としたプロモーションの積極的な展開が求められる。各種の訪日外国人旅行者意識調査では、新型コロナ終息後に旅行したい国・地域として日本は上位を占めており、このチャンスを活かし、他国に遅れることなく需要を獲得していく必要がある。

政府は、2030年の訪日外国人旅行者数6,000万人の目標を引き続き掲げており、「明日の日本を支える観光ビジョン」の目標値の中で達成率の低い項目について、施策の一層の推進を図ることが考えられる。「訪日外国人旅行消費額」や「地方部での外国人延べ宿泊者数」は、それぞれに達成率が2019年時点で6割程度であることから、取り組みの重点化が今後図られる可能性がある。

消費額の拡大は、観光がもたらす直接的な経済効果であり、重視すべき項目である。また、オーバーツーリズムの問題等を踏まえれば、人数だけを目標とした施策の展開は必ずしも好ましいものではないが、訪日外国人観光客は東京、京都、大阪等限られた範囲に集中しており、観光コンテンツを持つ地域への流れをつくることで、適切な形で訪日客数の拡大が進むものと考える。あわせて、安定的なインバウンドの受け入れを図っていくためには、航空路線の維持・拡大が必要であり、日本からのアウトバウンドについても回復・拡大に向けた機運醸成が重要である。

また、プロモーションの実施にあたっては、政府とJNTO、広域連携DMO等が連携し、日本のおもてなしの心や安心・安全な環境、豊かな自然や食、コロナ下にあっても成功裏に開催されたオリンピック・パラリンピック等のレガシーの打ち出しも効果的と考えられる。

② 富裕層や良質なインバウンド向けのコンテンツの造成

インバウンドについて、特定国からの訪日客が大半を占める構造は、国際動向をはじめとした外部要因の影響をまともに受けるリスクが高く、多様化に向けた取り組みが求められる。2019年には、韓国からの訪日客が大幅に減少したが、ラグビーワールドカップ日本大会を契機に、欧州やオセアニア等の各国からの訪日客が拡大し、同年のインバウンド全体の人数が前年を下回ることはなかった。また、観戦客は開催都市とその周辺地域を訪れるなかで、滞在期間の長さ等から消費額の拡大にも貢献し#7、一人当たりの旅行支出の平均は、一般のインバウンド客と比べると2.4倍との推計もある#8。こうした実態を踏まえると、地域に経済価値をもたらす、欧米豪等の富裕層#9をターゲットとしたインバウンドの拡大に注力することが重要となる。富裕層の拡大は消費額の向上とともに、次の訪日客の開拓につながる発信力・影響力にも期待ができる。こうした海外の富裕層の獲得に向けた環境整備を進めることは、ひいては、国内の富裕層の獲得へとつながってくるものと考える。

一般的に、こうした富裕層は、「高い快適性」、「サービスの質の高さ」のほか、欧米豪のアドベンチャーツーリズムの参加者のように、新しいことへの挑戦や「本物」のコンテンツに対して、適正な対価を支払うメンタリティがあり、適正な価格による経済効果の拡大につながる可能性もある。いわゆるモダン・ラグジュアリー層#10と呼ばれる層は、高学歴で収入レベルも高いとされており、その国・地域の文化や独自性等、個人としての興味や関心、価値観を満たす体験を重要視する傾向があることから、上質な宿泊施設の整備とともに、クールジャパン戦略等とも連動した、その地域ならではの高付加価値なアクティビティ等のコンテンツの造成が求められる。

③ MICEの誘致・創出と現地参加者増のプロモーション

MICEは、M(Meeting)I(Incentive Travel)C(Convention)E(Exhibition/Event)で構成され、国内外からの人流を生み出し、開催地に高い経済波及効果をもたらす。その前後には、参加者が家族等を伴い、地域で観光を楽しむケースが多く、その消費額は、一般の観光客に比べて高い傾向がある。また、参加者は本国においてはインフルエンサーであることが多く、家族や友人を伴った再訪の促進にもつながるとされる。

MICEのなかでも、国際会議は、世界中で熾烈な誘致競争が繰り広げられており、コロナ禍での変化を見極めたうえで、戦略を明確に打ち出して、誘致競争を勝ち抜いていく必要がある。コロナ前のMICE誘致においては、ターゲットは主催者であり、開催地が決まれば、あとは参加者が自動的に来訪する形であった。しかし、コロナ禍を経て、国際会議のオンライン開催が主流となり、参加者は、場所や時間を踏まえた選択が可能となっている。さまざまな面で融通が利くオンラインを活用した開催は今後も継続が想定されるため、主催者だけでなく、参加者への営業やマーケティングも必要となる。また、発想を転換し、開催の順番を待つのではなく、国を挙げて、国際会議を主催していくことも重要である。

経済的な波及効果の高いリアル参加の拡大を図る際には、開催地の魅力と体験価値の訴求が重要となるため、官民連携による主体的なプロモーションが欠かせない。オンライン参加者へは開催期間中の地域の魅力の訴求により、今後の訪問につなげる努力も必要である。

④ ショッピングの多面的な効果の活用

ここまで挙げたような「新しい型の観光」に向けて、受入環境の整備、商品の造成と適正な価格設定を行うとともに、需要の平準化や滞在期間の延長等、従来の課題を解決することで、経済価値の向上が期待される。あわせて、ショッピングの拡大も、観光がもたらす経済価値の向上を図るうえで重要である。インバウンドの消費額4.8兆円のうち、買い物は35%、飲食を含めればおよそ60%を占めており、地元産品を使った商品構成による地産地消を進め、地域経済への波及効果を高める視点が重要である。

ショッピングは消費額の拡大にくわえて、メディア効果も発揮する。旅先におけるショッピングは、販売や接客の場面でのおもてなし体験や細部にこだわり抜いた商品との出会いの機会等にもなる。お土産はそうした経験の思い出となり、その後の越境ECでの消費へとつながる可能性もある。また、商業施設は、地域の観光コンテンツへと観光客を送り出す力を発揮することが多い。さらに、購買データは、宿泊や観光施設への入場、携帯電話による位置情報と並ぶ、観光関連のビッグデータとなり、その後のデジタルマーケティングへの活用が期待できる。

インバウンドのショッピングを巡っては、特に富裕層のニーズに即した質の高い伝統工芸品や雑貨、装飾品等がアピールできていないほか、購買拠点が適切に整備されていないといった問題がある。観光立国の実現に向けた重要な施策としてショッピングを位置づけ、質の高いインバウンドによる消費の拡大に向けた環境整備が求められる。グローバル都市として文化発信力を強化する観点からも、東京や大阪等の大都市の商業施設等が日本各地の良質な伝統工芸品等の銘品を幅広く取り扱うショールーム機能を強化することも考えられる。

(4)持続可能でレジリエントな地域づくりに貢献する観光

① 社会課題解決への取り組みにつながる関係人口の創出

アドベンチャーツーリズムに限らず、修学旅行をはじめとする教育旅行、芸術祭等のイベントへの参加、コロナ禍で注目されたマイクロツーリズム等は、地域との接点を多く創り出す。

このため、地域の自然や文化、生活の豊かさを認識するだけでなく、例えば、農林水産業の活性化、過疎化対策、伝統文化の維持、災害からの復旧・復興等、地域の持続可能性の確保やレジリエンスの向上に関する諸課題への気づきと学びの機会となることが考えられる。2022年度からは、高等学校の学習指導要領が新たに施行され、自ら課題を発見し、解決していく資質・能力を育成する「総合的な探求の時間」が始まるため、教育旅行をつうじて地域や観光への理解が深まるとともに、将来の人材育成につながるチャンスも拡大する。地元に根付いた企業の工場見学等の産業観光のほか、ワーケーションについても、農泊や国立公園への滞在、古民家活用のほか、地域課題解決を目的とする形もあり、当事者意識や地域への愛着心を涵養する可能性がある。

観光は経済効果を伴いながら人流を創造することを得意としており、地域への思いを持った交流人口や関係人口の拡大、ひいては定住人口の創出のきっかけとなる機能について、社会の理解を深めるチャンスを迎えている。観光で地域に関心をもった層が、継続的に関わるために必要な環境が近年は整ってきており、例えば、空き家等を活用した定額制の全国住み放題サービスと、企業におけるテレワークや副業・兼業の推進とがあいまって、関係人口の拡大が進むことも考えられる。地域に貢献する人材を継続的に地域に惹きつけ、受け入れる効果も考慮した観光コンテンツの整備が求められる。その際、東日本大震災の被災地における観光振興の視点も忘れてはならない。発災から10年が経過したが、引き続き風評被害等の影響も強く残る中、ALPS処理水の海洋放出も今後予定されており、観光地の再生に向けた継続的な支援が必要である。福島県をはじめ民間の事業者も、震災の経験を活かした教育旅行や研修旅行を開発しており、こうした事業の拡大に向けた官民協力の推進も期待される。

② サステイナブル・ツーリズムの積極的な推進

地域への送客の拡大は、地域の社会経済の活性化に貢献する一方で、過度な集中による自然環境や地域住民の生活への大きな負荷も引き起こす可能性がある。世界各地で、観光がもたらす負の側面が顕在化するなかで、国連世界観光機関(UNWTO)は「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」#11の推進を提唱している。観光分野でも、自然環境への配慮や地域への貢献を打ち出すことで、2030年のSDGsの実現に貢献していくことが求められる。

各地域における持続可能な観光マネジメントへの取り組みの加速を目的に、観光庁とUNWTO駐日事務所は「日本版 持続可能な観光ガイドライン」(2020年6月)を発行している。この中では、「持続可能なマネジメント」、「社会経済のサステナビリティ」、「文化的サステナビリティ」、「環境のサステナビリティ」の4つのカテゴリーがあり、それぞれに満たすべき基準が定められている。地域における推進体制の整備や観光を巡る実態把握、安全や治安の維持、受入環境の整備の在り方、観光資源の保護等の多岐にわたる内容について、取り組みの考え方のほか、参考資料や先行事例も詳細に掲載されており、DMOや観光関連事業者の積極的な活用が求められる。

とりわけ、コロナ前にみられたオーバーツーリズムをはじめとする観光公害は、サステイナブル・ツーリズムを阻害する要因となることから、責任ある観光(レスポンシブル・ツーリズム)の観点から、入場料をはじめとする適正な受益者負担を求めるとともに、毅然とした態度でマナー啓発やマナー違反対策を進め、地域全体で観光客を主体的に選んでいくという機運の醸成も重要である。コロナを経験したことにより、各種の人の往来に対して地域の不安も高まりやすくなっている。移動前のワクチン接種や各種検査を促すことにくわえ、チェックシートを活用した体調管理や、ワクチン接種証明書の提示等を観光客に適切に求める等の取り組みが大切である。

なお、ガイドラインには、感染症や気候変動への対策、デジタル環境の整備、二次・三次交通を担う公共交通機関の整備、再生可能エネルギーの利用促進等、地域や事業者の自助努力だけでは対応しきれない内容も含まれている。政府には、既存の補助金等を紹介するワンストップ窓口の設置や、新たな財政的な支援を含め、省庁連携のもとで効果的な取り組みが進むよう支援していくことが望まれる。また、コロナ禍では、入国者にとって、入国管理手続が煩雑で、空港内検疫をパスするまで長時間を要すること、さらには検査・待機場所の不足等の運用面の課題が明らかになったことを踏まえ、事業者・利用者双方にとって持続可能な管理体制となるよう、感染リスク等の科学的な知見に照らし、早期にプロセスを改善することが求められる。

③ 安心・安全の確保

今後想定しうる各種の危機に備え、十分な危機対応体制を整備し、観光客および住民の安心・安全を確保することは、国内外の観光客がストレスフリーに観光を楽しむためだけでなく、観光をつうじて地域を持続的に維持・発展させるうえでも不可欠な基盤である。コロナ禍を経て、安心・安全の確保の優先順位は最上位にあるといってもよい。

とりわけ感染症等健康にかかわる安心・安全の確保については、医療界との連携が欠かせない。地域で観光に携わるさまざまな主体が医療関係者とともに、アクションプランの策定をはじめ、各種セミナーの開催等をつうじて信頼関係を築き、平時より忌憚なく意見交換や連携ができる関係の構築が求められる。また、こうした地域一体となった体制をつうじて、観光地の多言語かつリアルタイムでのコロナ関連や災害情報の発信の強化、外国人対応を想定した防災訓練等を行っていくことで、取り組みの効果も高まると期待される。

安心・安全の確保については、海外との人の往来の本格再開に向けて、ワクチン接種証明アプリの積極的な活用が期待される。こうしたアプリの機能を拡張しながら観光客の個々の安心・安全の確保を図ることも考えられる。また、登山、自転車、ダイビング等のアクティビティを楽しむ外国人観光客の増加に伴い、事故等に備えた保険加入の徹底や、安全に関わる標識等の多言語化も強化する必要がある。

④ MICEがもたらすレガシー効果

国際会議やナショナルイベントは、政府や地方自治体、地元をはじめとする企業、NPO等の組織、ボランティア等の市民の協創体制のもとで開催するものであり、その過程では、関連するイベントが地域で活発に行われる。海外からの来訪者をそうしたイベントに招き入れるなかで交流が生まれ、さまざまな報道をつうじて、開催地としての魅力が認識される機会が拡大する。海外や域外からの知名度の上昇は、地域住民の誇りや地元への愛着等、シビックプライドの醸成にもつながるものであり、開催後には、施設や交通インフラ等のハード面の整備にくわえて、地域の内外における人や組織のさまざまなつながりというソフト面でのレガシーが期待できる。こうしたMICEが地域づくりにもたらすレガシー効果を踏まえ、国を挙げた積極的な誘致と開催が望まれる。

(5)「担ってよしの観光」に向けた「観光産業」の活性化

① デジタル変革に向けた基盤の整備

ここまで述べてきた持続可能でレジリエントな観光への革新に向けた取り組みを効率的・効果的に行っていくためのカギは観光DXの推進である。受入環境の整備、プロモーション、旅行商品の磨き上げ、販売等のほか、人材の確保・育成においても、デジタル技術の活用は不可欠である。

そこで、観光に携わるさまざまな主体が共通して利用できるデータプラットの構築が求められる。現状では、行政やDMO、観光に携わる事業者が、それぞれ宿泊や交通、観光施設や携帯電話の位置情報等を集め、観光客の潜在・顕在ニーズの調査・分析等に取り組んでいる状況がみられる。データ活用に向けたさまざまな主体の活動は個別最適化を志向しがちであり、その結果、地域の内外との連携ができない等の問題が生じかねないことから、デジタルガバメントの実現とあわせて、政府と地方自治体が、地域に関する情報へ容易にアクセスできる環境の構築を支援するとともに、官民が連携し、英知を結集することで観光振興に関するデータを収集・活用していくことが望まれる。

こうしたデータ基盤の構築は、スマートフォンをつうじて旅マエ・旅ナカ・旅アトの情報を利活用する旅行者を掴み、訪問した地域との継続的な関係を創っていくための活動に活かせるほか、観光ルートの整備や需要の分散によるオーバーツーリズムの解消も期待できる。さらに、MaaSの実装等をつうじて、観光に携わる事業者の一体的な連携の促進も可能となろう。

観光庁ではモデル事業#12をつうじて、顔認証による決済や手ぶら観光等シームレスな旅の実現等を含む観光DXの課題整理に取り組んでいる。同事業の効果的な運営と得られた知見の積極的な周知・広報が期待される。

② 生産性の抜本的な改革

生産性の向上は観光に携わる事業者の長年の課題である。オンシーズンとオフシーズン、週末や連休と平日との間をはじめとする繁閑の差は、多くの地域の観光に携わる事業者の共通の問題として指摘される。そこで、休暇の分散化の推進のほか、ワーケーションの推進等をつうじた閑散期・平日の需要拡大、コンテンツの磨き上げによる消費単価の引き上げやリピーターの増加等が求められる。さらには、人流に頼るだけでなく、ECサイトの構築等による商流の開拓等、新たな事業領域の開拓も考えられる。

労働集約型のビジネスモデルの変革も重要な課題である。旅館やホテル等観光に携わる業界では、人手不足の問題が恒常化している一方で、人の経験や勘に頼った旧態依然とした経営を行っているケースが見られる。そこで、人的サービスにより生み出される価値を見極めながら、デジタル技術の活用を進め、例えば送迎や受付、バックヤードにおける食事の配膳のサポート等の効率化や省力化を大胆に推し進めることが必要である。旅館等では、紙媒体での顧客管理、FAXでの発注等も依然少なくないため、作業の効率化に向けた予約や宿泊に関する管理システムの導入も欠かせない。

③ 観光産業を支える人材の確保・育成

生産性の向上の多くを担うのは「ひと」であるが、旅館やホテル等、観光に携わる業界では、経営層から接客部門まで確保が困難な状況にある。これまでは、働き手の熱意でやりくりしているとの指摘もあるが、就業者の年齢が産業平均と比べると高いうえに、コロナ禍で離職者も拡大している。また、アクティビティの運営に欠かせないガイド人材も不足している。

観光学部の卒業生が、観光関連の産業へと就職する割合が高くないとの指摘もあるなか、コロナ禍での厳しい現実を目の当たりにすることで、若年層の人材不足が加速化する恐れもある。

観光の持続可能性の維持に向けて、人材の確保は喫緊の課題であり、人を惹きつける産業へと変革に取り組む必要がある。そのためには、前述のとおり、観光に携わる事業者等が連携して生産性の向上を実現し、働き方や処遇の改善を図っていくことが必要である。それぞれの事業者においては、基本給や諸手当、賞与・一時金のほか、ワークライフバランスの確保等による働きやすさの確保や働きがいの向上等の多様な手段で、支払い能力を踏まえた改善を果たしていく姿勢が望ましい。その際、福利厚生の一環で、働き手の住環境へのサポートも一つの選択肢となるが、自前の社宅や独身寮の整備には一定の費用が掛かるものであり、公的な支援や税制面での優遇による政策的な後押しも検討に値する。

人を惹きつける産業にしていくとともに、人材を新たに確保していくための具体的な取り組みも重要である。政府や自治体と教育機関との連携による、観光人材の育成に向けた観光教育の強化も必要である。特に、観光学部については、DXの推進等、ここまで述べてきたような観光を巡る変化も勘案し、文化系・理科系の垣根を越えたカリキュラムの編成が求められる。

新しい観光の型等の推進にあたっては、デジタル技術やデータ活用に長けた人材が不可欠であり、観光に携わる事業者や行政と、デジタル業界との間の人材交流の積極的な働きかけも重要である。また、新たな人材を他産業からも含めて迎え入れるための取り組みも不可欠である。年齢、性別、国籍、障害の有無等を問わず、多様な人材の活躍促進に向けて、観光に携わるものとしての心得をはじめ、学び直しの機会としてのリカレント教育や副業・兼業の推進、さらには人材バンク等のマッチングの仕組みの構築等も検討すべきである。観光庁や自治体の観光部門をはじめ、観光政策の立案や実行に必要な専門職の不足についても指摘があり、観光立国の実現を担う人材の確保・育成は待ったなしの状況にある。

④ 政府や自治体における観光立国の実現に向けた推進体制の強化

ここまで述べてきたとおり、地域に貢献する持続可能でレジリエントな観光を目指していくためには、さまざまな視点からの取り組みが必要であるとともに、多様な主体が自然環境や文化、食やスポーツ等に関するそれぞれの資源を持ち寄ることでの協創も求められる。

地域においては、DMOを中心とした連携によるマーケティング等が理想的であると指摘したが、そうした活動を推進するための政策の立案やインフラの整備等は、政府や自治体が担うものである。政府においては、観光振興に関連する予算や権限が観光庁だけでなく、経産省、国土交通省、農水省等複数の省庁にまたがるほか、人材の確保・育成等の領域では厚生労働省や文部科学省の関与も必要となる。観光振興に欠かせない休暇の分散化では、省庁横断的な連携も欠かせない。また、地方自治体においては、産業部や観光課等関係部門の縦割りの弊害への指摘もある。

政府と自治体には、観光が我が国の経済社会に与えるさまざまな影響について認識を共有し、省庁や部門の縦割りを排し、一丸となって取り組めるような推進体制の整備を求める。将来的には、観光関連の権限や財源、人材や所掌事務を統合したうえで、観光省が一元的に対応する体制も一考に値しよう。

おわりに

観光立国の実現に向けた官民による取り組みを推進するために、経団連も多様な主体との連携による取り組みを強化する。2021年11月に発表した「地域協創アクションプログラム」#13では、コロナ禍を機に普及したテレワーク等の新たな働き方の推進による地方への人の流れの創出等、地方創生の実現に欠かせない10項目を掲げ、政府や自治体、地方経済団体や企業、大学やスポーツ団体、芸術祭等との連携のもとで、各項目の実現に向けたアクションに取り組むこととしている。

この中で、観光振興につながる施策については、観光庁をはじめとする政府機関との取り組みの方向性を示しており、地方創生テレワークや二地域居住の推進、観光のデジタル化等を図っていく。とりわけワーケーション・ブレジャーについては、観光庁だけでなく、日本観光振興協会とワーケーション自治体協議会との価値協創を行っていく旨も収めており、普及・定着に引き続き注力していく。

また、高度観光人材の確保・育成にも引き続き取り組む。産業横断的視点をもって観光全体にイノベーションを起こす人材を「高度観光人材」と位置づけ、その確保・育成に向けて「経団連観光インターンシップ」を実施している。同プログラムでは、会員企業による講義にくわえて、体験実習による実践的な教育機会の提供に取り組んでおり、今後も観光をはじめとする経済社会の変化に対応しながら、内容の充実を図っていく。

以上

  1. 「感染症対策と両立する社会経済活動の継続に向けて」(2021年11月)。
    科学的な知見に基づく社会経済活動の活性化に向けた施策の展開を求め、厳しい事業環境にある産業を中心とした経済振興策の早期展開、ワクチン接種者の発症率等のデータを踏まえた入国管理の適正化、国内外でシームレスに活用できるワクチン接種証明書のデジタル化等を提言した。
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/101.html
  2. 観光庁では、2019年の訪日外国人旅行消費額(4.8兆円)は、半導体等電子部品(4.0兆円)、自動車部品(自動車の部分品)(3.6兆円)、鉄鋼(3.1兆円)の輸出額を上回る規模として公表している。
  3. 観光庁「観光地域づくり法人の登録制度に関するガイドライン」
  4. 観光庁の有識者会議「世界水準のDMOのあり方に関する検討会」の中間とりまとめ(2019年3月)では、「国は、DMOにおける人材確保・育成を支援するため、国際観光旅客税の活用も視野に入れつつ、人材育成プログラムの創設、人材採用バンクの活用等を検討するべき」としている。
  5. 観光庁「観光地域づくり法人の登録制度に関するガイドライン」
  6. アドベンチャーツーリズム業界最大の団体Adventure Travel Trade Association(ATTA)による定義
  7. 2019年の訪日外国人の1人当たりの旅行支出の上位3カ国は、オーストラリア(24万7,868円)、イギリス(24万1,264円)、フランス(23万7,420円)である。
  8. 観光庁の試算によると、訪日外国人のラグビーワールドカップ観戦者1人当たり旅行支出は、38万5,000円で、観戦していない旅行者の15万9,000円と比較して約2.4倍となった。
  9. JNTOによる富裕層の定義は①「費用制限なく満足度の高さを追求した高消費額旅行を行う市場」であること、②定量・定性調査をもとに「旅行先における消費額が100万円以上/人回」であること。
  10. JNTOでは、他者や世間における評価を重視して消費する従来型(クラシック・ラグジュアリー層)と対比し、新たな挑戦や自身の成長のための経験を重視して消費する層と説明している。
  11. UNWTOでは「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義している。
  12. 観光庁 観光地域振興部 観光資源課では「これまでにない観光コンテンツやエリアマネジメントを創出・実現するデジタル技術の開発事業」と「来訪意欲を増進させるためのオンライン技術活用事業」の2つの実証事業を実施。
  13. 「地域協創アクションプログラム・事例集」(2021年11月)
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/105.html

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