一般社団法人 日本経済団体連合会
2019年末に世界で初めて新型コロナウイルスが確認されてから、間もなく2年が経過しようとしている。当初は、治療法が確立されておらず、感染拡大を防ぐために人と人との接触を避ける以外の対策がなかった未知のウイルスも、優れたワクチンや治療薬といった科学の力により、今や人類が対処し得る感染症へと変わりつつある。
本年の夏の「第5波」では、強い感染力を持つデルタ株の脅威に晒されたが、医療従事者、政府・地方自治体、事業者、そして国民が一丸となって立ち向かい、大きな痛みを伴いながらも、難局を乗り越えてきた。
国民の7割以上がワクチン接種を完了し、世界トップレベルのワクチン接種先進国となった今こそ、ダメージを負った社会経済活動の回復、そしてさらなる活性化に向けた取り組みの加速が求められる。
寒さと乾燥で感染症が流行しやすい冬期には、新型コロナウイルスの感染者が再び増加する恐れもある。しかし、今必要なことは、接触削減だけに多くを頼るのではなく、これまでに蓄積してきたエビデンスに基づく実効性ある感染対策を講じながら、ワクチンと治療薬を活用し、罹患者の早期治療、重症化予防に万全を期すことによって、社会経済活動を継続していくことである。こうした観点から、今般の新内閣発足にあたり、改めて、今後の新型コロナウイルス感染症対応について下記提言する。
1.医療提供体制の再構築
② 経口治療薬等を活用した一般病院等での早期治療体制の確立
③ 国産治療薬・ワクチン開発、ブースター接種等の推進
① 公衆衛生の危機に対する、国・自治体の強い指揮権限・体制の整備
今般のコロナ禍で明らかになった課題として、感染症対応が可能な病床・機器・医薬品の不足、そしてそれを扱うことのできる医療人材の不足が指摘される。今日のように高度にグローバル化が進んだ社会においては、今後も新たな感染症によるパンデミックが発生する可能性も十分に考えられる。今こそ、感染症の流行に対して強靭な医療提供体制の再構築が不可欠である。
この点、政府において、「次の感染拡大に向けた安心確保のための取組の全体像」として、コロナ用病床の稼働状況の「見える化」を進めるとともに、公的病院に関する国の権限を発動し、公的病院の専用病床を確保する方針が打ち出されたことを評価する。また、医療人材についても、都道府県において、人材確保・配置調整等を一元的に担う体制を構築し、国としても都道府県の人材確保を支援するとされており、政府・地方自治体は緊密に連携して、次の感染拡大に備えた万全な対応を進めるべきである。
さらに、こうした現行法の下での対応に加え、公衆衛生上の危機発生時に国・地方を通じた強い指揮権限を有する体制の整備を進めるべきである。地域差なく全国的なまん延が確認されるような感染症への対応にあたっては、国と地方自治体が連携して、平時から病床や人材の確保の在り方について協議・準備し、有事の際にはそれが機能するような法的措置を講ずることが重要である。(※)
※ 「今後の医療・介護制度改革に向けて」(2021年10月)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/091.html
② 経口治療薬等を活用した一般病院等での早期治療体制の確立
足元における新型コロナウイルスへの対応については、現在、中和抗体薬の投与をはじめとする各種の治療法が確立されつつあり、これらはコロナ感染症治療の「切り札」として、重症化を防ぐ効果を上げている。さらに、すでに複数の製薬会社において新たに経口治療薬の開発・治験が進められており、年内にも実用化が期待されている。経口治療薬が普及すれば、感染症指定病院のみならず、発熱外来等の設置等により、他の疾患の患者と動線を分ける工夫等を行う前提で、一般の病院やクリニックの外来診療を行うことがより容易となると想定される。こうした治療薬の普及後は、新型コロナウイルス感染症の罹患者が保健所を介さずに速やかに医療機関を受診し、必要な治療を早期に受けられるよう、従来の感染症指定病院での診療に加え、特に軽症患者等に関しては、一般の病院やクリニック等での診療が原則的な対応となるよう検討を加速すべきである。なお、治療費等については、当面、国費負担を継続することが適当と考えられる。
③ 国産治療薬・ワクチン開発、ブースター接種等の推進
政府は、引き続きこうした治療薬の確保はもとより、国内における治療薬・ワクチンの研究開発・生産を支援すべきである。治療薬・ワクチン、さらには医療機器等の研究開発、生産体制・サプライチェーンを国内に確保することは、今般のコロナ禍における対応のみならず、将来の新たな感染症流行への備えとしても重要である。また、パンデミック時における迅速な医薬品、医療機器の承認・普及に向けて、治験や審査など承認プロセスの見直しも行うべきである。
さらに、今後の感染拡大を防ぐ観点からは、ワクチンがまだ届いていない方々に届けるプッシュ型の支援に加え、医療・介護従事者および高齢者からワクチンのブースター接種(3回目接種)を開始していくことが重要となる。科学的な知見や海外動向を踏まえつつ、当面はワクチン接種が必要となるという認識の下、政府・地方自治体は必要な体制整備を進めるべきである。
その際、接種のチャネルを増やす観点から、臨時の医療施設での集団接種や職域接種についても、費用面など実施主体の負荷にも配慮しつつ、実施を可能とすることを検討すべきである。また、治験等の状況や諸外国における対応等も踏まえつつ、12歳未満にも接種可能なワクチンについても、申請があれば承認審査を経て速やかに接種実施の検討を進めるべきである。
なお、新型コロナウイルスのワクチン接種については、当面、国費での接種費用負担を継続することが適当である。
さらには、国内のみならず、全世界的なパンデミックの収束に向け、政府には、WHO(世界保健機関)が主導する、新型コロナウイルスワクチンの共同購入・途上国への分配等に関する国際的な枠組みであるCOVAX等を通じた諸外国へのワクチン供給等による感染拡大防止の取組みへの貢献も求められる。
2.科学的知見に基づく社会経済活動の活性化に向けた政策の展開
②「ワクチン・検査パッケージ」を活用した社会経済活動の活性化
③ 厳しい事業環境にある産業を中心とした経済振興策の早期展開
④ ワクチン接種者の発症率等のデータを踏まえた入国管理の適正化
⑤ 国内外でシームレスに活用できる、ワクチン接種証明書のデジタル化
① 医療提供体制の整備による緊急事態宣言の再発出の回避
新型コロナウイルスについては、これまでの知見やデータが蓄積しつつある。これを今後の対策を考える上で大きな武器とすべきであり、政府には、科学的見地から、社会経済活動と両立する政策の推進を強く求めたい。
今後、「第6波」が到来し、感染者数が再び増加する可能性はあるが、すでにワクチン接種率は7割を超え、中和抗体薬に加えて、近く経口治療薬等も承認申請されることが見込まれる。これにより新規感染者が増加したとしても重症者数は以前のようには増えないことも想定される。こうした想定を踏まえれば、今後は感染拡大期においても、これまでのように社会経済活動を大きく制限する緊急事態宣言の発出は可能な限り回避するべきであり、仮に今後新たな変異株等の出現・流行等により、重症患者等が想定以上に増加した場合にも、臨時の医療施設の整備など、機動的な医療体制の拡充などにターゲットを絞った対策を実施すべきである。特に、これまで人流抑制や接触削減の観点から、テレワーク等による出勤者数の削減が求められてきたが、今後は、「出勤者数の削減」目標について、科学的な知見を踏まえ、見直すべきである。同様に、旅行、飲食、イベント等の各種制限についても、実証実験等を通じて得られた科学的根拠に基づいて適切に対応すべきである。
② 「ワクチン・検査パッケージ」を活用した社会経済活動の活性化
ワクチンの感染・重症化予防効果等の高さを踏まえ、科学的知見に基づいて、社会経済活動の活性化に向けた政策を展開すべきである。例えばソーシャルディスタンスのあり方も、適宜見直していくことが重要となる。
「ワクチン・検査パッケージ」の効果的活用が期待されるが、その際、ワクチン未接種者への代替手段を確保する観点から、簡便な検査による陰性証明を活用できる体制の整備が重要である。政府・地方自治体は、予約不要の無料PCR検査の拡充に加えて、より簡易かつ迅速な判定が可能な抗原定性検査の拡充を検討すべきである。
特に、抗原簡易キットは15~30分で結果を判定できることから、積極的に活用されるべきである。抗原簡易キットについては、薬局・ドラッグストア等で広く販売できるようにすること(OTC化)に加え、企業やイベント主催者がキットを購入・頒布できるようにすることについても、実現に向けて検討を急ぐべきである。
また、特にイベント会場等や、通常の医療機関へのアクセスが容易でない地域において、PCR検査や抗原検査を機動的・集中的に行うためには、移動検査車の活用が有用である。現在は、地方自治体ごとに登録申請等が必要であるが、簡易な申請により地方自治体をまたいだ出張検査が実施できるようにすべきである。
③ 厳しい事業環境にある産業を中心とした経済振興策の早期展開
これまでの間、感染拡大により厳しい事業環境にあった観光関連産業や飲食業、イベント関連産業などを支援し、社会経済活動を活性化する政策の展開が早期に求められる。この点、政府において現在検討が進むGoToキャンペーンの再開にあたっては、「ワクチン・検査パッケージ」と組み合わせるほか、需要拡大期における利用の集中を分散させたり、地域や中小事業者等も含めて幅広く活力をもたらすよう工夫したりするなど、制度設計の見直しを行うべきである。そうすることで持続的な政策となり、利用者や事業者等にとっても安心感や公平感のあるものとなる。その際、需要回復動向に応じて継続的な展開を検討することも重要である。同時に、中小事業者等におけるデジタル化を進め、生産性の向上を促進すべきである。
④ ワクチン接種者の発症率等のデータを踏まえた入国管理の適正化
社会経済活動の活性化は、国内のみにとどまるものではない。すでに経済活動の正常化が進んでいる国との交流再開、とりわけ国際的なビジネス往来(短期滞在を含む)再開に向けた対応が急がれる。外務省から発出される感染症危険情報(渡航危険レベル)については、各国の感染状況やワクチン接種率等を踏まえ、随時の検証、見直しが求められる。
わが国への入国管理については、ワクチン接種者の発症率等の客観的なデータや、諸外国の感染状況・入国時での対応状況を踏まえ、ワクチン接種者の入国後の自宅等待機措置を免除すべきである。この点、今般、政府が、ワクチン接種証明を有するビジネス目的等の入国者について、自宅等待機期間を3日間に短縮する旨を決定したことは、入国管理の適正化に向けた大きな一歩である。また併せて、ビジネス目的の滞在や、留学生、技能実習生等に関して、外国人の新規入国・査証の発給を認める方針が示されたことを高く評価する。政府は、今後も、国際社会の動向等に即し新規入国者の対象拡大を進めるべきである。経済界としても、行動管理等を適切に行っていく。
加えて、入国管理手続きを簡素化・効率化・迅速化することも重要である。
特に、現在の日本入国時の手続きは、様々な提出書類の確認等のプロセスが、アナログ・対面形式で行われており、煩雑かつ長時間を要する状況となっている。こうしたプロセスについても、後述の通りデジタル化を進めることで、スムーズな手続きを早急に実現すべきである。
また、空港検疫については、今後、入国者の増加に伴い、検査・待機場所の不足や所要時間の長時間化が想定される。より多くの入国者に対応できるようにする観点から、出国前72時間以内検査証明の提示を前提として、ワクチン接種証明保持者を対象に、到着地空港内での検査を不要とすることを検討すべきである。その際、検疫の実効性確保の観点からは、空港内検査を不要とする代わりに、入国後に速やかに検査を受検し、陰性証明の提出等を求めることも一案である。なお当面は、空港内での検査を行うことを前提に、空港到着直後に検査を実施することや、短時間で結果が取得できる抗原定性検査等とすること、あるいは、空港内で検査結果を待たずに陽性者のみに通知をする仕組みとすることなどを検討すべきである。
⑤ 国内外でシームレスに活用できるワクチン接種証明書のデジタル化
ワクチンの接種記録については、海外政府が発行する接種証明の活用を進め、相互に接種証明を利用可能な対象国・地域を拡大すべきである。加えて、接種証明は、年内にデジタル化ができるよう、民間企業の力も最大限活用して着実かつ利便性の高い形で整備が望まれる。特に、欧米をはじめ、世界各国で利用可能な接種証明アプリの開発が求められる。
なお、こうしたワクチン接種記録の活用にあたっては、今後、日本国外で使用されているワクチンのうち、WHO基準等を参考に有効性が認められるものについては、その接種記録も利用できるようにすべきである。加えて、抗体検査記録の活用についても、エビデンスの蓄積を踏まえながら検討すべきである。
感染症対策と社会経済活動を両立するには、科学的知見や客観的なデータに基づき、政策を立案し、その根拠を分かりやすく国民に示していく必要がある。政府には、メッセージを迅速かつ丁寧に発信し、国民の共感を得られる政策展開を期待したい。
経団連は、根拠に基づく政策提案(Evidence Based Policy Making)により、納得と共感の得られる取り組みを進めていく。