一般社団法人 日本経済団体連合会
1.はじめに
経団連は提言「経済成長と安全・安心に向けた主体的・戦略的な宇宙開発利用の推進」を2019年12月17日に公表し、宇宙基本計画において、わが国の宇宙政策のビジョンを打ち出すべきであると訴えた。これを受けて、新たな宇宙基本計画(2020年6月閣議決定)には、宇宙安全保障の確保、災害対策への貢献、経済成長とイノベーションの実現などの柱が掲げられ、同年12月に改訂された宇宙基本計画の工程表には、宇宙状況監視システムの実用化や、災害時の被災状況を迅速に把握するワンストップシステムの整備、衛星データの解析技術等の社会実装・実運用、Society 5.0の実現を見据えた衛星データのビジネス利用が盛り込まれた。宇宙基本計画と工程表は、経団連の提言と方向性が一致しており、着実な実施を期待する。
宇宙基本計画で宇宙産業の規模を拡大する目標が明記されたことを受けて、宇宙関係の令和3年度当初予算案は政府全体で3,414億円に上り、令和2年度第3次補正予算案と合わせて過去最大の4,496億円になった。今後も宇宙基本計画の着実な実施に向けて、宇宙関係予算の十分な拡充が求められる。
そこで、経団連として改めて宇宙開発利用の重要性を確認したうえで、令和4年度の宇宙関係予算で担保すべき重点事項を提言する。
2.宇宙開発利用の重要性
(1) 宇宙安全保障の確保
今や宇宙は安全保障上の領域の一つとなった。技術の進展により、従来から存在する陸・海・空と、新たな領域である宇宙・サイバー・電磁波の融合が進んでいる。ドローンなど無人化や自動化が進むなかで、衛星を使った宇宙システムが重要になっており、情報収集、測位、偵察、通信、早期警戒が行われている。
世界各国も、安全保障分野における宇宙利用を重視している。米国は2019年に国防総省の下に宇宙開発庁および宇宙軍を発足させ、2020年代に数百機の小型衛星を打ち上げることを計画している。中国、ロシア、欧州、インドなども宇宙安全保障の強化に取り組んでいる。各国の活動の活発化に伴い、宇宙空間ではスペースデブリが増加し、衛星の活動を妨げる動きもみられるなど、宇宙空間の安定的利用に対する脅威が高まっている。
わが国としても、宇宙基本計画に基づいて、宇宙において安全保障面で持つべき機能や、国際的に貢献すべき分野を明確にしたうえで、取り組みを強化する必要がある。
宇宙安全保障を確保するため、宇宙システムの役割は一層重要になる。宇宙産業は、衛星やロケットをはじめとする宇宙システムの開発や衛星データの利活用などを通じて、わが国の宇宙安全保障に貢献することが求められる。
(2) 災害対策の強化
広義の安全保障として、災害対策における宇宙システムの重要性も高まっている。近年、大型の台風や地震などの災害が頻発しており、わが国の経済社会に大きな被害が生じている。宇宙システムは、地上の状況に影響されずに、台風や地震などの被災状況の網羅的かつ迅速な把握を可能にする。
今後、わが国で首都直下地震や南海トラフ地震などの発生が予測されている。国民の安全・安心の確保に向け、災害対策に資する実用的な宇宙システムの整備が必要である。
加えて、宇宙システムは、災害対策における国際貢献にも活用できる。今後、高機能な観測衛星システムを東南アジア諸国などの災害対策に活用することで、わが国の国際的なプレゼンスの向上にも資する。
(3) 経済成長への貢献
従来、宇宙活動の主体は一部の国家のみであったが、近年は民間企業による商業的な活動が増加しており、世界的に宇宙産業の規模が拡大している。宇宙機器産業では、衛星の小型化・多数化やロケットの低コスト化が進んでいる。宇宙利用産業では、衛星データの質と量が急速に向上・拡大しており、新たなビジネスが創出されている。
新型コロナウイルス感染症の拡大により、デジタル化やリモート化の推進が求められている中で、宇宙システムの役割は一層重要になった。Society 5.0を実現するため、衛星を通じたデータの利活用の拡大により、デジタルトランスフォーメーションを推進することが求められる。
わが国の宇宙産業においても、官需に依存せずに、宇宙分野以外の事業者との連携を進めて新しい民需を創出することで、イノベーションを通じた経済成長に貢献できる。
3.宇宙政策の重要事項
(1) 宇宙安全保障の確保
宇宙安全保障の確保に向けた重点施策として、以下の4つの宇宙システムの整備と、1つの宇宙システム全体に関わる事項の実施を要望する。
① 宇宙状況把握(SSA#1)能力の強化
宇宙空間の情報をレーダや望遠鏡で収集する宇宙状況把握(SSA)システムを構築し、早期の運用開始を目指す必要がある。
まず、わが国としてのSSAの体制を整備すべきである。昨年、自衛隊に創設された宇宙作戦隊の機能を拡充・強化し、今後はSSA情報を用いた指揮統制機能を確保するとともに、将来的には米国をはじめ世界各国と情報を共有するSSAのネットワークを構築すべきである。衛星を運用している民間の衛星運用組織や企業との間でも、民間が取得したSSAデータを政府に提供して連携する体制を構築することが求められる。
SSAシステムの運用に向けた技術開発も重要である。将来のSSA衛星の運用性の向上や監視領域の拡大に備えた技術の開発を推進すべきである。
② 早期警戒機能の整備
早期警戒機能を保有する衛星群(小型衛星コンステレーション)を開発して保有すべきである。小型衛星コンステレーションとしては、観測衛星と通信衛星が特に重要であり、運用において機能を継続的に向上させる仕組みを構築すべきである。
また、早期警戒機能を確保するため、技術開発を推進すべきである。具体的には、宇宙用赤外センサの高解像度化・高感度化、赤外センサシステムの開発、電波情報収集技術の開発などが必要である。
③ 準天頂衛星システムの開発と整備
準天頂衛星システムについて、現在は4機体制が運用されており、2023年度に持続測位が可能な7機体制の構築に向けて、5号機、6号機、7号機の開発を進める必要がある。準天頂衛星の公共専用信号#2の抗たん性#3を確保するなど、信頼性の強化に資する機能の向上を図りながら、開発と整備を進めることが必要である。
準天頂衛星のデータ利用の拡大も重要である。センチメータ級等の高精度測位補強情報における民生利用の拡大に向けた運用性の向上、ユーザーごとの認証機能など必要な機能の拡張、ユーザーに対する利便性向上に向けた信号の開発などにおいて、産学官が連携して取り組みを推進すべきである。
④ 海洋状況把握(MDA#4)能力の強化
昨今、わが国周辺の海洋の安全保障環境が厳しさを増しており、宇宙を活用してわが国の周辺海域の状況を把握する能力を強化すべきである。具体的には、衛星から高頻度に海域の情報を取得するため、光学・合成開口レーダ(SAR#5)や、電波情報収集・衛星船舶のデータ交換システム(VDES#6)などの開発が必要である。
⑤ 宇宙システムの抗たん性の確保
通信、情報収集、測位などを行う宇宙システムの抗たん性を確保し、機能を防衛する能力を保有することが重要である。衛星の開発にあたり、通信系の搭載機器や光通信技術など、抗たん性の強化に資する機器や技術の開発を推進すべきである。
衛星や通信システム等へのサイバー攻撃が国内外で発生しているなか、サイバーセキュリティ対策においても抗たん性の強化の観点が重要である。サイバー攻撃を完全に防ぐことは難しく、宇宙システムがサイバー攻撃を受けた際に早期に機能を回復できるようにする必要がある。
宇宙基本計画の工程表に基づき、本年度中に策定される予定の民間企業向けの宇宙システムのサイバーセキュリティ対策ガイドラインについて、抗たん性の強化に重点を置きつつ、次の3点を盛り込むべきである。
第1に、民間企業の自主的なサイバーセキュリティ対策を促すものとする。第2に、政府と民間企業の情報共有の枠組みを構築する。第3に、民間技術の活用も考慮して必要な技術開発を推進する。
(2) 災害対策の強化
災害対策の強化に向けて、以下の3つの重点施策の実施を要望する。
① 戦略的イノベーションプログラム(SIP#7)との連携
内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)第2期では、「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」が目指されている。SIP第1期で開発されたSIP4D#8(基盤的防災情報流通ネットワーク)など災害対策に資する衛星データ共有システムを構築し、衛星データの解析技術等の高精度化や迅速化、地上情報との融合によるエンドユーザの利便性向上などを含む社会実装の推進を図る必要がある。
社会実装を推進するためには、政府衛星データのオープン・フリー化が重要である。衛星データを活用した学術研究のシミュレーションや解析の結果や、一般市民が利用可能な衛星データについて、民間企業などが安価な費用で入手できるようにするために、オープン・フリー化を進める仕組みの整備が求められる。
② 観測衛星システムの整備とデータ利用の推進
巨大地震や大型台風等による広域災害にも迅速に対応できる観測衛星システムを整備する必要がある。
レーダ衛星を中心とした陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)シリーズの整備と運用を進める必要がある。「だいち」3号機と4号機の開発と整備を着実に進めるべきである。災害対策の関係省庁が、災害の発生前後のインフラ監視のためデータを有効に活用できるようにするため、「だいち」シリーズの開発と運用に関われるようにすることが求められる。
観測衛星コンステレーションの構築と活用が、災害に対応するための観測頻度の増加や範囲の拡大のために必要である。官民が連携して小型衛星コンステレーションの構築を加速し、大型衛星や小型衛星を効果的に組み合わせたコンステレーションの構築を検討すべきである。
衛星を活用して平時から国土やインフラを監視し、地上情報と組み合わせたデータベースを構築し、予防的な減災・防災に役立つ仕組みの社会実装を推進する必要がある。観測衛星システムと連携することで、精緻かつ広域の観測が可能となる。
観測衛星データの利用の推進に向けた仕組みの整備も重要である。国土やインフラの監視における衛星データ利用を促進するため、基準やマニュアルを整備して、衛星データサービスを展開する民間企業による活用を推進すべきである。政府衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」を活用し、商業小型衛星コンステレーションで取得した画像データの利活用を推進すべきである。
安全保障目的の情報収集衛星(レーダ衛星、光学衛星)についても、災害対策に活用できる運用が求められる。その際、国難級の災害の発生に備え、平時から情報収集衛星を活用できる制度を整備する必要がある。
③ 先端的なリモートセンシング技術の研究開発
災害対策の強化に向けて、先端的なリモートセンシング技術の研究開発の強化が求められる。合成開口レーダ(SAR)、光学センサ、赤外センサなどの高度化や将来的なニーズに対応するため、わが国が開発してきたセンシング技術を組み合わせることで、新しいリモートセンシング技術の研究開発と育成・強化を推進することが求められる。
(3) 宇宙産業基盤の強化
宇宙安全保障の確保や、国際競争力を強化する観点から技術水準の向上を図るため、宇宙活動の自立性を支える産業基盤の維持・強化に向けた以下の3つの重点施策を要望する。
① 宇宙インフラの整備
宇宙輸送システムは、わが国が人工衛星等の打上げを自在に行い、宇宙活動の自立性を確保するための必須の基盤である。持続可能な宇宙輸送システムを実現するため、基幹ロケットの価格・性能面での国際競争力の向上を図るべきである。地球周回軌道の利用の推進やスペースデブリ対策のため、宇宙輸送系の技術開発も重要である。今後、宇宙空間を経由して地球上の2地点を短時間で結ぶ高速二地点間輸送(P2P#9)など新たな宇宙輸送市場の獲得に向けて、革新的な将来宇宙輸送系に関するオール・ジャパンでの研究開発体制を早期に構築すべきである。
政府衛星の打上げにおいて、基幹ロケットを優先的に使用する方針を継続すべきである。基幹ロケットの運用に関して、宇宙基本計画の工程表に打上げ時期が示されているが、民間側としては部品調達等の先行作業が継続的に必要である。打上げの確実性を高めるため、政府として長期的かつ安定的に調達を行うアンカーテナンシーの枠組みを構築すべきである。
新たな基幹ロケットであるH3ロケットについては、開発を確実に達成し、その後に自律的な運用および事業化を図る必要がある。そのために政府としてH3ロケットによる宇宙の利用を拡大することが重要であり、基幹ロケットの国際的な競争力確保のため、価格面・性能面・運用性の向上に向けて、将来を見据えた研究開発に継続的な取り組む必要がある。
産学官が保有する宇宙関連の研究開発や製造の設備には特殊な点が多く、老朽化に伴う更新資金の不足や、関連企業の事業縮小や撤退に伴う技術力の低下が起きている。エンジン燃焼試験設備、射場・射点設備、衛星や深宇宙探査機の運用や管制を行う大型地上局など、産学官が保有する宇宙関連設備の持続的な運用に向けて、政府として整備への支援を行うべきである。
② 衛星の自立性確保と競争力強化
宇宙システムによるわが国の安全保障の確保や災害対策・国土強靱化には、測位、通信、観測などの衛星の自立性の確保や競争力の強化が必須である。宇宙基本計画に基づいて、「衛星開発・実証プラットフォーム」が設置され、衛星技術の自立性確保や競争力強化に向けた戦略的な開発と実証を推進している。
同プラットフォームには、政府の関係省庁と企業が参加し、革新的基盤技術を開発している。革新的基盤技術には、フルデジタル化、量子暗号通信、宇宙光通信、衛星コンステレーションに必要な基盤技術、デュアルユース技術も含まれる。同プラットフォームを通じて、わが国の衛星の自立性の確保と競争力の強化につなげるため、技術開発の抜本的な充実を図るべきである。
③ 宇宙産業のサプライチェーン強化
宇宙産業のサプライチェーンを強化し、宇宙産業基盤の維持・強化を図る必要がある。衛星やロケットの基幹部品の安定的な供給を確保するため、部品の国産化、技術開発や実証を進めるべきである。
4.宇宙関係予算の確保
新型コロナウイルス感染症の拡大が、経済および産業に甚大な影響を与えているが、安全保障やイノベーションの観点からは、宇宙開発利用の重要性は変わらない。長期的な視点から、宇宙基本計画ならびに工程表に沿って、衛星やロケット等のプログラムを予定どおり実施する必要がある。
宇宙基本計画の着実な実行には、宇宙関係予算の確保が必須である。しかし、2009年に初めての宇宙基本計画が決定されて以降、毎年度の宇宙関係予算は補正予算を含めても3,000億円台で推移しており、宇宙産業基盤の維持・強化の観点から拡充する必要がある。
新たな宇宙基本計画では、宇宙産業の規模を拡大する目標が2つ明記された。第1に、宇宙機器産業の事業規模について、官民合わせて10年間で累計5兆円を目指す。第2に、宇宙利用産業も含めた宇宙産業全体の規模については、現在の年間1.2兆円から2030年代早期に倍増を目指す。宇宙基本計画の2つの数値目標を達成するために、令和4年度の政府の宇宙関係予算の概算要求額は、令和3年度の宇宙関係予算を上回る額として、年間5,000億円に近づけるべきである。
宇宙基本計画の実行に向けて、政府による長期的かつ安定的な調達を確保し、プロジェクトを体系的に立案して推進することが求められる。加えて、将来のユーザーのニーズを先取りするイノベーション創出に向けて技術を研究開発するために、失敗を恐れずに挑戦できる環境の整備が重要である。
5.おわりに
経団連は、宇宙産業の一層の発展に努めて、わが国の経済成長に貢献していく。
宇宙基本計画では、「宇宙を推進力とする経済成長とイノベーションの実現」が柱の一つとして位置付けられた。宇宙利用はイノベーションを促進し、これまで想像もしなかった革新的な社会を実現し、生活の利便性を飛躍的に向上させる可能性を秘めており、国民の安心・安全の確保に貢献する。宇宙を貴重な公共財として有効に活用し、より豊かな社会づくりに貢献するため、産業界として宇宙開発利用の推進に取り組む。
経団連は、イノベーション創出に向けて、大企業とスタートアップとのネットワーキングを深めている。今後、宇宙開発利用推進委員会の企業と宇宙関連のスタートアップとの連携の強化に向けた活動を展開し、イノベーションを通じた経済成長に貢献していく。
- Space Situational Awareness
- ジャミング(測位信号への妨害電波)、スプーフィング(偽測位信号の送信)を回避することを目的として、政府が認めた利用者だけが使用できる信号
- 宇宙システムの機能を継続的かつ安定的に利用できる能力
- Maritime Domain Awareness
- Synthetic Aperture Radar
- VHF Data Exchange System
- Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program
- Shared Information Platform for Disaster Management
- Point to Point