一般社団法人 日本経済団体連合会
新型コロナウイルス感染症の拡大によって世界経済は深刻な打撃を受け、国際秩序は大きく揺らいでいる。わが国を含め各国・地域とも当面は感染の収束に全力を注がなければならないが、グローバルなガバナンスの早急な確立が求められる課題が他にも山積している。にもかかわらず、多くの国が内向き志向を 強めており、現状を放置すれば、誰一人取り残さないという持続的な開発目標(SDGs)の実現はおろか、格差は拡大し、国際経済秩序の再構築は遠のくばかりである。
こうした中、米国では、多国間主義に基づく国際協調を重視するバイデン新政権が発足、初日にはパリ協定復帰を通知し、先日、正式に復帰した。グリーンとデジタルをコロナ禍からの復興の柱に据えるEUは、米国と様々な分野で協力を進める方針を既に明らかにしている#1。わが国においては、昨秋、菅総理が2050年カーボンニュートラルを表明、グリーン成長の実現に舵を切るとともに、デジタル革新の後れを取り戻すべく動き出している。先月のG7首脳テレビ会議では、2021年を多国間主義のための転換点とするとの宣言がなされ、ポストコロナに向けて漸く国際協調の機運が芽生えつつある。
折しも新型コロナウイルス感染症の拡大から1年を経て、収束の鍵を握るワクチンの接種が世界各地で行われている。来月には米国新政権の発意により気候サミットが開催される。その後も6月にG7サミット、10月にG20サミット、11月にCOP26が予定されており、また、延期されていたWTO閣僚会議も11月最終週の開催が決まり、いずれも具体的な成果が期待される。
今こそ、各国・地域は、マクロ経済政策はもとより、自由で開かれた国際経済秩序の再構築に向け、下記に掲げるグローバルな諸課題について緊密に協調すべきである。多国間の合意形成にあたって、まずは日米欧がリーダーシップを発揮すべきである。
経団連は、B7サミット(5月)、B20サミット(10月)等を通じて、また、並行して欧米アジアの経済団体との対話を深め、連携の輪を世界に広げていくことによって、政府間の取組みを後押ししていく。
1.感染症対策
ワクチン・ナショナリズムなど内向き志向を排し、世界全体で感染拡大を食い止めなければ、いずれの国も危機から完全に脱することはできない。また、今次コロナウイルスの発生源等の究明はもとより、将来、再び感染症が世界を襲った時に備え、経済社会活動の維持に不可欠な物資・サービスの確保に必要とされる人の移動の確保にも取り組む必要がある。
(1) 途上国へのワクチンの供給・分配
(2) 人の移動の確保
- 出入国の際に必要な検査体制の充実
- 出入国の際に求める要件の国際的な調和
- 検査結果やワクチンの接種記録等の共有方法の標準化・デジタル化
- ワクチンの開発データに関する国際連携
- ロックダウン時にも移動を確保すべきエッセンシャルワーカーの範囲等に関するルールの策定
2.グリーン成長
2050年カーボンニュートラルを達成するために、すべての主要排出国が参加するパリ協定を基盤に、気候変動問題における高次の国際協調を推進すべきである。革新的な技術の開発・普及、それを後押しする金融面の仕組みづくりなどに関し、アジア諸国を含めた「グリーン成長国家連合」を形成し、経済と環境の好循環(=グリーン成長)を実現する必要がある。
(1) 革新的な技術の開発と社会実装
- 国際共同研究開発によるイノベーションの創出(社会実装に向けたコストダウンを含む)
- 水素・原子力等の重要分野における産業協力
(2) サステナブル・ファイナンスの促進
- 「イノベーション」「トランジション」「グリーン」の全ての分野へのグローバルな資金動員の促進#4
- 情報開示・評価等の環境整備
(3) 環境性能に優れた技術の国際展開
- 環境物品協定(EGA)の締結#5、国際標準化の推進
- 環境性能に優れたインフラの普及、途上国・新興国の脱炭素化支援
- 炭素国境調整メカニズムに関する対話
(4) カーボンニュートラル達成のために必要な物資の確保
3.デジタル・ガバナンス
現在、各国・地域で特色ある形で進んでいるデジタル革新を通じて、あらゆる国・地域が経済成長を実現するとともに、社会課題を解決するためには、デジタル技術の利用や規制などをめぐって望ましいガバナンスのあり方を検討する必要がある。とりわけ重要なデータのガバナンスに関しては、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT:Data Free Flow with Trust)の実現が急務である。
(1) DFFTの実現
- WTO、経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)を通じたグローバルなデータフローの実現#8
- 民間部門が保有する個人データへの信頼性のあるガバメントアクセスに関する国際ルールの確立#9
- 日米欧の個人データ流通ルールの整備#10
(2) サイバーセキュリティの確保
- 共同訓練の実施
- 人材育成・教育に関するベストプラクティスの共有
- 脅威・脆弱性を迅速に共有可能な体制の構築
(3) 国際課税ルールの見直し
- 本年半ばまでにBEPS包摂的枠組#11で解決策に合意
- 適用対象の絞り込み、事務負担の軽減、紛争の予防・解決
- 合意の際には各国の一国主義的なデジタルサービス税を廃止・撤回
(4) インフラの信頼性確保
- 5G等のインフラのオープン化によるイノベーションの推進、安全性の確保
- Beyond 5G等の次世代インフラの開発・実用化
4.貿易・投資
多角的自由貿易体制の中核を成すWTOの改革を早急に進めるとともに、加盟国間の公平な競争条件を確保するための規律など各種ルールづくりを推進する必要がある。並行して二国間・複数国間の協定締結を推進することによって、事業環境の急激な変化のリスクを減じるとともに、それらの成果をも踏まえて国際ルールづくりを推進することが不可欠である。また、コロナで明らかとなったサプライチェーンの脆弱性の解消にも協力して取り組む必要がある。
(1) WTO改革の推進
- 上級委員会の改革を通じた紛争解決機能の早期回復
- ルール策定機能の改善、監視機能の強化
(2) 公平な競争条件の整備等
(3) デジタル貿易の推進
- WTO電子商取引交渉の推進
- 情報技術協定(ITA)の参加国および対象品目の拡大
(4) 環境分野における協調的な取組み
- 環境物品協定(EGA)交渉の再開(再掲)
- 炭素国境調整メカニズムに関する対話(再掲)
(5) 二国間・複数国間の取組み推進
- EPA・FTA・投資協定の締結推進
- 日米欧が締結した協定の成果を踏まえた多国間ルールの策定
- 政府調達に関する協定(GPA)の締約国および適用対象の拡大
- 貿易手続きの電子化
(6) サプライチェーンの多元化・強靭化
- 医療物資等を緊急時にも融通できる仕組みの構築
5.インフラ投資
デジタル、グリーンなどの新成長分野に対応していくとともに、コロナで課題が顕在化した保健・医療・衛生分野など世界が直面する社会経済課題の解決を進めるためには、受入国・地域の環境や社会に配慮しつつ、持続的な成長にも資する形で質の高いインフラ整備に貢献していく必要がある。特に発展が期待されるインド太平洋においては、協力の余地が大きい。
- 質の高いインフラ投資に関するG20原則(O&M等のソフト面含む一体的なインフラシステムサービスの提供等を通じたライフサイクルコストから見た経済性、債務の持続可能性等)を満たすインフラ整備の促進
- 「ブルー・ドット・ネットワーク(BDN)」#14の具体化と普及
- ハード・ソフトインフラの整備を通じた連結性の強化(第三国での共同プロジェクトの検討等)
- 国際開発金融機関(MDBs)との国際協調融資の戦略的活用
6.先端技術
国の競争力を左右する先端技術の開発・実装基盤の強化に協力するとともに、機微技術の流出防止を徹底すべく、一致した取組みが求められる。
(1) 先端技術の開発・実装基盤の強化
- 先端技術に係る投資、研究開発に関する協調・協力
- 先端技術のサプライチェーンに関する協調・協力
- 共通の規格・基準等の策定・運用
(2) 複数国間の調整を通じた機微技術の流出防止の徹底
- 機微技術の範囲の特定
- 機微技術管理法制の調和と遵守の徹底
- 欧州委員会は2020年12月に“Joint Communication: A new EU-US agenda for global change”を公表。
- Coalition for Epidemic Preparedness Innovation。世界連携でワクチン開発を促進するための官民連携パートナーシップ。日本、ノルウェー、ゲイツ財団等が拠出し、平時には需要の少ない、世界規模の流行を生じる恐れのある感染症に対するワクチンの開発を促進し、低中所得国においてもアクセスが可能となる価格でのワクチン供給を目的。
- COVID-19 Vaccine Global Access Facility。WHOおよびGaviワクチンアライアンス、CEPIが主導する、COVID-19ワクチンを世界各国で共同購入し、途上国へ分配する国際的枠組み。昨年の発足以降、日欧は参加。米国は、2021年1月21日、バイデン新大統領が同枠組みに参加する旨を記載した大統領令に署名。
- 経団連国際環境戦略WG提言「気候変動分野のサステナブル・ファイナンスに関する基本的考え方と今後のアクション」(2020年10月)
- Environmental Goods Agreement。環境保護および気候変動対策に貢献する物品の普及を目的とし、2014年7月以降、WTOの枠組みの下、有志国間で交渉。現在、中断中。
- 例えば電気自動車では、リチウムイオン電池にリチウム、コバルト、ニッケル、グラファイトが、駆動モーターにレアアース(ジジム、ジスプロシウム)が必要。
- レアメタルについては、日米欧三極クリティカルマテリアル会合等の政策対話の枠組みを活用することも有効。
- WTO電子商取引交渉では、統合交渉テキストを取りまとめ(2020年12月)、今後、商業的に意味のある成果を可能な限り多くの国と実現していく方針(現在86メンバー)。また、日本が締結している経済連携協定においては、TPP11(2018年)、日米デジタル貿易協定(2019年)、日英EPA(2020年)、RCEP(2020年)を通じてデジタル通商ルールに合意・締結。加えて、データの自由な流通に関する規定を日EU・EPAに含める必要性を再評価すべく、予備的協議を開始。
- ガバメントアクセスの議論をOECDプライバシーガイドラインのレビュープロセスにおいて日本より提案(2019年)。加盟国の法執行機関も交えて議論を継続中。
- 日本の個人情報保護委員会では、以下3点を推進。(1)日EU間の相互認証に基づくデータ流通の枠組みの維持、(2)APECのCBPR(Cross Border Privacy Rules)システムの普及促進、(3)日米欧三極を核とした個人データ流通のさらなる促進。また経団連は、上記(3)に向け、米EU間のプライバシーシールド代替措置の検討を要望。
- OECD・G20において途上国・新興国を含む139の国と地域が参加し、国際課税ルールについて多国間交渉を行う枠組み。
- 日米欧三極貿易大臣会合(2020年1月14日 於 ワシントンD.C.)では、際限のない政府保証などを新たに禁止補助金に追加する、また、補助金交付国側が当該補助金交付に著しい悪影響がないことを挙証する責任を負う方向でWTO補助金および相殺関税協定を改定することを提案。
- 日米欧三極貿易大臣会合(2020年1月14日 於 ワシントンD.C.)では、強制技術移転措置を防ぐ規律の要素や、強制技術移転に対処する必要性に関し他のWTO加盟国にアウトリーチを行い、コンセンサスを構築する必要性、および輸出管理や安全保障目的のための投資管理とそのエンフォースメント手段、新たなルール作り等、有害な強制技術移転を止めるための効果的な方法に対するコミットメントについて議論。
- 日米豪で取り組みを進めている質の高いインフラを認証する仕組み。