一般社団法人 日本経済団体連合会
はじめに
デジタル革命に代表される技術的変化や、世界の経済・地政学的変化、地球規模課題の深刻化による人々のマインドセットの変化など、新しい波が押し寄せる中、経団連は、デジタルトランスフォーメーションを人々の多様な生活や幸せのために活用する創造社会「Society 5.0」の実現を目指している#1。この新しい社会を創造、発展させていくのは次世代の若者であり、変化に対応し自ら新しい価値を生み出すことのできる、高度で多様な価値観や個性を持つ人材の育成と、彼らが活躍できる環境整備が必要である。また、人生100年時代を迎え、若年層に限定されない、より複線的なキャリア形成や知識の高度化・専門化に向けた学び直しの場や機会を設けることも重要な課題となっている。変化に対応しながら自立的にキャリアを築いていける人材を育成する場として、大学教育への期待が高まっている。
経団連は本年10月、2021年度以降入社対象の「採用選考に関する指針」を策定しないことを決定した。同時に大学には、Society 5.0時代を支える「知識の共通基盤」として世界水準の研究開発を行うとともに、質の高い教育を提供する必要性があること、また企業には、大学側からも要望されている通り、求める人材像やキャリア形成の考え方を明確化し、外部に発信していく必要があることが、課題として認識された。
今後、企業における採用のあり方はますます多様化すると思われる。業種・業態により大きな違いがあるものの、激しいグローバル競争の中で生き残り、Society 5.0時代での成長を実現していくためには、ベースとしての新卒一括採用と、高度で専門性が高い人材の通年採用(キャリア採用)の双方を充実する必要性が高まると思われる。
大学改革については、経団連が6月に提言#2を行っているほか、中教審においても、大学改革の答申#3が11月になされたところである。それらの内容も踏まえつつ、新卒採用活動日程により投じられた議論を、今後の採用活動や大学に求められる教育改革、大学と社会の接続のあり方の議論に深めていく必要がある。その検討をさらに深めるよう、以下の通り提案する。
Ⅰ.企業の新卒採用の現状と今後に向けた課題整理
経団連では、企業の新卒採用の現状と課題について、主要会員企業を対象にあらためてヒアリングを行った。今後の議論の基礎として、ヒアリングを通じて明らかになった現状と課題について、以下の通り整理する。
1.新卒採用時の企業の対応の現状
(1) 募集・選考の現状
文系
文系の総合職採用(オープン採用)では、入社後に複数の職務を経験するジョブローテーションを前提としたジェネラリストとしての採用が一般的である。個々人の将来性を総合評価する「ポテンシャル採用」であるため、採用時の学修成果に応じた入社後の職務内容やキャリアパスを具体的に示すことは難しいとする企業がほとんどである。学生に対しては、先輩社員の入社後のキャリアパスなどの事例(ロールモデル)を紹介することを通じて、大まかなイメージを持ってもらおうとしている企業が多い。理系・技術系
理系・技術系の新卒採用では、「マッチング方式」を導入している企業も多い。入社後の職務内容、フィールドを募集時にホームページ等で提示し、学生が大学(院)で研究したテーマ・内容に応じて応募することにより、一定のマッチングを行い、採用活動を進めている。一方、採用選考に際しては、専門分野の履修科目や成績を評価しつつも、研究に取り組む姿勢や方法、独自の問題意識などを重視すると指摘する企業が多い。専門職種
専門職種(研究開発、アクチュアリー、クォンツ、高度IT人材、戦略財務会計、法務、経理等の専門人材など)では、採用時に求める専門能力、スキル、入社後のキャリアパス等を明示している例もある。
(2) 学生に求める資質・能力
採用にあたり、理系・文系の別や職種にかかわらず、社会人の資質として、創造性、チャレンジ精神、行動力、責任感、論理的思考能力、コミュニケーション能力、忍耐力、協調性等が重視されている。同時に、学生に求める能力として、リベラルアーツを重視しており、語学(英語)力、情報リテラシー、地球規模課題や世界情勢への関心等を求めている企業が多い。また、座学のみならず、ボランティア活動や起業などの学外活動や社会経験を重視する企業が多い。
2.今後、検討が必要な課題
(1) 新卒採用のあり方
Society 5.0時代に適する人材育成を担う大学が教育改革を進めることはもちろん、企業もまた、時代に適合した人材活用、評価・処遇のあり方を考える中で、様々な採用・選考機会を提供し、様々な知識や経験を持つ多様な人材の獲得を図ることが求められる。そのために企業は、4月の一斉入社による集合研修を前提とした新卒一括採用のほか、卒業時期の異なる学生や未就職卒業者、留学経験者、外国人留学生などを対象に、夏季・秋季の採用・入社なども柔軟に行うべきである。
さらに今後、専門的な知識・技能や職務経験を有する高度な人材を採用するには、長期雇用を前提とした年功序列・横並びの賃金体系にうまく当てはめることができない事態も生じうる。このような人材に関して、職務の内容や成果に応じた人材活用、評価・処遇を行うジョブ型雇用の仕組みを構築する中で、採用においても、新卒・既卒や文系・理系の垣根を設けない、通年採用・通年入社等の多様な選択肢を設けていく必要がある。
(2) 企業が求める人材像の共有のあり方
企業が求める人材像や、仕事を通じて実現できること、身につく能力などを早い段階で学生に伝えれば、学生の職業観醸成に資する。さらに、学生がそれに対応した学修の選択や課外活動・課外体験を行い、社会人としての基礎力を高め、就職におけるミスマッチを減らすことが期待できる。
そのため、大学初年次でのキャリア教育の実施に向けた協力、教育の一環として1年次や2年次など早い段階における長期のインターンシップなどに取り組む企業を拡げていく必要がある。
また、産学協同での研究開発や大学発ベンチャーの業務提携、資金調達等に学生が積極的にかかわることで、企業の実務担当者の考え方や仕事ぶりに接することは、職業観を育む貴重な機会となろう。
今後、Society 5.0の社会に向けて、会社組織のネットワーク化や人材の流動化が進むこととなる。こうした時代の働き手は、ジェネラリストとしての「就社」ではなく、「就職」することをより意識し、これまで以上に大学の段階から将来のキャリア#4を念頭においた専門知識の修得が求められる#5。企業においても、求める人材像に沿って、働き手の学修履歴や職務経験などを適切に評価し、活用することが求められる。
(3) 大学と企業との継続的対話
大学と社会の接続のあり方を考えるにあたって、企業は自らが直面している経済社会の課題や技術革新の状況、これらを支える人材像などについて、大学側に継続的に発信し、大学が社会の変化に即した大学教育を実施することができるような対話の仕組みを構築する必要がある。この中で、インターンシップの今後のあるべき姿も検討課題として取り上げるべきである。
Ⅱ.大学に期待する教育改革
Society 5.0時代は、VUCA#6の時代とも言われる。革新技術の発展による経済社会・産業構造の変化のスピードは速く、テクノロジーや知識の陳腐化も早い。また複雑化の度合いを増す社会の将来を予測することはますます困難となる。そうした時代において活躍する多様な人材を育成するためには、各大学が、それぞれの特色や個性、強みを活かした質の高い教育を行うことを大前提として、Ⅰ.で整理した新卒採用の現状とこれまでの経団連提言を踏まえ、今後、大学に期待される教育内容や方法の改革について、以下に提案する。
1.文系・理系の枠を越えた基礎的リテラシー教育
多様な価値観が融合するSociety 5.0時代の人材には、リベラルアーツといわれる、倫理・哲学や文学、歴史などの幅広い教養や、文系・理系を問わず、文章や情報を正確に読み解く力、外部に対し自らの考えや意思を的確に表現し、論理的に説明する力が求められる。さらに、ビッグデータやAIなどを使いこなすために情報科学や数学・統計の基礎知識も必要不可欠となる。
そのため大学は、例えば、情報科学や数学、歴史、哲学などの基礎科目を全学生の必修科目とするなど、文系・理系の枠を越えて、すべての学生がこれらをリテラシーとして身につけられる教育を行うべきである。理系とされる学部でも語学教育を高度化する必要があるし、文系とされる学部でも基礎的なプログラミングや統計学の学修が求められる。さらに、近い将来には、文理融合をさらに進め、法学部、経済学部、理学部、工学部といったこれまでの学部のあり方や学位のあり方、カリキュラムのあり方などを根本から見直すことが必要になると思われる。
2.大学教育の質保証
―アクティブラーニングと成績要件・卒業要件の厳格化―
日本の大学は、一般に「入学するのは難しく、卒業するのはたやすい」といわれる。また「大学全入時代」を迎えた現在、定員割れを防ぐために、実質無試験で学生を入学させるなどアドミッションポリシーが形骸化した大学もある。また米国と比較して、日本の大学生の学修時間は極端に少ないことが、以前から指摘されている#7。
大学教育改革の前提として、高大接続の円滑化に向けた取り組み#8をさらに推進し、高校卒業時に、大学で学ぶ最低限の基礎的学力が備わっているようにすることが重要である。また大学入試では、原則として、文系でも数学を、また理系でも国語を課すことを検討すべきである。
そのうえで、大学においては、1.で指摘した基礎的リテラシーを身につけさせるためにも、単位取得要件や成績・卒業要件を厳格に運用し、学生が大学でしっかり学ぶ環境を整備すべきである。また、教員が大勢の学生に対して一方的に講義する形式ではなく、①少人数によるゼミナール形式で、学生にあらかじめ多くの課題を与えたうえで、教員や他の学生とのディスカッションを通じて主体的に学ばせる教育、②少人数のグループで課題に取り組み、議論しながら解決策を見出すPBL(Project Based Learning)型の授業、③実務家教員による産学連携の授業、などを増やし、主体性や説明能力の向上を図るべきである。また成績は、試験などによる一時的な知識の習得状況や授業への出席率の評価だけではなく、学生がどれだけ主体的に学び、深く考え抜いたかというプロセスや知的作業の結果を評価するものとすべきである。成績評価・進級基準については、文部科学省がガイドラインを策定して大学に示すことも検討し、しっかり勉強した学生が単位を取得し、卒業できる仕組みにする必要がある。
3.グローバル化のさらなる推進
日本の経済社会がグローバル化する中、多様性を持った集団をマネージし、その中でリーダーシップを発揮できる人材を育成するには、大学も一層グローバル化し、早い段階から学生に、異文化や異なる価値観を体験させることが重要である。大学は、学生の海外留学やギャップイヤーの取得を奨励・促進するとともに、海外からの留学生受け入れ拡大のため、英語により履修可能なカリキュラムの実施、キャンパス内への留学生寮の設立・拡大、ダブルディグリーやジョイントディグリーによる海外大学との教育連携#9などをさらに推進すべきである。加えて、海外の大学と整合性のある学事暦の導入についても検討すべきである。
また、外国人留学生が日本企業に就職しやすくなるよう、これまでの提言でも指摘してきたように#10、政府・大学・企業がそれぞれ支援を強化すべきである(在留資格変更手続きの簡素化・迅速化、就職に必要なスキルに関する研修や情報提供、インターンシップ機会の拡充等)。
4.情報開示の拡充と学修成果の見える化
大学教育の質向上のためには、情報開示を通じて外から改革のモメンタムを高める必要がある。現在、法律で義務付けられている情報のほか、米国の大学スコアカード#11のように、教育成果や大学教育の質に関する情報、学生の進路、満足度等の情報を、他の大学と比較可能なかたちで情報開示すべきである。
また各大学は、学修ポートフォリオ#12等により、学生が大学で何を身につけ、何が身についていないかを可視化することが求められる。単に履修履歴のみでなく、フィールドワークや検討・調査方法など、工夫した点についてもアピールできるようにすべきである。また各科目の成績評価に加え、学部内での相対的順位の表示なども検討すべきである。
5.初年次におけるキャリア教育の実施
学生が自らの就職・進路を見据えて、目的をもって大学で学ぶようにするためには、インターンシップに対する学生の理解の醸成を含め、大学入学から間もない時期にキャリア教育を実施することが重要である。キャリア教育の実施にあたっては、企業の担当者が職務内容や企業で仕事をするうえで必要となる資質・能力、心構えなどについて、自らの経験を踏まえて学生に直接語るとともに、学生が企業で実地の職務に従事することが重要である。文部科学省は、こうしたキャリア教育の単位認定について検討すべきである。
6.リカレント教育の拡充
人生100年時代には、教育・仕事・老後といった単線型のキャリアパスではなく、仕事と教育を行き来しながら、様々な場所で多様な活動を行うマルチステージ化が進む。そのためには、若者から高齢者まで、多様な人が、生涯を通じて能動的に社会や産業構造の変化に対応して求められるスキルを学び続けることが重要である。
大学には、産業界と連携した実践的・専門的なプログラムの開発、社会人にとって受講しやすい環境の整備(経済的負担、時間帯、複数の高等教育機関での単位累積加算等)やオーダーメイド型研修の実施などが求められる。また、長期雇用を前提として企業が担ってきた人材育成に、今後、大学が参画していくことも課題となる。
Ⅲ.大学と経済界との継続的対話の枠組み設置と共同での取り組み
経団連が2021年度以降入社対象の「採用選考に関する指針」を策定しないことを受け、今後、学生からの就職・進路相談にどのように対応すべきか悩む大学もあると思われる。またⅠ.Ⅱ.で整理したように、企業が求める資質、能力を具体的に示すことや、専門性や学修成果を評価するうえで、様々な課題がある。
そこで、下記の通り、大学と経済界が直接、継続的に対話する枠組み(仮称:採用と大学教育の未来に関する産学協議会)を設置し、本提言で掲げた大学教育改革や新卒採用に関して企業側に求められる取り組みについて、双方の要望や考え方を率直に意見交換し、共通の理解を深めるとともに、具体的な行動に結びつけることを提案する。あわせて、当面、大学と経済界が共同で取り組むべき事項についても提案する。
1.目的
大学教育改革や企業側に求められる取り組みについて、大学と経団連の代表の間で率直な意見交換を行い、双方の要望や考え方についての共通理解を深めるとともに、具体的な取り組みや行動につなげる。
2.参加者
- 【経団連側】会長、担当副会長、関係委員長 ほか
- 【大学側】上記の趣旨に賛同する国立大学、公立大学、私立大学の学長
(地域、規模、文系・理工系などのバランスをはかる)
3.テーマ
- (1) Society 5.0時代に産業界が求める人材(具体的な資質・能力およびスキル)
- (2) 大学教育への期待
- (3) 現状の新卒一括採用において期待される企業の取り組みと、中長期的な採用と大学の対応のあり方(新卒一括採用、通年採用、中途採用、ジョブ型採用等のハイブリッド型)
- (4) その他
※ トップレベルでの会合の後、実務家から構成される作業部会を設置し、共同で取り組む事項などについて、具体的に検討する。
4.共同アクション
- (1) 各大学が実施する初年次キャリア教育や、大学生1、2年生向けのキャリアセミナー(各社の仕事紹介等)開催における協力
- (2) 実務家教員の数の拡大に向けた協力(企業からの実務家教員の派遣、実務家教員育成プログラムへの支援など)
- (3) インターンシップにおける連携(長期のもの、地域の産学で取り組むものなど)
- (4) 新卒一括採用において、大学で学修した成果をより評価する方法の検討およびその実施
- (5) その他
終わりに
革新技術や多様な人々の想像力と創造力を最大限活用して、社会課題の解決と新たな価値の創造を目指すSociety 5.0時代の主役は人である。そのため社会に有為な人材を供給する大学の役割は重要性を増すとともに、社会と大学を接続する企業と大学が対話を強化する必要性も高まっている。
今回の提案を通じて、大学と企業の相互理解を深め、Society 5.0の実現に向けた様々な具体的な連携・協力につなげていきたい。
- Society 5.0については、経団連「Society 5.0 -ともに創造する未来-」(2018年11月13日)参照
- 「今後のわが国の大学改革のあり方に関する提言」 2018年6月19日
- 「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」中央教育審議会、2018年11月26日
- 経営層においても、CFO(最高財務責任者、Chief Financial Officer)、CLO(最高法務責任者、Chief Legal Officer)、CHRO(最高人事責任者、Chief Human Resource Officer)などのいわゆる「文系」分野についても、文理を隔てない高度な専門知識と幅広い視野の双方が求められる。
- 経団連「Society 5.0 -ともに創造する未来-」(2018年11月13日) 39-40頁「日本型雇用のモデルチェンジ」
- Volatility(激動)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(不透明性)
- 参考資料 1ページ参照
- 高等学校基礎学力テストの導入や大学入試センター試験の改革など
- 参考資料 2ページ参照
- 「外国人材の受入れに向けた基本的な考え方」 2018年10月16日、
「外国人材受入促進に向けた基本的考え方」 2016年11月21日 - 参考資料 3ページ参照
- 参考資料 4ページ参照