一般社団法人 日本経済団体連合会
消費者政策委員会 消費者法部会
はじめに
特定商取引法の本来の目的は、訪問販売等の特定商取引を公正にし、及び購入者等が受けることのある損害の防止を図ることにより、購入者等の利益を保護し、あわせて商品等の流通及び役務の提供を適正かつ円滑にし、もつて国民経済の健全な発展に寄与することにあり、一般的な事業者の事業活動を制限または萎縮させたり、過度なコストを負担させたりすることは適当ではない。
特定商取引法の見直しにあたっては、法律の目的をきちんと共有した上で、規制の内容と期待される効果、想定されるコストについて丁寧に検証することが必要である。拙速な規制の導入には賛成できない。消費者被害の防止・回復という視点のみではなく、大多数の正常な取引への影響や正常にビジネスを行っている様々な事業者の意見なども考慮し、今後とも十分な検討が必要である。
また、法執行の強化に関しては、まず現行の特定商取引法のもとで、人員増等により消費者庁・都道府県の執行体制を強化するとともに、消費者庁・都道府県間の情報共有を密に行うことが重要である。さらに、地方における消費者被害の実態を十分に把握し、適切な被害防止策を取るとともに、迅速な被害救済を図れるように、経済産業省や警察、国民生活センターなどの関係省庁・機関や県・市町村の消費者関係部門や福祉関係部門、警察部門等との連携を十分に強化することが必要である。あわせて、消費者ホットラインがより一層活用されるよう、国民全体に十分に周知されることが重要である。
これらの点を踏まえ、以下、中間整理の項目に沿って意見を述べる。
第1 横断的な事項について
1.指定権利制について
(1) 権利の政令指定制の見直しについて
- (意見)
- 基本的には、中間整理で示された方向性と同様に指定権利制を廃止し、原則すべての権利の販売を特定商取引法の適用対象とする方向でさらに検討すべきである。但し、権利という概念の外延について、条文・逐条解説等で分かりやすく規定・解説すべきである。
- (理由)
- 悪質商法による消費者被害を防止するために、すべての権利の売買を特定商取引法の適用対象とする方向でさらに検討すべきである。もっとも、権利の概念については、実務に混乱が生じないよう、さらなる明確化が必要である。
(2) 外国通貨の両替について
- (意見)
- 適切に両替等を行っている事業者の事務負担等が増えることがないよう十分に精査した上で、更に検討を深めるべきである。
- (理由)
- 外国為替及び外国貿易法(外為法)およびその省令で、両替業者に対する報告義務や罰則、財務大臣による検査等の規定があることから、これらの規制の内容や執行状況を踏まえて、まずは規制の必要性について十分に精査すべきである。
(3) 権利の売買における適用除外の検討について
- (意見)
- 他の業法で規制されている権利等については全て適用除外とするとともに、通常の事業者の意見・事業活動の実態を踏まえ、必要に応じて、適用除外の規定を整備・拡充すべきである。
- (理由)
- 各業法において、既に消費者保護の観点から事業者に対して適切な措置がなされていることに鑑み、他の業法で規制されている権利等については全て適用除外とすることが適当である。
2.勧誘に関する規制について
(1) 総論
- (意見)
- 自主規制の強化、現行でも規制の対象となっている再勧誘禁止に対する執行の強化等により対処すべきであり、不招請勧誘を禁止・制限することは適当ではない。むしろ、現行の特商法の下で適切な執行がなされるようにしていくかについて、十分に検討することが必要である。
- (理由)
-
そもそも特定商取引法の目的は、悪質な事業者を適切に捕捉し、的確に法執行を実施することによって消費者を保護し、公正な取引を推進することにある。そのため、まずは執行の強化を行うことが第一義的に必要であり、加えて、事業者による自主規制による対応の促進も図ることが適当である。これらが満たせない場合にはじめて、現行の勧誘にかかる規定のあり方について検討することが適当だと考える。最初から広汎に規制を及ぼすルールは、健全な事業者の事業活動を萎縮させることとなり、結果的に消費者の商品選択のチャネルを狭めることになる。
また、あらかじめ勧誘を受けない意思を表明した消費者に対しては勧誘を行わないオプト・アウトルールを導入すべきという意見もあるが、自らそのような意思表示ができる消費者であれば、勧誘を受けても本人が望まない勧誘については拒絶できる可能性が高く、現行の再勧誘禁止で足りると考える。また、オプト・アウトルールを具体的な制度にするとすれば、以下の(2)登録制度や(3)ステッカー制度のかたちをとることになるが、それぞれ費用・コストや対象の範囲の不明確性などの固有の問題がある。むしろ、現行の特商法の下でどのように執行を強化していくかについて、十分に検討することが必要である。
なお、中間整理の14頁で「高齢者被害等の被害実態が確認されれば、そうした被害を防止するための対応等を検討する必要があるとの一定の共通理解が得られつつある」とあるが、仮に高齢者等の被害を防止するための対応を検討する場合でも、事業者の側にとっては、契約の相手が高齢者かどうかは一見にして明確ではないため、契約のプロセスに年齢確認を入れるのか、またそれが差別や高齢者の生活に悪影響を与えないか等も考慮しつつ、慎重に検討すべきである。
(2) 登録制度について
- (意見)
- Do not knock registryやDo not call registry制度など、消費者が勧誘を受けない意思を登録する制度の導入には反対である。
- (理由)
-
制度の実効性が不透明であるとともに、制度の構築・維持にかかる費用や事業者の負担が膨大となるおそれが強い。
消費者の情報を登録する制度については、たとえ、リスト洗浄型にするとしても、悪質事業者にとって格好のデータベースになるため、相当のセキュリティ対策費用がかかることに留意する必要がある。
また、登録情報について、いわゆる反社会的勢力のフロント企業等から開示・利用の要請があった場合にはどのように対応するのか、また、それらの企業が他社に情報を譲り渡した場合にどのように対応するのか等のリスク対応についても慎重な検討が必要である。
(3) ステッカー制度について
- (意見)
- 訪問販売等のお断りステッカーによって勧誘拒否の意思表示を行う制度の導入には反対である。
- (理由)
-
これまで特に問題も生じていなかったような領域についてまで、結果的に行為規制の影響が及び、健全な事業活動が萎縮することが懸念される。
例えば、いわゆる御用聞きなどについて、お断りステッカーの適用除外にしたとしても、消費者から訪問販売と同視され、特定商取引法の適用対象だと誤解される可能性は十分にある。そのため、ステッカーがあるために訪問を躊躇する、念のためいちいち事前に承諾を取るなどして、健全な事業活動が萎縮し、無用のコストが生じるおそれがある。
3.販売事業者等によるクレジット・金銭借入・預金引き出しを勧める行為等に関する規制について(中間整理P.16)
- (意見)
-
単に金融機関からの借り入れやクレジット契約締結を勧める行為については、規制の対象とすべきではない。
また、預金引き出し等のため金融機関等に同行する行為については、消費者からの依頼により消費者の便宜を図るために行う場合もあり、適切な事例が規制の対象とならないよう十分に配慮して慎重に検討する必要がある。 - (理由)
-
単に金融機関からの借り入れやクレジット契約締結を勧める行為については、高額商品(自動車等)の売買や月会費の自動引落しのためのクレジット契約などで広く定着しており、これに規制を及ぼすことは消費経済への影響が極めて大きく、消費者の選択肢を狭めることにもなる。
また、預金引き出し等のため金融機関等に同行する行為については、金融機関への道案内、取引代金の現金引渡し等を希望する消費者からの要請を受け、事業者がサービスの一環として対応している場合もあるため、規制の対象を限定すべきである。
第2.個別取引類型における規律の在り方について
1.訪問販売における規律について
- (意見)
- アポイントメントセールスについて、真に悪質な事案についてのみ対処できるよう、もう少し的の絞った検討が必要である。
- (理由)
- 例えば、主にユーザーへのサービスを目的として行われるが、同時に簡単な勧誘を行っているようなケースまで特商法の規制が及ぶことを懸念する。現行の規制での限界事例と規制すべき対象を十分に考慮した上で、真に悪質な事案についてのみ対処するよう限定すべきである。
2.通信販売における規律について
(1) 虚偽・誇大広告に関する取消権について
- (意見)
- 虚偽・誇大広告については、あらためて特定商取引法で取消権に関する規定を創設することには、極めて慎重な検討が必要である。
- (理由)
-
そもそも虚偽・誇大広告については、すでに景品表示法において課徴金を課す規定があり、さらに消費者契約法においても検討が進んでいる中で、特定商取引法において、虚偽・誇大広告に関する取消権を創設することが必要か、慎重な検討が必要である。
仮に特商法で取消権を規定すれば、改正景表法による売上額の3%が返還対象となる課徴金制度と比べ、消費者にとって取消の相手方となる小売業者は100%の額の返還という義務を負うことになる。また、特定商取引法による取消と景品表示法の課徴金が同じ事案に重畳的に適用された場合、求償関係等が複雑化し、紛争解決が困難となる。また、インターネット通販においては、実際に消費者がどのような情報をもとに意思形成したかが判断できないが、このような場合にまで、取消権まで認めることになれば、取引の安定性が大きく損なわれることとなる。
(2) インターネットモール事業者の取扱いについて
- (意見)
- インターネットモールの出展事業者への対応については、中間整理にあるとおり、それぞれの自主的な対応に任せることが望ましい。
- (理由)
- モール運営事業者による出店事業者の管理・監督が期待できるため、法的な規制に頼るべきではない。
(3) 通信販売事業者の表示義務について
- (意見)
- 通販事業者にアクワイアラー・PSP(Payment Service Provider:決済代行業者)の登録情報の表示義務を課すことについては、その実効性について十分に検証すべきである。
- (理由)
- プロバイダーやクレジット事業者など、関係する事業者の意見等も十分に踏まえ、慎重に検討することが適当である。なお、表示義務違反等を理由とする抗弁権の接続による契約の取り消し等まで検討するのであれば、取引の安定性を大きく損なうため不適切である。
(4) FAX広告に関する規制の導入について
- (意見)
- 通信販売等におけるFAX広告について、FAX広告の実態等をよく調査した上で、規制を導入する十分な理由があるのかさらに検討すべきである。
- (理由)
- 事前の承諾無く送付されたFAX広告について、受信した消費者側の費用負担や消費者側が受信を止めることが困難という問題点については理解できるところもあるが、正常な取引に至るケースとそうでない悪質な取引に誘導されるケースがどの程度の割合であるのかという点や、相談件数の中で悪質な取引に実際に至った場合の被害額の推移等をまず整理すべきである。
3.電話勧誘販売における規律について
- (意見)
- 事業者に対するヒアリング等を行いつつ、慎重に検討すべきである。なお、規制を導入する場合には、どのような場合が「過量」にあたるのか、具体例を示すことが望ましい。
- (理由)
- 電話勧誘販売の「過量販売」に関する既支払額の合計額及び平均額については、2011年から2014年まで3年連続減少を続けているため、まずは被害実態の詳細な分析に加え、事業者に対するヒアリング等も行いつつ、更に検討すべきである。
4.訪問購入における規律について
- (意見)
- 訪問購入に関する規制の対象を「交換」にまで拡張することについては、訪問購入業者や資源リサイクル事業者等の意見も十分に確認したうえで検討すべきである。
- (理由)
- 通常の事業を行う訪問購入業者や資源リサイクル事業者等の活動に影響が出ないよう配慮して検討を進めるべきである。
第3 執行上の課題について
1.行政処分の効力の対象・範囲の拡大について
- (意見)
- 行政処分の効力の対象・範囲の拡大については、規制の実効性を担保する観点から更に検討すべきである。
- (理由)
- 消費者被害を発生させる悪質な事業者の取り締まりの強化については、これを進めることが適切である。中間報告の提案の効果がどの程度あるのかを検証し、通常の事業者の活動に影響が及ばないよう配慮したうえで、今後取り組みを進展させるよう検討すべきである。
2.事前参入規制等について
- (意見)
- 事前参入規制の導入には賛成できない。
- (理由)
- 事業者の事務負担や登録上のコスト等が増加する一方、悪質な事業者への対策として効果があがるのか疑問である。また、このような事前登録制は事業者の営業の自由に対する広範な規制に繋がり、影響が極めて大きい。
3.報告徴収・立入検査の強化について
- (意見)
-
報告徴収・立入検査の強化については、今後、被害の実態等を踏まえ、広範な規制とならないよう、引き続き検討すべきである。
なお、事業者に対して、一定の従業員名簿や取引関係書類等の作成及び備付けを義務付けることには強く反対する。 - (理由)
- 消費者被害の防止のための執行力の強化については総論として賛成するが、個々の規制については、通常の事業を行う事業者に対する影響がないように配慮して検討を進めるべきである。また、事業者に対して、一律に一定の従業員名簿や取引関係書類等の作成及び備付けを義務付けることは、義務付け・書類保存等の範囲が広汎になるだけではなく、関係する事務負担も極めて大きい。
4.新たな技術・サービスの発展・普及への対応(P.25)
- (意見)
- プロバイダーに関する削除要請に係る規制の創設については、プロバイダーや通信関連団体、総務省等の意見も踏まえて慎重に検討すべきである。
- (理由)
- プロバイダーによる削除要請については、実際に要請を行った場合、表示の修正に止まらず、当該情報が掲載されたページを削除することも多く、結果的に当該事業者に対し、業務停止命令と同じ効果をもたらすため、その効果を踏まえて適切な規制のあり方を検討すべきである。