OECD租税委員会御中
税制委員会企画部会
BEPS行動7(PE認定の人為的回避の防止)に係わる改訂公開討議草案
に対する意見
OECDが2015年5月15日に公表した改訂公開討議草案 「BEPS行動7:PE認定の人為的回避の防止」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。
1.はじめに
経団連は、本年1月の意見書と同様に、源泉地国における不当な税源浸食の防止、デジタル・エコノミーへの対応、企業間の平等な競争条件の確保の観点から、BEPS行動7の具体化に向けたOECDの取り組みを基本的に支持する。
さらに、今回の公開討議草案では、当初公開討議草案に比べ提案の絞込みが行なわれており、経団連の意見が一定程度反映されていること、また、絞込みに当たり、納税者の意見を考慮したがことが各所で具体的に記述されており、OECDにおける検討過程が透明化されていることを評価する。
もっとも、具体的・個別的な項目については、いまだ課題が多い。そもそも、源泉地国における不当な税源浸食の防止は重要ではあるものの、その目的を超えてPEの範囲を拡大し、PE認定における実質的判断の要素を強めれば、二重課税が発生するリスクが極めて高くなる。その観点から言えば、PEの定義・閾値については、出来るかぎり客観的かつ明確なものにすることが極めて重要である。この点を踏まえ、以下、それぞれの項目ごとに提示されたモデル条約の条文案・コメンタリー案について意見を述べる。
2.コミッショネア契約
そもそも、1月の意見書でも述べたとおり、コミッショネア契約及び類似の取極めが常に課税ベースの浸食を意図しているわけではない。また、仮にコミッショネアがPEと認定されたところで、そのPEに帰属する所得は非常に限定的であることが想定される。本来はPE概念の拡張ではなく、まずはコミッション収入がALP(Arm's Length Price)に照らし適正であるか等を含め、移転価格税制の文脈で解決を試みるのが筋である。今回、当初公開討議草案のオプションA~Dのうち最も弊害が少ないオプションBが採用されたものの、積極的に賛成できるものではない。今後、BEPSに関係のない取引に対しても安易なPE認定が行われる可能性が高まることを強く懸念する。そこで以下では、改正5条5のコメンタリー案について、いくつか意見する。
パラグラフ32.3
「当該企業が当該者の遂行する行動によって直接又は間接に影響を受けることがなければ」という記述があるが、「間接」に影響を受けるという点の解釈が明確ではないため、この点を明確に定義すべきである。パラグラフ32.5
「契約の重要な要素を交渉する」という文言の対象・外延が不明確であり、課税当局による恣意的な解釈を招きうる。少なくとも、「契約の重要な要素を交渉する」における「交渉」とは、単に仲介者(intermediary)が契約条件や顧客・本社等のニーズを伝えることを含まないということをコメンタリーで明確に提示すべきである。なお、契約交渉過程に入ることの合意や基本合意がなされた(長期)契約のルーティンのなかでの合意(例:長期の商品供給契約等において、原材料の市場価格等によって価格が変動するが、おおよその予定価格帯等が決められている場合における、当該価格帯での交渉を要さない合意等)が「契約の締結」や「契約の重要な要素を交渉する」ことにはあたらないことにも各国が留意すべきである。パラグラフ32.6
同パラグラフの事例では、RCOのために契約の条件を顧客に伝達すること自体が「交渉」に該当すると解される可能性がある。交渉を行ったかどうかは事実関係を踏まえて慎重に判断される必要があり、パラグラフの事例では、SCOの従業員が標準契約の条件を受けいれるよう顧客を説得(convincing)したかどうかが前提となるべきと考える。パラグラフ33
過度なPEの認定を防止し、対象となる契約を限定する観点から、従来のコメンタリーにあった「本人を拘束する方法で」という文言を維持すべきである。
3.独立代理人
独立代理人は、基本的には、その性質によって、すなわち、代理人が自己の技術や知識・経験等をもとに、自らリスクを負担して活動しているかどうかに基づいて、独立代理人であるかどうかを決定されるべきであり、基本的には5条6項は改正すべきではない。
もっとも、今回の公開討議草案では、「専属的に又はほとんど専属的に一以上の接続する企業に代わって行動する者は、それらの企業の独立代理人とはされない」という条文が提示されているため、この規定に対しても意見を述べる。この場合、接続企業の基準として、「受益権等が50%以上ある場合」としているが、50%ちょうどの場合、他の企業との合弁形態であれば、当該企業を支配しているとは言えないため、この基準を「50%超」に変更すべきである。
なお、専属性の基準として、コメンタリー38.7では、「接続していない企業のために代理人が契約した売上が、他の企業のために代理人としてした契約の全売上の10%より低い場合」、代理人に専属性があるとしているが、根拠が不明である。
4.準備的・補助的活動
一律に5条4a),b)から「引き渡し」を削除するオプションF等ではなく、オプションEを採用したことに一定の評価はできる。ただし準備的・補助的活動にかかる今回の改訂案により、これまで外形的にPEに該当しないとされていた5条4項a)~d)の業務を遂行する事業を行う一定の場所に対し、これまでの取り扱いを大きく変更することは避けなければならない。準備的・補助的活動について、明確に定義するとともに、事例についてより充実させるべきである。
パラグラフ21.1, 21.2
準備的・補助的活動の意義に関するガイダンスを歓迎する。この点、準備的・補助的活動については、パラグラフ21.1, 21.2で、「企業の全体としての活動の本質的かつ重要な部分を形成するかどうか」を基準として示しているが、オプションBを採用する場合、準備的・補助的活動の判定が極めて重要になるため、「企業の全体としての活動の本質的かつ重要な部分」については、業態の特性に応じて判断することが今まで以上に重要となる。例えば、製造業における顧客に製品を納めるための倉庫については、基本的には企業の競争条件を左右するものとは言えないため、「本質的かつ重要な部分」とは言えないと考える。また、パラグラフ21.2の「当該企業の資産や従業員のうち相当の割合を要求する活動が補助的な性格を有すると考えられることはなさそうである」との記述は重要と考える。すなわち、問題となる事業活動を行う一定の場所(例えば倉庫)の規模が単に大きいことをもって補助的か否かの判定を行うというよりは、当該企業の資産や従業員に占める「割合」に着目していることがここでは示唆されている。パラ21.2では、このように「割合」と記述した趣旨について、より明確に説明する必要がある。パラグラフ22
「準備的・補助的性質を持つ活動と言えるかどうかは、施設の規模やその企業の事業活動全般を含んだ要素に照らして決定される必要がある」とあるが、パラ21.2における記述との整合性も踏まえれば、「施設の規模」というよりは企業全体の資産・従業員構成を踏まえた「施設の比例的な(proportionate)規模」との表現の方がより適切かもしれない。また、事業活動全般を考慮する際には、企業のサプライチェーン全体における当該事業を行う一定の場所の位置づけを考慮して判断すべきである。さらに、5条4a)において、準備的・補助的活動に該当しない例のみならず、該当する例についても、5条4b),c)に係る事例との並びで、製造業における「引渡し」を念頭に、コメンタリーに記載することが有用である。パラグラフ22.3
「企業が製品・商品を検査・保管するために倉庫の区分された部分への無限定のアクセスが許される場合」、補助的・準備的活動でなければ、PEにあたりうると整理されているが、「無限定のアクセス」の意味するところについて、より詳細な記述が必要である。
また、本パラグラフからは、「保管・展示・引渡しのための」との文言が削除されているが、特段、削除する必要はないと考えられ、維持すべきである(パラ22も同様)
加えて、1月の意見で指摘した通り、企業が他の国に所在する取引先の求めに応じ、その取引先の工場の敷地内に設置された倉庫において、その取引先による加工のため、自社の物品又は商品を保有するVMI(Vendor-Managed Inventory)という製造業特有の契約形態がある。このような契約は、租税回避の意図から生じたものではなく、BEPSとは無縁のものであるため、PE認定されるべきものでないことを改めて強調したい。今回のコメンタリーの改訂により、基本的にVMI倉庫はPEに該当しないと解釈できるが、各国で一貫性のある対応を求めるものである。パラグラフ22.5
同パラグラフでは、「全体的な企業活動全般がこれら商品の販売である場合、製品・商品の購入のために使われる事業を行う一定の場所については、この項は適用されない」とあり、調達活動は準備的・補助的活動にあたらないことを示している。しかし、仕入れた商品を販売する企業においても、企業活動の重点が調達よりも潜在的顧客の開拓・獲得にある場合もありうるため、調達活動がPEに当たるかどうかを判断する際には、リスク等を引き受けているか否かも含め、その会社の事業活動の不可欠かつ重要な部分を構成するか否かという点から個別に判断することが必要である。
5.アンチ・フラグメンテーションルール
5条4.1項の創設については、本来は事業上の理由がない濫用的なケースについて、個別に対処すればよいものであり、実際に帰属される所得も少額となることが予測されるため、その実効性については疑問が残る。
仮に、今回の公開討議草案の方向性で検討がなされる場合、「一体として運営される事業」という文言について解釈の余地が大きいため、コメンタリー等において、定義の明確化や具体例の充実を図るべきである。とりわけ、グローバルな事業活動を行う企業では、BEPSとは無関係に同一企業グループ内で関連する事業活動を行っていることが多数想定されうるが、そのような個々の事業活動同士の関係等について、取り決めの時点で逐一把握し、一体として運営される事業であるか否かを判定するのは容易ではない。また、5条4項において準備的・補助的と判定された活動であるにも関わらず、強引に接続企業の活動と結びつけられ、PE認定されたのでは意味がない。新興国等で出向者の一時的な活動がPEの対象となることも懸念される。租税回避を目的とした濫用的なケースにのみ本項目が対象となるよう、コメンタリーに明記すべきである。
また、コメンタリーのパラグラフ30.3の例Bの第2・における「ある国の企業が、同一国内における事業を行う一定の場所を使用・維持していた場合、同様にPEが成立する」とする記述はこれまでのPE概念を大きく拡張させるものであるため、削除すべきである。
6.契約期間の分割
異なる契約について、契約期間を分割しているとみなし、租税条約を濫用していると判断するケースは例外的であるべきである。各国において、事業に係る目的や責任、契約当事者等が異なる契約を一連のものと見なして課税を及ぼすことになれば、PE認定の対象が飛躍的に拡大し、二重課税のリスクが増大する。BEPSの意図のない取引形態については、従前と変わらない取り扱いとすることが必要である。
多国籍企業では、グループ内での事業活動の役割分担・効率性の観点から、機能ごとに会社を分割していることが通常である。例えば、プラント建設事業を営む会社においては、それぞれの従業員等の持つ要素技術や資格に応じて、人繰りの最適化等の事業運営上の必要性・合理性から、据え付け部門と建設部門等を子会社として分離していることがよくある。この場合に、親会社が契約を受注した際、現地で親会社が監督業務を行うとともに、子会社が製品の据付や建屋の建設等を行うことになるが、租税回避を目的としたものではないにもかかわらず、これらの異なる子会社の業務を一連のものとみなして子会社のPEを認定することは、企業経営の効率性を損なうものであると考える。
また、例えば、親会社と子会社など別の会社が、それぞれの独自の営業活動によって契約を獲得した場合について、そもそも分離された契約に入札した場合には、入札する側に契約条件を交渉する権限はなく、明らかに租税回避の意図がない事案と言える。これらの場合について、後付けで、Connected activitiesに該当するかどうかの判断することは不適当である。
そのため、パラグラフ18.2において、Connected activitiesの決定の際には、「そもそも濫用的な目的がある」場合を前提とするよう注記すべきである。あわせて、「異なる契約のもとにある関連する仕事の本質」という文言が曖昧であり、個別企業の外形的な業務の態様を超えて、広く接続された活動であると解釈されるおそれがあるため、考慮事項を「whether associated enterprises perform similar activities」とすべきである。
7.帰属所得との関係
そもそも現状において各国でAOAの採用が進んでいない中でPE概念の再定義のみが先行すれば、二重課税のリスクが増大することになる。多国間協定の交渉期限である2016年末までに必要なガイダンスを提供すべく2015年9月以降帰属所得に関するフォローアップ活動を行なうとのことだが、必ずBEPSプロジェクト加盟国で統一指針を設定すべきである。
なお、本年9月に行動7を巡る最終勧告が行われることになるが、多国間協定の実施又は個別条約の締結・改定が行われるまでの間、PE認定を巡る現行実務を変更すべきでないことは言うまでもない。また、PE認定に係る二重課税の問題を回避すべく、効果的な紛争解決メカニズムが提示されることを強く期待する。