一般社団法人 日本経済団体連合会
1.物流政策の現状と課題
効率的な経済活動と豊かな国民生活を実現する上で、物流が果たす役割は非常に幅広く、関係する産業も非常に多岐にわたる。とりわけ、企業活力の発揮を通じた成長戦略の実施において、企業のサプライ・チェーンを支える物流機能を高めることが不可欠である。こうした問題意識の下、経団連では2013年4月に「次期物流施策大綱に望む」をとりまとめ、物流政策に関するグランドデザインの必要性とともに、産業の国際競争力強化の観点から重視すべき施策について提言した。
わが国政府においては、道路・港湾・空港・鉄道等のハード面でのインフラ整備や、NACCS#1の整備、諸手続きのシングルウィンドウ化、AEO制度#2の導入等の貿易円滑化に向けたソフト面での諸改革に取り組んでおり、リードタイムの縮減につながるなど、一定の成果もみられる。また、2013年6月には「総合物流施策大綱」を閣議決定し、わが国経済界の意見も多数盛り込むなど、評価される。しかしながら、空港・港湾の国際競争力の低下、国内物流に携わる人材の確保や、港湾周辺等の渋滞の解消、効果的・効率的なセキュリティ対策の推進、電子化を前提とした現行制度の見直し、制度の国際的な調和など、解決すべき課題も依然として多い。
2.セキュリティ確保と物流円滑化の両立の必要性
特に、諸外国におけるテロ事件を端緒として安全に対する国内外の社会的な要請は年々高まっており、セキュリティを適切に確保する仕組みの整備も急務となっている。こうした問題意識の下、船舶における出港前報告制度#3に加え、米国政府の要請に応じて国際旅客便搭載貨物を対象とした新KS/RA制度#4が相次いで導入された。新KS/RA制度は、本年4月から全世界向けの国際旅客便が対象となったことに伴い、コストやリードタイム等の面でわが国産業の競争力に与える影響が強く懸念される。
近い将来、TPPをはじめとする経済連携の進展により、企業のサプライ・チェーンがさらに高度化し、国内外の物流の量も一層増加することが見込まれる。わが国企業がグローバル経済下で高い競争力を引き続き発揮し、日本が世界の物流において確固たる地位を築くためには、官民の適切な協力の下、国内外でシームレスな事業活動を可能とする効率的な物流インフラの整備とインフラ間の連携を進めることに加えて、貿易に係るセキュリティ確保と物流の円滑化という2つの政策目的を高い次元で達成することが求められる。
3.官民一体・省庁横断による改革の推進
総合物流施策大綱のPDCA#5を実施するとともに、前述の課題を克服していくためには、官民の連携はもとより、省庁横断的な取組みを推進する必要がある。米国やアジア近隣諸国では、競争力のある物流環境の構築に向けた取組みを加速させており、立地競争力を高めていくためには、諸外国に後れをとってはならない#6。わが国としても、政治のリーダーシップの下、民間も参画する形で関係省庁間の連携を促すための総合調整機能を果たす仕組みの構築が強く求められる。
セキュリティ対策と貿易円滑化については、政府はすでに様々な取組みを推進しており、個々の制度については、民間の意見を取り入れつつ、概ね改善の方向に進んでいると評価される。しかしながら、これらの諸制度を一つのシステムとして俯瞰した場合、コンプライアンスに係る管理や諸手続きで重複や非効率が生じ、結果として企業に追加的な負担を課すことにもなっている。AEO輸出者として講じているセキュリティ対策について、KSに求められる対策に転用することを可能とするなどの取組みも進められているが、今後は、国土交通省、財務省、経済産業省に加え、厚生労働省や農林水産省等、関連省庁間の連携を一層強化し、電子化を前提とした制度・システムの一体的な運用等の改革に取り組むことが期待される。
4.貿易のさらなる円滑化に向けて
(1) AEO制度の一層の改善
AEO制度は貿易円滑化の中核をなすものとして位置づけられる。同制度については、これまでも累次の制度改善が行われており、評価はできるものの、セキュリティ管理のための要員確保やコスト負担、報告等に係る事務負荷が大きく、事業者の負担に比べて期待した程のメリットは得られていないとの指摘が依然として聞かれる。とりわけ事業者からは今後の課題として、AEO事業者に対する新KS/RA制度等の他の貿易関連制度とのさらなる連携、諸外国とのAEO制度の相互承認の加速、セキュリティ管理上の負担と実績に応じた段階的なメリットの提供、AEO通関に係る納税担保のあり方の検討、合併や会社分割時等における認定の継続性確保等が挙げられている。こうした課題の解決に向けて、当局と民間事業者との意見交換の場を適宜設ける等により、制度の一層の充実を図っていくべきである。
(2) 新KS/RA制度の運用の見直し#7
新KS/RA制度は、わが国航空貨物のセキュリティ強化の一環として、米国政府の要請に応じて、2012年12月から米国向け国際旅客便を皮切りに従来の制度が強化されたものである。セキュリティ対策は国際的な課題でもあり、民間企業として必要な協力を行うことに異論はないものの、新制度は、運用面においてRAを中心に関連業界の努力に多くを依存しており、また、現行制度が破たんした場合の補完体制がないことから、セキュリティ対策に係る負担の増大に加え、リードタイムの延長や物流の遅延・滞留リスクの拡大の恐れが高まっている。空港における物流の遅延・滞留が一度でも発生すれば、多数の企業のオペレーションに深刻な影響を与え、わが国企業の国際競争力を損なうのみならず、物流拠点としてのわが国の地位を失いかねない。
こうした状況に鑑み、わが国政府においては、円滑な物流とセキュリティ確保のための体制整備は国の責務であるとの基本認識の下、検査体制の充実を急ぐと同時に、適切な航空保安体制の確立に向けた改革に早急に着手することが求められる。
(3) NACCSの一層の充実
国際物流に係る基幹情報システムであるNACCSについても、累次にわたる更改が行われ、総合的物流情報プラットフォームとして機能は充実してきている。しかしながら、これまでの更改は、ITを前提とした通関手続きの流れの抜本的な見直しを伴ったものとは言い難い。そのため、システム更改に向けた検討に際しては政府CIOとも連携しつつ、利用者を構想段階から参加させ、BPR#8の観点から手続きのフローを一から見直し、貿易に関わる全ての関係者の利用の下で一連の手続きと情報が処理されるシステムを整備する必要がある。
他方、薬事法等の他法令手続きや原産地証明書等のシステム化等の電子化・ペーパーレス化の一層の推進、出港前報告制度により提供される貨物情報のNACCSへの取込み、荷主-物流事業者間の情報も含めた情報フォーマットの統一化、NACCS情報の利活用、バックアップ・システムの強靭化、わが国と貿易関係の深い国々とのデータ連携等の課題については、可能なものから順次検討・導入することが求められる。
(4) 今後の通関制度のあり方の検討
貿易自由化の拡大等に伴い、貿易量が増加する一方で関税の徴収の減少が見込まれるなどにより、税関の役割も時代に応じて変化する。諸外国の制度も参考にしつつ、すでに検討が開始されている税関申告官署の自由化はもとより、原産地証明制度、輸出申告、輸入消費税等も含め、自由貿易の一層の進展を見据えた通関制度のあり方についても引き続き検討を深めることが望ましい。
- NACCS(Nippon Automated Cargo and Port Consolidated System):入出港する船舶・航空機及び輸出入される貨物について、税関その他の関係行政機関に対する手続及び関連する民間業務をオンラインで処理するシステム。
- AEO(Authorized Economic Operator)制度:国際物流におけるセキュリティ確保と円滑化の両立を図り、わが国の国際競争力を強化するため、貨物のセキュリティ管理と法令順守の体制が整備された事業者に対し、税関手続の緩和・簡素化策を提供する制度。
- 出港前報告制度:船舶の運航者等が、日本に入港しようとする船舶に積み込まれる海上コンテナー貨物に係る積荷情報を、原則としてコンテナー貨物の船積港を船舶が出港する24時間前までに電子的に税関へ報告することを義務付け。2014年3月より施行。
- 新Known Shipper/Regulated Agent制度:航空貨物のセキュリティレベルを維持し物流の円滑化を図るため、航空貨物について荷主から航空機搭載までの過程を一貫して保護することを定めたICAO(国際民間航空機関)の国際標準に基づき制定された保安対策制度。米国政府は米国に直接向かう旅客便の出発空港において、航空貨物の100%爆発物検査を求めており、それに代わるものとして2012年12月から米国向け旅客便に施行され、2014年4月から全ての国際旅客便に施行された。国土交通省から認定を受けた特定フォワーダー(RA)により貨物に爆発物が紛れ込まないよう保安管理ができていると認定された荷主(KS)の貨物は、空港施設等において航空会社による爆発物検査が軽減あるいは免除される。
- PDCA:Plan(目標設定)、Do(実施)、Check(評価)、Action(反映)のサイクル。
- 米国ではホワイトハウスが主導して、サプライ・チェーンのセキュリティ確保と円滑化の両立に向けた取組みを推進しており、2012年1月に「National Strategy for Global Supply Chain Security」を発表したほか、2014年2月にも貿易関係手続に関する省庁横断システムの稼働に向けた大統領令13659号「Streamlining the Export/Import Process for America's Business」を発表している。
- 詳細は、「わが国航空貨物のセキュリティ対策に関する意見」(2014年4月15日)を参照。
- BPR(Business Process Re-engineering):専門化され分業化が進んだ組織において、顧客価値向上の観点から、ビジネス・プロセス(組織や制度、職務、業務フロー、管理機構、情報システム等)を再設計する一連の改革。