一般社団法人 日本経済団体連合会
1.はじめに
クルーズ観光には、日常生活から切り離された空間でゆったりと時間を過ごせる、海からの視点で各地の魅力を発見・経験できるなど、新たな旅行文化を創造するとともに、移動・宿泊・食事などが一括して比較的リーズナブルな価格で提供される、持込手荷物の量に制約がないなど、旅行者の利便性も高く、これまでのわが国の観光では一般的でなかった様々な魅力が存在する。
アジア地域では、経済成長に伴う所得増、船の大型化による低コスト化が加わって、クルーズ観光の需要の増大が続いている。また、わが国は諸外国に比してクルーズの普及が遅れているが、高齢化の進展などによる余暇時間の増大、今後の生活ではレジャー・余暇を重視したいという内閣府の「国民生活に関する意識調査」の結果を踏まえれば、今後クルーズ市場が伸びる余地は十分に存在すると考えられる。
こうした中、観光立国を目指すわが国としては、変化に富む島々や海岸線をはじめとする美しい景観、津々浦々の文化や安全で機能的な都市、高いレベルのサービスやおもてなしの心といった強みを活かしつつ、国家戦略としてクルーズ観光を振興し、東日本大震災の被災地を含む全国各地の活性化と雇用創出、ひいては、わが国の経済社会の発展に繋げていくべきである。
2.政府が取組むべき事項
政府は「日本再興戦略」(2013年6月閣議決定)において、「観光資源等のポテンシャルを活かし、世界の多くの人々を地域に呼び込む社会」を掲げ、訪日プロモーションに関する省庁・関係機関の横断的計画策定と実行、査証発給要件の緩和や入国審査の迅速化等による訪日環境の改善など、観光立国に向けた重要施策のメニューを示した。国はこれらの重要施策を迅速かつ着実に実施するとともに、クルーズ振興に向け特に以下の項目に重点的に取組むべきである。
(1) 入国手続の簡略化・迅速化・円滑化
海外からのクルーズ船を最初に迎える港では、時には数千人に上る外国人乗客の入国審査を一度に行う必要がある。この審査手続を入国者にストレスを感じさせることなく迅速かつ円滑に行うことが出来れば、クルーズ誘致の国際競争の中でわが国の港の競争力を向上させるとともに、乗客の国内での消費や交流を増進することができる。
このため、国は、人員や機材の充実など入国審査体制の強化を図るとともに、大型クルーズ船については入国審査官が事前に海外から乗船し、上陸する外国人乗客に対し航行中の船内で入国審査手続を完了する海外臨船審査を積極的に実施すべきである。
加えて、入国審査手続については、わが国の競争力の観点から、対面式入国審査・写真撮影・指紋採取の省略、パスポートに代えて運行会社が発行するクルーズカードでの上陸許可など、他国での対応状況も踏まえ、最先端技術の活用や国内外の連携強化等を図りつつ、新たな仕組みを大胆に構築・導入すべきである。
(2) 外国人旅行者に対する査証発給要件の緩和・見直し
今後増加が期待されるアジアからの旅行者にとって、査証の取得は日本入国の最初の関門になる可能性が高い。
そこで、今後訪日旅行の高い伸びが見込まれ、また、2013年に友好協力40周年を迎えたASEAN諸国については、2013年夏のタイ及びマレーシア向けのビザ免除、ベトナム及びフィリピン向けの数次ビザ化、インドネシアの数次ビザに係る滞在期間延長に加え、例えばラオス・カンボジアに対する数次ビザの導入、ミャンマーの数次ビザに係る滞在期間延長等、更なる措置の検討・導入が強く期待される。
また、中国からの個人旅行者向けには、東北3県数次ビザ発給における所得要件緩和を行うほか、対象訪問地域を東北6県、次いで全国に拡大するとともに、滞在期間延長についても積極的に検討すべきである。
(3) クルーズ振興に関する体制強化と関係機関との連携
現在、国土交通省には、クルーズ船のわが国への寄港促進を図るため、外国クルーズ船社に対するワンストップ窓口が設置されている。
わが国におけるクルーズ振興を図るためには、このワンストップ窓口の内外への周知を徹底するとともに、クルーズ振興全般に関する政策立案・総合調整機能を付与することが望ましい。具体的には、大型クルーズ船に対応した入国手続の簡素化・迅速化・円滑化の推進、クルーズの運行計画作成にあたっての港湾管理者や海上保安庁等の関係者との調整、各主体が行う海外クルーズ客の訪日プロモーションの横断的な実施等にも対応可能とすべきである。
特に、クルーズ振興のための海外市場のマーケティングやプロモーション・寄港誘致については、観光庁及び日本政府観光局(JNTO)の体制・機能強化と、ワンストップ窓口との積極的な連携・協力、さらには国と地方(クルーズ振興に取組む自治体等による全国クルーズ活性化会議等)との連携が不可欠である。
(4) 外国人旅行者に係る消費税免税制度の抜本的な見直し
クルーズ船は、飛行機と異なって持込手荷物の量に制約がないことから、日本でのショッピングを楽しみにしている外国人旅行者も多い。
こうした旅行者の満足度を高め、国内での消費拡大を通じて地域経済を活性化し、雇用を創出するためにも、外国人旅行者に係る消費税免税制度については、今後予定されている消費税率の引き上げも踏まえ、抜本的な見直しが欠かせない。具体的には、出国時における購入物品の輸出確認後の返金方式の導入による輸出免税対象品目の拡充(化粧品、医薬品、飲食料品)や、同方式の導入に伴う手続の簡素化によるショッピングの利便性向上などが考えられる。
3.国・地方・官民が連携して取組むべき事項
韓国など近隣諸国では、アジア地域で急速に高まるクルーズ需要を背景に、クルーズ船の寄港誘致や自国を中心としたクルーズハブの構築を国家戦略として進めている。
わが国においても、国・地方・官民が密接に連携し、国家戦略としてのクルーズ振興を加速していくべきである。
(1) インフラ・受入れ体制の整備
大型クルーズ船が頻繁に寄港するいくつかの港湾については、大型クルーズ船に対応可能な埠頭・旅客ターミナル等をハード・ソフト両面において、戦略的かつ重点的に整備する必要がある。既存ストックの有効活用という観点からは、貨物埠頭の再編やクルーズ船埠頭への利用転換についても寄港地の需要動向を見極めつつ検討すべきである。港湾施設使用料については、地方自治体が国内外との競争を視野に住民の理解を得ながら柔軟に設定することが期待される。
外国人旅行者に対応したインフラ整備としては、安全確保と信頼性向上の観点から自然災害等の緊急時の避難方法等について周知を図るための方策を検討・導入することはもとより、着地型観光促進の視点から外国語の標識・案内表示やガイドブックの充実、多言語化や用語の統一化、ツアーガイドの育成や観光案内所の強化等を関係者の協力の下に進める必要がある。
併せて、地域内の様々な関係者や地域間の連携を進め、クルーズ客が寄港地を中心に様々な地域の魅力を体感できる着地型の旅行商品の開発・提供を促進すべきである。こうした取組みにあたっては、旅行会社など国内観光関係者のノウハウの一層の活用、都道府県と民間が連携して設置したブロック単位の広域観光組織のリーダーシップの発揮が期待される。
クルーズ船にはシニア層の乗客が多いことも想定したバリアフリーの整備やユニバーサルツーリズムの推進も、高齢化先進国としてのわが国が他国に先駆けて積極的に取組むべき課題である。
(2) 休暇の取得促進
日本発着や国内クルーズを支える柱となる国内クルーズ市場の拡大のためには、まとまった時間を確保し、船内での生活やゆったりと各地を巡ることを楽しむクルーズ文化の定着を図っていく必要がある。
このための環境整備として、わが国は休暇を取得して外出や旅行などを楽しむことを積極的に促進する「ポジティブ・オフ」運動など、有給休暇を活用した長期休暇の取得を国民運動として推進すべきである。経済界としても、従業員の休暇の取得と休暇を取得できる職場環境の整備を、従業員の心身の健康の確保、生産性や創造性の向上、企業価値の向上や人材確保に繋げていく方向で推し進めていく。
(3) 海からの視点による地域の新たな魅力の発信
大自然を満喫できる北海道、ダイナミックな地形変化に富む三陸地方、海から眺める世界遺産富士山、多島美の瀬戸内海、本土とは違った海の色がきらめく沖縄など、わが国には海から見ることで発見・経験出来る新たな魅力が多々あると考えられる。
これらの強みを活かした観光立国の実現に向け、わが国はこうした新たな魅力の発掘・磨き上げ・発信に努めるべきである。そのために、全国クルーズ活性化会議、クルーズ運航会社、日本政府観光局(JNTO)、各地の広域観光組織や観光関係団体の間で情報共有を進め、広域的な観光資源や各者が有するホームページなどの媒体を最大限活用していくことが望ましい。
4.おわりに
今後、わが国においては、経済的側面をはじめとするクルーズ観光の意義・効果について、国内外のデータや事例の集積と分析を進め、国家戦略としてクルーズ振興策の検討・実施を加速すべきである。また、国内外でクルーズの魅力を共有し、新たな旅行形態としてのクルーズの浸透を図る必要もある。
経団連としても、アジア地域での観光交流の一層の拡大を見据え、政府や日本政府観光局、全国クルーズ活性化会議、観光関係団体や地域の経済団体・広域観光組織、さらには周辺国の政府・経済団体との意見交換・連携を進める所存である。