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月刊 経団連  座談会・対談 変化の時代に未来を創る

中西宏明
経団連会長

サティア・ナデラ
マイクロソフトコーポレーションCEO

PDF形式にて全文公開中

デジタル革新の波が社会の前提を根本から変えていく。
技術の進歩は社会をどのような方向にも導き得る。
今われわれがすべきことは、自ら変革を主導し、
目指したい社会をともに創っていくことである。
社会の変化の波にのみ込まれることを恐れることはない。
デジタル革新を先導するサティア・ナデラ氏と中西宏明会長が、
大変革の時代に創りあげる未来の姿について語り合った。

ナデラ またお会いできてうれしいです。

中西 お忙しいなか対談の機会をいただき、ありがとうございます。

ナデラ こちらこそありがとうございます。

中西 今、経団連では、日本経済のデジタルトランスフォーメーション(デジタル革新)を積極的に推し進めようとしています。産学官が足並みをそろえ、緊密な協力体制のもとで未来を構想するという、これまでの取り組みとは少し違うアプローチを取っています。
世界の不確実性が高まり、誰もはっきりと先を見通せないなかでは、未来のプランを描く必要があります。私たちはその創りたい未来社会を「Society 5.0」と呼んでいます。Society 5.0は人類社会の5段階目にあたるものです。経団連は、今回、Society 5.0を「創造社会」と定義して、その未来社会のビジョンを描き、提言として公表します。
マイクロソフトは、製品・サービスだけでなくカルチャーそのものを基盤としながら、非常にオープンで創造的な社会の実現に向けて事業活動を展開しておられます。

ナデラ そうですね。

中西 マイクロソフトが2030~2050年ごろの未来を想定して掲げておられるビジョンの具体像や夢について、まず伺えますでしょうか。

トランスフォーメーションの推進
~目的意識と企業文化

ナデラ わかりました。最初に、このような機会をいただいたことにお礼を申しあげます。経団連内部で進めていることや産学官を巻き込んで取り組んでいる様子がわかりました。トランスフォーメーションというものは、こういうかたちで始まるのですよね。未来像について産学官がそろって大胆なビジョンを描くことは、とても大切だと思います。
マイクロソフトでは、自社のトランスフォーメーションを推進するため、2つの柱を重視しています。1つ目はミッションに対する目的意識、2つ目は、そのミッションを実際に達成できるような企業文化です。技術の変化は今後も続きますから。

中西 本当に激しい変化が続きますからね。

ナデラ 非常に激しい変化が続きますが、変化する機会をとらえ、ミッションを達成するために、今挙げた2つの柱が必要になるのです。例えば、1975年にマイクロソフトが創業した際、会社の中核に据えた方針があります。それは、他社がさまざまな技術を開発するときの基盤技術を生み出すことでした。1975年当時に重要だった目的意識やミッションは、2018年を迎えた今、さらに重要度が増しています。それは誰もがビジネスにかかわるうえで技術と無縁ではいられなくなったからです。もはや小売業界かエネルギー業界か金融業界かといったことと無関係に、どの業界もデジタルやソフトウエアと切っても切れない関係にあるのです。その意味でマイクロソフトが特に力を注いでいるのは、あらゆる企業にデジタル技術を提供して、企業各社のデジタル化を支援することといえます。
とはいえ、先ほどマイクロソフト社内で必要だと言った企業文化は、社会全体でも広く必要なものでしょうから、マイクロソフトだけのやり方では実現できません。社内で企業文化について語るときに、「Know it all(すべて知っています)」から「Learn it all(常に学び続けます)」という姿勢に変わるにはどうすればいいのか、といった言い方をよくします。言い換えれば、絶えず新たなアイデアを探し、絶えず新たな能力を身に付け続けようとする姿勢を育む企業文化でなくてはならないということです。ですから、この2つが当社のトランスフォーメーションのための2本柱なのです。もちろん、新しい技術について詳しくお話しするのもいいですが、こういうことも話題として取り上げるべきだと思います。

中西 そうですね。マイクロソフトはもともと、オフィスという現場で、強力な企業文化を築いていました。それが今や、社会の課題に関しても社内にとどまらず対外的にもクリエーティブな解決を提案し、取り組んでいますよね。
日本の場合、高齢化や人口減少など社会課題が山積しています。また、国内に乏しいエネルギー資源をどうしていくかも課題です。解決しなければならない課題はたくさんありますが、デジタル革新を利活用することで、こうした社会課題を解決していけるでしょう。

ナデラ そのとおりです。

中西 社会課題の解決を目指すというのは、ターゲットとして非常に明確だと思います。

ナデラ 確かにそうです。

中西 その意味でデジタル技術は、オフィスだけで閉じるものではなく、産業や社会のさまざまな分野が対象になりますよね。

ホロレンズの現場での活用例

ナデラ ええ、それはすごく重要なポイントですね。例えば、日本が人口構成の大きな変化、つまり社会の変化に対処するうえで、将来、デジタル技術で何ができるでしょうか。生産性はどうでしょう。日本はこれまで高い生産性を維持してきました。新しい生産方式を取り入れて経済成長や繁栄につなげる体制づくりに常に取り組んできました。今、デジタル化という新たなステージに入っています。しかも、その波は知識労働だけでなく、現場の労働にも押し寄せています。その例としてよく取り上げるのですが、私自身、常々ワクワクしながら見守ってきた分野がありまして、それはトヨタ自動車やJR東日本などで現場の労働者が当社が提供しているホログラフィックコンピューターの「マイクロソフト・ホロレンズ」を使っているのです。これを使えばハンズフリーで作業ができるうえ、遠隔地にいるエンジニアの支援を受けながら問題を解決したり、問題が発生する前に先回りして対処したりすることができるようになって、生産性が向上します。いわゆる知識労働と現場労働の双方でデジタル化が進むことで、生産性が飛躍的に向上すると思われます。もう1点、あらゆる国々に共通して進行している課題として、特に日本の高齢化がいい例ですが、介護問題をどのように改革していけるかが重要ではないでしょうか。

中西 確かにとても重要なポイントです。

ナデラ はい。これは一例ですが、介護をどのように提供していくのかという点でAIのようなものが土台になり得るのではないでしょうか。例えば長期療養介護なら、連続稼働型のセンサーネットワークで支援できます。IoTとAIの発達で介護負担が軽減されるとともに、ケアマネジメントが完全にデジタル化される可能性もあります。

中西 確かにそうですね。医療や高齢者介護は、費用をどうやって削減するかが常に課題になっており、それは政治家にとって、まさに待ったなしの課題ですが、これは経済的な問題というにとどまりません。いかに人々のQOL(Quality of Life)を高め、健康寿命を延ばせるかという課題でもあります。

次世代の原動力となる3つの技術

ナデラ おっしゃるとおりです。今、私は大きな期待をかけているのですが、次世代の原動力になる大きな技術が3つあります。
1つ目は、人間とコンピューターを取り持つ新たなインターフェースです。私たちはマルチセンス(多様な感覚)、マルチデバイス(多様な端末・装置)の体験というふうに表現しているのですが、その典型例はホロレンズとMixed Reality(複合現実)の世界です。しかし、究極のコンピューターの姿といえば、常に目の前にコンピューターがあって、デジタルとアナログの両方の世界を同時にとらえられるものでしょう。こういうインターフェースは、現場労働でも知識労働でも生産性などを大きく変える可能性があります。
大きな技術の2つ目は、もちろんAIです。AIは“現代の石油”といえるだけに、私自身、大きな期待を抱いています。データを基に予測や自動化を実現する能力は、小売であれロジスティクスであれ医療であれ、あらゆるビジネスプロセスの改善を促す新たな原動力になります。AIには大きな変化をもたらす力があると思います。
そして、3つ目の技術は、もう少し先の話で、先ほどのご質問にもありましたように10年、15年、あるいは20年先かもしれませんが、今後有望視されている技術といえるのが、量子コンピューティングです。例えば気候変動の問題について考えようと思っても、現状ではすべてのコンピューターの処理能力をもってしても、まだ足りませんから。

中西 あらゆる要素をシミュレーションするには、もっと強力なコンピューターが必要ですね。

ナデラ そうなんです。ですから量子コンピューティング分野の研究が進めば、世の中を大きく変え得る技術になると思います。

産業構造の転換と中小企業対策

中西 ここまでデジタル技術を基盤にした将来の夢をいろいろと語ってきましたが、同時に目の前の大きな問題として、産業構造があります。例えば、日本には有力な中小企業が多数あり、構造的には、大企業を頂点に1次下請け、2次下請け、3次下請けといった階層構造のもとで、グローバルなオペレーションの目標を共有して、全体が協調して動いています。ですが、もはやこうした構造をいつまでも維持できるとは思えません。
デジタル技術によって、製造から販売にいたるまで、リアルデータの共有のあり方はより水平型になっていくでしょう。これは素晴らしいことですが、今お話ししたようなタイプの中小企業は依然として存在しています。デジタル技術の取り扱いに困っていたり、自ら独創的な世界を切り拓くのではなく他社の動きを様子見する体質だったりと、さまざまな問題を抱えています。日本では今、こうした問題にどう対処すればよいのか検討しているところです。ドイツにも同じ構造がありますが、すでに大きく変わり始めています。

ナデラ 確かにそうですね。

中西 日本はまだこれからです。

ナデラ なるほど。それは興味深いですね。

中西 マイクロソフトは、製品、サービス、設備、能力の提供に関して圧倒的な強みを持っています。典型的な例を挙げれば、PC以外にもタブレットを使用して、データに簡単にアクセスするという使い方などです。マイクロソフトが提供するクラウドサービスも含めて、中小企業の課題への対処は、サティアさんの会社にとってまさに力の見せどころだと思います。将来的にはこういったコラボレーションを進めていきたいと思いますが、まずは目の前にある問題を片付けなければなりません。

Tech intensityを見る

ナデラ そうですね。とても興味深いお話です。産業構造の件ですが、もちろん私たちはネットワーク経済の時代に生きていて、中小企業であっても、巨大な多国籍企業であっても、同じ1つのエコシステムのなかで活動しています。特にデジタル化という文脈で言えば、こうしたエコシステムの本質はデータ、つまりさまざまなプレーヤー間のデータの共有、知識共有なんです。こうしたエコシステムをどのように形成していくのかを考えるときに使える、おもしろい方程式をご紹介しましょう。「Tech intensity」と呼んでいますが、企業におけるテクノロジーの強度・習熟度がどのくらいあるかを見るのです。大企業か中小企業かは関係ありません。

自社がデジタル企業だと自任するようになったら、やるべきことは2つ、つまり方程式を構成する要素は2つです。まず、デジタル・プラットフォームとして今すぐ採用できるものには何があるのか見極めることです。待っていてはダメです。生産性向上ならタブレットが良さそうだとか、業務効率向上のソフトウエアがあればコラボレーションが進みそうだといったふうに、確認していくのです。同じクラスで一番良いものを選定し、組織に導入します。例えばクラウドのインフラでも同じことがいえますが、自社のアプリケーションを開発するのであれば、実際に使えるAIプラットフォームが確保できるように、独自のAIを構築する必要があります。
Tech intensityの方程式を構成するもう1つの要素としては、独自のデジタル能力を育むことです。つまり、最新のデジタル製品を導入したうえで、独自のデジタル能力を身に付けるという考え方です。この2つの要素が組み合わさることで、どの組織でもTech intensityが生まれます。日本で活動する日本企業として、Tech intensityの向上を熱心にアピールすれば、企業の規模や業界に関係なく、日本の経済成長を後押しする強力な原動力になると思います。

中西 そうですね。経団連は日本のグローバル企業を代表する団体という性格が強いのですが、最近、私自身、中小企業の構造変革に力を入れています。そもそも容易ならざることなのですが、これだけ大がかりな変革となると、政府のかけ声だけでは大きな後押しにならないと思います。マイクロソフトにもぜひ変革をけん引する役割を果たしていただきたいと期待しています。

ナデラ 確かに。実際に、マイクロソフトが日本で広範にデジタルトランスフォーメーションの推進やデジタル能力の向上にかかわれないかと、常々思っています。公共の機関はもっと効率化できますし、日本の多国籍企業ももっと競争力が向上し、中小企業も生産性が高まります。また、医療や教育の成果も変わってきます。こうしたことこそ、マイクロソフトが日本で取り組んでみたい活動なのです。

中西 それは素晴らしい。そう言っていただけると、日本の経済界がマイクロソフトとともにデジタル革新に取り組む励みになります。

ナデラ そうですね。

中西 最近聞いたのですが、世界経済フォーラムが来年のダボス会議でまた第4次産業革命をテーマに掲げるようです。第4次産業革命とは何かということについては、すでに4年前から話し合ってきました。これまでシュワブ会長は強力な旗振り役となって社会変革の意義を広めてこられたわけですが、これから私たちもダボス会議の場でもSociety 5.0のコンセプトを提唱していきたいと思っています。

デジタル技術がもたらす予期せぬ影響への対応

ナデラ それは素晴らしいですね。Industry 4.0やSociety 5.0を語るうえで重視しなければならないことがあります。デジタル技術がこれまで以上に生活や社会、経済に浸透するにつれて、デジタル技術がもたらす思いがけない影響にどう対処するのかも先頭に立って考えなければなりません。その1つは言うまでもなくプライバシーです。

中西 ええ、とても慎重に扱わなければならない問題ですね。

ナデラ 今、議論されているプライバシーというのは、人権として取り扱う必要があります。どのような企業であれ、個人であれ、デジタル技術を使ってアプリケーションを開発する以上、情報の保護に対応する必要があります。データはユーザーの許可を得て利用するものです。これが第1の分野です。
第2の分野はサイバーセキュリティです。デジタル技術が普及し、さらに広く使われるようになると、同時にサイバー攻撃の脅威にさらされることになります。そこで、いわばサイバー空間におけるジュネーブ条約をつくるべきだと私たちは提言しています。そうした合意ができれば、全員の力で小規模な企業や消費者など最も弱い立場の人々を保護することができます。
そして第3の分野が、AIの利用方法に伴う倫理です。つまり、コンピューターの可能性を追求するだけでなく、コンピューターに求められる責務も考えていこうということです。デジタル技術がもたらすトランスフォーメーションの多大な恩恵について語るだけではなく、産業界、そして産学官が足並みをそろえて、今挙げた3つの分野、言い換えれば根本的な課題に取り組む必要があります。

目指す共通の未来
「Society 5.0 for SDGs」

中西 そういう背景があるからこそ、将来、社会がどうあるべきかについて、ともに夢を描き、共通のゴールを持つことが必要だと考えています。私たちはそのキャッチフレーズとして、「Society 5.0 for SDGs」を掲げています。未来のゴールを共有できていれば、日々の活動をチェックするうえでも大いに役に立ちます。

ナデラ そうですね。このようにSDGs(持続可能な開発目標)のための大胆なゴールを掲げることは、さまざまな技術を推進していくときにも役に立ちます。ですが、もっと大事なことは、社会に広く利益がもたらされる方向へと多くの技術を誘導していくことです。社会に広く利益が行き渡るように取り組むときにも、意図しない影響に対処する必要があります。その結果、社会に利益がもたらされるのです。また、デジタルトランスフォーメーション、サイバー空間のプライバシーやAIをめぐる倫理といった課題は、私たちの目の前にある喫緊の課題だと思います。
私たちが協力してぜひ実現したいと思っていることの1つに、このTech intensityに関して日本の例をたくさん紹介していくことが挙げられます。トランスフォーメーションを実現する一番良い方法は、トランスフォーメーションへの道を開くきっかけになった決断の事例を紹介し、自分にもできると自信を高めてもらうことです。

中西 そうですね。互いに信用・信頼し、価値観を共有し合うことが一番大切です。共通の価値観を持つことは将来に向けてとても重要です。今後もさまざまな面でよく連携していきたいと思います。本日はありがとうございました。

ナデラ こちらこそありがとうございました。

(2018年11月5日 コンラッド東京にて)

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