[経団連] [意見書] [目次]

わが国官庁統計の課題と今後の進むべき方向

〜報告者負担の軽減と利用者利便の向上を目指して〜

1999年3月16日
(社)経済団体連合会

  1. 本提言の位置づけ
  2. 経団連では、1996年に、経済社会の動向の早期把握と利用者利便の向上を求める意見書「経済統計の整備に関する報告書」(1996年1月16日)を公表した。また、1997年には統計行政の組織改革に関する提言として「統計行政の抜本改革」(1997年7月22日)を取りまとめた。
    その後、一部の統計については、複数の統計調査を同時に実施したりすることにより報告者負担の軽減が部分的に進展したり、調査結果の公表について早期化、スケジュール化が図られたりしているものの、総体的に見て、官庁統計に対する報告負担は依然重く、利用者利便の向上の余地もなお大きい。
    また、1998年6月に中央省庁再編等基本法が成立し、今通常国会において各省設置法案が提出される予定となっている。さらに、コンピュータや情報通信技術の飛躍的な発展によって、インターネット等を使ったデータの交換が容易になったことを受け、従来以上に官庁統計情報へのアクセスの改善が強く求められている。
    こうした時代背景の変化を踏まえ、当会は、改めて(1)報告者負担の軽減、(2)利用者利便の向上について経済界の考え方を示し、わが国官庁統計システムの改善を求めることとした。

  3. 官庁統計のあるべき姿
  4. 国が行う統計調査は、わが国経済社会の実態を的確に把えることを目的としている。その実施にあたっては、次の3点を基本とすべきと考える。

    1. 調査内容が、経済社会の実態をとらえる上で必要かつ適切でなければならず、そのためには官庁統計全般について常に見直しを行なわれなければならない。
    2. 報告者の時間的・物理的な負担、及び実施主体(官庁、自治体)のコストを必要最少限に抑制しなければならない。
    3. 調査結果は公共財であり、国民に対してタイムリーかつ利用しやすい形で提供されなければならない。
    なお、今回の意見書取りまとめにあたり、会員企業を対象に、「官庁統計に関するアンケート調査」(以下、「経団連アンケート」)を実施した(主な結果は別添)。

  5. より良い統計システムを目指して 〜具体的改革へ向けた提言〜
    1. 報告者負担の軽減のために
    2. 経団連では、従来より報告者負担の軽減を求めてきたが、今回の「経団連アンケート」により、改めて相当割合の企業が官庁統計に負担感を持っていることが確認された。アンケートによると、回答企業の79.2%が負担を感じており #1、数年前との比較でも、57.9%は負担感に変化があったとは考えていないばかりか、33.1%は負担が増大したと回答している #2。負担の内容については、一調査あたりの回答に時間がかかる、類似した調査が多いとの声が多い。また、報告者の77.5%は、不要統計を廃止することによる抜本的な負担軽減を強く望んでいることも判明した #3。以下では、こうした意見を踏まえて報告者負担軽減のための具体策を記す。

      1. 不要統計の廃止
        報告者負担軽減策として「不要統計の廃止」の要望が強い理由は、単に実施されている官庁統計の数が多いということだけでなく、必要性に疑問を感じたり、重複があると感じる統計が多いことがあげられる。統計の内容については、経済社会の変化にあわせて、必要となる統計の拡充を図るとともに、重要性の薄れた統計の簡素化・廃止というスクラップ・アンド・ビルドを基本に、不断の見直しに努める必要がある。

      2. 全調査項目の把握・規格の統一・重複排除
        報告者負担が問題とされる背景の一つは、行政側が全官庁統計を統一的に把握していないことである。総務庁統計基準部が把握している統計は、指定統計 #4・承認統計 #5・届出統計 #6に限られる。これらの他に、実際には各種アンケート調査、所管官庁への業務報告等、企業は官庁から様々な形で報告が求められている。このことが、必要性に疑問を感じたり、重複があると感じる統計が見直されることなく残存したり、いわゆる「ヤミ統計」 #7の存在を許す一因になっていると考えられる。
        こうした状況を解決するためには、次のような対策を講じるべきと考える。
        第一に、全ての官庁統計調査(アンケート調査を含む)を一つのデータベースに登録する。データは、項目ベースでの検索が可能な形で保持することが必要である。第二に、検索機能を活用して各調査を項目ベースで比較し、重複項目や不必要と思われる項目の洗い出しを行い、調査項目の統合・整理を図る。

      3. 統計調査・行政情報の総合的活用
        また、省庁相互間のデータの利活用が十分行なわれていないことも報告者の負担感を高めている。端的な例は、企業の基本情報(いわゆるフェース項目)である。前記(1)の重複項目の排除努力とともに、こうした各調査の共通事項は、行政側で一元的にデータベースを構築し、管理すべきである #8。各省庁間で統計情報の共有が進まないことが、報告者負担の軽減が進まない大きな要因の一つとなっていることを強く認識すべきである。同時に、「行政記録の活用」 #9についても早急に検討すべきである #10

      4. オンライン報告の導入
        情報通信技術の改善・普及に伴い、行政サイドにおいても「行政の情報化」 #11に取り組んでいるところであるが、官庁統計に関する官民間の情報交換については、大きな進展が見られない。
        オンライン報告については、経済企画庁「機械受注統計調査」で1997年8月より実験的に開始されたほか、郵政省「通信産業実態調査」でも実施が予定されているが、現段階での構想は、対象が少数の一部の調査に限られている。オンラインネットワーク化が進展している中で、今後は企業を対象とした調査については、できる限り同一手順で回答できるようにシステムを整えるべきである。なお、システムの構築にあたっては、省庁間でデータの交換が可能となるよう、官庁全体で統一的なものとすべきである #12

      5. 報告時間・ペーパーワーク削減法の導入
        報告者負担の軽減を図るための具体的な手法として、報告者負担を計測し、指標化することが考えられる。欧米諸国においては、現にこうした考え方のもとで「報告時間」という指標を導入し、報告負担軽減を実現するための法的手段として「ペーパーワーク削減法」を制定して効果をあげている。
        「報告時間」とは、報告に要する負担を時間換算するもので、米国では政府機関の情報収集文書には、必ず報告時間の推定値を示すことが要請されており、この時間はデータベースで一元管理される。「ペーパーワーク削減法」は、報告者側の負担と政府側の情報収集コストを最少化するとともに、収集された情報の有用性を最大化することを目的としており、前述の「報告時間」(または報告費用)の総量に「キャップ」をかけ、これを徐々に引き下げることを企図するものである。わが国と同じく「分散型」統計行政を採用している米国等において、こうした基準が使われ、報告者負担の観点が失われがちであるという「分散型」統計行政の欠点が補われていることは、大いに参考になるところである。我々は、わが国においても同様の指標を導入する必要があると考える。

    3. 利用者利便の向上のために
    4. 民間企業は、各種統計を経営計画の策定等につなげているほか、これをビジネスに利用しているシンクタンク等も多く存在する。経団連では「経済統計の整備に関する報告書」(1996年1月16日)で、GDP統計公表早期化、消費者物価指数の見直し(品目ウェイトの見直し周期の短縮、調査対象店舗の見直し)、利便性向上等を主張したが、今回改めて、官庁統計の利用者としての意見を取りまとめた。
      今回の「経団連アンケート」によれば、利用者は、精度よりも速報性を重視するという傾向が圧倒的に強い #13こと、より詳細・豊富な情報を、可能な限りインターネット経由で #14、自ら加工できるかたちで入手したい #15と考えていることが特徴的であった。以下では、こうした意見を踏まえて、利用者利便の向上のための具体策を記す。

      1. アクセスの改善

        1. インターネットでのデータ提供
          民間企業、シンクタンクでは、統計データについては、(1)インターネットによる入手、(2)自らのパソコンで加工処理できる形での提供を強く要望している。現在、各省庁ではホームページを開設し、一部統計データをダウンロードできる仕組みを整えつつあるが、その種類・量・質とも利用者のニーズを満たすまでには達していない。利用者が加工処理可能なデータの、インターネットによる提供サービスを急ぐべきである。

        2. 検索用統計インデックスの作成
          指定・承認・届出調査については、総務庁統計基準部作成の「統計調査総覧」に収録されているが、紙ベースであり、調査項目の検索にかなりの時間を要する。現在、統計情報を検索できるシステム「統計情報インデックス」 #16が開発中であるが、こうしたシステムを早急に作成すべきである。

      2. 調査結果の公表早期化
        わが国の官庁統計は、正確性においては世界的に定評があると言われているが、調査結果公表までに時間がかかり過ぎるとの批判も多い。特に、景気関連統計には速報性が求められるものが多いため、集計の迅速化や推計方法の改善等によって、できる限り公表を前倒しする必要がある。

      3. 発表スケジュールの事前公表
         わが国の官庁統計は、主要経済指標においても公表時期が直前までわからないものが多い。これは、内外エコノミストの間で不評である。米国並みに調査結果の公表時期の年間スケジュールを予め公表し、統計の使い勝手や信頼性の向上に努める必要がある。

      4. 情報の更なる開示

        1. 統計情報の開示ルールの確立
          官庁統計は、調査結果が全て公表されているわけではない。調査結果は公共財であるとの認識に立ち、プライバシーに関するもの以外、及び報告者から了解を得るべき事項以外の情報は必ず開示するとの原則を確立すべきである。

        2. マイクロ・データの提供
          企業や民間シンクタンク等では、調査結果について、実施官庁とは異なる角度から分析したいとのニーズが多い。民間部門による経済社会分析や政策提言ニーズに応えるべく、可能な限りマイクロ・データ #17を提供し、統計情報の利用価値を高めることが必要である。

        3. 推計方法の開示
          加工統計については、推計方法が明らかでないため、公表結果の信頼性を損ねているものがある。統計の信頼性確保、さらには迅速・正確な推計手法の開発のためにも、現行の推計方法を全面的に開示すべきである。

    5. 官庁統計に更なる改善の仕組みをビルトインするために
    6. 官庁統計の改善を図るためには、報告者負担と利用者利便のバランスに配慮できる体制を構築することが必要である。以下では、その具体的な方策を記す。

      1. 統計関連法規の見直し
        統計報告調整法 #18では、各省が統計調査の承認申請を行なった場合、既存の承認統計との間で調整を要するかどうかが承認基準の一つとして挙げられている。他方、同法で他省庁の権限を不当に侵害してはならないとの規定があるため、総務庁による総合調整機能は、極めて限られたものとなっている。このため、冒頭で述べた通り、報告者負担の軽減が図られない、類似調査が多い、といった問題が生じている。中央省庁再編の際の設置法の見直しに合わせ、統計法 #19、統計報告調整法を改正し、報告時間等のコスト総量抑制のための調整権限を強化すべきである。
        その際、経済統計の実施を一つの機関に集中させることも検討すべきである。「経団連アンケート」でも示された通り、報告者負担軽減のためには、統計行政は「集中型」 #20にすべきとの意見が圧倒的に多い。総合調整機能を強化し、報告者負担の軽減を図るためには、統計調査の企画立案は各省庁に委ねるとしても、その実施主体は一つの機関に統合すべきと考える。

      2. 統計審議会の抜本的見直し
        統計審議会の委員には、報告者代表は含まれておらず、民間の利用者代表は一人のみである #21。今後の官庁統計全般のあり方や、個々の統計調査の改善を図るためには、学者、行政、報告者、利用者の各代表をバランス良く配することが不可欠である。
        統計審議会には、次に述べる「統計行政の新中・長期構想」(以下、「新中・長期構想」)のフォローアップに加え、わが国経済社会を的確に把握するとの観点から、官庁統計全般を見直すこと、特に不要になった統計を廃し、必要な分野の統計を充実させる「統計のスクラップ・アンド・ビルド」を行なうことを是非とも検討すべきである。

      3. 「新中・長期構想」の検証
        統計審議会では、1995年3月に「新中・長期構想」を発表し、官庁統計のあるべき姿を提言している。同構想には、「第3章 報告者負担の軽減」「第4章 調査結果の利用の拡大」など、経済界の要望も盛り込まれており、これに沿って、プレプリント方式 #22が活用されるに至るなど、一部に改善が見られることも事実である。
        同構想は、10年程度先を目途としたものであるが、その進捗状況についてフォローアップが行なわれておらず、必ずしも実効があがっているとは言い難い。特に、報告者負担の軽減を目的に提言されている「報告時間」の開発については、『2年を目途に研究開発を行なうことが適当』とされながら、構想発表後4年近く経ってもその成果は報告されていない。統計審議会においては、「新中・長期構想」の進捗状況の評価、及び今後の具体的改善策について、可及的速やかに、例えば1999年度中と期限を区切って提言を取りまとめることを要望したい。

以  上

  1. 「経団連アンケート」報告者Q1(1)参照。
  2. 「経団連アンケート」報告者Q1(2)参照。
  3. 「経団連アンケート」報告者Q2参照。
  4. 「指定統計」とは、国の重要な統計として総務庁から指定を受けているもので、報告義務が課せられている(罰則あり)。
  5. 「承認統計」とは、実施にあたり総務庁の承認を受けているもの。報告義務は課されていない。
  6. 「届出統計」とは、実施にあたり総務庁に届出ているもの。報告義務は課されていない。
  7. 「ヤミ統計」とは、指定・承認・届出として総務庁に連絡することなく、各省が独自に実施している統計のこと。これらの中には、白書の作成、国会への報告などが目的で行なわれている調査なども含まれている。
  8. 欧米先進国では、企業、事業所を対象とした統計調査のための母集団管理を目的として、「ビジネス・サーベイ・フレーム」と呼ばれるデータベースが構築されている。同データベースには、統計調査や行政記録が収録されており、各省庁はこれをオンラインで活用できる。わが国においては、総務庁が同様のコンセプトで「事業所・企業フレーム」を提唱。本年1月に「事業所企業統計調査」を基にデータベース化を図った。今後の課題は、同データベースに各省庁のデータを加えていくことであるが、現段階では省庁間での調整ができておらず、具体的なスケジュールは未定。
  9. 「行政記録の活用」については、統計審議会「統計行政の新中・長期構想」(1995年3月)でもうたわれたが、実際の検討の受け皿である「行政記録の活用方策に関する検討WG」が発足したのは、1998年2月である。
  10. 具体例としては、経団連では統計審議会において「土地基本調査」(指定統計)の付帯調査「法人建物調査」(承認統計)について、企業負担が重いため、次回調査時(2003年)には、行政記録である「固定資産台帳」を活用するよう主張。趣旨は答申にも盛り込まれた。国土庁も実現に向けた検討を約束。
  11. 官庁側が考える「行政の情報化」は、「行政情報化推進基本計画」を参照。
  12. 現段階では通産省の「新世代統計システム」が先駆的であるが、他省庁が同一システムをベースにシステムを構築するかどうかは不透明である。
  13. 「経団連アンケート」利用者Q3参照。
  14. 「経団連アンケート」利用者Q2(2)、Q3参照。
  15. 「経団連アンケート」利用者Q3参照。
  16. 「統計情報インデックス」は、中央省庁や民間機関等が実施または作成している統計調査、業務統計、加工統計に関する主な刊行物(約1,100冊)を整理したもので、基本的には紙ベースであるが、この内容を活用して、(財)統計情報研究開発センターがホームページ上で検索システム(テスト版)を無料提供している。ここでは、キーワード等によって具体的な統計名の検索が可能。
  17. マイクロ・データとは、個票データから氏名や住所等の個体の識別子を消去することにより個体の識別を不可能にしたものである。これによりユーザーは自らの問題意識に沿った集計、分析を行なうことが可能になる。
  18. 統計報告調整法は、承認統計に関する調整について記したもの。
  19. 統計法は、指定統計に関して記したもの。
  20. 「集中型」とは、統計調査の企画・実施を単一の官庁が集中的に行なうもので、カナダ等で導入済。「経団連アンケート」報告者Q3参照。
  21. 統計審議会には、「報告者代表」枠はなく、唯一の民間企業からの委員も「利用者代表」枠である。
  22. プレプリント方式とは、送付される調査票に、あらかじめ調査客体の基本的な属性(名称、所在地等)を印字しておくことによって、記入者負担を一部軽減する方法。

日本語のホームページへ