21世紀政策研究所(十倉雅和会長)の資本主義・民主主義研究プロジェクト(研究主幹=中島隆博東京大学東洋文化研究所所長)は12月19日、オックスフォード大学日産現代日本研究所のヒュー・ウィッタカー教授を招き、同大学日本事務所の後援を得て、セミナー「資本主義を考える~日英それぞれの視点から」をオンラインで開催した。ウィッタカー氏、中島研究主幹がそれぞれ講演した後、両氏による対談を行った。概要は次のとおり。
■ Japanese Capitalism in Turbulent Times(不穏な時代のなかの日本型資本主義)(ウィッタカー氏)

資本主義は共同体意識に依存する部分がある一方で、資本主義がそれを衰退させるという指摘がされている。米英でも、個人主義が行き過ぎて自己の権利ばかり主張し、共同体意識がなくなったと批判されている。では、もともと社会性と経済を一体的に考えていた日本はどうか。
戦後の日本企業の経営の中心は労使関係で、その摩擦を緩和し協調関係にすることで競争力を高めた。ところが1990年以降、企業経営の中心はコーポレートガバナンスと投資家関係(IR)に移行し、その構造的な変化により人への投資が薄くなった。企業財務に関する統計(注1)によれば、2000年度と20年度とを比較すると、現預金が2倍、経常利益が2倍、配当金が6倍となる一方で、人件費と設備投資は横ばいという驚きの数字が示された。その後「人材版伊藤レポート」など(注2)が出され、再び人材の重要性が十分認識されてきた。もっとも、単にコーポレートガバナンスを展開するなかで従業員を忘れないというだけではなく、かなり根本的な変化が必要だと考える。コーポレートガバナンスやIRが悪いのではなく、株主優先ではない新しい分配の形を考えるべきということである。そして企業を超えた形で、それについて公に議論すべきである。
■ 資本主義における倫理再考(中島研究主幹)

これまで研究プロジェクトで議論してきたボン大学のマルクス・ガブリエル教授や、オックスフォード大学のコリン・メイヤー教授、ポール・コリアー教授およびウィッタカー教授の議論の特徴は、人間の根本的な社会性に基づいた倫理的な資本主義を目指すというものである。特にガブリエル氏とメイヤー氏はアダム・スミスに言及し、人間の根本的な社会性を体現している「共感」が「見えざる手」として機能するとしている。だからこそ、人間の社会性に立ち返って資本主義を考える必要がある。
私は最近「Human Co-becoming」を主張している。これは、人間は他者と共に人間的になっていくという人間観である。この人間観は東アジアの伝統のなかにあると考えているが、これを再度掘り起こし、根本的な社会性に基づいた人間観を大事にするような社会創造の仕方や資本主義の活動を考えるべきである。資本主義における倫理という問題は、繰り返し新しい形で議論されていて、それが資本主義の新しい方向性を示すのではないか。
■ 対談
ウィッタカー氏は、薄れたとはいえ日本には社会性を持った資本主義の考え方が維持されている、それは経団連の提言からもうかがえるからこそ、日本に期待していると述べた。
中島研究主幹は、人への投資は賃上げにとどまらず人々がより豊かになるような投資がなされるべき、大学が知の再分配センターとしての役割を果たすべきと発言した。
(注1)内閣官房新しい資本主義実現本部事務局「賃金・人的資本に関するデータ集」(21年11月)大企業の財務の動向
(注2)経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート」(20年9月)、同省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0」(22年5月)
【21世紀政策研究所】