米大統領選の結果はパリ協定に基づく温室効果ガス削減に向けた国際的取り組みに大きな影響をもたらすだろう。もちろん、トランプ政権の誕生によってパリ協定体制が崩壊するわけではない。詳細ルールの策定を経て目標の策定、提出、レビュー、目標見直しというプロセスは始動するだろう。
各国とも引き続き温暖化防止に取り組むとの姿勢は堅持するだろうが、世界第2位の排出国である米国が温暖化防止に背を向けることは、米国と貿易競合関係にある国々にとって、大きな事情変更だ。EUは米国との国際競争力格差に悩んできたが、米国がさらなるエネルギーコストの低下を目指す一方で、目標レベルを引き上げ、さらなる高コストを負担することに域内で合意するのは容易ではない。2017年にドイツ、フランスが総選挙を迎えるなかで反移民・反EU政党はトランプ当選に気勢を上げており、彼らはおしなべてトランプ氏同様、気候変動には懐疑的だ。中国はもともと楽に達成できる目標を出しているので、「引き続きパリ協定の元で努力する」と「責任ある大国」を演出しようとするだろうが、さらなる目標引き上げについては「米国を横目で睨みながら」という対応となろう。インド等の途上国は、米国が温暖化防止のための資金拠出を停止することを目標未達成の理由に使うだろう。
環境関係者の間では、高い野心を掲げた国々で有志連合をつくり、温暖化対策にコストを払っていない米国からの輸入に炭素関税、国境調整措置を課するべきとの議論も出てくるかもしれない。しかし、それでは米国との全面的な貿易戦争に発展することになり、実現可能性は低いだろう。何よりも米国との関係は温暖化だけで規定されるものではない。各国とも未知数だらけのトランプ政権との関係構築や、トランプ政権誕生に伴う世界の政治・経済・安全保障環境の変化への対応を真剣に検討せざるを得ず、温暖化フロントで米国と事を構えることには慎重になるだろう。
こうしたなかで日本はどうすべきか。米新政権のポジションにかかわらず、外にあってはパリ協定のルールづくりに貢献し、内にあっては26%削減目標の根拠となったエネルギーミックスの実現に向けて最大限の努力をすべきだろう。同時に米国が日本の最大の貿易相手国であることを忘れてはならない。米国が国益第一にエネルギーコストの引き下げを図るなかで、日本のエネルギーコストが上昇すれば、米国へのカーボンリーケージ(注)を招くことになる。原子力発電所の再稼働が予定どおり進まない場合の対応や、今後の目標見直しの際には、これまで以上に日本経済、産業競争力への影響を十分に検討することが必要だ。また今年5月の地球温暖化対策計画では「すべての主要排出国が参加する公平で実効ある枠組み」「主要排出国の能力に応じた取り組み」「温暖化対策と経済との両立」を前提に2050年80%減を目指すとされているが、その前提条件が大きく変わったことも考慮すべきだろう。
米国と協力できる分野を模索することも重要だ。クリーンエネルギー技術開発に対するトランプ政権のスタンスは不明だが、共和党は革新的技術開発を重視してきた。並行して技術開発に向けた欧州諸国との連携も視野に入れるべきだろう。
(注)カーボンリーケージ=規制の緩い国へ生産拠点が移転することで全体排出量の削減につながらないこと
【21世紀政策研究所】