1. トップ
  2. 月刊 経団連
  3. 多様性こそが成長の原動力

月刊 経団連 多様性こそが成長の原動力

JOINnovator! ─DE&Iを楽しむイノベーターたち
魚谷 雅彦
資生堂会長CEO
Masahiko Uotani
1977年、ライオン歯磨(現ライオン)入社。1983年、米国コロンビア大学経営大学院にてMBAを取得。1994年、日本コカ・コーラ 取締役上級副社長・マーケティング本部長に就任。2001年に同社社長、2006年に同社会長に就任。
その後、2013年から資生堂マーケティング統括顧問に就任。2014年に同社社長に就任。「世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニー」を目指し、2021年には、中長期経営戦略「WIN 2023 and Beyond」を策定し、現在に至る。(※インタビュー当時の役職は社長CEO)
(紙面PDF版はこちら

資生堂の会長CEOを務めています。資生堂は2022年9月に創業150周年を迎えました。グローバルにビューティービジネスを展開しています。従業員数は約4万人で、このうち日本で2万人、海外で2万人が働いています。多様性こそが企業を成長させる原動力になるという意味で、私は人の力を信じています。

本質にたどり着くまで相互に疑問をぶつけ合う

多様性を考えるにあたって自分の体験を振り返ると、1981年、27歳のときにニューヨークのビジネススクールに留学し、そこで多くのことを学びました。ビジネススクールの学生は30以上の国から来ていて、その4割は女性でした。様々なプロジェクトやディスカッションを一緒に行う中で、多くの気付きを得ました。当時、自分の中にあったバイアスが吹っ飛びました。

授業はディスカッションが中心、教授の意見に対しても、学生が「私はその意見に反対です」と堂々と反論するのには驚きました。自由に自分の考えを述べることの価値を体感しました。性別も国籍も関係ありません。みんな優秀で素晴らしい人たちで、今でも友だちです。このときの出会いが、自分にとって大きな影響を与えていると思います。今、会社でダイバーシティを進めていますが、当時一緒に学んだ友だちからは「私たちがあなたを訓練したのよ」とからかわれます。

日本コカ・コーラの社長になったとき、経営陣には様々な国の出身者がいて、6カ国の人たちと仕事をしました。当時の経営会議は、使う言葉も資料も英語です。メンバーが日本人だけだったら阿吽の呼吸で済むことも、そうはいきません。「なぜこうした意思決定をするのか、なぜこう考えないのだ」と、たくさん「Why」が出てくるのです。中には日本の慣行を知らない人もいるので、余計に疑問は増えます。中学の基礎英語の構文のように「Why」と聞かれれば、「Because」で始まる返答を考えるし、もちろん私も「Why」を連発するわけです。会議の間はその繰り返しで、本質にたどり着くまで相互に疑問をぶつけ合う議論は、組織にとって大事なことだと学びました。

今の時代は、金太郎飴的な組織を作っていた昔と違って、個性が求められています。意識的に「多様性」というものに向き合ってほしいですね。自分だけの狭い半径の中にどっぷりと浸かっていたら、世界は広がりません。勉強会や講演会にどんどん参加して、外部の人と接点を増やしてみる。資生堂では、会社がそのための費用を支援することもあります。経験者採用も増えています。そういう人たちの経験や価値観は、自分たちとは違う世界で培われたものであり、組織にとってとても大切です。

オープンイノベーションという言葉の通り、自分たちの気持ちや発想を組織の外に開放し、会社としてもオープンな環境を用意することでそれを後押しし、外部の企業とのセッションも開催するように心掛けています。

新たなロジックを身に着けると人生が豊かになる

2018年10月から社内の公用語を英語にしました。日本語を忘れろと言っている訳ではありません。みんな日本語は話せるので、それに加えて英語のロジックでも考えられるようになれば、人生が豊かになるし、多様化にもつながると思うのです。この制度を導入したとき、希望者には英語習得に関わる費用を会社が全額負担しました。社員の力を引き出す仕組みを作るのが私たちの仕事です。「環境を作る」とは、そういうことです。

「educate(教育する)」という言葉のラテン語での元の意味は「引き出す」なのです。みんなが持っている力を引き出すための手伝いを会社がどんどんできればいいなと考えています。経営者ができることはまだまだありますよ。

私は取締役会などの女性比率向上を目指す「30% Club Japan」のチェアを務めたり、経団連のダイバーシティ推進委員長などの役職も引き受けているのですが、そうしたDE&Iを推進していくことで企業が変われば、最終的には日本の社会も変わるということを目指しています。

スティーブ・ジョブズの「think different」という言葉は、とても意味が深いものです。全員が同じことをしていては発展がありません。好奇心を持って違う視点で考えるマインドを持つことが大事です。そういう人がいたら称賛してください。出る杭は打つのではなく、イノベーションを生み出すためにも「think different」であってほしいと思います。

日本は、長い歴史に裏打ちされた世界でも稀有な国なんですよ。日本は良いベースを持っているのだから、自分たちの仕事や人生がハイブリッドな形になっていくことに躊躇せず進んでいきましょう。これから先の社会のためにいいことなんだと信じてほしいと私は思います。

時代が個性を育む

若い世代には大きな期待を抱いています。今の若い人たちは、生まれたときからデジタルの世界にいて、世界中を相手に自由に情報を交換できます。先行き不透明なVUCAの時代と言われますが、人は必ず老いていきます。世代は交代して歴史が作られるのです。これから若い人が中心的な役割を担っていくのですから、「世の中を変えていこう、新しいものを作っていこう、自ら発信していこう」というように、常に前向きな気持ちを持ち続けてください。完璧な人なんかいません。学ぶしかないんですよね。そのための機会はたくさんあるので、少しでも気持ちを前に向けて、学ぶ機会を探して成長をして、世の中を良くしていきたいと志す人たちが増えてほしいと思います。

旧来のシステムに悩まされることがあるかもしれません。困難に出合ったときは、正面から本気で戦いましょう。仲間や共鳴できる人たちは、きっといます。旧来型の制度が立ちふさがったとしても、諦めずに変わるように働き掛ける。その一方で、自分にとって価値がない戦いだとわかったら、陣地を変えるフットワークの軽さもあるといいと思います。

人間は経験の動物です。今の中心的世代の人たちが育ってきたのは、同質性が美であった時代であり、それで日本は高度成長を果たしました。しかし、世代交代は必ず起こります。だからこそ、若い世代の人たちにお願いしたいことは、自分たちの個性を強く持ち続けて、あとに続く若い世代のために環境を作ることです。人間は、まねをするものです。若い人ならではの感覚を持っていても、何年かたつうちに古い価値観にのみ込まれてしまった人をたくさん見てきました。そうならないように、しっかりと自分自身を持つことが重要です。

これからの時代、「人と違っても大いに結構」と個性を称賛する気持ちを持つことが大切です。多様性のある社会では、誰のどんな発言も自由です。自由な感覚を堅持しながら、したいことをするのが、良い結果を生み出すのです。多様性が価値を生むことを信じてほしいと思います。

「2023年2月号」一覧はこちら