自由・公正・透明な情報通信市場の実現に向けた提言
― 経済活性化と構造改革を目指して ―
技術革新が速く、市場動向の将来予測が困難な情報通信分野において、利用者の利便性を向上させて市場の拡大を図るためには、事業者間の競争を促進し、事業者が自己責任原則に基づいて自由に創意工夫を発揮できるようにすることが望ましい。今後、海外諸国の模範となる競争促進策が期待され、行政においては、規制の緩和の推進、市場支配力を利用した反競争的行為の防止・是正、説明責任の徹底ならびにルール策定・裁定機能の強化を図る必要がある。利用者のグローバル展開等をふまえ、わが国事業者の海外展開への支援も望まれる。 |
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85年の通信自由化・競争導入以来13年を経た市場を概観すると、長距離・国際・移動体通信市場への競争は着実に進展し、これらの分野では料金が大幅に低下した。例えば、NTTの東京−大阪間の通話料金(昼間3分間)は自由化当時の400円から90円へ、また、KDDの日本―米国間の通話料金(昼間3分間)も1530円から450円に低下している。この間、第一種電気通信事業の設備投資額は、85年度の1兆6473億円から、96年度には4兆1122億円にまで増大し、全産業の設備投資額の約1割を占めるに至っている。一方、地域通信市場においても、NTTのネットワークのオープン化の実施や、相互接続の基本ルールが決定され、また、移動体通信等の新しい技術の発展などもあり、競争が導入されつつある。
しかしながら、わが国においては、料金の低下が需要を喚起して市場を拡大させ、それが設備投資やさらなる料金の低下を促すという好循環は、必ずしもすべての市場において十分とは言えない。例えば、市外通話の回数は、89年度から96年度に50%増加しているものの、この間の市外通話収入は1兆6800億円から、1兆4200億円に減少している。また、移動体電話の急速な普及に伴い、市内通信市場において、将来的に移動体電話等と固定電話とが本格的に競争する可能性はあるが、96年度において、移動体電話相互間の通話の割合は、全体の通話の4%弱である。今後とも、市内通信市場の競争を、より一層促進させていくとともに、料金競争のみならず、通信市場全体においてマーケティング競争が行われ、利用者ニーズに合ったサービスや新たな通信ニーズを生み出すサービスが提供されることにより、市場の活性化、拡大を図る必要がある。
行政においても、個別の規制の見直しや接続の基本ルールを受けた詳細ルールのとりまとめ等に積極的に取り組んでおり、その努力は高く評価できる。しかし、技術革新が速く、将来の市場動向の予測が困難な情報通信分野においては、従来の法体系を基礎とした個別項目の規制緩和措置に止まるのでは、技術革新の成果の機動的な活用は制約されざるをえない。従来の発想にとらわれずに、利用者のニーズに即応した事業展開が可能となるよう市場原理を最大限に発揮させることが、事業者のみならず利用者にとっても望ましい。この際、従来の裁量型、事前規制型の行政を改め、より一層の競争促進政策という観点に立って、競争ルールのさらなる整備や競争状況の監視、ならびに紛争の裁定を中心とした、ルール型、事後規制型の行政への転換が求められている。
21世紀の豊かな国民生活と活力ある経済に向けて情報通信が主導的な役割を果たすことが期待されており、今後の情報通信行政は、他の分野の手本となる最先端のあり方を、常に目指していくことが望まれる。
企業においては、情報の共有、業務処理や意思決定の迅速化、コストの削減、顧客へのきめ細かな対応等を通じて競争力を強化すべく、情報化の推進を図っている。21世紀への生き残りをかけた企業努力が実を結ぶためには、事業者において、利用者ニーズに対応したきめ細かいサービスを提供することが重要である。それにより、情報通信の高度利用が促進され、情報通信需要の増加や市場の活性化も期待できる。
因みに、98年2月に経団連が実施した「通信サービスに関するユーザーアンケート調査」によると、企業ユーザーは、第一種通信事業者のサービスに対し、
すべての事業者間で自由な競争が行われるためには、多数の事業者が市場に参入でき、利用者のニーズへの迅速な対応や創意工夫を活かした事業展開が可能となるよう、規制は最小限に止める必要がある。
その一方で、市場支配力が存在する場合には、市場支配力を利用した反競争的行為の弊害を防止・是正する措置を講ずる必要がある。例えば、加入者回線のように、設備投資費用が大きく、短期間での回収が困難なサービスに関しては、設備を所有する事業者と、それ以外のすべての事業者とが合理的な料金で同等に利用できるようにするとともに、技術的に可能な任意の点での接続を認めることが競争上不可欠である。また、最終利用者向けの通信サービスに関しても、競争が十分進展していない分野については、市場支配力を利用した反競争的行為を防ぐため、時限的に一定の規制を課し、競争が進展すれば、速やかに他の事業者と同じ枠組みで事業をできるように絶えず見直しを行うべきである。
わが国の規制体系は、法律、政令、省令、規則などの他、透明性の極めて低い、「通達」「解釈」「指導」「要請」などの「隠れた規制」が数多く存在している。また、わが国の将来にとって望ましい市場の制度的枠組みを検討する審議会をはじめ、各種の政策決定過程や審議内容等は必ずしも透明とは言い難い。今後は、規制内容を、国民が手軽に見ることができ、容易に理解できるようにするとともに、政策決定過程を透明にする必要がある。欧米では、行政が制度・政策を決定する際、事前に原案を公表し、広く意見を求める手法が一般的にとられている。わが国においても、接続に関する基本ルール、NTT再編成に関する基本方針の策定や指定電気通信事業者の接続約款認可申請に際しては、これと同様の手続きがとられたことは高く評価する。今後、この手法を一般化するとともに、国民から寄せられた意見に対する審議をオープンに行うとともに、決定された政策に関する妥当性について十分に説明することが求められる。
さらに、予測可能性を高めるため、規制緩和や競争促進ルールの策定等のタイムスケジュールを予め定めておく必要がある。また、市場における競争の状況を監視し、事業者間の紛争が起こった場合には、透明なルールに基づいて、厳正中立に裁定を行う機能を充実させることが求められる。現在の行政は、人員配置面においても事前規制中心であるが、今後はルール策定、監視・裁定を重視したものに転換すべきである。なお、ボトルネック設備に関しても、適切な情報開示が必要である。
わが国企業は、グローバル時代の激しい競争の中で、生き残りをかけ、情報化・ネットワーク化を進めている。情報通信事業者においても、こうした利用者のニーズに的確に対応したグローバルな事業展開が求められる。その意味で、情報通信市場でのオープン化やグローバル化は、世界全体の大きな流れである。
98年2月のWTO基本電気通信サービス自由化合意の発効により、世界の通信市場は新たな段階に入りつつある。WTO加盟130カ国中、世界の電気通信収入の90%をカバーする69カ国が係わり、今後の電気通信市場の開放の時期や条件が明確になったことにより、主要事業者の外国市場への参入が進むことが予想される。そうした中で、わが国の利用者が不利益を被らないようにするためには、事業者においては、自己責任原則の下、自由に競争していくことを通じ、グローバル規模での競争力を高めていくとともに、行政においても、グローバル化に合った政策を推進する必要がある。
世界をリードする制度作り
情報通信市場においては、より安い料金、よりすぐれたサービスの提供をめぐりボーダーレスな競争が事業者間で激化している。この競争が利用者により多くの利益をもたらすためには、先進諸国間での競争政策の一層の調和が求められているが、それにとどまらず、政府においても、諸外国よりもすぐれた制度・政策を常に模索することが望まれる。
わが国政府においては、既に料金の原則届出化、参入規制の緩和、役務規制の見直し等の規制緩和を進めるとともに、接続に関する基本ルールの策定等に際しては、原案を事前に公表して国民から意見を募集する、いわゆるグリーンペーパー方式の採用などの動きも見られ、これらについては高く評価できる。今後、他の諸国の模範となるような制度・政策の実現を目指していくことを切望する。そうした観点から、事前規制型、裁量型の行政から事後規制、ルール型の行政へ転換して、より一層の自由かつ公正な競争のための環境整備を進めるとともに、利用者の意見に迅速かつ透明な形で対応する体制を構築する必要がある。
国際的な大競争時代の到来を迎えた今日、情報通信制度に止まらず、法人税負担率や所得税制等の税制、土地・住宅政策を始め、各種制度・政策全般についても見直しを行い、わが国の高コストの構造の是正、企業の個性的・創造的展開の促進を図る必要がある。
日本の事業者の海外展開のための環境整備
わが国事業者は諸外国への進出やグローバルな国際通信事業への参入を本格化させている。諸外国においても、自由化が進み、わが国の事業者の自由な参入機会が保証されるとともに、現地の事業者と同等の条件で事業展開できることが望ましい。政府においては、諸外国における参入規制や事業規制等を撤廃するよう、各国に働きかけを行うとともに、わが国事業者が不当な取扱いを受けた場合には、その是正を強く求めるべきである。
地域通信市場における競争をより一層促進させるため、不可欠設備については、すべての事業者が、技術的に可能な任意な点で合理的な料金で同等に利用できるようにするとともに、接続の基本ルールの具体化ならびに見直しに当たっては、オープンな形で競争促進の観点から検討する必要がある。さらに多様なサービス提供が可能となるよう、第一種・第二種事業への規制緩和、約款規制の見直し等を行う必要がある。 |
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通信市場全体の規模の約4割を占める地域通信市場における競争をより一層活性化させることが、通信市場全体の有効競争の実現につながる。接続の基本ルールの確立や技術革新の進展等に伴って、最近、新規参入事業者による地域通信市場への参入が始まっているが、新規参入事業者のシェアは僅少である。地域通信サービスは、利用者にとって公衆電気通信網へのアクセスを提供する意味で重要であるが、現在のところ、利用者の選択肢が限られていると言わざるををえない。この分野への本格的な競争導入は、諸外国においても容易ではなく、有効な方法が模索されているのが実情である。今後、サービス、設備の両面から、地域通信市場における公正な競争の促進のための環境整備を、より一層推進していく必要がある。その際、今般確立した接続の基本ルールを、競争促進に具体的に結び付けるとともに、将来の設備ベースでの競争の芽を摘むことのなく、また、設備を所有する事業者に対して経営効率化のインセンティブをもたせることが重要である。
不可欠設備の公正な利用
地域通信市場において、加入者回線など、他の事業者もこれを使わなければ通信サービスを提供できない不可欠設備が存在している。今回の相互接続の基本ルールの確立ならびにNTTのネットワークのオープン化等により、不可欠設備の公正な利用のための条件が整備されつつある。地域通信市場における競争をより一層促進する観点から、誰に対しても合理的な条件で技術的に可能な任意の点での接続が認められるようにするとともに、接続を拒否する場合には、設備の所有者が説明責任を負うこととするのは妥当である。なお、将来的にはボトルネックの解消に向け新規参入者自らが設備を保有してサービスを提供することも望まれる。
接続ルールの見直し
番号問題への対応
地域通信市場における競争を促進させるためには、利用する通信事業者の変更に伴う負担を最小限にとどめる必要がある。たとえば、事業者変更に際して電話番号やその桁数が変われば、利用者にとって負担となる。競争促進の観点からは、利用者がそうした負担を感ずることなく通信事業者を選べることが望ましい。そこで、利用者が事業者の変更に伴う費用を引き下げるため、ナンバーポータビリティ(利用者が加入している電気通信事業者を変更してもこれまでと同じ番号を引き続き使用できるようにすること)、優先接続(加入者が予め接続事業者を選択して登録しておけば、当該事業者の事業者識別番号のダイヤリングを省略して通話を可能とする仕組み)の導入を検討する必要がある。
因みに、ナンバーポータビリティについては、米国では800番サービス等において実施し、今後適用範囲を順次拡大する方向であり、EU委員会は2000年までに提供を義務づける方向で検討中である。また、優先接続については、既に米国では実施済みであり、EU委員会も2000年までには導入する方向で検討を始めている。
回線設備の整備に関する環境整備
政府においては、新規参入者が自前の回線設備を敷設することを支援するため、公共的なケーブル収容スペースの整備や道路等の占用規制の緩和を推進するとともに、秩序ある使用を前提とした管路(電柱、共同溝、下水道溝、高速道路、鉄道、電力用管路等)の開放について所有者の協力を要請すべきである。また、新しい周波数帯域の開発や未利用周波数帯域の有効活用、周波数の公平な割当て等のために必要な措置を講ずる必要がある。
電気通信事業法第6条において、電気通信事業の種類は、自ら電気通信回線設備を設置して電気通信役務を提供する事業(第一種電気通信事業)と第一種電気通信事業以外の電気通信事業(第二種電気通信事業)とに区分されている。第一種電気通信事業者は基本的に回線設備を設置しなければならず、一方、第二種電気通信事業者は主要な回線設備を設置できない。しかしながら、さらなる競争の促進のためには、各事業者が自己の経営判断と責任において最も効率的なネットワーク構成を選べるようにすることが望ましい。実際、再販によりサービスを提供する可能性を模索する動きがある。各事業者の経営判断に基づく市場参入形態をより一層多様化させ、さらなる市場の活性化を図るため、第一種電気通信事業者の設備ベースでの競争に配慮しつつ、回線設備保有、相互接続方式以外の手法を用いたサービスの提供についても検討すべきである。
また、第二種電気通信事業者による回線設備については、アクセス回線のみならず、東名阪などトラフィックの多い箇所についても、例えば、長期にわたって回線設備を使用する権利を持てるようにするなど、実質的な保有を可能とする必要がある。
なお、公専公接続の解禁等により、第一種と第二種の提供するサービスが実質的に同じになるなど第一種と第二種の境界が曖昧になりつつあること、また、設備を保有するかどうかは企業の基本戦略に係わる問題であり本来経営判断に委ねられるべきであること、などから、今後は、公益事業特権(電気、ガス、水道、鉄道、電気通信など、いわゆる公益事業を営む事業者が、道路法、下水道法等について、特例的な法的措置を取ることができる資格)の付与のあり方等も検討しつつ、第一種、第二種という事業区分を見直すことが求められていこう。
電気通信事業法第31条の2において、第一種電気通信事業者は、電気通信役務に関する提供条件について契約約款を定め、郵政大臣の認可を受けなければならない。この規制の目的は、約款に基づいて提供されるサービスの利用者の権利や利益を保護するためとされているが、競争が進展しているサービス分野については、利用者側には、不当な提供条件を設定する事業者から他の事業者に容易に変更することができるため、認可制をとる必要はない。
一方で、約款が認可制であるために、各事業者は、新サービスの迅速な提供ができず、認可のためにかかる手間や人手等のコストを強いられるという問題もある。
約款の内容のうち、認可の対象は、競争が進展していないサービスにおける基本的な事項(利用者の権利・義務に関する重要事項)に限定し、届出の範囲を拡大する等の規制緩和を図る必要がある。
現在、ユニバーサル・サービスの確保は、日本電信電話株式会社法によって義務付けられている。現在は、NTTの経営改善努力や料金のリバランシングにより全国一律の料金体系でのサービス提供がなされているが、一方で、ユーザー料金、接続料金は総括原価ベースで算定されていることから、「ユニバーサル・サービス的」コストが含まれているとの指摘もある。
今後、さらなる競争の進展や接続ルールの見直しなどが行われることを勘案すれば、将来的に、ユニバーサル・サービスのコスト負担を、NTTに委ねることが困難になる可能性もある。現在、郵政省の研究会においてユニバーサル・サービスについて検討が行われているが、ユニバーサル・サービスの範囲やその確保のために必要な費用、負担者等に関する議論は、NTT地域網に関する適切な情報開示の下に国民的レベルで行う必要がある。なお、ユニバーサル・サービス確保のための具体策の決定にあたっては、事業者間の競争を歪めない方策を選択すべきである。
現行の電気通信事業法を見直し、ルール型・事後規制型で、競争促進による利便性の向上を目的とする枠組みに転換する必要がある。その際、利用者の意見等に迅速かつ透明な手続きで対応する体制を整備することが望まれる。 |
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これまで述べた考え方を推し進めると、今後は、現行の電気通信事業法の枠組みを見直すことが不可避となろう。現在の電気通信事業法の下では、行政が事業者の運営を適正かつ合理的なものとすることによって電気通信役務の円滑な提供、利用者の利便の向上等を図ることとされているが、事業者への事前規制型の事業法から、ルール型・事後規制型へ衣替えをし、欧米諸国の通信法と同様、行政による判断ではなく、市場における自由かつ公正な競争の促進を通じて利用者利益の確保を図る枠組みに転換する必要がある。
ちなみに、米国通信法第1条においては、「合衆国すべての国民が、十分な施設と合理的な料金によって、可能なかぎり迅速かつ効率的に通信サービスを利用できること」等を法の目的とする旨が明示されており、10条においては、「規制を差し控えることによって電気通信サービスの提供事業者間の競争を促進させると判定した場合には、連邦通信委員会の判定は、実施の差し控えが公共の利益に資するとの委員会の事実認定の基礎とすることができる」、さらに11条では、規制の隔年毎の見直しが規定され、その際、「有効な経済的競争の結果、当該規制が公共の利益にとってもはや不要となっていないかを判定」しなければならないとされている。
一方、英国の電気通信法においては、第3条に、電気通信庁長官の義務として、「提供される電気通信サービスと供給される電気通信設備の価格、品質、種類について、連合王国内の電気通信サービスまたは電気通信設備の消費者、利用者等(特に身体障害者および年金受給年齢の者を含む)の利益を促進すること」、ならびに「連合王国内において電気通信に関する商的活動に従事する者相互間で、効果的な競争を維持し促進すること」等があげられている。
また、ドイツ通信法においては、その目的として、利用者の利益の保証、有効な競争の確保、ユニバーサル・サービスの保障等が掲げられている。
今後、行政においては、ルール型、事後規制型に転換し、事業者間の自由かつ公正な競争を促すとともに、利用者の立場から市場を監視し、問題の発生に伴い介入が必要な場合には透明な手続きで処理にあたることが求められる。また、通信サービスの利用者が行政に対し、意見具申や問題解決の申請を行う規定、手続きを設け、公平かつ透明な形で対応する体制を整備することも重要である。こうした観点から次のような枠組みを明確に掲げるべきである。なお、事業者が自らの経営判断に基づく自由な事業展開が可能になり、また利用者が自由に事業者を選択できるようになることから、事業者、利用者双方においては、自己責任原則の一層の自覚が求められる。