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農業基本法の見直しに関する提言

第II章
新しい基本法で期待される政策展開の基本的な考え方


  1. 食料政策の確立
  2. いうまでもなく、食料は日々の生命維持に不可欠であり、日々安定的に供給されなければならない。したがって、消費者・実需者のニーズに合致した、良質・安全な食料を合理的な価格で安定的に供給できる条件を整備することは、国民的な課題であり、この条件整備こそ政府が担うべき基本的な役割と考える。
    グローバル化が進展し、いわゆる「飽食」の時代を迎えている状況にあって、結果的に食料自給率はカロリーベースで4割程度まで低下している。また、94年におけるわが国の農産物純輸入額は361億ドルであり、これは国土面積の狭いわが国が、海外から農地を1,200万haを借りていることを意味する。この現状を踏まえて、食料の安定供給のためには、国内生産の重要性に加え、輸入の役割も正当に評価し、生産・輸入・備蓄・加工・流通・販売までをトータルに捉えた食料政策を確立し、行政組織もこれに対応したものに再編成する必要がある。
    食料安全保障の観点から、平時においても国内自給の必要性を過度に論じる意見があるが、国民経済的見地から国民の負担コストを考慮しつつ、想定する食料危機に応じた対策が議論されるべきである。想定される食料危機には以下の3つの類型が考えられる。
    第一の類型は、局地的な天候不順やスト等の流通障害などによる短期的な食料危機である。この場合には、備蓄体制の整備や多角的な輸入先の確保、安定的な取引のための二国間契約の締結や食料輸出国との良好な関係維持に努めることで対処可能と考えられる。さらに、常日頃より、バイオ技術を含む農業技術の開発を進め、発展途上国への技術移転を推進することも重要である。
    第二の類型として、戦争等により、海外からの供給が継続的に途絶えてしまう有事の際の食料危機が考えられる。この場合には、食料だけでなく、飼料、石油等の供給も確保できなくなり、平時の生産体制が維持できなくなる。さらに食料の絶対的な不足のみならず、供給量の減少に伴う諸物価の暴騰など、平時の経済システムだけでは国民生活を維持することはできない。したがって、有事の際の食料確保は、国家が行う危機管理政策の一環として位置づけ、その対策を検討する必要がある。
    具体的には、非常事態における土地利用計画や食料の供給体制・流通体制、備蓄体制など、総合的な危機管理体制を検討しておくことが求められる。このほか、平時より、産業としての農業を確立できるよう各種農業政策を講じるとともに、転用規制の強化など優良農地の確保を図っていくことが必要となる。
    第三の類型としては、人口増や所得の向上により、将来的には食料需要が発展途上国を中心に増加する一方、農用地拡大の制約や環境問題の顕在化、天候異変等により、世界の農業生産は拡大が期待できないとして、世界の食料需給が長期的に逼迫するとの見通しにたつ食料危機である。また、わが国経済の衰退により外貨を確保できず、食料を海外から輸入する経済力が失われることを想定した意見もある。このような食料危機については、そもそも見通しや想定が現実的かどうか疑問なしとせず、不確実な超長期的な見通しをもとに、政策を決定することが合理性をもつとは考えられない。今回の基本法が、前述の通り、10〜20年程度先を見通して検討を行うのであれば、まず、わが国において農業技術の開発を進め、これを積極的に発展途上国に対して技術移転を推進するなど、他の先進諸国とも協力しながら世界規模での供給拡大に努めるとともに、産業としての農業を確立するための農業政策と優良農地の確保策を推進することが重要である。超長期的な食料需給がどうなるかは不透明な面もあり、超長期的な見通しに基づく食料危機については、今後、世界の食料需給やわが国経済の状況に著しい変化が確実に予見される段階で対策を検討し直すこととすべきである。

  3. 国際化への対応
    1. グローバリゼーションの進展のなかで、農業問題も、単に国内の問題として捉えることはもはや不可能である。
      例えば、最終加工食品や中間製品については、製品関税の引き下げや円高の進展に伴ってその輸入が増加しており、食品工業は、これまでにない国際競争に晒されている一方、各種の価格支持制度や国境措置により割高な国産原料農産物の引取りを余儀なくされているため、非常に厳しい経営を迫られている。今後、食品工業が事業の縮小を図ったり、海外に事業展開する場合には、結果的に国内農産物に対する需要も減退することになり、国内農業の縮小にも繋がる。

    2. このように、国際化の波から農業も逃れることはできない。農業分野においても、グローバル・スタンダードを確立する努力が求められる。
      とりわけ、多角的自由貿易体制から最大の利益を享受しているわが国としては、WTOルールの維持強化のため最大限の努力を行う必要がある。ウルグアイ・ラウンド合意においては、関税のみによる国境措置と関税率の引き下げを目指すというガットの基本思想が、農業分野においても適用され、将来に向かって継続される方向が確認されている。わが国としても、国内体制の整備を急ぎつつ、WTOの基本思想を受け入れていくことが求められる。なかでも、関税化を留保しているコメについては、2001年以降の関税化は不可避であると考えられることから、そのための体制整備を急ぐ必要がある。

    3. 一方、わが国で生産される農産物のうち、うんしゅうみかんをはじめとした果実などは輸出実績があり、コメについてもまだ少量ではあるが在外邦人向けに輸出が行われている。国産農産物も、差別化や高品質化を図ったり、加工を施すことによって、国際競争力を持ちうる余地はあると考えられ、今後、輸出も視野に入れた農業経営も試みていくべきである。

    4. さらに、国際協調の時代への移行を踏まえて、わが国の食料外交を積極的に推進していくべきである。具体的には、食料輸出国との良好な関係維持に努めるとともに、世界に誇るわが国農業技術を諸外国に積極的に移転したり、発展途上国に対する開発援助を推進するなど、国際社会に貢献しつつ、わが国の食料安全保障体制を構築していくことが重要である。

  4. 農政の重点化・効率化
    1. これまで、農林水産関係予算は歳出削減のいわば「聖域」とみなされてきたが、国家財政が危機的状況にあることに鑑みれば、今後は農林水産関係予算といえども施策の重点化を図り、効率的な農政を推進していく必要がある。
      また、国内農業生産を総合的な食料政策の一環として位置づけるならば、農政の役割は食料政策上、必要不可欠なものに限定すべきである。

    2. 従って、今後の農政の目標を、(1)農業の担い手を確保しうる「魅力ある職業としての農業の確立」と、(2)国際競争にも耐え得る「産業としての農業の確立」に重点化していくことが必要である。
      その前提として、現行の農家の定義を見直し、施策の重点化を図る必要がある。農家の定義は、「経営耕地面積が10a以上、又は過去1年間の農産物販売金額が15万円以上の世帯」(平成7年農業センサス)とされ、その数は約344万戸である。このうち、農産物販売金額が100万円未満の農家が約222万戸含まれており、全農家の約65%を占めている。
      農家の定義を効率的・安定的な農業経営を行う、いわゆるプロの農家に限定し、農政の対象をそれらプロの農家や農業生産法人などの生産性の高い経営体に特化することで、優良農地の集積や予算の重点配分が可能となり、ひいてはプロの農業経営体がまとまった所得を獲得することが可能となる。

    3. 人件費をはじめとした諸経費が高いわが国の農業が、産業としての農業を確立するために目指すべき方向としては、消費者のニーズを的確に把握しながら、味、鮮度、安全などの面で高品質化を図るなど、高付加価値型の農産物経営を目指しつつ、大規模化することによって、生産コストの削減や経営の安定化を志向することであろう。さらに、第二次・第三次産業との連携・融合により、事業の多角化や複合経営の展開など、一層の高付加価値型の経営を目指すことも有効である。
      そのためには、できる限り営農者の創意工夫が活かされるよう、諸規制の緩和・撤廃を進めるとともに、研究開発を促進し、品質も加味した上で競争力を持ちうる大規模経営体を育成していくことが必要である。
      現に、例えば北海道の士幌農協のように、生産のみならず加工・研究開発等を含めアグリビジネスとして展開し、実績をあげている農業団体・農業生産法人もあらわれてきている。

    4. 具体的な政策展開にあたっては、規制緩和を徹底し、適地適作の下で営農者の自主性や創意工夫の発揮の余地を広げることを基本とした上で、国が担う基本的な農業政策は、転用規制の強化などの優良農地の確保、農地の集約化、圃場の大区画化などの基盤整備事業の重点的な推進、政策金融の充実、農業技術の開発や災害補償対策に重点化すべきである。とりわけ、基礎的食料であるコメについては、関税や政府による備蓄米の買入措置などの諸施策を講じるとともに、品質も勘案すれば競争力を持ちうる高生産性の大規模経営体の育成施策の重点強化を図ることにより、一定の生産力を維持できるよう、配慮することが求められる。

    5. さらに国及び地方の行政組織についても、食管法から食糧法への移行を踏まえ、また今後の規制緩和の推進や営農者の減少傾向等に伴って、随時スリム化していくことが必要である。特に実施部門については、国の行政改革の一環として、民間委託や民営化、エージェンシー化に取り組む必要がある。

  5. 離島・中山間地対策
  6. 離島や中山間地などでは、産業としての農業の自立が難しいとして、農業が持つ食料供給以外の公益的機能(地域経済安定、保健休養、伝統文化維持、国土・環境・景観保全等の機能等)を強調し、財政的支援によって、これらの機能の発揮を農業に期待する議論がある。
    しかしながら、まず、農業が環境保全などの公益的機能をどの程度発揮しているかどうか十分吟味するとともに、産業政策としての農業振興とは区別したかたちで、地域政策や環境政策、社会政策として検討を行うべきである。さらに、社会政策等の適用については、公益的機能を農業によって実現していくべきか否か検討を行う必要があり、農業以外の方法による場合と比較考量して、検討すべきである。


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