わが国経済は、未だ自律的な回復軌道に乗ることができず、国民の間には将来への不安が蔓延している。政府は、社会構造の変化に即して政策のイノベーションを図るとともに、急速に進展する情報通信技術(ICT)を自ら率先して利活用しながら行政事務手続、サービス提供のあり方を不断に見直し、民間との連携を図りつつ国民の安心安全、便利快適さを向上していかなければならない。
日本経団連は、これまでも、豊かで活力ある社会をもたらす国民本位の電子行政の実現を強く提言してきた#1。とりわけ、国・地方横断的な情報連携、新たな政策展開、民間サービスとの融合等を可能とし、国民が行政サービスを適切、確実に享受するためには、番号制度の早期実現が必須であり、関係方面への働きかけを継続している。
このような中、政府の国家戦略室やIT戦略本部などにおいて、番号制度の導入に向けた具体的検討が加速されている#2。産業界としてもその動きを評価するとともに、この機を捉え、一日も早い実現を図るよう、引き続き協力を惜しまない所存である。
番号制度は、大きく変化しつつある社会構造に即して、官民連携で構築すべき高度ICT社会における不可欠なインフラである。利用者たる国民や企業が真にメリットを感ずる制度整備、普及に向け、国民的な議論を喚起しながら、早期実現に向けて着実に工程を前進させていく必要がある。
そこで、以下では、番号制度に関わる産業界の基本的な考え方や利用シーンを示し、今後の議論の進展に資することとする。
番号制度とは、名前や住所といった情報のやりとりを正しく確実に便利に行うよう、個人を一意に特定するために一人一人に異なる番号を付す制度である。特に、わが国では様々な漢字#3(同一の漢字にも多くの外字が存在)が活用されているため、姓名やフリガナだけでは個々人の特定が困難であり、ICTを利活用したデータの連携や本人確認を行う上で、番号制度が不可欠となる。
既に、番号制度は官民の様々なシーンで活用されているが、分野ごとに異なる番号であり、また、国民全体を対象としたものではないため、国全体、分野横断的な施策には十分に活用できない。
このように、番号制度はそれ自体が目的ではないが、ICTを利活用し、確実で、きめ細かく、利便性、効率性の高い行政サービスや政策の展開を通じ、豊かな国民生活を実現するための必要不可欠な基盤となっている。
また、国全体で番号制度やICTの利活用を推進するためには、番号制度の導入のみならず、必要な規制・制度の改革、導入時における普及促進策等を講ずることも必要となる。
年金記録の誤りや不備、戸籍と住民登録のデータ齟齬などに見られるような問題を克服し、国民が行政サービスを適切に受ける権利を確保することが急務となっている。また、国・地方を通じた情報連携による行政の業務改革、無駄の徹底排除、より利便性の高い良質なサービス提供、厳格な情報保護を実現する電子行政の基盤として、国民を一意に特定する番号制度の導入が欠かせない。番号制度を基盤とした国民本位の電子行政の実現を通じ、政府のみならず、民間の生産性を向上させ国際競争力強化にも資する。#4
綻びの目立つ医療、介護、年金等の社会保障制度に対する国民の不安、不信感を払拭することが急務となっている。安心できる社会保障制度の確立に向けて、番号制度を活用し、国民一人一人が受けることができる社会保障制度の内容の透明性や利便性を向上させると同時に、サービス提供体制のネットワーク化、効率化、運用の迅速性、正確性を高め、信頼回復を図る必要がある。
少子高齢化などの社会構造の変化に伴い、より緻密で個々人に適応した新たな政策展開が必要となっている。これまで別個の政策であった税制と社会保障制度とを融合し、所得や家族構成などに応じた施策として給付付き税額控除制度を創設するなど、政策面でのイノベーションを実現するための基盤として番号制度が欠かせない。
これまで行政内部だけで管理されていた情報を、本人了解や安心安全なセキュリティー措置を講じつつ、番号制度を活用した共通のプラットフォームで民間でも利活用することにより、国民利便性の向上や社会全体の効率化に資する。さらに、大量の匿名情報の活用や民間のサービスとの融合により、新たな産業やサービスの創出が可能となる。
番号制度を基盤とするICTの利活用により、国民ニーズや社会環境に応じた行政分野、民間、さらには両者の融合による、以下のような様々なサービス提供が考えられる。番号制度の円滑な導入に向けて、利用者である国民や企業が納得できるメリットを周知していく必要がある。
極めて厳しい財政状況の下で、真に支援を必要としている国民に対し適切な給付等を行っていくためには、税制、社会保障制度を融合させ、個々人の所得や家族構成に応じたきめ細かな政策展開が必要となる。番号制、ICTの利用により、これまで税制だけではカバーできなかった低所得者層への支援や、必ずしも支援が必要ではない高額所得者も含めた一律の支援制度などを是正することが可能となる。また、社会的なセーフティーネットは、対象者の申請を待って実施するのではなく、還付額や給付額などを計算の上、行政側から能動的に提供していく「プッシュ型サービス」も可能となる。
企業は、従業員に係る国税、地方税、社会保険料の徴収など、行政の円滑な執行に係る多くの業務を担っている。熾烈な国際競争下における企業内のコスト削減努力に比し、これらの業務は未だ自治体ごとに手続や様式が不統一で、紙処理と電子的処理が併存するなど、企業だけでは十分な効率化が難しい、いわば「隠れた公的負担」となっている。#5
番号制度により、原始記録から徴収に至るまでのシームレスな処理が可能となれば、入力ミスの削減や処理時間の短縮など、国民・国・自治体・企業等の関係者全てにおいて大幅な業務効率化による、コスト削減、人財の有効活用が図られる。さらに、企業経由ではなく直接、国民一人一人が簡便に申告を行うことが可能となれば納税意識や社会参画意識の向上にも資する。
医療におけるICT化を推進し、過去に行った健康診断情報、診療情報、投薬の履歴などを、厳格な管理のもと、データベースに蓄積・分析し、国民の健康増進を図るためにも、番号制度は重要な役割を担う。まず、本人自身の健康管理や生活習慣病の早期予防、救急時の対応に供する等の活用が考えられる。また、診療に関するデータの蓄積・分析を通じ、医療の内容の透明化を図り、診療行為の標準化を進め、エビデンスに基づく質の高い医療を確立に資することが期待される。医療機関間でデータを共有し、重複検査の排除や診療の継続性を維持するなど、医療資源の効率的活用につなげることもできる。将来的には、多くのデータを匿名化した統計情報として分析活用していくことで、地域や年齢等の疾病動向に即した医療提供体制の整備、医薬品・医療機器の開発を進め、国民の生活環境に合致した医療に貢献する。
なお、本構想の実現にあたっては、番号制度のみならず、治療、投薬など医療情報のデータベース化、厳格なデータ管理等が大前提となる。
このほかにも、行政ワンストップサービス(出産・子育てに関する切れ目の無い行政サービスや引っ越しに係る手続の一元化等)やこれらのサービスの民間事業者との連携(電気・ガス等)の実現、個々人が享受できる行政サービスを行政側から能動的に知らせる、プッシュ型サービスの充実など、豊かな国民生活実現に向けた様々な利活用が期待される。
政府では「社会保障・税に関わる番号制度」に係る検討が進められているが、番号制度は社会保障制度・税制のみならず、行政全般、さらには民間での利活用を通じて国民利便性や国全体の生産性の向上に資する、国民のための共通基盤として構築すべきである。ICT弱者にも使い易い環境を整えるなど、デジタル・デバイドへの十分な配慮も不可欠である。
一方、少子高齢化の急速な進展に伴い、社会保障制度の充実は待ったなしの課題である。社会保障・税分野は、電子行政の推進による効率的な行政サービスの提供や国民利便性の向上に資する重要課題の一つであることから、民間利用などの将来の発展性を確保しつつ、当該分野での番号制度を迅速に構築することが重要である。
政府IT戦略本部が6月に取りまとめた「新たな情報通信技術戦略工程表」では、既に、社会保障・税に関わる番号制度について2010年度に検討を行ったうえで、電子行政全般に資する国民ID制度を2013年度に導入するスケジュールが示されている。この工程表を基礎としつつ、前倒し実現も含めて着実な整備を進めるべきである。
現在、全ての住民に悉皆的に付番され、セキュリティーの確保#12や継続的な管理が行われている制度は住民票コードのみであり、今後の番号制度の構築にあたり投資コストを最小化するために、住民票コードならびに住基ネットを有効活用していくことが重要である。必要な法改正を含め、国民理解を得つつ、官民双方の共通基盤としてのインフラへと発展させていくべきである。
行政機関は現時点においても国民に係る様々な情報を保有・管理している。しかし、情報提供を行った国民自身は、その情報の所在や正確性、利用状況などを確認することができない。番号制度の整備に当たっては、国民自らが自己情報の正確性や利用状況を確認できる仕組みを構築するとともに、セキュリティーや利用目的などに、法制面・システム面の双方から透明で安全な体制を構築することが必要である。例えば、システム面では、分野別に情報を管理することでリスクを軽減させること、制度面では、情報の不正利用等に対する厳格な罰則規定や、利用状況を監視する第三者機関#13の設置などが考えられる。
個人別のICカードの活用により、本人確認を厳密に行うことが可能となれば、より高いセキュリティーが確保され、機密性の高い個人情報の利用など、番号制度を基盤としたサービスの利活用範囲が拡大する。また、現住所などの情報連携を図り、行政が発行している様々な免許、証明カードを統合したり、さらには民間サービスとの融合を拡大することで、国民の利便性を向上させることも可能となる。番号制度の構築と並行し、ICカードの活用、交付を促進すべきである。
企業と行政の間では、既に述べた従業員の社会保険料・所得税・住民税の徴収業務のみならず、国や自治体に対する納税や関連資料提出、様々な申請、届出、調査など、膨大な情報のやり取りが行われている。これらの業務の簡素化、効率化は、企業側の競争力強化のみならず、国・自治体の歳出削減や対内投資の促進にも資する。特に、同一の目的でありながら自治体ごとに様々な様式や、紙媒体・電子媒体が混在している現状の業務を標準化、電子化し、クラウド技術の活用によりデータ収集を全国で一本化するといった改善により、大きな効果が期待される。そのためには、国、自治体、企業、事業所などの相互の情報連携の基盤となる、企業コード、事業所コードの整備が必要である。
わが国では、少額貯蓄等利用者カード(グリーンカード)や住基ネット導入時など、番号制度に関し、セキュリティーやプライバシーの問題を中心に様々な議論が展開されてきた。しかし、ICTの進歩により、クレジットカードや電子マネー、インターネットを経由した様々な商取引などの普及、拡大は目ざましく、セキュリティー確保に係る技術も進み、日常生活に不可欠となり国民の意識も大きく変化している。このような技術の進歩や国民意識の変化を的確に踏まえ、高度ICTを十二分に利活用した豊かな国民生活、デジタルネイティブ#15と呼ばれる次世代にふさわしい社会を戦略的に実現するために、番号制度に関する国民の理解を深め、1日も早い基盤整備を進めることが不可欠である。
日本経団連としても、引き続き、関係方面への働きかけや世論喚起を行い、実現に向けた活動を強化していく。