「貿易諸制度の抜本的な改革を求める」概要 <PDF>
日本経団連では、わが国産業の国際競争力強化の観点から、2004年6月、関係8団体とともに「輸出入・港湾諸手続きの効率化に関する提言」を取りまとめるなど、かねてより輸出入・港湾諸手続きの効率化、簡素化を訴えてきた。その結果、FAL条約 #1 批准、特定輸出申告制度の導入などいくつかの改善が図られたが、これらの措置は各省庁がそれぞれの所掌範囲の中で進められたものであり、実効ある改善が図られたとは言い難い。
そもそも、わが国産業の国際競争力を強化するためには、貿易・物流をはじめとする通商政策を、戦略的で一貫性のあるものに再構築することが何よりも強く求められる。その意味で、企業のグローバルなサプライチェーン構築の進展や、貿易円滑化の促進とセキュリティ強化の両立に取り組む国際的な動きに、財務省、国土交通省、経済産業省など関係省庁が連携して対応し、円滑な貿易を実現し得る体制を一刻も早くつくり上げる必要がある。また、現行の貿易に関する諸制度についても、これまで以上にユーザーたる企業の視点に立って、ゼロベースから見直すことが必要である。その際、例えば、競争力のある企業やコンプライアンスの優良な企業の事業活力を活かしつつ、緩和すべきところは緩和し、強化すべきところは強化するなど、省庁の壁を越えてメリハリの利いた改革が断行されるべきであり、こうした取り組みは、安倍内閣が掲げる「アジア・ゲートウェイ構想」を実現する上でも不可欠である。
以上のような観点から日本経団連は、貿易に関する組織・制度のあり方に絞り、これまでの延長上ではない抜本的な改革の方向性について改めて要望する。
企業は、市場ニーズへの即応を目指し、製品開発から設計、部材調達、製造、販売までの各プロセスを一連のチェーンとしてグローバルに構築するとともに、リードタイムの短縮、在庫コストの極小化に努めており、その過程は近年ますます複雑化している。このため、特に自動車、電気・電子製品等の業界で顕著にみられるように、内外の消費者が最終製品を手にするまでに行われる貿易手続きの頻度は増える一方であり、グローバル競争にしのぎを削る企業からは、わが国貿易制度の国際的整合性の確保と簡素化を求める声が日増しに高まっている。
こうした状況に対応し、日本経団連は2004年6月の提言において、ITを活用した物流効率化とセキュリティ確保の両立の観点から、(1)輸出入・港湾諸手続きの簡素化、(2)すべての申請書類の電子化、(3)情報の共有化などを求めたが、手続き・システム、制度・インフラ、組織などすべての面で依然として多くの課題が残されている。わが国の貿易に関する制度・インフラは、韓国、シンガポール等のアジア諸国などに比べると、改革のスピードや企業ニーズへの対応という点において優位性を失っている。また、通商戦略上、いわゆる兵站機能を担っている港湾も、上海港、釜山港などが近年大幅に取扱量を増やしているのに比べ、相対的な地位が低下している。こうした中、昭和29年に制定されたわが国の関税法に基づく諸制度・手続きは、グローバルなサプライチェーンを展開する企業にとっては、使い勝手の悪いものとなっている。今日、国家がグローバル競争を行う企業のニーズに対応して、より良いビジネス環境を提供することが当然のこととされる時代となりつつあるが、わが国における現行の制度・運用やそれを支えるITインフラは、グローバル企業の要請に必ずしも応えることができなくなっている。
輸出入通関制度について
わが国の通関手続きは、コンテナのDoor to Doorの流れに十分には対応しておらず、貿易貨物の流れを滞留させ、その結果、利用者にコスト増を招いている。したがって、まずは諸外国の先進的な貿易制度・手続きの事例を参考にしながら、関税法の抜本改正によって利便性を向上させる必要がある。
2004年6月の日本経団連の提言に対して、関税法の一部改正により、コンプライアンスが優良と認められた輸出者には例外的に保税地域以外の地域から輸出通関申告・許可が可能となる特定輸出申告制度 #2 が導入された。しかし、航空便の場合、割高なコスト負担に見合うだけのスピードが重要なため、特定輸出申告制度を利用して航空便で貨物を混載するニーズが高いにもかかわらず、制度上混載が認められていない。また、輸送途上の通関が認められない、申告の時期・場所が柔軟でない、申告税関の選択ができない、コンプライアンス・プログラムが厳格すぎるなど、制約条件が多く利便性に欠けるため、これまでのところ利用者はごく少数にとどまっている。また、輸入についても簡易申告制度 #3 が設けられているものの、1年間継続して輸入しなければならない、担保提供が企業の負担となっているなど制約条件があり、同様に利用者は少ない。
企業コンプライアンス基準について
わが国では、外為法に基づく安全保障貿易管理関連コンプライアンス・プログラムや特定輸出申告制度対応のコンプライアンス・プログラムなど、省庁縦割りの下、省庁毎に基準が定められている。そのため、企業にとっては、コンプライアンス体制を一本化することが困難であり、整備しにくい状況が生じている。
次世代シングルウィンドウについて
2003年に稼動したシングルウィンドウシステムについては、手続きの簡素化や国際標準への準拠などの見直しが行われないまま、既存の行政システムを単に接続した状態にある。そのため、輸出入に必要な情報を一回、一箇所に入力するだけで手続きがすべて完了するシングルウインドウ、ワンストップ・サービスとなっていないため、利便性は依然として改善されていない。また、次世代シングルウィンドウシステムの開発に際しても、その前提となる複数官署にわたる手続きの簡素化が行われているとは必ずしも言えず、民間が期待する真のシングルウィンドウシステムとなるのか疑問である。
米国の同時多発テロ以来、セキュリティの確保が世界的課題になっている。例えば、米国では、24時間前マニフェスト事前提出ルール #4 が導入されたが、これによって、これまでの産業界によるリードタイム短縮の取り組みが無駄となってしまうなどの影響が生じている。他方、WCO(世界税関機構) #5 では、AEO #6 ・ACI #7 といった政策を各国が導入するための国際的な枠組みとして「国際貿易の安全確保及び円滑化のための基準の枠組み」が合意され、実施ガイドラインの整備が進められている。また、EUにおいても、米国に続いて、近々、こうしたWCO合意を具現化するサプライチェーン・セキュリティ規則が示される予定である。国際的にビジネスを展開する企業は、各国が進めるこうした政策への対応を迫られている。
このような国際的な動きに対してわが国も、WCO合意をふまえた国全体としてのAEO・ACI政策の早期具体化や各国の制度・運用との調和、相互認証の推進、民間事業者に対する明確なベネフィットの確立などに早急に取り組むべきである。民間事業者のビジネスの実態をふまえ、セキュリティの確保と効率的な国際物流の確保とをバランスよく実現するためには、省庁縦割りを排し、包括的な通商戦略のもとで、官民が一体となった推進体制をつくり上げることが必要である。わが国制度・運用と各国の制度・運用との連携が行える仕組みの確立が求められよう。
わが国企業を取り巻く環境変化に対応するため、関係省庁においては、産業・企業によるサプライチェーンの流れを把握し、省庁間の垣根を取り払い、連携を強め、情報の共有化、一元化を図ったうえで、次に述べる制度や手続き、システムについて今日の状況に合ったものに改める必要がある。
効率化とセキュリティの両立の観点から、WCOで合意されたAEO・ACI政策に準拠したコンプライアンス制度を構築すべきである。国際的に進められている制度・システム改革の方向は、ITの活用による完全電子化とコンプライアンス制度に基づく手続きの簡素化であり、これを国際的な協力と官民のパートナーシップを通じて早急に実現すべきである。
WCOのACIガイドラインに準拠した完全電子化の実現
貿易手続きに際しては、WCOにおいて合意されたACIに関するガイドラインに準拠した完全電子化を実現すべきである。
2008年稼動予定となっている次世代シングルウィンドウ・システムについては、諸手続き(通関手続き、港湾関連手続き、防疫・検疫手続き、乗員上陸許可手続き等)を省庁横断的に徹底して見直す業務改革が断行されたうえで構築されるべきであり、真のワンストップサービスが実現されるよう強く求めたい。
その上で、わが国のシングルウィンドウ・システムをオープンなシステム環境で実現させ、アセアン域内で進められているシングルウィンドウ・システムなどとGtoGで連携を図り、グローバルでオープンな貿易IT基盤とすることも視野に入れるべきである。例えば、船積み前に各国税関同士で貨物情報を電子的に交換することにより、テロ対策上のセキュリティと物流のリードタイム短縮を同時に実現できる。これによって、わが国のITインフラが世界のITインフラの一翼を担い、セキュリティと効率的な国際物流の実現に貢献することが可能になる。
WCOのAEO政策に基づくコンプライアンスプログラム構築
現在、省庁縦割りの弊害により、企業にとっては重複して整備を要請される複雑な貿易コンプライアンス基準を整理したうえで、わが国として一本化・統合することが求められる。併せて、企業のコンプライアンス構築を支援する体制を整備すべきである。
また、わが国としては、WCOで合意されたAEOに準拠したコンプライアンス・プログラムを構築し、企業のコンプライアンスの整備の度合いに応じて、簡素な手続きを適用するなどの明確なベネフィットを供与する必要がある。その上で、日本のコンプライアンス・プログラムが優良と認定された企業については、先進国との間で相互認証を実現し、通関手続きの国際的な簡素化を進めるべきである。そこで、まず、日米間での相互認証をパイロット・プロジェクトとして実施し、引き続きEUへと相互認証の範囲を拡大していくことも検討すべきである。
輸出入通関制度の抜本的見直し
輸出入通関制度を抜本改正し、輸出通関については保税搬入原則の見直し、輸入通関については二段階申告の原則化に向けて具体的な検討を深めるべきである。
保税搬入原則については、輸出許可を受けた貨物は外国貨物となることから保税地域に蔵置することとされているが、必ずしも保税地域で許可する必要はなく、許可後の運送のセキュリティを保つ仕組みさえ確立できていれば問題は生じないと考えられる。保税地域での管理がセキュリティ強化につながるとされているが、欧米先進諸国や韓国、シンガポールでは、輸出貨物に対する保税地域での管理を行うことなくセキュリティ管理が行われている。輸出にかかるリードタイム短縮の観点からも、保税搬入の原則を見直すとともに、コンプライアンス優良企業への事後届出制の導入等も含めた制度改革を図るべきである。
また、二段階申告については、米国で原則化されており、納税申告前の貨物引取りが通例となっている。わが国としても、二段階申告を原則とすることが望まれる。
現在、例外的な措置として導入されている特定輸出申告制度、簡易申告制度を部分的に改善するだけでなく、諸外国の状況や運用の実態に鑑み、輸出入通関制度における原則に踏み込んで、関税法の抜本的な改正を実現すべきである。
わが国政府は、通商戦略の一環として、現在、経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)の締結を推進しているが、EPA・FTAによる特恵関税の適用を受けるために必要な原産地証明に関わる制度・手続きについて、利用者の視点で利便性の高いものとすべく主体的に取り組むべきである。
原産地証明書発給実務面での改善
わが国が締結しているEPAにおいては、国に指定された機関が原産地証明書を発給しているが、発行手数料など証明書発給に伴うコストが諸外国との比較において高いケースがある。また、協定の内容に基づいているため、手続きが結果的に煩雑になっており、発給手続きの事前準備から発給までにかかる時間が予見できないのが現状である。
当面、証明書発給に伴うコストの引き下げ、提出書類の見直しや手続きの簡素化による、事前準備の段階をも含めた処理期間の全般的な短縮と一層のプロセスの透明化などを通じて、企業の負担軽減に向けた検討を早急に開始すべきである。
また、このような問題を抜本的に解決するため、「政府証明」と並行して、コンプライアンスの優良な事業者には自己証明を認める「認定輸出者」証明制度や、一定期間有効な包括的な証明制度の導入を検討すべきである。
原産地規則の透明性・利便性の向上
貿易の円滑な発展を図るというEPA・FTAの趣旨に沿った、企業にとって利用しやすい原産地規則とすることが重要である。特に、独自の基準・要件・手続を有する原産地規則が規定される結果、同一の産品に対して異なる原産地ルールが適用される「スパゲティボール現象」を呈することのないよう留意すべきである。
そこで、今後、東アジアに重点を置いたEPAを推進していく観点からは、申請企業にとって利便性の高い原産地規則の確立に向けてわが国がイニシアティブを取るべきである。具体的には、現行、適用されている関税番号変更基準を基礎とした簡明な原産地基準の採用をさらに強く推進し、今後も申請者による決定基準の選択制を国際的に拡大することが求められる。また、原産地規則の運用、解釈、様式などに関する透明性の確保(例えば、ウェブサイトや説明会を含め情報公開のあり方の改善、解説書・手引きの迅速な発行など)や、原産地証明電子化による域内関係者間での迅速な情報共有化などを実現すべきである。
通商戦略上、重要な港湾・空港などの物流インフラは、中長期的な見地から戦略的に絶えず整備を進め運用を改めていく必要がある。ハード面のみならず、ソフト面も含めてインフラがグローバル展開企業のサプライチェーンに即したものでなければ、わが国自体が巨大マーケットであるにもかかわらず、その国際的な優位性を失ってしまう。
とりわけ港湾については、戦後、その運営・管理を地方自治体に委ねていたため、一体的な港湾の運用が行われてきたとは言い難い。そこで、港湾の国際競争力強化の観点から、地方自治体ごとに分断されている港湾の運営について、広域的な連携を強化し、一体的な運営を図っていく体制に見直すことが急がれる。とりわけ、主要港湾については、港湾の運営体制を広域かつ一体的にポートオーソリティ #8 化する方向で検討を行うべきである。
国際物流と国内物流とが低コストでシームレスに連携できるようになる必要がある。例えば、コンテナヤードへ鉄道の引き込みや内航船によるフィーダーの直づけによる海上コンテナ輸送とインランド・デポ #9 の設置・利用により、港湾の機能集中を緩和することも検討に値しよう。また、海外では、釜山港など国策として高度な物流拠点(港湾ロジスティクスハブ)を形成し、税制上の減免措置を図るなどソフト面の支援策が充実している事例もある。わが国としても戦略的にコンテナターミナルの後背地に港湾ロジスティクスハブを戦略的に形成することも検討すべきである。
現在、港湾管理者ごとに届出書式が統一されておらず、たとえ各港湾管理者がシステムを有していてもそれが港湾独自のシステムとなっていることから、申請者は、個別港湾ごとに異なる対応をとらざるを得ない。その結果、いまだに紙による申請を行わざるを得ず、業務の効率化を妨げている。したがって、国のリーダーシップにより、早急に届出書式を統一し、ペーパーレス化を図るべきである。その上で、次世代シングルウィンドウでは港湾管理者への申請も組み込み、真のワンストップサービスに結びつけるべきである。
これまで述べてきたように、貿易の円滑化とセキュリティ強化の両立を目的として、国際的な標準を見直す世界的な動きに対して、省庁縦割りのわが国の制度・システムは企業の利便性を著しく阻害しており、組織・体制の抜本的な改革が急がれる。
具体的には、現在、省庁間にまたがっている貿易・物流に関する機能を括り出し、貿易・物流を含めた通商戦略・経済安全保障問題を関係省の一段上に立って一元的・一体的に検討する組織として、内閣に調整本部を設置すべきである。その上で、例えば、通商戦略の司令塔として担当大臣を任命し、政策を総合的に企画・立案し必要な調整を行う方向で改めるべきである。戦略性、一貫性のある貿易政策・意思決定、制度運用を行い、企業のグローバル・サプライチェーンの全体最適化を支援すべきである。
米国では同時多発テロを契機として、セキュリティ強化と貿易の効率化・円滑化を同時に達成できるよう、国土安全保障省(DHS) #10 が創設され、一元的かつ包括的に取り組みが行われている。また、韓国では、「電子貿易促進法 #11 」に基づき国務総理の下に「国家電子貿易委員会」が設置され、スピーディな意思決定が実現している。わが国としても、これらを参考に、国としてグランドデザインを描き、セキュリティの確保と効率的な国際物流を両立させる将来的な体制整備に向けた検討に着手すべきである。
また、官民一体となって経済のグローバル化への対応を図る観点から、調整本部の運営には、民間有識者をメンバーに加え、民間企業のニーズを把握し具体的に対応する体制を整備すべきであろう。