最近、企業の社会的責任(CSR)をめぐる議論が活発になっている。そこで、日本経団連の社会的責任経営部会の廣瀬博部会長(住友化学工業常務執行役員)に、CSRをめぐる最近の動向と日本経団連の対応についてインタビューした。そのなかで廣瀬部会長は、国際標準化機構(ISO)で、社会的責任(SR)に関するガイダンス文書の作成が決定された以上、来年はじめから本格化する文書作成作業に、日本経団連としても積極的に関与し、日本の経済界の意見を的確に反映させたいとの意向を示した。
――最近、CSR(企業の社会的責任)という言葉をよく耳にします。CSRへの関心がこれほど高まっているのはなぜなのでしょうか。
廣瀬 企業を取り巻く国内外の経営環境が大きく変化してきたことがあげられます。その背景には、1990年代以降の急速な経済のグローバル化とIT化の進展があります。経営環境の変化が、企業のあり方や企業と社会の関係について、あらためて議論しようという機運を醸成したといえるのではないでしょうか。
一方、グローバリゼーションの波を受けて、NPOをはじめとする市民団体の活動が活発化し、世界的な規模でネットワーク化が進みました。消費者行動も大きく変化しました。その結果、企業に関係するさまざまなステークホルダーの間で、企業の社会的責任をより広い視点から捉え直す動きが出てきました。これが国際的に連なり、最近のグローバルなCSRの流れにつながっていったと理解しています。
――欧米でのCSR論議の盛り上がりが、日本に押し寄せてきたという見方もありますが。
廣瀬 そうした側面も否定できません。しかし、それだけとは言い切れません。企業の社会的責任については、日本でも1970年代に熱心に議論されています。日本経団連も今から30年以上前の1973年の総会決議で、企業の社会的責任を初めてとりあげ、翌74年には「企業の社会性部会」を設置しています。そして、76年には「企業と社会の新しい関係の確立を求めて」という提言を公表しているのです。
――CSRという言葉は新しいが、企業の社会的責任という考え方自体は、日本には昔からあったということでしょうか。
廣瀬 そうです。日本には古くからCSRの原型ともいえる考え方があったのです。江戸時代の近江商人は「三方よしの精神」を大切にしました。それは「売り手よし・買い手よし・世間よし」という経営理念です。近江商人は、自らの商売と社会(世間)が密接にかかわっていることを認識し、土木工事や慈善寄付などを通じて、地域社会に貢献しました。これにより、社会から信頼を得ることになり、結果として商売の発展につながりました。
このような先人の知恵と経験は、250年の歳月を経て受け継がれ、今でも多くの日本企業の活動に反映されています。
――日本の財閥グループにも、何かそれに類する考え方があったのでしょうか。
廣瀬 例えば、私が属している住友グループには、住友の事業精神というものがあります。400年を超える長い住友の歴史の中で、一貫して流れ続けている事業経営の理念というべきものです。
少し紹介しますと、「わが住友の営業は信用を重んじ、確実を旨とし、以ってその鞏固隆盛を期すべし」「わが住友の営業は時勢の変遷、理財の得失を計り、弛張興廃することあるべしといえども、いやしくも浮利にはしり軽進すべからず」となっています。現在でも立派に通用するCSRの一理念だと思っています。
――日本のCSRは欧米に比べて遅れているのですか。
廣瀬 私自身は、日本企業のCSR活動は欧米企業に比べて遜色ない、むしろ環境などへの配慮の面では大変進んでいると思っています。国や地域により、文化や社会的背景、価値観、法制度、官と民の関係などが異なるため、CSRの優劣を直接比較するのは難しいと思います。CSRの具体的内容や優先課題も違ってきます。ですから、安易な比較はむしろ避けるべきだと思っています。
ただ、欧米企業の「CSR報告書」や「サステナビリティ・レポート」の作り方には、見習うべき点が少なくありません。CSRの実践と報告の双方について、内外の先進企業の実例を参考にしていきたいと思っています。
――企業はなぜCSRに熱心に取り組まねばならないのでしょうか。
廣瀬 企業は社会とともに発展していく存在です。その意味で、企業倫理や法令順守といった、いわゆる最低限のコンプライアンスは守っていかなければなりません。この数年を見ても、企業不祥事が即、その企業の命取りとなる事例がありました。
しかし、CSRに取り組む理由はそればかりではありません。いましがた申し上げたのは、やや受身的・消極的なCSR対応です。ここから一歩進んで、トップのリーダーシップの下にCSRをよりポジティブにとらえる必要があると思います。企業が社会と積極的に向き合っていくことが、社会のためにも、企業のためにもなると考えています。
例えば、CSR活動を日々順守・実践することにより、社内の風通しがよくなって社内が活性化し、その結果、企業の生産性が高まって、コーポレート・ブランドや企業価値が高まる、といったような効果もあります。CSRは経営改革の一環であり、企業の成長や価値を高める手段なのです。
――日本経団連のCSRに対する基本的な考えを教えてください。
廣瀬 先ほども申し上げましたように、日本経団連は企業の社会的責任を重要な課題と位置づけ、長年にわたり積極的に推進してきました。また、企業行動憲章や地球環境憲章などを制定して、企業の自主的な取り組みを後押ししています。21世紀の企業の社会的責任ともいえるCSRについても、日本経団連は積極的に取り組んでおり、会員企業にもCSRに自主的に取り組んでいただくことを基本としています。企業がCSRに前向きに取り組むことが、結果的には経営の質と競争力を向上させ、企業価値の向上につながると考えるからです。
――民と官では、CSRに関する考え方が違うのでしょうか。
廣瀬 私どもは、CSRはまさに企業経営そのものであると理解しています。企業がCSRに機動的に取り組むためには、その自主性を尊重することが不可欠です。本来CSRは、多様性をもった民間の企業が自主的な取り組みによって進めるべきだと考えています。政府には、民間企業の取り組みが効率的に推進できるインフラ整備をお願いしたいと思います。
企業はもともと、他社との行動や製品・サービスを差別化することにより、付加価値を生み出すものです。他社との違いを際立たせることにより、自らをアピールする存在です。CSR活動においても、その企業ならではの創意工夫が発揮できるように考慮すべきだと考えます。
そうした観点からすると、国際機関や国などが第三者認証を伴うCSRの規格化を進める動きは、かえって企業の自発性やCSR活動の多様性を阻害するおそれがあるように思います。日本経団連がCSRを推進しながらも、一方で、規格化の動きに異論を唱えてきた理由はここにあったのです。
――日本企業としてどのようなCSRをめざすべきだとお考えですか。
廣瀬 会社の業種業態により異なると思います。各社が創意工夫され、自由に決められればよいと思います。ステークホルダーからの批判があれば、それを謙虚に受けとめ、対話を進めていくことで、企業そのものが鍛えられていく――こんなことを考えています。
――話は変わりますが、6月末にスウェーデンのストックホルムでCSRの規格化に関する国際会議が開催されたとうかがっています。
廣瀬 国際規格の総元締めである国際標準化機構(ISO)は、6月下旬にスウェーデンのストックホルムで一連の会合を開催し、第三者認証を目的としないという大前提の下、「社会的責任(SR)に関するガイダンス文書」を、今後数年かけて作成していくことを決定しました。
――規格化ではないのですか。
廣瀬 ガイダンス文書の概念がはっきりせず、人によってガイダンス文書の受けとめ方が異なります。ガイダンス文書の内容を整理する必要があります。ですから、規格化ではないとも言えるし、一種の規格化だとも言え、どうもはっきりしません。
ISOは、9月13〜14日にスイスのジュネーブで、ISOの事実上の最高意思決定機関である技術管理評議会(TMB)を開催し、ガイダンス文書を作成するワーキング・グループを正式に立ち上げることにしています。そこでワーキング・グループの議長も決まります。
今回の作業では、議長権限が非常に強くなるのが特徴です。議長にどの国の誰がなるかで、ガイダンス文書も変わってくると思われます。ワーキング・グループでの議論には、経済界のほか、消費者団体や労働組合、NPOなど多様なステークホルダーの参加が予定されています。
――CSRの規格化問題に対する日本経団連の対応をお聞かせください。
廣瀬 先ほども申し上げたとおり、もともと日本経団連は欧米の経済界の方々と同様に、規格化には異論を唱えていました。しかし、ご承知のような経緯から(月刊『経済Trend』9月号参照)、ISOでの決定がなされました。日本経団連としては、絶対的な多数でガイダンス文書作りが決定された以上、今後はそれに積極的に対応していく考えです。
私は今年の7月に社会的責任経営部会長を拝命しました。企業行動委員会の武田國男委員長、大歳卓麻共同委員長、社会貢献推進委員会の池田守男委員長に、その後の状況をご報告し、ご相談した上で、社会的責任経営部会の下にワーキング・グループを設置し、ISO対応や日本でのCSR推進に関して熱心な議論を行っています。
――ガイダンス文書作成に対する日本経団連のスタンスはどのようなものですか。
廣瀬 ISOでの議論がどうなるか、予断を許しません。事と次第によっては、非常に詳細なガイダンスが決定されるおそれも否定できません。
ISO9001(品質)とISO14001(環境)を作る時に、日本は積極的に関与しなかったため、国際的な流れにとり残されたという指摘があります。今回は、その時の轍を踏まないようにしなければなりません。グローバルに事業を展開している日本企業が不利な立場に置かれないよう、例えば、わが国もワーキング・グループに専門家を派遣するなど積極的に関与し、私どもの意見が国際的に理解を得られるよう努力していく必要があります。
同時に、日本企業のCSRに対する取り組みを、ISOの場を通じて広く発信していくことが重要で、日本が初めて、ISOを”攻めの場”にできるチャンスだと思います。
繰り返しになりますが、日本経団連は、ISOワーキング・グループの動きに積極的に対応していく予定です。そのためには、ISOに派遣する専門家に対する支援体制の整備を急ぐ必要があり、現在、社会的責任経営部会を中心に、その具体的な検討を行っているところです。