1. トップ
  2. Policy(提言・報告書)
  3. 科学技術、情報通信、知財政策
  4. DSI利益配分メカニズムCOP16決定に関する意見

Policy(提言・報告書)  科学技術、情報通信、知財政策 DSI利益配分メカニズムCOP16決定に関する意見

2025年3月18
一般社団法人 日本経済団体連合会
バイオエコノミー委員会
経団連自然保護協議会
PDF版はこちら

1.はじめに

2022年12月に開催された第15回生物多様性条約(CBD)締約国会議(COP15)では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(GBF)の下、遺伝資源のデジタル配列情報(Digital Sequence Information、DSI)の使用から得られる利益を配分するための多国間メカニズムを設置すること、およびその詳細をCOP16に向けて検討することが合意された。

これを受け、今般、2024年10月21日から11月1日にかけコロンビアのカリで開催されたCOP16において、DSI利益配分のための多国間メカニズムの大枠および拠出先となる「カリ基金」の設立が決定した#1(以下、「COP16決定」という)。

生物多様性の損失は、バイオ関連産業はもとより人々の生活に対して深刻な影響を及ぼし、持続可能な社会の基盤を揺るがすおそれがある。したがって、DSIの使用から利益を得る者が、生物多様性の保全、さらにはネイチャーポジティブ#2の達成に向けて、その利益の一部を拠出する先としてのグローバル基金の有用性自体は理解する。また、DSIの利用は、生物多様性の保全やネイチャーポジティブ達成において重要な役割を果たしうることから、DSIを産業利用する企業活動の持続的拡大が、生物多様性の目標達成には不可欠である。

他方、売上や利益に対する拠出率や対象企業の規模などは、2026年にアルメニアで開催予定のCOP17に向けて検討されることとなっているが、COP16決定の内容には用語の定義を含めて未だ不明瞭な点が多く、運用に向けて解決すべき課題は多い。

また、バイオエコノミーの確立に向けて、スタートアップを含めて様々な事業者がバイオテクノロジーの開発やそれを活用した事業開発に取り組んでいるところ、一部を除いてマネタイズは容易ではなく、大半は政府による公的支援等が必要な段階にある。こうした中で、カリ基金への拠出が促されることは、各産業・企業におけるバイオテクノロジー活用の取組みを減退させかねない。さらに、これまで各社が実施してきた発展途上国支援の取組み#3の減少を招くおそれもある。

そこで、以下の通り、ネイチャーポジティブとバイオエコノミーの双方の推進を見据えて、CBD事務局および日本政府が次回COP17に向けて考慮・検討すべき点について意見を述べる。

2.わが国産業界の基本的な考え方

(1)持続可能な基金のあり方

COP16決定において、カリ基金への資金拠出は法的義務ではなく、自発的・任意のものとされた。したがって、拠出対象となるセクターや拠出率については、締約国各国や業界団体、個社の意思を尊重すべきである。

そのうえで、持続可能な基金を実現するには、①バイオエコノミーの持続的発展に向けて「利益と拠出のバランスを図る」こと、そして、②ネイチャーポジティブの達成に向けて、DSIを使用する企業や製品の増加によって「拠出ベース自体を拡大するインセンティブの導入」が不可欠である。

加えて、持続可能な基金を実現するには、ネイチャーポジティブの達成に向け、DSIの使用から生じた利益を配分することの合理性についても改めて明確な説明が必要である。

(2)バイオエコノミーを阻害する懸念

カリ基金への拠出が生じることにより、世界各国においてDSIを使用した製品・サービスを扱う事業からの撤退やDSI使用の回避が相次ぎ、イノベーションや技術発展、ひいてはバイオエコノミーの発展自体が長期にわたって阻害されることが危惧される。これはバイオテクノロジーの活用による社会課題解決の停滞・後退も意味する。

具体的には、コストアップによる事業性の低下、利益の減少による研究開発や事業開発に対する投資の抑制が挙げられる。また、サプライチェーン上の誰がどの段階で拠出すべきであるかが明らかでないところ、サプライチェーンの複数段階で拠出が行われることになれば、関連製品・サービスへの多重の価格転嫁を招き、最終製品・サービス使用者の経済的負荷が大きくなることで、バイオ関連製品の市場拡大が抑制されることが懸念される。

3.DSI利益配分メカニズムの各論点に対する意見

上述の通り、カリ基金への拠出は法的義務ではく、自発的・任意のものであるため、拠出対象セクターや拠出率については締約国各国や業界団体、個社の意思を尊重すべきであると考える。

これを前提としつつ、今般のCOP16で決定したDSI利益配分メカニズムの各論点に対する意見は以下のとおりである。

(1)DSIを直接または間接的に使用している可能性があるセクターリスト(Annexパラグラフ3およびEnclosure I)

DSIを直接または間接的に使用している可能性があるセクターリストの作成やその見直しにおいては「DSIの使用」および「DSIを直接または間接的に使用する」の定義を明確にした上で、各セクターの関係者を交えた慎重な議論と納得性の高い説明が必須である。

同一のセクターであっても、DSIの使用度合は企業によって大きく異なるため、セクターで一括りにすることは妥当でない。セクターごとにDSIの使用実態を充分に調査した上で、慎重にセクターリストを作成する必要がある。なお、「バイオテクノロジー」セクターについては用語の定義がなく、意図する業種・範囲があまりに不明瞭であるためセクターリストに掲載することは妥当でない。

また、DSIを直接または間接的に使用していない場合には資金拠出は不要とされているが、そもそも上述の通り「DSIを直接または間接的に使用する」という言葉が定義されていない。特に「間接的に使用」の範囲の定義は慎重を要する。さらに、DSIを使用していないことの立証方法も定められておらず、立証に要するコストも懸念される。

(2)拠出率(Annexパラグラフ3)

COP16決定で参考値として示された、企業全体の売上(revenue)の0.1%や利益(profit)の1%といった拠出率は、企業経営に対して大きなインパクトを有しており、DSIを使用する事業から撤退する企業も生じうる。

したがって、拠出率については、DSIの使用による利益の水準と負担のバランスを考慮して具体化することが必要である。その際、拠出率は企業全体の売上や利益ではなく、「DSIの使用事業の純利益」とすることも一案である。また、DSI使用事業で利益が出ていない場合には拠出金は免除とし、いずれの事業がDSI使用事業に該当するかは各企業からの自己申告とすべきである。

(3)拠出対象者の規模(Annexパラグラフ3)

地球に暮らす人々や経済活動を行っている企業は大なり小なり生物多様性の恩恵を受けており、ネイチャーポジティブの実現に向けては、広範なステークホルダーの参画が不可欠である。したがって、拠出対象者を一律的に規模で定義することは適当でなく、DSIの使用に係る定義を明確にした上で、その使用実態に基づいて具体化されるべきである。

さらに、拠出ベースを拡大する観点から、先進国のみならず発展途上国も含めてDSIを使用するすべての企業が対象とされるべきである。

(4)資金拠出のインセンティブ(Annexパラグラフ13)

ネイチャーポジティブ実現に向けカリ基金を実効的に運営していくには、DSI利益配分のための資金拠出が事業上のメリットとなり、DSIを使用する企業が増えることで基金への拠出が自発的に増えるような適切なインセンティブを設けることが必要である。

そこで、以下のようなインセンティブの導入を検討すべきである。

<導入検討すべきインセンティブの例>

  • ビジネス優遇策:公表を希望する拠出者名を公表するなどし、透明性を高める。企業や事業イメージ向上に向け、シンボリックなロゴなどを作成し、その使用を許可する制度を導入#4する。
  • 税制優遇策(国内措置):カリ基金への拠出金を指定寄付金の扱いとすることができるといった税制優遇の施策を導入する。
  • DSIイノベーション支援策(国内措置):拠出者に限定せず、DSIを活用した研究開発やイノベーションを促進するための支援策を同時に導入#5する。

(5)多重払いの回避(Annexパラグラフ26および27)

各国の「遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分(Access to genetic resources and Benefit-Sharing、ABS)」に関連する法令やDSIに関する法令、他条約における同類の利益配分メカニズム等と今般のDSI利益配分メカニズムが二重・多重に適用されうる場合には、多重支払いの可能性を法的に排除することが必要である。

(6)カリ基金のガバナンス(Annexパラグラフ28およびEnclosure IV)

カリ基金のステアリングコミッティのガバナンスにおいては、透明性確保と議長・メンバーの定期交代による組織健全性の確保が必要である。

また、カリ基金からの資金受領国側だけでなく、基金への主要な資金拠出国側もステアリングコミッティのメンバーに入ることが必須である。GBFのミッション達成のためにはカリ基金の使途に関する慎重かつ透明性の高い議論が必要である。KPIやKGIを設け、カリ基金の生物多様性への貢献度、資金配分の状況や資金受領国側の取組み等を適宜評価しその結果を公開すべきである。

(7)多国間メカニズムを運用するための様式について(CBD事務局notification 114)

多国間メカニズムを運用するための様式(possible additional modality)として、一部のCBD締約国から、拠出対象のセクターベースでの拠出方法に加え、DSI使用製品ベースでの拠出オプションが提案されている。会社全体としてのDSIへの使用度合が低い一部の企業からは製品ベースでの拠出オプションを前向きに捉える意見もあるが、多国間メカニズムはシンプルで遵守が容易なシステムでなくてはならならず、製品ベースでの拠出オプションが導入される場合でもそれは担保されるべきである。事業活動で扱う全製品を対象にDSI使用に関するトレーサビリティを確保し、製品ごとにDSIの使用有無を証明することは現実的に困難であるため、どの事業がDSI使用事業に該当するかは各企業からの自己申告とすべきである。

また、拠出金の支払方法については、企業・機関等での実務運営上のコストやカリ基金の実効性、および不正送金防止などの観点を考慮の上、原則的にシンプルな支払プロセスとすべきである。ただし、他の利益配分メカニズムを介して利益が原産国・提供国や基金等に配分されている場合においては、カリ基金への拠出対象から除外し、多重払いを回避すべきである。

(8)商業活動においてDSI使用から直接的または間接的に利益を得ている実体(entity)のカリ基金への拠出に関する閾値、大企業・中小企業の識別に関する国内および国際基準について(CBD事務局notification 116)

「2.わが国産業界の基本的な考え方(1)持続可能なあり方」で述べた考え方に基づき、バイオエコノミーの持続的発展に向けて「利益と拠出のバランス」が図られ、かつ、DSIを使用する企業や製品の増加によって「拠出ベース自体が拡大」するような制度設計とすることが不可欠である。

4.日本政府への要請

わが国において、昨年6月に「バイオエコノミー戦略#6」が策定され、これが展開されている中、日本政府は、バイオエコノミーに係る官民の取組みを阻害することのないよう、戦略的に国際交渉を行う一方、国内措置については慎重に検討すべきである。

この際、外務省や環境省、経済産業省に加えて、農林水産省や厚生労働省、さらに同戦略の取りまとめに当たった内閣府をはじめ、本メカニズムに関わる関係省庁間における責任の所在を明確にすることが不可欠である。その上で、政府横断的な議論をリードし、各省庁の意見を調整・総括できる高位の担当官を任命し対応にあたるべきである#7

ここまでに述べた点を踏まえ、日本政府には、国内措置として、わが国バイオ産業の振興および国際競争力の強化と、企業による自発的・任意な拠出の促進を両立する制度設計を強く期待する。特に、拠出ベースの拡大のための税制優遇やイノベーション支援策といった拠出インセンティブの導入については、産業界の意見を充分に考慮したうえで検討すべきである。

次回のCOP17はDSI利益配分メカニズムの詳細が議論・決定される重要な会議となる。他の先進国の動向を注視しながらも、日本政府には、バイオテクノロジー先進国および締約国地域代表として、カリ基金のステアリングコミッティに参画するとともに、国際議論の場におけるリーダーシップの発揮を強く期待する。

5.おわりに

経団連は、「経団連自然保護基金」を通じて、生物多様性の保全およびネイチャーポジティブの実現に向け情報発信、生物多様性の国際目標・国内政策等への提言をはじめ様々な活動を展開してきた。

また、経団連は、バイオテクノロジーの進化は、温室効果ガスの削減、森林破壊削減等による生物多様性の保全、食糧・エネルギー分野における資源制約をはじめとする様々な社会課題の解決と、持続可能な経済成長を両輪で実現し、社会のあり方そのものを大きく変革する「バイオトランスフォーメーション(BX)」をもたらすと提唱し、わが国に世界最先端のバイオエコノミーを確立すべく、精力的に活動を行ってきた。

カリ基金が、ネイチャーポジティブとバイオエコノミー双方の実現に寄与する実効的な基金として持続的に運営されることを期待する。

以上

  1. Decision 16/2。https://www.cbd.int/decisions/cop?m=cop-16
  2. 自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること。
    https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/j-gbf/about/naturepositive/
  3. 開発途上国における現地での能力開発に関する実務指導や教育訓練、柔軟な価格政策など
  4. 「遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する指針」の第2章第1の4および5では、情報公表について当該情報報告者の希望に応ずる旨の規定がある
  5. 欧州のHorizon EuropeではThe Horizon Europe strategic plan 2025-2027にて生物多様性を重点領域の1つに位置づけ、Horizon Europe総予算の10%を当該分野に充てる
  6. 令和6年6月統合イノベーション戦略推進会議決定。
    https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/bio_economy.pdf
  7. なお、セクターリストに記載のある製薬業界においては、わが国では医薬品価格は公定価格であるため、そもそもこれらコストアップ分を製品価格に転嫁できないという特有の問題が生じる。ビジネスの持続可能性・競争力確保の観点に加え、わが国の持続可能な社会保障という観点からも厚生労働省も早期より積極的に議論の場に加わる必要がある。また、バイオものづくり分野においては、既存の産業プロセスからの転換に要するコストの問題や、既存製品との価格競争などの課題への対応策について経済産業省で速やかに議論を開始すべきである。

「科学技術、情報通信、知財政策」はこちら