共和党の米大統領選予備選は、1月15日のアイオワ州党員集会と同月23日のニューハンプシャー州予備選で火蓋が切られた。アイオワ州では、ドナルド・トランプ前大統領が過半数の票(51%)を獲得し、ロン・デサンティス フロリダ州知事(21.2%)とニッキー・ヘイリー元国連大使(19.1%)を大きく引き離した。4位のビベック・ラマスワミ氏はその日のうちに脱落。6日後には、アイオワ州での勝利に全てを懸けていたデサンティス氏が撤退、トランプ氏支持を表明した。アイオワ州の直前にクリス・クリスティー元ニュージャージー州知事が脱落したこともあり、ニューハンプシャー州はトランプ氏の対抗馬として唯一残ったヘイリー氏にとって、念願の一騎打ちとなった。
トランプ氏のアイオワ州での大勝は、共和党内で候補として広く評価されていることを示すものとなった。トランプ氏をめぐっては、各訴訟問題や2020年の敗北を認めないことなど、マイナス要素があまりにも多いことから、他候補が混戦に持ち込める可能性はあるとみられていた。しかし、大統領としての実績と知名度を持つトランプ氏の党内支持は固く、誰も崩すことはできなかった。ある候補者を支持するか州民に聞いたところ「2回しか会ったことがないので、まだ分からない」と答えた――という逸話があるように、アイオワ州は候補者と有権者が直接交流する「リテイルポリティクス(retail politics)」を求められることで知られる。挑戦者のデサンティス氏は、アイオワ州の99郡全てを訪れ、現職の州知事や社会保守派の支持を獲得するなど、伝統的で王道の「アイオワ州戦略」を採った。一方トランプ氏は、同州内で大規模集会を22回行っただけで圧勝した。
無党派が投票できることで注目されたニューハンプシャー州でも番狂わせは結局起きず、トランプ氏が54.3%対43.2%でヘイリー氏を破った。11ポイント差という結果は、直前の世論調査よりは差が縮まったものの、僅差とは言い難い。トランプ氏は共和党の非現職候補として初の開幕2連勝を飾ったことになり、同州でも強さを示した。
しかし、この結果を少し掘り下げてみると、トランプ氏の本選における不安材料も見えてくる。出口調査によると、共和党員の74%がトランプ氏を支持したが、投票者の4割を占めた無党派層のうち6割がヘイリー氏を支持した。さらにヘイリー氏支持者の9割以上(全投票者の38%)は「トランプ氏が共和党候補となったら不満に思う」と回答している。この深い溝は、予備選のさなかということもあり、本選に向けていくらか和らぐと考えられる。だとしても、共和党は米国有権者の27%に過ぎず、無党派層が43%を占めている現状を踏まえれば、トランプ氏が本選でバイデン大統領に勝つためには、共和党内の支持をまとめるだけでなく、無党派層の支持も相応に得なければならない。ニューハンプシャー州におけるヘイリー氏の支持者こそ、トランプ氏が今後取り込まなければならない層なのである。
ニューハンプシャー州後、ヘイリー氏に対して共和党執行部から「もはや勝負あった」ので撤退すべき、との声が上がった。ヘイリー氏はこれを拒み、少なくとも、州知事を2期務めた地元のサウスカロライナ州予備選や15州で予備選が行われるスーパーチューズデー(3月5日)まで戦い続ける方針である。今後トランプ氏に勝つ見込みのある州は見当たらない状況で、ヘイリー氏が予備選を戦い続ける意味はどこにあるのか。
一つ考えられるのは、共和党内および無党派層の反トランプ氏派から成るヘイリー氏の支持者に対して、予備選におけるトランプ氏以外の選択肢を与え続けることである。共和党内の過半がトランプ氏支持であるものの、共和党支持者のなかには反トランプ氏派あるいはトランプ氏に疲弊している有権者が相当数存在する。2州終えただけの段階でトランプ氏に一本化されてしまえば、ヘイリー氏支持者は失望し、共和党から完全に離れてしまう恐れがある。ヘイリー氏の勝算がなくとも、11月の本選に向けてキャンペーンを続けることで、支持者を共和党側につなぎ留めることになる。各州で2位という結果に甘んじ続けたとしても、それなりの数の代議員を獲得し、非主流派リーダーとして党大会における政策議論などで存在感を示すことも可能となる。
トランプ氏は共和党候補になることをほぼ確実にした。同時に本選に臨むうえでの大きな懸案も露呈した。トランプ氏にとって、共和党候補の指名を獲得するためにヘイリー氏支持者は必要ないであろうが、本選に勝つためには不可欠である。無党派層を含むヘイリー氏支持者が、トランプ時代の共和党に違和感を抱きつつも共和党予備選に投票したということは、非主流派として共和党側に残る余地があることを示している。反トランプ氏派を粛清して党内トランプ氏支持の純度を高めても、支持層を増やさなければ本選には勝てない。トランプ氏がこのことを理解して手を打てるかが、大統領選の結果を左右する大きな要因の一つとなろう。
【米国事務所】