経団連は5月16日、農業活性化委員会(佐藤康博委員長、磯崎功典委員長)をオンラインで開催した。同委員会では、地球環境問題の深刻化や地政学リスクの高まりを踏まえ、食料の安定供給の確保に向けた農業の成長産業化について検討することとしている。農林水産省大臣官房の川合豊彦審議官から、「みどりの食料システム戦略」の内容とその実現に向けた取り組みについて、また、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹から、わが国の食料安全保障の現状と課題について、それぞれ説明を聴いた。概要は次のとおり。
■ 日本独自の政策で農業の生産力の向上と持続可能性を実現(川合氏)
みどりの食料システム戦略は、イノベーションを実現することで、食料・農林水産業の生産力向上と持続可能性の両立を目指すものである。2050年をターゲットとして、化学農薬の使用量(リスク換算)の50%低減をはじめ、14のKPIを設定している。これは野心的な目標ではあるが、環境問題が深刻化するなかで、農業が環境に与える負荷の高さは世界的にも問題視されており、その達成に挑戦していく必要がある。欧米でも同様に、EUの「Farm to Fork戦略」など環境配慮型の農業を推進している。しかし、アジア・モンスーン地域では水田からのメタン排出量の多い稲作が盛んであるなど、欧米などとは特徴が異なることから、日本がこの地域を代表する食料システムのモデルを構築し、国際的なルールメーキングにも積極的に参画していく。
すでに戦略の実現に向けて、二酸化炭素の吸収源となるエリートツリー(注)、気候変動に強い品種、生産性向上につながる農薬散布ドローンやリモコン草刈機など、さまざまな技術の研究開発・普及を進めている。今年4月には、「みどりの食料システム法」が成立し、環境負荷低減の取り組み等を後押しする認定制度が設けられた。必要な設備等への資金繰り支援や、機械・建物への投資促進税制、融資の特例といった支援措置も用意している。経済界の皆さまにはぜひこれらを活用して、みどりの食料システム戦略の実現に一緒に取り組んでほしい。
■ 食料安全保障強化に向けた農業政策の課題(山下氏)
食料安全保障が脅かされることへの不安が高まっている。しかし、日本において、穀物の国際価格上昇による食料危機は想定しにくい。その理由として、まず、穀物価格は100年以上一貫して低下傾向にあることが挙げられる。また、日本の飲食料の最終消費額に占める輸入農水産物の割合は2%程度である。08年に穀物価格が3~4倍になった際にも、食料品の消費者物価指数は2.6%の上昇にとどまった。
一方、日本周辺で軍事的な紛争が起き、シーレーンの破壊等により輸入が途絶すれば、食料危機が起こる。これには平時の国内生産と備蓄で対応するしかない。しかし、農林水産省は00年以降食料自給率を当時の40%から45%(一時10年には50%)に引き上げるとしたものの、37%に低下している。これは減反政策が原因である。今でもコメは食料自給率の半分以上の割合を占めるのに、その生産を多額の予算を投じて減らしてきたからである。1961年以降、世界のコメ生産は3.5倍に増えているのに、日本は4割の減である。コメから麦や大豆への50年に及ぶ転作も効果がなかった。
農政が国民の命を守るべき農業を破壊している。減反を廃止し米価を下げれば、兼業農家は農地を貸し出す。そうすれば、主業農家の規模の拡大と単収向上が図られて輸出競争力が向上するとともに、生産は大幅に増加し、食料自給率は37%から64%に上がることになる。平時には輸出し、危機時には輸出していたコメを食べるということである。輸出は無償の備蓄の役割を果たす。主業農家の収益が上がれば兼業農家への地代も増加し、農村全体としてもウィンウィンの構造が形成できる。
(注)成長や材質等の形質が良い精英樹同士の人工交配等により得られた次世代の個体の中から選抜される、成長等がより優れた精英樹のこと(農水省資料より)
【産業政策本部】